消えない 鮮やかな灼熱の華
その輝きを、どうかどうか魅せて
灼熱の華
あぁ、と。 夢を見ながら、シンは思う。 まただ、と。 また、あの頃へ。 あの日へ還っていく。 二年前の、あの日。 大切なものを全て失って、尽きせぬ恨み言を天に吐き出した日。
あの日へ……。
走っていた。 家族四人、走っていた。 丘を。林道を抜けて。 もうすぐ。 もうすぐ、港に着く。 港に着けば、助かる。
戦争なんて、関係のないことだと思っていた。 実感の伴わないものだった。 ナチュラルとコーディネイターは、確かに戦争をしているけれど。 そんな実感のない。 遠い世界で起こっていることだと思っていた。
家族がいた。 両親共に、コーディネイター。 そんな両親から生まれたシンは、所謂『二世代目』だった。 普通二世代目コーディネイターは宇宙生まれ宇宙育ちで、地上には滅多にいないけれど。 シンたち親子は、地上のオーブを選んだ。
ナチュラルを排斥するのではなく。コーディネイターを排斥するのではなく。 共に生きようとする姿勢が気に入ったのだとは、両親の言葉だった。
そして、大切な妹が。 誰よりも愛してやまない妹がいた。 幼い頃からずっと傍にいる、最愛の妹。 5つ年下の妹は、可愛くて。 時々ムカつくこともあれば喧嘩もした。 それでも可愛くて愛しい、最愛の妹。
言い切る自分に、時々苦笑した。 シスコンもいい加減にしなくては。父や母の揶揄が現実になりそうだ。
頭上を、モビルスーツが通り過ぎる。 凄まじい勢いで巻き上がる風。 どこか痛みすら孕んだ感覚。
逃げなくては。 逃げなくては、死んでしまう。
地球軍は、パナマのマスドライバー施設を失った。 マスドライバーがなければ、宇宙にシャトルを打ち上げることも叶わない。 そうなれば、物資の届かなくなる月面基地は、あっという間に干上がってしまう。 そして地球連合軍は望んだ。 オーブのマスドライバー施設を。 それに真っ向から、ウズミ=ナラ=アスハは反発した。 それを受け、地球連合軍は攻めてきたのだ。 誰をも納得させるだけの理由をもたないまま。 子供すら納得させることの出来ない理由を真理と掲げて。
ナチュラルの、なんと愚かしいことか。
作戦名は。 地球連合側が用意したその戦いの作戦名は、『オーブ解放作戦』。 それは一体、何の茶番だろう。 間違いなく侵略者であるはずの彼らが用いる、『解放』の文字。 それでも、力のないものはそれに異を唱えることすら許されない。 闇雲に、逃げた。 もう少し、だった。 もう少しで、逃げられる。 助かる。
最後尾を守るように走りながら、シンは息を吐いた。
その時、マユが。 マユが、携帯電話を落とした。
「あぁん、マユの携帯!」 「そんな物いいから!」 「いやぁ!」
叱りつける母に、ぐずるように言う妹。 確かにこの非常時に携帯どころではないが、シンは知っていた。 妹が、その携帯を大切に思っていたことを。 ねだって。ねだりにねだって買ってもらった携帯電話。 電波状態で使用不可能になった今でさえも大切にしている、携帯電話。 崖の上を転がり落ちたそれに。 妹の言葉に、気付けば躯が動いていた。 何の躊躇も躊躇いもなかった。 大切な……愛する妹が望んだから、反射的に躯が動いた。
それ以上転がり落ちることなく、携帯は木の根元に引っかかった。 跪き、拾い上げる。 振り返ろうとした、その時に。 その刹那に、全ては終わった。
シンの世界は、引き裂かれた。
轟音。 閃光。 光の奔流。 爆炎。
吹き飛ばされた。 崖の下まで吹き飛ばされて、慌てて先ほどまで自分がいたところを振り返った。 打ち付けた頭が、酷く痛んだ。 けれどそんなことは、関係ない。 そんなことは、どうでもいい。 妹は?両親は? 彼の大切な、かけがえのない存在は?
見覚えのある、服の切れ端が見えた。 駆け寄った。 妹の、服。 見覚えのある……こちらに向かって差し出された小さな手。
「マユ……」
囁いて。 絶句。 全てが凍る。
袖から上は、断ち切られていた。 小さな手が、小さな腕が、転がっているだけ。 視線をやれば、同じような状態の両親が。 人として有得ないほどに捩れた形で。 放置されるように、転がった……遺体。
叫んだ。 喉も嗄れんばかりに。 叫んで。 その頬を伝う、涙。 地に両手を着き、叫ぶ。 呪う。 全てを。 全てを、呪った。
……妹が、何をした? 何もしていない。 何もしていないのに、無残に摘み取られた命。 たった9年で時を止めた、命。
赦さない。 赦さない、ナチュラル。 赦さない。 地球連合軍。 そして……そして、『アスハ』。 戦争に自国民を巻き込んだ。 国民を守るでなく犠牲を強いた。 美しい奇麗事を並べて、国民を死に追いやった。
……赦せない。 赦さない。
「シン?」 「あっ……。ごめん、レイ。起こした?」 「いや……気にしなくていいが……魘されていたぞ?大丈夫か?」
大丈夫、と頷く。 頭を冷やしてくると、理由を並べて外にでた。 ひやりとした空気。 あの日から手元にある妹の忘れ形見の携帯のボタンを、押して。
流れる、懐かしい声。 妹の、声。
「マユ……」
愛しているよ、マユ。 今でも、大事に想っているよ。
だから……赦せない。
力を。 今度こそ、護りきるだけの力を。
「お前が悪いわけじゃない、シン」 「分かってる」
レイが、言う。 温もり。 隣に、人がいると言う、こと。 心地よい。 怖い。 その温もりが急に消えるのではないかと。 思うことが恐怖に繋がる。
自分を責め続ける。 ただ一人生き残ってしまった自分。 責め続ける精神的身食い。 吐け口を。 捌け口を与えて。 与えるために、レイは言う。
「お前が悪かったわけじゃない」 「じゃあ、誰が悪いんだ?」
尋ねるシンに、答えはおまえ自身が持つものだ、と。 暗に回答を避ければ、シンは言う。 その紅の瞳を、憎悪になお赤々と輝かせて。
憎しみを。 憎しみの刃を。 滾らせて。 その憎悪は、まっすぐと一人の少女へ向かう。 金の髪に、褐色の瞳。 彼の憎悪をそのまま向けるに値する人間。 その血だけで、その存在だけで、憎悪する。 アスハの生き残り。 アスハの娘。
国民を。彼の大切なものを代償にしてまで『自国の理想』を。お綺麗な正義を貫いた。 所詮ただの自己満足に過ぎぬ理想を押し付けた。 そして今度は、シンの大切なものを代償にした『理想』をあっさりと捨てた。
シンを裏切った。 シンを捨てた。
今度は、こちらが捨ててやる。 オーブなんて国。 滅びてしまえ。 この手で、滅ぼしてやる。
人は、自分の決めた軌道《みち》でしか、走れない。 自分の決めた軌道を、メビウスの輪を形作るが如くぐるぐる回って。
今は、そう言う時代だから――……。
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【Inspired by T.M.Revolution 『Albireo -アルビレオ-』】
シンマユなのか? 書いたほうにも分からない。 とりあえず、シンちゃん。
最近の緋月は、「許す、シン。オーブなんか滅ぼしちまえ!」とよく言ってます。 レーゾンデートルのない国は滅びるんです。 オーブもさっさと滅びてしまえ。
ここまでお読みいただき、有難うございました。
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