#102 赤 ――――『貴様ほど赤の似合う女もいない』―――― それが、あいつの口癖だった――……。 Bloody Maria 背中越しにそんな気配を感じながら、アスランはただ、ぼうっとしていた。 ……ああ、そういえば。 自分と彼は、他人の目から見たら、どんな関係に映るのだろう? 恋人同士だろうか。それとも……? 「何を考えているんだ?アスラン」 彼が、アスランの翡翠の瞳を、上から覗きこむ。 「君のことを、イザーク」 「どうせ、碌なことじゃないんだろう?」 「そうかもしれないね」 微笑むと、イザークは少し嫌そうな顔をした。 彼とこんな関係になったのは、一体いつからだっただろう? アカデミーの頃は仲が悪かったし、彼も自分のことを男だと信じていた。 まぁ、プライドの高い彼が、女に負けることを許容できなくてそう思い込んでいたのかもしれないけれど。 少なくともあの頃は、そんな関係じゃなかった。 はっきりと自分が彼を意識し始めたのは、彼に女だということがばれた時だったと思う。 ザラ家を継ぐ者として、父親のために男として生きてきたアスランを、彼が優しく抱き締めてくれたときからだった。 ただ、彼は抱き締めてくれたのだ。 「辛かっただろう?」と、何度も囁きながら。 のろのろと起き上がり、軍服に袖を通す。 胸にはしっかりとサポーターをつけ、きっちりと軍服を着込む。 ザフト軍クルーゼ隊のエースパイロット、アスラン=ザラの完成だ。 「相変わらず、貴様は赤がよく似合う」 腕組みをしながらそれを見ていたイザークが、楽しそうにそう呟く。 「貴様ほど赤の似合う女など、いないだろうな」 「でもこれ……血の色……だよ?」 赤は、血の色だ。 そしてアスランもイザークも、敵味方多数の血を流し、ここに立っている。 少し悲しそうに呟くアスランに、ますます面白そうにイザークは言った。 「だから、貴様によく似合うんだろう?」 ……わけが、分からなかった。 でもまるで、血が似合うといわれているようで、少し悲しくなった。 いつも、こうだ。 いつもアスランは、イザークに追いつけない。 イザークが見ているものを見たいし、イザークと同じものを感じたいのに、イザークは容易にはそこに踏み込ませてはくれない。 「僕はそんなに、血が似合うかな……?」 「ああ、よく似合う」 言われて、悲しくなる。 思わず俯くアスランの両頬に優しく手を添え、イザークはアスランを上向かせた。 「だから共に戦える。同じものを見ることが出来る」 「イザーク……」 「貴様には、赤が似合うよ。全てを浄化する紅蓮の焔。それが、赤という色彩だろう?」 「僕は……」 言葉がうまく、出てこない。 彼は、何を言わんとしているのだろう。 「……男の人は、血の匂いのする女は嫌いって聞いたよ?」 「俺は好きだ」 「何で?」 少しムキになって、尋ねる。 イザークはそっとアスランを抱き締めて、優しく囁いた。 「お前は、血の匂いのする男は嫌いか?」 「……イザークなら好きだ」 「それと同じさ、俺も。それに……」 「それに……?」 イザークの言葉を、アスランは反芻する。 「貴様が血の匂いのしない、ごく普通の女だったら、たとえ出逢ったとしても、これ程俺の心を捕らえはしなかった」 女でありながらMSに乗り、しかもイザークを凌ぐほどの実力を持つ少女。 だから、惹かれた。 ほかならぬアスラン=ザラ自身に。 「お互い様だろう、アスラン。俺の手も、もう綺麗じゃない。でもこの綺麗じゃない手で、アスランとプラントは守りたい」 「僕も……イザーク。君と、プラントは守りたい。もう、この手は綺麗じゃないけど……」 でも、綺麗じゃないこの手で、綺麗なものを守ることが出来るなら、差し引きプラスでお釣りがくるね、きっと。 守りたいものは、ただ一つ。 僕の傍で、いつも笑っていてくれる君だから。 誰よりも綺麗な君だから。 「貴様ほど赤の似合う女もいない」 イザークが囁いて。 ねぇ、その言葉が、何よりも甘い睦言のように聞こえるのは、どうしてなのかなぁ。 「君もね、イザーク。赤がよく似合うよ」 『赤』という色は、血の色。 けれど同時に……。 貴方を守れる、確かな証の色。 血の匂いしかしない、決して綺麗じゃないこの手で、僕が守りたいと願ったから。 他ならぬ、君を――……。 +−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+ 自分でお題を選んだにもかかわらず、結構難しかったです。 私的には、『赤=血の色』でして。 そんな感じでお話を作りました。 最初書いていたときは、ラブラブにならない雰囲気だったのですが、思いがけずラブラブしてくれたのでよかったです。 |