お願い、こっちを見て?
しっかりと感じる温もりは、紛れもなく兄のもの。
優しい温もり。
幸せで、幸せで。
このままいっそ、死んでしまってもいいと思った――……。
生まれたときから、兄はアスランのすぐ傍にいた。
アスラン兄妹の両親は二人とも忙しい人で、家族の団欒、なんて言葉からは程遠いような、そんな家だった。
けれどそれを、寂しいと思ったことは、一度もなかった。
いつも、兄が傍にいた。
それだけで、幸せだと。そう思えたから。
――――『アスランはホント、お兄ちゃん子ね』――――
からかい混じりに言われた、母の言葉。
――――『僕は、兄さんが一番好きだよ?』――――
――――『まぁ』――――
――――『結婚するなら、兄さんとがいい』――――
――――『それは光栄だ、アスラン』――――
――――『兄さんは?兄さんは、僕のことどう思ってるの?』――――
……答えは、なかった。
今にして思えば、なんて大胆なことを言ったものかと思う。
あんなことを言われた兄の戸惑いも、理解できるのに。
幼いあの頃は、兄がはっきりと肯定を示してくれなかったことに焦れて、大暴れしたものだ。
今なら、分かるのに。それが、どんな意味を持つことなのか。
想うことは、罪だった。
二人が、兄妹だったが故に。その垣根を越えて愛することは、許されない……。
それでも、良かった。
兄を、愛していた。
きっと、幼い頃から。
小さいころから、アスランの兄であるイザークは、やたらと周囲の注目を集める存在だった。
無理もない。
普段彼の身近にいる妹であるアスランですら、その魅力には抗しきれなかったほどなのだから。
そして何より、イザークはあまりにも綺麗な人だったのだから。
その気性をそのまま表すかの如く、真っ直ぐなプラチナブロンドの髪。
苛烈な光を宿す、アイスブルーの双眸。
すっと通った鼻筋。
貴族的な、整いすぎた美貌。すらりとした長身に、しなやかな肢体。
未だ嘗てアスランは、兄以上の美貌の持ち主を、見たことがなかった。
イザークが周囲の注目を集めるたびに、思ったものだ。
――――『素敵よね、イザーク様』――――
――――『あの冷たい瞳が、堪らないの』――――
……違うよ?イザークは、冷たい人なんかじゃない。
――――『成績だって、とても優秀で……』――――
――――『あの方に勝てる人なんて、いないんじゃないかしら』――――
……イザークは、理系苦手なんだよ?
――――『唇の端を歪めて笑う、あの笑顔が素敵』――――
――――『あのニヒルな表情。間近で見てみたいわ』――――
……知らないの?ホントはイザーク、すごく綺麗に笑うんだよ?無邪気に笑うんだよ?
イザークのこと、何も知らないんだね……。
僕は、知ってるよ?
冷たい瞳?確かにイザークの瞳は冷たい色をしているけど、笑うと優しい顔になるんだよ?
僕の兄さん。綺麗な兄さん。僕だけの兄さん。
イザークのこと、一番知っているのは、僕なんだよ?
――――『ちょっと、何あの子。イザーク様にベタベタして』――――
――――『ホント、何なのよ、あの子。当たり前のようにイザーク様の近くにいて』――――
――――『イザーク様ってば、あの子には微笑まれるなんて!』――――
……だって、イザークは僕のものだもん。
いいでしょう?僕の兄さん、綺麗でしょう?誰にも、あげないよ?
――――『ああ、あの子。私、知ってるわ』――――
――――『ねぇ、何なのよ、あの子は!?』――――
――――『あの子、イザーク様の血の繋がった妹よ』――――
お願い。それ以上言わないで。
現実を、思い知ってしまうから。
――――『なんだ。妹か』――――
――――『それじゃ、ライバルになんてなりようがないものね』――――
――――『ただの妹でしょ?嫉妬して損しちゃった』――――
お願い。それ以上言わないで。
分かってるから。この想いは間違っている。それくらい、知っているから。
「どうした?アスラン。顔色が悪いぞ」
案じ顔で尋ねる、イザーク。
優しいのは、僕が妹だから?
イザークが、僕の兄さんだから?
だから、そんなに優しいの?
ねぇ、お願いだから、こっちを見て。
妹としてじゃなく、女として。
誰にもその瞳を向けないで。
ねぇ、お願いだから。
僕を見て。
僕だけを、見て……?
なんかアスラン、黒くないですか?
ああでも。あんなに綺麗なお兄ちゃんいたら、私も独り占めにしたいです。
現代パラレルなので、呼び方は『兄上』や『兄様』じゃなく、『兄さん』にしてみました。
苦情あったら、チェンジします。
ここまで読んでいただき、有難うございました。
|