あの刃を受けるべきは、俺だったのに。 どうして君は、俺を庇ったりなんかしたの? ――――分からない。 堂々巡り。 答えが、見つからない。 そしてそれ故の、苛立ち――。 こんなとき、あなたなら『答え』を教えてくれるだろうか――……? 鎮魂歌 〜な忘れそ〜 ――――シュン。 扉の開く、微かな音。 差し込む、細い光。 室内の住人は、煩わしそうに、ごく僅かに身じろぎした。 やや神経質な彼。 名前を囁けば、案の定返事をした。 「……イザーク……」 「……誰だ?」 不機嫌な、声。 うつ伏せて寝ていたせいか、その声はやや、くぐもっていた。 彼はあまり、寝起きがよろしくない。 こんな時間に彼を叩き起こすなんて、自殺行為もいいところだ。 それでもアスランは、どうしても彼に聞いてほしかったのだ。 答えのないことに、短気な彼は焦れてしまったのだろうか。 色素の薄い眼をゆっくりと開いて、イザークは緩やかにその身を起こす。 その鋭い目が、まっすぐと安眠を妨害した男を射抜いた。 「……貴様か」 「こんな時間にゴメン、イザーク……」 「自覚があるなら、来ないでいただきたいものだな、『隊長』?」 皮肉っぽいイザークの返答に、アスランは目に見えてシュンとなった。 その様子に、罪悪感を覚えたのでは、ない。 ただ、彼の様子が、あまりにも普段と違うから、聞いてやろうかと思ったのだ。 ただ、それをそうと悟られないのが、イザークのイザークたる所以だった。 「で?何のようだ?こんな時間に人の部屋に押しかけてきて、よもや下らん理由ではないだろうな?大体鍵がかかっていたはずだが、どうやって入ってきたんだ?」 「……これ……」 アスランは、手に持っていた丸い物体を差し出した。 言わずと知れた、『ハロ』である。 イザークの記憶が確かなら、これには開錠機能がついていたはずだ。 イザークが溜息を吐くと、アスランが差し出したそのハロは、赤く目を光らせて『ミトメタクナ――イ!!』と叫んだ。 「……認めてもらわんでも結構だ」 イザークは何気ないしぐさで、アスランの手からハロを奪う。 そのまま、何気ないしぐさで、それを壁にたたきつけた。 ……やはり、かなり不機嫌なようである。 「で?」 「『で?』って?」 「貴様は何の用で俺の部屋に来たのかと聞いている!!」 短気なイザークは、声を荒げてアスランに詰め寄る。 その声の大きさにアスランは慌てた。 ディアッカが、起きてしまうではないか。 「こ……声が大きいよ、イザーク。ディアッカが起きるだろう?」 「ディアッカなら、今夜はこの部屋にいないぞ」 「え……何で?」 「こんな日に、誰かと一緒にいたいと思うか?生憎、俺は思わんからな。……追い出した」 さも当然のことのように、イザークは言う。 彼が『こんな日』というのは、ニコルが死んだこと。 これまで当たり前のように存在していた人が、突如としてその存在をなくしてしまった。いくら戦争をしているからといって、彼らはまだ、十代の、世慣れない子供だ。その孤独に耐え切れなくなったとしても、おかしくはない。 そんな日は、無性に誰かに縋りたくなるものだ。 自分以外の存在を、確かめたくなる。 その人が、確かにそこに存在しているのか、それを実感として知りたくなるのだ。 だからアスランも、イザークの部屋に来た。 いくら普段折り合いが悪いからといって、彼とて仲間なのだから。 その人の存在を、その確たる証を、彼は必要としてしまったのだ。 しかしイザークは、誰かとともにいたいと思わなかったらしい。 異常なまでにプライドの高い彼らしいとは思う。 けれどそれで、傷は癒えるのだろうか? 「寂しくないか?一人で」 「貴様は寂しかったのか?」 「……ああ」 いままで、実感として誰かの死を感じたことなど、なかった。 確かに、もう何人もの人たちが亡くなってしまったのだけれど。 それでも、心のどこかで思っていたのだ。 ラスティは亡くなってしまったけれど、クルーゼ隊の他の四人が死ぬことなどない、と。 それは、何という思い上がりだったのだろう。 今は戦時下で、彼らは軍人で。 命の保証など、どこにもないというのに……。 「寂しいからといって、誰かに縋っていれば、確かに楽だ。しかしそれでは、先には進めんだろう。ここで終わりではないんだ。せめてストライクに……ニコルを殺したやつに一矢報いるまでは、立ち止まるわけにはいかないだろう。だから俺は、今は慰めなどほしくはないな」 「イザークは強いんだな」 ニコルが死んだとき、彼は涙を流した。 これまで、彼はニコルを常に軽んじてきた。 臆病者だとか、腰抜けだとか。 だからアスランは、イザークの涙に驚いた。 イザークがその実、仲間を仲間として思いやっていることに彼は初めて気付いたのだ。 そんな彼だから、それが分かったから。 アスランはどうしても、イザークに聞いてほしかった。 その胸にある屈託を。未だ消えぬ葛藤を。 「どうしてニコルは、俺を庇ったりなんかしたのかな……」 「……」 「ニコル、言ってたんだ。戦争が終わったらもっとちゃんとした演奏会を開きたいって……!!それが、ニコルの『夢』だった筈なのに。叶えたかったことの筈なのに……!!何でニコルは、俺を庇ったりなんかしたんだ!!俺さえ庇わなければ、ニコルは死なずにすんだ。あの時死ぬべきは、俺だったのに……!!」 「……それでは、ニコルに失礼だ。いや、ニコルの思いに対し、失礼だ」 「……?」 「ニコルは、お前を庇いたかったんだ。お前を死なせたくなかったんだ。だからあの時、ニコルは決死の覚悟でお前を庇った。なのに庇われたほうが『死ぬべきは自分だった』などということを言えば、ニコルに対し失礼だと思わんか?」 さっきまでまどろみの中を彷徨っていたかに見えたイザークは、もう完全に目を覚ましてしまったようだ。 その美しいアイスブルーの瞳に睡魔などかけらも見当たらない。 「でも……!!俺が!!俺がニコルを殺してしまったも同然じゃないか。それでは……!!どうすればいい!?俺は、どうやって償えばいいんだ!?」 「ニコルはきっと、お前のせいで自分が死んだなどとは思っていない。」 ニコルなら、そう思いはしないだろう。 優しい子だった。最後の最後まで。 そんなニコルがアスランに恨み言を言うなどとは、思わない。 けれど……!! 「酷なようだが、いくら嘆いたとて、死んだものは帰っては来ないぞ」 「ああ。分かっている」 「貴様がそんなにもニコルの死に負い目を持つというなら、ニコルの仇討ちを成功させることだけを考えろ。もっとも、ストライクは俺の獲物だからな。とるなよ?」 ほんの少し冗談めかしてイザークが言うと、アスランは小さく笑った。 その顔のあまりの幼さに、イザークはやや驚いた。 同時に、得心が行く。 ああ、そうなのだ。いくら大人びているとはいっても、アスランはイザークよりも年下なのだ。 不倶戴天のライバル(少し大げさ)とまで思ってきた男に対し、イザークは別の感情がわきあがってくるのを感じた。 優越感ではない。 嫉妬でもない。 どこか、温かい感情だ。 イザークは溜息を一つ吐くと、身を起こしているベッドに、空きを作った。一人用のベッドだから、二人寝るには狭いが、この際仕方がない。 呆気にとられているアスランに、ポンポンと空かした場所を示す。 おずおずと、アスランがそちらに腰掛ける。 「明日もまた、ストライクを追うんだろう?なら、さっさと寝ろ。寂しいのなら、俺が傍にいてやる」 「イザーク……vv」 「今日だけだからなっっ!!」 一人用の狭いベッドに、アスランはもぐりこんだ。 狭いけれど、不満なんてない。 狭いから、イザークの心臓の音がリアルに聞こえる。 イザークが生きているという、確かな証。 それが、何よりも嬉しい。 ほんの少し手を伸ばすと、イザークの綺麗な銀色の髪に触れた。 綺麗な綺麗な、イザーク。 アスランだけの、美しい人。 イザークは全てが綺麗だけれど、アスランはその髪がお気に入りだった。 一体どれほどの手入れをすれば、これほどの艶が出るのかと思うほど美しく、指どおりのよい髪。 その髪に、そっと指を絡ませる。 「……何だ?」 鬱陶しそうに答えて、イザークは煩わしそうに軽く、頭を振る。 「イザークは、死なないよな?」 「……誰に向かって物を言っている?」 嫣然と微笑むイザークの、その艶やかな唇に、アスランはそっと唇を寄せた。 「イザークは、死ぬなよ?」 「当たり前だ」 イザークが答えると、アスランは笑った。 ねぇ。ニコル。 君の想いに俺は答えることは出来ないけれど。 だからこそ、君に誓うよ。 ――――幸せに、なることを……。 |