――――『へぇ。今年は女の子が「赤」なんだ?』――――

その言葉に、バカにされているような気がして、気づけば思わず張り倒していた。

――――『貴様に、バカにされる謂れなどない!!』――――



それが、彼との初めての出会い。







T






「イザーク=ジュール、ディアッカ=エルスマン、ラスティ=マッケンジー」


渡された名簿を見ながら、一人一人確認をとるように名前を読み上げ、本人であることを確認する。
まだまだ若い、若すぎるルーキーたち。
戦争が終わったその時、彼らの中の何人が生き残ることが出来るだろう。

遺伝子に改変を加え、先天的に必要のない因子を排除し、ナチュラルよりも優れているコーディネイター。
けれど彼らは圧倒的に数が少なく、孤立しており、数が物を言う局面に至れば、些細な抵抗しかできず殺されてしまう。
それが、彼らコーディネイターの現実だった。

名前を読み上げると、それぞれ返事を返す。
例え緑であるとはいえ、ミゲルが先輩に当たることを反映してか、それはどこまでも礼儀正しい。


「俺はミゲル=アイマン。お前らの二期上だ」
「ハッ!」
「よろしくお願いします」


昨日寮を案内したルーキーたちと同じ言葉を返す面々を見ながら、一通り挨拶をする。


「で?何でお前ら、昨日来なかったわけ?」
「入営は本日だと聞きましたので」
「でも、あとの二人は昨日来たんだぜ?一辺に纏めてこないと、俺は二度もルーキーに話しをしなきゃならなくなるだろうが」


ミゲルの言葉に、沈黙が流れる。
さも不快そうな顔をするものもいれば、面白そうにミゲルを見ている者もいて、その個性がギャップがあって面白い。
ミゲルの視線は、その中の一人に吸い寄せられるように動いた。
凛とした立ち姿。
真っ直ぐとミゲルを見据えてくる、痛いくらいに強い真剣な眼差し。

名簿をを確認して、ミゲルはそれが『イザーク=ジュール』であることを知った。
女だてらに『赤』を纏い、アカデミーの総合成績は二位。
しかも女でありながら、射撃では一位にまでなったという逸材だ。
知らず、ミゲルはイザークに好奇の目を向けていた。


「お前が、イザークっての?」
「な……ッ!イザークっての、とはどういう……!?」
「落ち着けよ、イザーク。ほら、相手は先輩なんだから」
「ん〜?総合次席が女の子だとは思わなかったし」


からかうようなミゲルの言葉に、イザークの頬に朱が上る。

肌理の細かい白い肌。
その気質を表しているのか、冷たく真っ直ぐ伸びるプラチナブロンドの髪。
品よく形のいい、色づいた唇。

容姿が美しいとされるコーディネイターにあってさえ、抜群に美しい少女が、ルーキーとしてミゲルの目の前にいた。

不躾な視線に晒されるのが不快なのか、アイスブルーの瞳を眇めてミゲルを睨みつける。
それすらも、綺麗。


「MSなんて、女の子が乗るもんじゃないだろ?」
「女だから乗ってはいけない、と言う決まりはない!」


顔を真っ赤にして噛み付いてくるくらいだから、当然プライドもそれなりにお高いらしい。
クール=ビューティ
そんな言葉が似合いそうな外見とはそぐわないところに、妙に惹かれた。
ポンポンと返ってくる言葉すらも、可愛らしくて仕方がない。
もっともっと色々な表情が見たい、と。そう思った。


「今年は女の子が『赤』なんだ?」
「な……ッ!貴様にバカにされる謂れなどない!!」


パァン!と小気味いい音がして、頬に鈍い痛みが走る。
それに、殴られたということを実感した。
屈辱にアイスブルーの瞳にうっすらと涙を湛えながら、少女が震える。
少女が、殴ったのだ。


「おい、イザーク」
「離せ、ディアッカ!ラスティ!」
「離すわけないでしょ、イザーク。……ホントに短気なんだから」


溜息を吐きながら、ディアッカとラスティがイザークを抑える。
もう一発殴らせろ、といわんばかりのイザークは、まだギリギリとミゲルを睨みつけて。
苛烈な、魂。
そこから感じたのは、純粋さと高潔さ。
そして、他者に屈することを潔しとしない、誇り高さだった。

そんなところが、気に入った。
美しく、誇り高い。
まるで大輪の花のような少女。


「エザリア=ジュール殿のご令嬢は、目上の人間を殴るのかな?」
「貴様が俺をバカにしたからだろうが!」
「あ〜もう、だからイザーク!少しは落ち着けっての!」
「すみません、ミゲル先輩!イザークかなり気が短いんで!」
「ラスティ、貴様ぁ!!」


ディアッカに抑えつけられ、それから逃れようと暴れるイザーク。
イザークに殴られながらも、抑える手は緩めないディアッカに、必死にミゲルに謝るラスティ。
そして、そんな三人を面白そうに眺めるミゲル。


「訂正しろ!俺は確かに女だが、実力で『赤』を勝ち取ったんだ!バカにされる謂れなどない!」
「分かったから落ち着けっての、お前は」
「誰もイザークの実力がないなんていってないでしょ」


女、だから。
軍隊という、男性社会。
女であるということは、それだけでかなりの不利益を被る。
後方支援やオペレーターなどをしていればいいだろうに、何でこんなにも美しい少女が、前線に出るのか。
その綺麗な躯を、血に濡らすのか。
一体何が、彼女をここまで駆り立てた?
その白い手は、もっと美しいものを愛でるためにあるはずなのに。
冷たく重い銃を握り、ナイフで命を奪う生活など、しなくてもいいはずなのに。

ジュール家の、令嬢なのに……。
なのに何故、その手をナチュラル如きの血で汚す……?

苦い苦い思いは、このとき一体誰に向けられたものだったのだろうか。




漸くイザークを宥めたディアッカたちを、部屋に案内する。
さすがのイザークも、このままでは埒が明かないと思ったのだろう。
急に静かになった。


一通りの説明を終えたミゲルが、部屋を出て行こうとする。
そのまま、くるりとイザークたちを振り返った。


「お前ら……」
「はい?」


瞬間的に噛み付きかけたイザークだったが、そこに真剣な色を見て押し黙る。


「死ぬなよ」


戦場だから。彼らが配属されるのは、最前線だから。
囁くその人に、イザークたちも応じる。


「そう簡単に死ぬか」
「はぁい」
「有難うございます」


それぞれの返事を聞いて、ミゲルはにっと唇の端を吊り上げて笑った。

面白くなりそう、だった。














その時感じたものは、予感だったのかもしれない。
自分が変わるという、予感。
これまでの自分ではいられなくなるという、どこか恐怖すらも孕んだ。
甘い余韻をその内に秘めたまま、それは産声を上げた――……。







イザーク……あんたって子は……。
乱暴者ですみません。
いきなり殴りつけるような女の子、普通いないよなと思うのですが。

ていうか、世のミゲイザに比べてありえないほど異端のミゲイザですみません。
素敵なミゲイザサイト様でも巡って、精進したいと思います。