愛しくて、愛しくて。 だから、彼に全てあげた。 それは、単なる言葉のあやでもなんでもなく。 本当に自分は、彼に全てをあげたのだ――……。 Y ただ、羨ましかった。 アスランはずっと……ずっとイザークが好きだった。 アカデミーの頃から、ずっと。 ずっと、彼女だけを見ていた。 母親以外に執着を示さない、彼女。 だからアスランは、イザークより優れていることを見せなくてはならなかった。 自分は、イザークよりも優れている、と。 だから、俺を見て。 俺に勝つことに、執着して、と。 目論見は、成功した。 イザークはそのただ一点において、アスランに執着した。 彼に勝つことに、固執した。 アスランにしてみれば、それで万々歳とでも言うべきだった。 誰にも関心を示さなかった人が、己に関心を示す。 アスランがイザークの上をいく限り、そのアイスブル−の瞳が、アスランから逸らされることは、ない。 そう、思っていた。 けれどそれは、誤りだったのだ――……。 イライラと、彼女は唇を噛み締めた。 鬱陶しかった筈の男が、ここ数日ちっとも構ってこない。 そんなことにイライラする自分が、余計に苛ついた。 (あー、もう!何だってんだ) 構ってくれなくて、清々する。 そう言いきれればいいのに。 でも現実は、イザークの視線はいつも、ミゲルを探してしまう。 「何だって、あんな最低の男に!!」 いきなり、人の唇を奪うような、手の早いやつ。 信用なんて、出来やしない。 係わり合いにならなくて、清々する筈なのに……。 けれどイザークの瞳は、無意識のうちにあの男を探しているのだ。 そんな自分が、自分でもなんだか許せない。 「ミゲル……!」 「あぁ、イザークか。どうした?」 「どうした?じゃない!貴様……」 「悪ィ。俺今、急いでるんだ。用あるなら、また後でな」 たまたま廊下でミゲルに出会い、声をかけるも、あえなく撃退されてしまう。 つい今までのんびりとしていたのに、イザークが声をかけた途端、何処かに行ってしまう。 自分は、何かしてしまっただろうか……? いくら嫌な男だと思っていても、こうもあっさりと、イザークにも分かるように無視されては、面白くもない。 「俺……アイツに何か、したか?」 初対面でいきなり殴りかかった。 それ以降も、ことあるごとに蹴りを入れようとしたり、している。 でもそれは、ミゲルにも非はあることだし、ミゲルはそんなイザークを面白がってすらいたのに……。 「あ〜っもう!」 イザークはその髪をガシガシとかき回す。 綺麗な銀髪も、こうなっては形無しだ。 「直接、話を聞きにいこう」 それで何かしていたなら、謝ればいい。 そうでなくてはなんだか……なんだか気持ちが悪い。 アレだけちょっかいをかけてきた相手なのだ。 急にこうも大人しくなられては……。 そこまで考えて、イザークは首をかしげた。 何故こうも、ミゲルが気になるのだろう? 母親とアスラン以外の人間に、執着などしたことがなかった。 それなのに、何故……? 分からなかった。 けれどそれでも、ミゲルの元へ、向かう。 ミゲルなら、答えを知っているかもしれない。 いかにイザークより格下の緑のパイロットだろうと、彼はイザークより五年も早くこの世に生を受けたのだ。 当然その経験値は、イザークの上を行く。 意を決して、イザークはミゲルの部屋へと向かう。 彼ならば、ひょっとしたら自分のこんな感情に答えをくれるんじゃないか、と。 そんな期待をして――……。 ミゲルの部屋に行き、ドアフォンを鳴らす。 すると、同室のオロールが姿を現した。 「どうしたんだ?」 「あ、オロール。ミゲルに用があるんだが、アイツは?」 「ミゲルなら、今ちょっと出ているぞ。あぁ、すぐ戻ると言っていたから、中で待ってたらどうだ?俺も用事で部屋空けるから、気にしなくていい」 赤服ルーキー五人組の面倒は殆ど、ミゲルが見ている。 ミゲル以外の緑のメンバーとの面識は、だからイザークはあまりなかった。 男と2人きりで部屋にいるとなると、拒否もする。 しかし、オロールは部屋を空けるという。 ならば、このままここで待っていてもいいかもしれない。 謝辞を述べると、イザークは部屋に入った。 オロールが頷いて、それから彼は部屋を出る。 「部屋自体は、あまり変わらないんだな……」 緑だから、赤だからと言って、部屋に違いはないらしい。 どちらの性格なのか、室内は整理整頓されている。 居心地は、悪くはない。 ぽふん、と勝手にベッドに腰掛ける。 すると丁度その視線の先に、一枚の写真が目に入った。 金髪の男と、もう一人……。 金髪は、おそらくミゲルだろう。 何気なくイザークは、その写真を手に取った。 「え……?」 透き通るような銀の髪に、アイスブルーの瞳。 白磁の肌。 己と酷似した容姿の人間が、そこには映っていた。 相手が男であることと、その髪がイザークより短いことを除けば、そっくりといっても差支えがないほど似ている。 「な……っ!誰だ、コイツ」 写真に写されているミゲルは、今よりも若干子供っぽい。 おそらく、イザークぐらいの年頃のときに取った写真なのだろう。 暫く、その場に固まったまま動けなかった。 分からない……分からない……。 写真に写っている、自分に似すぎた男。 他にも周りに人がいて、桜が咲いていて。皆が皆、同じような服装をしていることから、それが幼年学校か何かの卒業式であろうと推測して。 「おい、オロール。この前のMS戦のシュミレー……イザーク?」 「ミゲル……」 「何を……それは!」 突然部屋に戻ってきたミゲルが、固まるイザークに声をかける。 琥珀の瞳が、イザークの手の中にあるものを捉えて、瞬間ミゲルは目の色を変えた。 ぱしん……と奪い取る。 「何勝手に人のもん漁ってるんだよ、お前は」 「ちが……俺……」 剣呑な琥珀の瞳に、それがミゲルの地雷であったことを、イザークは何となくだが悟っていた。 でも、分からない。 自分に似すぎた、彼。 何故……何故……? 「俺……俺、聞きに来たんだ。どうして最近、俺を避けるのか、って。そしたらオロールが中で待ってていいって言ったから……そしたら、写真が目に入って……」 イザークの言葉に、ミゲルがふぅっと息をつく。 それから、おもむろにイザークの頭を撫でた。 「悪かった。カッとなって八つ当たりしちまった。ゴメンな?」 「俺こそ……でも……」 「あぁ、この写真?卒業式の写真だよ、幼年学校の時……今から7年前の写真だな」 イザークの問に、案外あっさりとミゲルは答える。 それだけならば、あんなに怒るようなこともなかった気がするのだが……。 「じゃあ、一緒にいるのは……?」 「…………………………親友だよ、俺の」 「親友?」 ミゲルの言葉に、イザークは目を瞠る。 親友。イザークも、いる。 ディアッカ=エルスマン。 男女の性別の垣根を越えた、親友。 それほどに仲がよく、幼い頃から何かとイザークの面倒を見てくれた。 今も、イザークの我侭に最後まで付き合ってくれるのは、そいつくらいだ。 親ほどに近しい、友人。 それが、ミゲルの場合は『彼』らしい。 「名前は、エーリッヒ=シュタルンベルク」 「そいつ……俺に似てる……」 「そうじゃないだろ、イザーク。お前があいつに似てるんだ。あいつのほうが早く、生まれてるんだから」 「っつ……!?」 ミゲルの冷たい言葉に、イザークは目を見開いた。 そうだ。確かに、そのとおりだ。 イザークよりもエーリッヒとか言うやつの方が、早く生まれた。 けれど、イザークは、イザークだ。 それを、ミゲルが否定するのか。 女だからといってからかいつつも、ミゲルは自分を見てくれていると、思った。 口ではなんと言おうと、ミゲルはイザークをイザークとして見てくれている、と。 けれど今、ミゲルはイザークを否定した……。 胸が、痛かった。 否定、された……否定、された……。 がんがんと、警鐘が鳴り続ける。 煩い……煩い……煩い……。 ミゲルは、イザークを否定した。 今まで構ってきたのもすべて、友人に似ていたからだ、と。 言葉にせずともそう言った。 慌てて、イザークは部屋を出た。 逃げるなどということは、彼女が最も忌むべきことであるというのに。 彼女は、逃げ出した。 だから、彼女は知らないのだ。 独りになった部屋で、ミゲルが呟いた言葉を……。 「これが『恋』なのか。それとも『執着』なのか。俺にもわかんねぇんだよ……」 恋だと、思った。 でも、違うのかもしれない。 死んだ友人によく似た面影を、求めているだけなのかもしれない……。 分からない。 自分の感情が、求めるものが。 一番、分からない――……。 廊下を駆けて行くと、人にぶつかった。 見慣れた、赤い布地。 顔をあげると、藍色の髪が目に入った。 「ちょっとちょっと2人とも。大丈夫?」 お呑気そうなラスティの声も、聞こえる。 ぶつかった弾みで、アスランを押し倒してしまったらしい。 「俺は大丈夫だ。……イザーク、怪我は?」 「ちょっと、イザーク?どうしたの?何かあったの?」 ラスティが心配そうな顔をしながら、頭を撫でる。 首を振って、立ち上がろうとする。 「何でも……」 「ない、何て顔じゃないっしょ、イザーク。自分の顔、鏡で見てみなよ」 「何があったんだ?イザーク」 アスランに頼るのは、癪だった。 普段のイザークだったら絶対に、アスランにだけは頼らない。 けれど今はただ、『イザーク』と。そう名前を呼ばれるのが嬉しくて。 誰でもいいから、自分を認めて欲しい。 イザーク=ジュールとしての自分を、認めて欲しくて。 否定、しないでほしい。 イザーク=ジュールとして生きてきた年月を。 この人生を、否定しないで欲しい。 自分は、自分だ。イザークは、イザークだ。 顔が似ていても、エーリッヒとか言う男の身代わりなんかじゃない。 ミゲルに、認めて欲しい……。 声も出さずに涙を流すイザークに、アスランとラスティは顔を見合わせることしか出来なかった――……。 アレ?妙に重い話になってきてませんか、緋月さん。 いや、もともとの設定が、そもそも重かったですけど。 ミゲル……何。 イザークがすっかり恋する乙女だよ、あわわわわ。 女の子だし、これくらいはいいかなぁ、と。 ここまで読んでいただき、有難うございました。 |