彼が、好きだった。

愛しくて、愛しくて。

だから、彼に全てあげた。

それは、単なる言葉のあやでもなんでもなく。

本当に自分は、彼に全てをあげたのだ――……。






Y






ただ、羨ましかった。

アスランはずっと……ずっとイザークが好きだった。
アカデミーの頃から、ずっと。
ずっと、彼女だけを見ていた。

母親以外に執着を示さない、彼女。
だからアスランは、イザークより優れていることを見せなくてはならなかった。
自分は、イザークよりも優れている、と。
だから、俺を見て。
俺に勝つことに、執着して、と。

目論見は、成功した。
イザークはそのただ一点において、アスランに執着した。
彼に勝つことに、固執した。
アスランにしてみれば、それで万々歳とでも言うべきだった。

誰にも関心を示さなかった人が、己に関心を示す。
アスランがイザークの上をいく限り、そのアイスブル−の瞳が、アスランから逸らされることは、ない。
そう、思っていた。








けれどそれは、誤りだったのだ――……。



**




イライラと、彼女は唇を噛み締めた。
鬱陶しかった筈の男が、ここ数日ちっとも構ってこない。
そんなことにイライラする自分が、余計に苛ついた。


(あー、もう!何だってんだ)


構ってくれなくて、清々する。
そう言いきれればいいのに。
でも現実は、イザークの視線はいつも、ミゲルを探してしまう。


「何だって、あんな最低の男に!!」


いきなり、人の唇を奪うような、手の早いやつ。
信用なんて、出来やしない。
係わり合いにならなくて、清々する筈なのに……。

けれどイザークの瞳は、無意識のうちにあの男を探しているのだ。
そんな自分が、自分でもなんだか許せない。


「ミゲル……!」
「あぁ、イザークか。どうした?」
「どうした?じゃない!貴様……」
「悪ィ。俺今、急いでるんだ。用あるなら、また後でな」


たまたま廊下でミゲルに出会い、声をかけるも、あえなく撃退されてしまう。
つい今までのんびりとしていたのに、イザークが声をかけた途端、何処かに行ってしまう。
自分は、何かしてしまっただろうか……?
いくら嫌な男だと思っていても、こうもあっさりと、イザークにも分かるように無視されては、面白くもない。


「俺……アイツに何か、したか?」


初対面でいきなり殴りかかった。
それ以降も、ことあるごとに蹴りを入れようとしたり、している。
でもそれは、ミゲルにも非はあることだし、ミゲルはそんなイザークを面白がってすらいたのに……。


「あ〜っもう!」


イザークはその髪をガシガシとかき回す。
綺麗な銀髪も、こうなっては形無しだ。


「直接、話を聞きにいこう」


それで何かしていたなら、謝ればいい。
そうでなくてはなんだか……なんだか気持ちが悪い。
アレだけちょっかいをかけてきた相手なのだ。
急にこうも大人しくなられては……。

そこまで考えて、イザークは首をかしげた。
何故こうも、ミゲルが気になるのだろう?
母親とアスラン以外の人間に、執着などしたことがなかった。
それなのに、何故……?



分からなかった。
けれどそれでも、ミゲルの元へ、向かう。
ミゲルなら、答えを知っているかもしれない。
いかにイザークより格下の緑のパイロットだろうと、彼はイザークより五年も早くこの世に生を受けたのだ。
当然その経験値は、イザークの上を行く。

意を決して、イザークはミゲルの部屋へと向かう。
彼ならば、ひょっとしたら自分のこんな感情に答えをくれるんじゃないか、と。
そんな期待をして――……。



**




ミゲルの部屋に行き、ドアフォンを鳴らす。
すると、同室のオロールが姿を現した。


「どうしたんだ?」
「あ、オロール。ミゲルに用があるんだが、アイツは?」
「ミゲルなら、今ちょっと出ているぞ。あぁ、すぐ戻ると言っていたから、中で待ってたらどうだ?俺も用事で部屋空けるから、気にしなくていい」


赤服ルーキー五人組の面倒は殆ど、ミゲルが見ている。
ミゲル以外の緑のメンバーとの面識は、だからイザークはあまりなかった。

男と2人きりで部屋にいるとなると、拒否もする。
しかし、オロールは部屋を空けるという。
ならば、このままここで待っていてもいいかもしれない。

謝辞を述べると、イザークは部屋に入った。
オロールが頷いて、それから彼は部屋を出る。


「部屋自体は、あまり変わらないんだな……」


緑だから、赤だからと言って、部屋に違いはないらしい。
どちらの性格なのか、室内は整理整頓されている。
居心地は、悪くはない。

ぽふん、と勝手にベッドに腰掛ける。
すると丁度その視線の先に、一枚の写真が目に入った。

金髪の男と、もう一人……。
金髪は、おそらくミゲルだろう。
何気なくイザークは、その写真を手に取った。


「え……?」


透き通るような銀の髪に、アイスブルーの瞳。
白磁の肌。
己と酷似した容姿の人間が、そこには映っていた。

相手が男であることと、その髪がイザークより短いことを除けば、そっくりといっても差支えがないほど似ている。


「な……っ!誰だ、コイツ」


写真に写されているミゲルは、今よりも若干子供っぽい。
おそらく、イザークぐらいの年頃のときに取った写真なのだろう。





暫く、その場に固まったまま動けなかった。
分からない……分からない……。
写真に写っている、自分に似すぎた男。
他にも周りに人がいて、桜が咲いていて。皆が皆、同じような服装をしていることから、それが幼年学校か何かの卒業式であろうと推測して。


「おい、オロール。この前のMS戦のシュミレー……イザーク?」
「ミゲル……」
「何を……それは!」


突然部屋に戻ってきたミゲルが、固まるイザークに声をかける。
琥珀の瞳が、イザークの手の中にあるものを捉えて、瞬間ミゲルは目の色を変えた。
ぱしん……と奪い取る。


「何勝手に人のもん漁ってるんだよ、お前は」
「ちが……俺……」


剣呑な琥珀の瞳に、それがミゲルの地雷であったことを、イザークは何となくだが悟っていた。
でも、分からない。
自分に似すぎた、彼。
何故……何故……?


「俺……俺、聞きに来たんだ。どうして最近、俺を避けるのか、って。そしたらオロールが中で待ってていいって言ったから……そしたら、写真が目に入って……」


イザークの言葉に、ミゲルがふぅっと息をつく。
それから、おもむろにイザークの頭を撫でた。


「悪かった。カッとなって八つ当たりしちまった。ゴメンな?」
「俺こそ……でも……」
「あぁ、この写真?卒業式の写真だよ、幼年学校の時……今から7年前の写真だな」


イザークの問に、案外あっさりとミゲルは答える。
それだけならば、あんなに怒るようなこともなかった気がするのだが……。


「じゃあ、一緒にいるのは……?」
「…………………………親友だよ、俺の」
「親友?」


ミゲルの言葉に、イザークは目を瞠る。
親友。イザークも、いる。
ディアッカ=エルスマン。
男女の性別の垣根を越えた、親友。
それほどに仲がよく、幼い頃から何かとイザークの面倒を見てくれた。
今も、イザークの我侭に最後まで付き合ってくれるのは、そいつくらいだ。
親ほどに近しい、友人。
それが、ミゲルの場合は『彼』らしい。


「名前は、エーリッヒ=シュタルンベルク」
「そいつ……俺に似てる……」
「そうじゃないだろ、イザーク。お前があいつに似てるんだ。あいつのほうが早く、生まれてるんだから」
「っつ……!?」


ミゲルの冷たい言葉に、イザークは目を見開いた。
そうだ。確かに、そのとおりだ。
イザークよりもエーリッヒとか言うやつの方が、早く生まれた。
けれど、イザークは、イザークだ。
それを、ミゲルが否定するのか。



女だからといってからかいつつも、ミゲルは自分を見てくれていると、思った。
口ではなんと言おうと、ミゲルはイザークをイザークとして見てくれている、と。
けれど今、ミゲルはイザークを否定した……。

胸が、痛かった。
否定、された……否定、された……。
がんがんと、警鐘が鳴り続ける。
煩い……煩い……煩い……。

ミゲルは、イザークを否定した。
今まで構ってきたのもすべて、友人に似ていたからだ、と。
言葉にせずともそう言った。



慌てて、イザークは部屋を出た。
逃げるなどということは、彼女が最も忌むべきことであるというのに。
彼女は、逃げ出した。
だから、彼女は知らないのだ。
独りになった部屋で、ミゲルが呟いた言葉を……。


「これが『恋』なのか。それとも『執着』なのか。俺にもわかんねぇんだよ……」


恋だと、思った。
でも、違うのかもしれない。
死んだ友人によく似た面影を、求めているだけなのかもしれない……。








分からない。
自分の感情が、求めるものが。
一番、分からない――……。



**




廊下を駆けて行くと、人にぶつかった。
見慣れた、赤い布地。
顔をあげると、藍色の髪が目に入った。


「ちょっとちょっと2人とも。大丈夫?」


お呑気そうなラスティの声も、聞こえる。
ぶつかった弾みで、アスランを押し倒してしまったらしい。


「俺は大丈夫だ。……イザーク、怪我は?」
「ちょっと、イザーク?どうしたの?何かあったの?」


ラスティが心配そうな顔をしながら、頭を撫でる。
首を振って、立ち上がろうとする。


「何でも……」
「ない、何て顔じゃないっしょ、イザーク。自分の顔、鏡で見てみなよ」
「何があったんだ?イザーク」


アスランに頼るのは、癪だった。
普段のイザークだったら絶対に、アスランにだけは頼らない。
けれど今はただ、『イザーク』と。そう名前を呼ばれるのが嬉しくて。
誰でもいいから、自分を認めて欲しい。
イザーク=ジュールとしての自分を、認めて欲しくて。

否定、しないでほしい。
イザーク=ジュールとして生きてきた年月を。
この人生を、否定しないで欲しい。
自分は、自分だ。イザークは、イザークだ。
顔が似ていても、エーリッヒとか言う男の身代わりなんかじゃない。

ミゲルに、認めて欲しい……。




声も出さずに涙を流すイザークに、アスランとラスティは顔を見合わせることしか出来なかった――……。







アレ?妙に重い話になってきてませんか、緋月さん。
いや、もともとの設定が、そもそも重かったですけど。
ミゲル……何。
イザークがすっかり恋する乙女だよ、あわわわわ。
女の子だし、これくらいはいいかなぁ、と。

ここまで読んでいただき、有難うございました。