優しかった、人。

自分を認めてくれた、人。

だから、拒絶が怖かった。

分かったんだ。




俺は彼に、恋してた――……。






Z






ぽろぽろと、そのアイスブルーの瞳からは涙が溢れる。
アスランはその様に、絶句した。
普段の彼女からは、想像もつかないその姿。
それをさせているのは、ミゲルなのだ。
ミゲル=アイマンだけが、彼女にこんな顔をさせることが、できる。

わけもなくアスランは、そんなことを感じた。
悔し、かった。

アカデミーの頃からずっと、アスランはイザークを見ていた。
否、それ以前からずっと。
月の幼年学校からプラントに戻ってきて、ザラ家で開かれたパーティ。
その会場で、アスランはイザークに出会った。

父にしてみれば、婚約者として定められたラクス=クラインとアスランを娶わせるために開いたパーティだったのだろう。
しかしアスランの目に留まったのは、母親であるエザリア=ジュールに連れられて、お仕着せのように美しいドレスを――所作は素晴らしかったが――着た、イザークの姿だった。

その時からずっと、恋焦がれてきた。
その美しい美貌に。
その苛烈な魂に。
ずっと、ずっと――……。

けれどイザークの瞳に、アスランが留まることはなかった。

アスランは、イザークよりも年下だから。
だから初めから、圏外の扱いをされる。
ならば、実力を示すしかないだろう。
アスランは、イザークよりも優れている、と。
それさえ示せば、自分の実力に絶対的な自信を抱いているイザークはきっと、己を意識してくれる、と。
ただそう思っていたのに――……。

イザークが今、涙を流している。
自身ですら、何故泣いているかも分からない、といった風情で。
流す涙は、誰のため?
アスランはそう、問いかけずにはいられない。

僕を、見てと。
僕だけを、見てと。
そう言わずには、いられない。
何故、自分ではいけなかったのか。
彼女を愛しているのは、自分だったのに。
自分のほうがずっとずっと、彼女を見ていたのに。

けれど彼女が選んだのは、アスランではないのだ。
彼女が選んだのは、ミゲル=アイマン。
それが、ただ哀しくて、悔しくて。


「俺は、俺なのに……」
「イザーク?」
「俺は、イザーク=ジュールだ。それ以外の何者でもないのに……」
「そうだよ。イザークは、イザークだよ」


アスランよりもはるかに人とのかかわりになれたラスティが、そう言う。
けれどイザークは、泣きじゃくるだけで。
どうすればいいのか、分からない。


「何があったの?イザーク」
「ミゲルが……」


囁きは、とても小さかった。
普段のイザークからはとても考え付かない弱い弱いその、声。
だからこそ余計に、イザークが傷ついているのだと思って。
傷ついた彼女が、愛しくて。
慰めてやりたいと願うのに、彼女が求めているのは、己じゃない。
彼女が求めているのは、彼女でさえ分かっていないだろうにミゲル=アイマンただ一人で。
それが、悔しい。


「とりあえず、イザーク。俺たちの部屋においでよ。ここじゃ、なんだし」


ラスティの提案に、イザークは頷く。
確かにここじゃ、あれだ。
何時人がくるかも、分からない。
泣き顔を見られたのは非常に気恥ずかしいが、ここはラスティに従うことにした。



**




「イザーク、ホットミルクでいい?」
「……できれば、それ以外で」
「あれ?イザーク、ホットミルク嫌いだったっけ?」


ラスティの問いかけに、イザークはぷいと顔を背ける。
それで、大体分かってしまった。
分かりたくもない事を、分かってしまったんだ。

おそらくそれもミゲル絡み、と。
そんなこと、知りたくもなかったのに……。

ねぇ、イザーク。俺は、ずっとずっと、君を見ていたんだよ?
なのにどうして、君は俺以外の人を愛したの?

言葉にも出来ないその問いを、ただただ重ねる。
心の中で。
声にはとても、出せない。
声に出して問うことも、出来ない。

マグに紅茶を入れて、ラスティはイザークに渡した。
パックの紅茶は、茶葉からのそれと違って、香りも味も落ちる。
それでもイザークは、表情を落ち着かせるから。
ラスティも思わず、ほっとする。


「で?どうしたの?イザーク」
「俺は……俺は、俺なのに……」
「そうだよ。イザークは、イザークだ。イザーク以外の何者でもない。誰かがそれを否定でもしたの?」
「俺は、俺なのに……」
「うん」


イザークの扱いは、ラスティに任せる。
ラスティの方が、アスランよりもずっと人付き合いには慣れているから。
ラスティの方がアスランよりも、何かを聞き出すにも適しているから。
問いただしたい思いを、堪えて。


「ミゲルは、俺を否定する」
「ミゲルが?」
「俺……俺は……」
「落ち着いて、イザーク。ミゲルが、イザークに何を言ったの?何をしたの?ゆっくりでいいから、話してごらん?」


ラスティの優しい声に、イザークは何度も頷く。
今……今のイザークは本当に、頼りない女の子みたいで……。
確かにイザークは女の子なのだけれど。

普段のイザークは、そんな姿は見せない。
いつも、毅然としていて。
女の子なのに、そんなことを感じさせない毅い女性。
それが、イザークなのに。

そんなイザークにこんな顔をさせることができるミゲルに、この時アスランは確かに嫉妬した。


「俺は……俺は……。ミゲルの親友は、俺に似てるんだって」
「ミゲルの親友が……?」
「あぁ、違う」


問い直すラスティに、イザークは自嘲気味な笑顔を見せた。
全てを諦めてしまったかのような、そんな笑みを。
そんな笑顔、イザークには似合わないのに。
自信に溢れた笑顔こそが、イザークには似つかわしいのに。


「俺が、ミゲルの親友に似てるんだって……」
「イザーク」
「俺は、俺なのに……俺でしかないのに。ミゲルは、俺を否定する。俺以外を、見る」


それを思うと、胸が痛くなった、と。
アイスブルーの瞳に涙を浮かべたまま、イザークは言い募る。


「どうしてイザークは、傷ついたの?」
「どうしてって……」
「自分を否定されたから?でもそれは、違うっしょ?俺やアスランに否定されても、イザークはここまで傷つかなかったでしょ?」


ラスティの問いに、イザークはきょとんとした顔をする。
何故自分が傷ついているのかも、分からない。
どこまでも世間知らずな……だからこそ無意識のうちにアスランを傷つける、人。

言わないで、欲しい。
ラスティのその問いを、封じてしまいたい。
イザークに己の感情を気付かせてしまったら、イザークはもう決して、アスランを見てはくれない。

イザークは、無意識のうちにミゲルに恋心を抱いている。
おそらくイザークですら、気づかぬままに。

初めは、ムカつく嫌な奴だったのだろう。
女の癖にMS乗りかとからかわれ、アカデミー万年次席と言われ。
イザークの高すぎるプライドは、そんなこと冗談でも許容できないから、初めはただただそんなミゲルに腹が立つだけだったのだろう。
けれど、ミゲルはすべての垣根を乗り越えて、イザークを見た。

ジュール家の娘だとか、そう言うものは、ミゲルの前には関係がなかった。
確かに『ジュール家の令嬢なのに』等と言って、からかうこともあった。
けれど一度も、名門家の令嬢だからなどといった色眼鏡でイザークを見たことはない。
女だから頼ってもいいのだと言ったりもしたが、女であってもその実力を認めていた。
知らず知らずのうちにイザークは、そんなミゲルに魅かれていたのだろう。

アスランだって、そうだったのに。
けれどアスランは、出遅れてしまった。
アスランが名乗りをあげる前にミゲルが名乗りをあげて、イザークはミゲルしか見なくなっていた。
イザークの目はミゲルに向いていて、この先もきっと、アスランを見ることはない。


「そんなことは、ない。誰かに否定されたら、それが誰だろうと悔しいと思う」
「うんうん。悔しいね。でも、哀しくはないんでしょ?」
「え?」
「俺に否定されても、哀しくはないんでしょ?じゃあ、どうしてイザークは、ミゲルに否定されて、哀しくなったの?」


ラスティが、言葉を重ねる。
その先の答えを、知っているのに。
イザークの抱く感情の名前を、知っているのに。
アスランは何も……何もすることが出来ない。
人の気持ちだけは、どうすることも出来ない。
無理矢理にでも気持ちを変えることが出来るのなら、どんな手を使っても、イザークを心変わりさせるのに。
そんなことは、出来ないのだ……。

イザークはもう、ミゲルを意識している。
それはもう、誰にも変えることが出来ないのだ……。


「哀しい……」
「そうだね、ミゲルに否定されたから、哀しかったんだね。でもそれは、どうして?どうして、哀しむの?だってイザークは、ミゲルのことムカつく嫌な奴だって言ってたっしょ?」
「それは……」
「好意を寄せている人に否定されたら、誰だって哀しいよ」


ラスティのイザークよりも濃い青の瞳は、真剣そのもので。
イザークは目を離せなくなった。


「ラスティ!」


アスランは慌てて、声を出す。
気づかせては、いけない。
全てに、蓋をして。
そうでなければイザークは、己の気持ちに気づいてしまう。
気持ちに気づいて、ミゲルだけの物になってしまう。
それが、悔しくて。


「黙っててよ、アスラン」
「だが!」
「俺は、イザークの幸せを望む。イザークがあの情けないヘタレを想うなら、それに協力する」


イザークを幸せに出来ないときは、どんな手を使っても奪い取るけどね。
そう、心の中で呟いて。
ラスティはアスランの反論すら、封じる。


「イザークはミゲルのこと、好きっしょ?」
「好き……?」
「そう。イザークはミゲルのことが、好きなんだよ」
「好き……?俺が、アイツを……?」


アイスブルーの瞳を、零れんばかりに大きく見開く。
幼い表情はとても可愛らしいのに、他の男のモノなのだ。
その事実が、痛くて……。


「好き……」


呟いて、何度も何度もその言葉を確かめるように。
何度も何度も、呟いて。




漸く浮かんだ笑顔は、アスランもラスティも望んでいたものだったけれど。
あまりにも、遠い気がした。

彼女が想う対象が、自分ではないこと。
その事実だけが、痛いくらいに2人を苛んでいた――……。







胸が、痛くて。

否定が、怖かった。

でもそれも全て、彼を想っていたから。

知らないうちにこんなにも、彼に捕らえられていたから。

だからこんなにも、胸が痛いんだ――……。







二つのカップリングをほぼ同時進行で書くという時間軸の判然としていないものを書いているせいか、どうも一つ一つのカップリングの扱いがおざなりになっているような気がしてトホホです。
でもこれで、イザークの初恋には蹴りがついた、と。
勝手に解釈をしておきます。
て言うか私、「Misericorde」の更新、異常に早いよ。

web拍手が本当に、嬉しかったみたいです。
メッセージいただけると、嬉しくて。
頑張らなきゃって思えるから不思議です。
一応、暫くの間はミゲイザ強しでいいようでしたので。
ミゲイザで。
ミゲルラブなせいか、最近異常に好きです、このカップリング。

それでは、ここまでお読みいただきまして、有難うございました。