ただ、ナチュラルを信じていた。 自分たちコーディネイターを生み出した、その存在を。 彼らと協調することを信じていた、夢想家。 そんな友人の顔が頭をちらついて、離れない――……。 [ 「何で今更、お前を思い出させるんだよ……」 恋だと、思った。 透けるような銀の髪。 白い滑らかな、肌。 潔すぎる、強い瞳。 恋だと、思った。 彼女に恋している。彼女に恋した。 わけもなくそう思い、そう信じた。 直感、だった。 ただ、見惚れた。 目が離せなくて、その姿をいつも追いかけた。 それが、こんなことになるなんて……。 「忘れてた、から?俺が幸せになるのが、許せないから……?」 呟いて、ミゲルは顔を俯かせる。 恋だと、思った。 愛していると、思った。 自分の全てをかけて愛する人だと、わけもなく直感したのに……。 「お前を殺した俺が、幸せになるのが許せないか?……エーリッヒ」 だから今頃になって、彼の存在を己に思いださせたのか。 そう考えて、そう考えざるを得ない己の卑小さに、卑屈さに絶句した。 なんて、愚かな男か。 彼女を傷つけたのは、彼だ。 彼こそが、彼女を傷つけた。 傷つけたいわけじゃ、ない。 泣かせたいわけじゃ、ないのに……。 至高の輝きを放つアイスブルーの瞳に涙を浮かべて、彼女は出て行った。 追いかけることすらも、彼はできなかった。 分からない、のだ。 自分の感情が。 この思いの向く先が。 ……分からない。 彼女を愛しているのかさえ、分からないのに。 なのに彼女を追いかける、何て。 ……出来るはずも、ない。 「お前が悪いわけじゃ、ないんだ。イザーク……」 聞こえる筈もない、声。 それでも、囁かずにはいられなかった。 なんて酷いことを、言ったのだろう。 彼女の存在を無視するようなことを、口にしてしまった。 何て何て酷い、ことを……。 込み上げてくる苦味を、懸命に押し戻そうと、する。 それすらも、今の彼には不可能で。 「お前が、悪いわけじゃないんだ……っ!」 悪いのは寧ろ、自分だ。 彼女を傷つけた、己こそが。 いかな罰を受けても救いようがないほどに、愚かで。 「俺があの時……あの時、エーリッヒを殺しちまったから……っ!!」 その唇が紡ぐ、悲痛な叫び。 それを聞くものは、なかった――……。 漸く気づいた己の想いに、イザークは戸惑う。 『好き』。 ミゲルが、『好き』。 今まで誰にも感じたことのない、抱いたことのない情熱。 けれど……。 「でもお前は、違うんだよな……」 母から譲り受けた、貌。 美しい母は、何よりも憧れで。 女に生まれたからには、母のようになりたい、と。ずっとそう思っていた。 けれどこの顔に生まれたことが、こんなにも胸を苛むことになるなんて……。 思っても見なかった。 「親友……だもんな。忘れたくても、忘れられないよな、普通」 ディアッカが自分以外の誰かを『親友』と言えば、悔しくて仕方がないだろう。 親ほどではないにしても、『去るもの追わず』で済ますには、あまりにも自身の心に深く根をおろした存在。 それが、『親友』だと思う。 だとすれば、ミゲルの思いも、仕方がないのかもしれない。 でも、自分は『女』で。 ミゲルの親友は、『男』で。 圧倒的に自分のほうが、有利な筈なのに。 いくら『親友』であったとしても、関係ないはずなのに。 何故彼は、あんな冷たいことを言うのだろう。 『お前が、エーリッヒに似てるんだ』 だなんて。 言わなくてもいいはずの言葉。 何故……? 己の親友と同じ顔であると言うことは、そんなにも大きな意味を持つことなのだろうか。 自分は、そうは思わない。 それともそれも、男女の性別の違いがなせる業、とでも? 男は、そう言うものなのだろうか……? 「自分の親友と同じ顔の女って、そんなに大きな意味を持つのか?」 自分の話を聞いて、受け容れてくれるラスティに、問いかける。 深いブルーの瞳を、ラスティは優しく細めて。 「そんなことはないよ?顔なんて、関係ないっしょ。そんな外見的なものが、その人に、何かの価値を齎すものだと思う?」 と聞かれれば、自分の美貌に頓着しないイザークは、そんなことはないな、と頷く。 母親を、美しいと思う。 そして己もそんな母に生き写しと言われるたび、誇らしく思う。 けれどだからと言って、自分が『綺麗』になるとは、思わない。 精々、『あの母上の娘だから、まぁそこそこなんだろう』 自分の美貌に対するイザークの評価は、その程度だった。 「でも、迷うものかもしれないぞ?」 それまで黙っていたアスランの言葉に、ラスティとイザークは顔をあげる。 翡翠の双眸に映る、影。 それは、幼い昔を邂逅しているものなのだろうか。 酷く、切なげな目をしていた。 「どういうこと?アスラン」 「だからな、ラスティ。迷うものかも知れない。例えその相手が好きだとしても、親友に似てるわけだろ?『自分は友人の代用を求めているのではないか』って。迷うんじゃないかな」 「それ、イザークにすっごく失礼!そんな代用で済ませられるような、半端な美人じゃないもん。なぁ、イザーク?」 きゅうっとイザークを抱きしめて、ラスティが確認を促すように小首を傾げる。 「ラ……ラスティっっ!!」 急に抱きしめられて、イザークが上擦った声を洩らす。 接触は、あまり得意じゃない。 慌てて体を離すと、ラスティがさも残念そうに舌打ちをした。 そうでなくても、気恥ずかしいのに。 他人に弱みを見せることを、イザークは好まない。 それなのに、二人の前で泣いて。 ミゲルが好きだ、何て。 己の失態に、目眩すらしそうだ。 「えぇっと、済まなかったな。せっかくの休憩時間に」 顔を赤らめながらいうイザークに、ラスティは笑顔を見せた。 「気にしないで、イザーク」 「だが……」 「イザークの役に立てたなら、嬉しいよ。それに、誰にも言わないから安心して」 「気にするな、イザーク」 アスランは気に食わないが、ラスティの言葉に、安心する。 こんなこと、誰かに知られたら、イザークの高すぎるプライドはズタズタだ。 礼を言って、二人の部屋を出る。 廊下に出た時にはもう、イザークはいつものイザークに戻っていた。 すうっと息を吸って、表情を改める。 普通の少女のようなあどけない無垢さを引っ込めて。 クールで冷徹な顔に。 クールビューティと。そう称される顔に。 表情を改めて。 「覚悟しとけよ、ミゲル」 この自分の心を、捕らえた責任は重い。 今度は自分が、彼を捕らえなくては。 負けて、堪るものか。 「絶対に、負けない」 自分は、『女』なのだ。 ミゲルと恋愛だって出来る、『女』なのだ。 『親友』の男には、負けない。 顔が似ている、ただそれだけであの男はこの自分と彼の親友を混同しようとした。 そんなことは、許せない。 だから、手に入れるのだ。 ミゲルごと、ミゲルのすべてを。 それが、『イザーク=ジュール』であるはず。 「絶対に、許さない」 彼を、許すわけにはいかない。 束縛を厭うイザークを、捕らえた。 絶対に、許さない。 だから、手に入れるのだ。 「覚悟しとけよ、ミゲル。……絶対に、負けないからな」 自分に、夢中にさせてやる。 イザークとエーリッヒとやらを混同するようなことが二度とないように。 混同できないくらいに、夢中にさせてやるのだ。 賽は、投げられた。 運命の輪は、知らず知らずのうちに軋む音を立てて回り始めた。 後の悲劇を、奏でるように――……。 だんだん最後の纏め方に苦しくなって来ました。 『Misericorde』好きと言って下さる方、有難うございます。 私も書いていて楽しい作品なので、好きと言っていただけるのは嬉しいです。 これからも頑張りますので、よろしくお願いいたします。 |