思い出すのは、笑顔しか浮かべたことのない、親友の顔。

ただ、ナチュラルを信じていた。

自分たちコーディネイターを生み出した、その存在を。

彼らと協調することを信じていた、夢想家。

そんな友人の顔が頭をちらついて、離れない――……。






[






「何で今更、お前を思い出させるんだよ……」


恋だと、思った。
透けるような銀の髪。
白い滑らかな、肌。
潔すぎる、強い瞳。

恋だと、思った。
彼女に恋している。彼女に恋した。
わけもなくそう思い、そう信じた。
直感、だった。
ただ、見惚れた。
目が離せなくて、その姿をいつも追いかけた。
それが、こんなことになるなんて……。


「忘れてた、から?俺が幸せになるのが、許せないから……?」


呟いて、ミゲルは顔を俯かせる。
恋だと、思った。
愛していると、思った。
自分の全てをかけて愛する人だと、わけもなく直感したのに……。


「お前を殺した俺が、幸せになるのが許せないか?……エーリッヒ」


だから今頃になって、彼の存在を己に思いださせたのか。

そう考えて、そう考えざるを得ない己の卑小さに、卑屈さに絶句した。
なんて、愚かな男か。
彼女を傷つけたのは、彼だ。
彼こそが、彼女を傷つけた。

傷つけたいわけじゃ、ない。
泣かせたいわけじゃ、ないのに……。

至高の輝きを放つアイスブルーの瞳に涙を浮かべて、彼女は出て行った。
追いかけることすらも、彼はできなかった。






分からない、のだ。
自分の感情が。
この思いの向く先が。
……分からない。

彼女を愛しているのかさえ、分からないのに。
なのに彼女を追いかける、何て。

……出来るはずも、ない。


「お前が悪いわけじゃ、ないんだ。イザーク……」


聞こえる筈もない、声。
それでも、囁かずにはいられなかった。
なんて酷いことを、言ったのだろう。
彼女の存在を無視するようなことを、口にしてしまった。

何て何て酷い、ことを……。

込み上げてくる苦味を、懸命に押し戻そうと、する。
それすらも、今の彼には不可能で。


「お前が、悪いわけじゃないんだ……っ!」


悪いのは寧ろ、自分だ。
彼女を傷つけた、己こそが。
いかな罰を受けても救いようがないほどに、愚かで。


「俺があの時……あの時、エーリッヒを殺しちまったから……っ!!」


その唇が紡ぐ、悲痛な叫び。
それを聞くものは、なかった――……。



**




漸く気づいた己の想いに、イザークは戸惑う。
『好き』。
ミゲルが、『好き』。
今まで誰にも感じたことのない、抱いたことのない情熱。
けれど……。


「でもお前は、違うんだよな……」


母から譲り受けた、貌。
美しい母は、何よりも憧れで。
女に生まれたからには、母のようになりたい、と。ずっとそう思っていた。

けれどこの顔に生まれたことが、こんなにも胸を苛むことになるなんて……。
思っても見なかった。


「親友……だもんな。忘れたくても、忘れられないよな、普通」


ディアッカが自分以外の誰かを『親友』と言えば、悔しくて仕方がないだろう。
親ほどではないにしても、『去るもの追わず』で済ますには、あまりにも自身の心に深く根をおろした存在。
それが、『親友』だと思う。

だとすれば、ミゲルの思いも、仕方がないのかもしれない。

でも、自分は『女』で。
ミゲルの親友は、『男』で。
圧倒的に自分のほうが、有利な筈なのに。

いくら『親友』であったとしても、関係ないはずなのに。
何故彼は、あんな冷たいことを言うのだろう。


『お前が、エーリッヒに似てるんだ』


だなんて。
言わなくてもいいはずの言葉。
何故……?

己の親友と同じ顔であると言うことは、そんなにも大きな意味を持つことなのだろうか。
自分は、そうは思わない。
それともそれも、男女の性別の違いがなせる業、とでも?
男は、そう言うものなのだろうか……?


「自分の親友と同じ顔の女って、そんなに大きな意味を持つのか?」


自分の話を聞いて、受け容れてくれるラスティに、問いかける。
深いブルーの瞳を、ラスティは優しく細めて。


「そんなことはないよ?顔なんて、関係ないっしょ。そんな外見的なものが、その人に、何かの価値を齎すものだと思う?」


と聞かれれば、自分の美貌に頓着しないイザークは、そんなことはないな、と頷く。
母親を、美しいと思う。
そして己もそんな母に生き写しと言われるたび、誇らしく思う。
けれどだからと言って、自分が『綺麗』になるとは、思わない。
精々、『あの母上の娘だから、まぁそこそこなんだろう』
自分の美貌に対するイザークの評価は、その程度だった。


「でも、迷うものかもしれないぞ?」


それまで黙っていたアスランの言葉に、ラスティとイザークは顔をあげる。
翡翠の双眸に映る、影。
それは、幼い昔を邂逅しているものなのだろうか。
酷く、切なげな目をしていた。


「どういうこと?アスラン」
「だからな、ラスティ。迷うものかも知れない。例えその相手が好きだとしても、親友に似てるわけだろ?『自分は友人の代用を求めているのではないか』って。迷うんじゃないかな」
「それ、イザークにすっごく失礼!そんな代用で済ませられるような、半端な美人じゃないもん。なぁ、イザーク?」


きゅうっとイザークを抱きしめて、ラスティが確認を促すように小首を傾げる。


「ラ……ラスティっっ!!」


急に抱きしめられて、イザークが上擦った声を洩らす。
接触は、あまり得意じゃない。
慌てて体を離すと、ラスティがさも残念そうに舌打ちをした。

そうでなくても、気恥ずかしいのに。
他人に弱みを見せることを、イザークは好まない。
それなのに、二人の前で泣いて。
ミゲルが好きだ、何て。
己の失態に、目眩すらしそうだ。


「えぇっと、済まなかったな。せっかくの休憩時間に」


顔を赤らめながらいうイザークに、ラスティは笑顔を見せた。


「気にしないで、イザーク」
「だが……」
「イザークの役に立てたなら、嬉しいよ。それに、誰にも言わないから安心して」
「気にするな、イザーク」


アスランは気に食わないが、ラスティの言葉に、安心する。
こんなこと、誰かに知られたら、イザークの高すぎるプライドはズタズタだ。
礼を言って、二人の部屋を出る。
廊下に出た時にはもう、イザークはいつものイザークに戻っていた。
すうっと息を吸って、表情を改める。
普通の少女のようなあどけない無垢さを引っ込めて。
クールで冷徹な顔に。
クールビューティと。そう称される顔に。
表情を改めて。


「覚悟しとけよ、ミゲル」


この自分の心を、捕らえた責任は重い。
今度は自分が、彼を捕らえなくては。
負けて、堪るものか。


「絶対に、負けない」


自分は、『女』なのだ。
ミゲルと恋愛だって出来る、『女』なのだ。
『親友』の男には、負けない。
顔が似ている、ただそれだけであの男はこの自分と彼の親友を混同しようとした。
そんなことは、許せない。
だから、手に入れるのだ。
ミゲルごと、ミゲルのすべてを。
それが、『イザーク=ジュール』であるはず。


「絶対に、許さない」


彼を、許すわけにはいかない。
束縛を厭うイザークを、捕らえた。
絶対に、許さない。
だから、手に入れるのだ。


「覚悟しとけよ、ミゲル。……絶対に、負けないからな」


自分に、夢中にさせてやる。
イザークとエーリッヒとやらを混同するようなことが二度とないように。
混同できないくらいに、夢中にさせてやるのだ。



賽は、投げられた。
運命の輪は、知らず知らずのうちに軋む音を立てて回り始めた。
後の悲劇を、奏でるように――……。







だんだん最後の纏め方に苦しくなって来ました。
『Misericorde』好きと言って下さる方、有難うございます。
私も書いていて楽しい作品なので、好きと言っていただけるのは嬉しいです。

これからも頑張りますので、よろしくお願いいたします。