俺は、何もできなかった。

何もできずに……親友は死んだ。


俺を、恨んでいるのか?

恨んでも、それは当然だと思う。

だからそのことを、どうこう言う気はないけど。



どうして、今になって思い出させる?

忘れたかった。

忘れていたかった。

彼女がお前に似ているということを何もかも。

全て、忘れて。

彼女を、愛したかっただけなのに――……。






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ただ、気分が重たかった。
イザークを、傷つけた。
傷つけて、しまった。
多分彼女は、変わる。
もう二度と、以前のようには接してくれまい。

可愛いと思った。
自分の言葉一つでムキになって。
突っかかって。
幼い純粋さは、もう失ってしまったから。
そんな彼女を、可愛いと思う。

綺麗だと、思った。
陶器のような白い白い肌。
煌く銀の髪。
宝石のようなアイスブルーの瞳。
まるでビクスドールのような……けれど人形では有得ない、生あるものだからこその、美しさ。

ただ綺麗だと思い、見惚れた。

危なっかしくて。
放って置けなくて。
気付けば視線で追って。

それだけで、止めておけばよかった?
欲しいと、思わなければ……?



埒のない。
自分で自分に苦笑する。
違う。
己を、嘲らずにはいられなかった。


「ミゲル!」
「……あ〜……。ニコルか。どうした?」


この時間なら、飯食ってんじゃないの?
と暗に尋ねる。


「それどころじゃありません!また……」
「また、あいつら……か?」
「とりあえず、来てください。ミゲルじゃないと、収まりません」
「パス」


引っ張っていこうとするニコルの手を振り解いて、言う。
顔なんて、合わせられる筈がない。
何よりも。今まで見せてくれた表情と、きっと変わるだろう。
今までなら、悔しそうに顔を赤らめながら、どこか照れくさそうにしていたが、もうそんなイザークは望めまい。
嫌悪で、顔を顰めるだろうか?
そんなイザークしか、想像できないから。


「パスじゃありません!もう、本当に収拾がつかないんです!」
「だ〜か〜ら〜」
「ニコル!何やってんだ。早くミゲル引っ張ってこいって言っただろ!このままじゃまた、俺たちの部屋が……!」
「ディアッカ、いいところへ!……さぁ、行きますよ。ミゲル」
「何で俺が……」
「あんたが俺たちの世話係兼、イザークの子守係だろうが!」


ディアッカは一喝し、そのままニコルと片腕ずつミゲルの腕を掴むと、ずるずると引っ張っていった。
……合掌。



**




「い〜や!絶対に手を抜いていた!」
「しつこいな、イザーク。手抜きなんてしない」
「嘘をつけ、嘘を!貴様、俺が女だと思って嘗めてるだろうが!」


アスランの胸倉を掴み、イザークが怒鳴り散らす。
その様を見て、食堂にいた全てのメンバーが、


「女だからと手加減する必要がどこに?」


などと思ったとしても、それはおそらく、彼らの責任ではないだろう。
……多分。


「いい加減にしてください、イザーク!食事が冷めちゃうでしょう!」
「煩い、腰抜け!文句があるならこのエースパイロット様に言うんだな!」
「イザーク!」


いつもどおりの、光景だった。
また何かの勝負にイザークが負けて。それでいちゃもんをつけて。


「違いますよ、ミゲル。今日はイザークが勝ったんです」
「え!?」
「アスラン、調子が悪かったみたいで、ずっと心ここに在らず状態だったんです。それで……」
「手抜きしたと思った、と」


難儀な性格だと、思う。
勝ってもそれを素直には喜べないのか。
本当に、難儀な性格だ。

まぁ、一番難儀なのは、それに巻き込まれるメンバーだろう。


「と、言うことで」
「ここはもう、ミゲル先輩に止めていただくしかないかなぁ、という感じなわけだ、俺たちは」
「頑張ってくださいね、ミゲル。……骨は拾ってあげますから」


にっこりと天使の笑顔で微笑むニコル。
どこか哀愁を漂わせたディアッカ。
その二人に、ぽんと争いの渦中に押しやられた。


「「ミゲル!?」」


驚いたように、二人ともミゲルの名前を呼ぶ。
反射的に、ミゲルはイザークを見てしまった。

あぁ、嫌悪感で顔を歪めるだろうか。

思わず自嘲気味に思うミゲルだったが、彼が思っていたことは起こらなかった。

いつも通り。
いつも通り、ばつが悪そうに赤らめられた頬。
拗ねたように、ぷいっと横を向いて。

いつもの、イザークだった。


「お前も、すぐにつっかるんじゃないの」
「……貴様には関係ない」
「アスランも、まともに取り合うな」
「そんなことしたら、余計イザークは凶暴化するんだ」
「とりあえず、みんな仲良く飯食え。軍人は体が資本。飯抜きで万全の力が出せませんでしたじゃ、それこそ何の言い訳にもならないぞ」
「「……分かった」」


不承不承、頷く。
それに、ほっとした。


「お疲れ様です、ミゲル。さすがですね」
「お疲れ〜。ミゲル先輩」
「お前ら……。二大怪獣大決戦状態のあの争いの渦中に、人放り込むんじゃねぇよ!!」


ミゲルの言葉は、この際彼の魂の叫びといえよう。
が、それに耳を傾ける彼らではない。


「さぁ、みんな仲良く食事にしましょう」
「あ〜、腹減った」
「……お前ら」
「ミゲル!」


思わず脱力して天を仰ぐミゲルに、声がかかった。
反射的に振り向いて、ミゲルは体をのけぞらせる。
……イザークだった。


「な……何だ?」
「話がある。ちょっと、顔貸せ」


断ることをためらうほど。
息を呑むほど美しい、真剣な眼差し。
思わずミゲルは、頷く。


「いいぜ?今からか?」
「今すぐだ」
「……分かった」


頷いて、活気づく食堂を出る。
廊下を少し行ったところで、イザークは足を止めた。


「ここでいい」
「で?話って何」


もう二度と俺の前に顔を出すな、とか。先輩面して世話を焼くな、とか。
おそらくその辺だろうか。
……おそらく、その辺だろう。


「俺は……」


ゆっくりと、イザークが口を開く。
断罪を待つ囚人とは、こんな気分なのだろうか。
緊迫した空気に、胸が早鐘を打つ。


「俺は、俺だ」
「……はい?」
「俺は、お前の親友とは、違う。俺は、イザーク=ジュールだ。イザーク=ジュール以外の何者でもない」


真剣な、真剣なアイスブルーの双眸。
それに炎のごとき煌きを内包して、イザークは言う。


「貴様は、俺を否定しようとした」
「イザーク?」
「ただ顔が似ているだけで、俺を否定しようとした。……俺の価値は、こんな外見だけにあるんじゃない!」
「それは、勿論……」


分かってると、続けようとして。
続けられなくなった。

イザークは、ぐっとミゲルの胸倉を掴む。


「絶対に、許さない!」
「……イザーク」
「だから……」


だから、もう顔を見せるな?
諦観すら抱きながら、ミゲルは思う。
けれど、どこまでもイザークは、ミゲルの予測を超えた存在だった。


「思い知らせてやるからな!俺は違うんだってこと、思い知らせてやる!もう二度と、俺とそいつを混同なんてさせてやらないからな!」
「……はい?」
「話はそれだけだ。食堂に行くぞ」


言いたいことだけを言うと、イザークはさっさと踵を返して歩き出す。



それが、答えなのか?
傷ついた目をして部屋を飛び出したお前の出した答えが、それ?
アレだけ傷つけた俺なのに、そう言うんだ?
そう言ってくれるんだ?




だったら、応えないと。


「イザーク!」
「何だ?」
「今日の訓練終わったら、消灯前に展望室にきな。……大事な話がある」
「……分かった」


一瞬、痛そうな顔をして。
それでも、イザークは頷いた。



ミゲルも、人知れず覚悟を決める。
決着を、つけねばならない。
そのためにも、『過去』からは逃げられない。















だってやっぱり、イザークを愛しいと思ってしまうから――……。







Misericorde第9話をお届けいたします。
拍手、有難うございます。
前半ギャグテイストになりましたが。これは故意です。
故意に、ギャグにしました。
……うちのサイトの小説って、どうしてこうアップダウンが激しいんだろう……?

拍手のコメントが、Misericorde関係が多くて。
よし、それじゃあ!というわけで、書いてしまいました。

……本当に、いつになったらアスイザになるんですかね、この小説は。