目を閉じれば、今でもはっきりと思い起こされる一つの光景。

燃え盛る、紅蓮の炎。

熱風に煽られて、舞い上がる銀糸の髪。



己の無力さを思い知り、力を欲した、あの日――……。






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訓練に、シミュレーション。
軍人が暇になることは、滅多にない。
戦時下でさえなければ、軍人が暇になることだってあるだろうし、本当はそれこそがあるべき姿なのかもしれないが。
戦時下の軍人に、それは望めない。

新規に入隊したイザークたちルーキーを交え、模擬戦やその他さまざまな訓練に次ぐ訓練に明け暮れる毎日だ。



心地よい疲労感が、体を満たしているのが分かる。

消灯前に展望室で。

そう約束した。
当然、寝るための準備は済ませておく必要がある。
そうでなくても、いつまでも汗みずくのままではいたくない。
想いを寄せる少女に会う約束をしていれば、なおのこと。
厳密な時間は決めていないが、まだ余裕はあるだろう、とシャワーを浴びる。

ノズルをひねると、程よく調節された湯が注がれる。
頭から被って、目を閉じる。
筋肉の筋や細胞に、暖かさが染みて、心地よい。


「何から、話そう……」


全てを、明かしてしまおうと思った。
それでもなお、イザークの瞳が曇ることなく真っ直ぐに見つめてくれたら。
自分のありのままを受け入れてくれたら、その瞬間に己のこの感情の行く末は決定する。

あのアイスブルーの瞳を曇らせて、その瞳が逸らされれば……。


「そん時は、一生見込みなし、ってとこかな」


自嘲気味に、笑う。

欲しい、と思った。
可愛くて、愛しくて。
自分だけのものにしてしまいたい、と思った。

でも、それが『恋』なのか。それとも『執着』なのかは分からない。


「大概俺も、愚かだな……」


ナチュラルよりも優れた頭脳と、強靭な肉体を持つコーディネイター。
けれど、感情の面では、変わらないのだ。

己の感情一つままならず、わけもなく戸惑う。
ナチュラルとコーディネイターと、どれほどの違いがあるだろう?


「ま、あいつらほど俺たちは愚かじゃないけどな」


吐き捨てるように、呟く。

あの日。
全てを狂わされた、あの日。
でもあの日がなければ、おそらく軍人になりはしなかっただろう。
そうすれば、イザークに出逢うこともなかった……。

人生、どう転ぶか分からない。
何が幸いするか、何が災いとなるか。
本当に、一寸先は闇、だ。
何一つ、自分のことさえ分からない。


「これは、俺が清算するべき過去、だもんな」


己が犯した、罪だ。

考えれば考えるほど、気が滅入る。
けれど、イザークを傷つけた。
その理由を、イザークには明かしておきたい。
そう、思うから。

瞳を、開く。
張り付いた前髪を、鬱陶しそうにかきあげて。
印象的な琥珀の瞳に、意思の光を添える。


「覚悟を決めろよ、ミゲル=アイマン……」



**




シャワーを浴びて、身支度を整える。
クリーニング済みの緑の軍服に、袖を通した。
ザフトに軍規が存在していないとはいえ、一応戦艦内で公共の場に出るときは軍服の着用が義務付けられている。
といっても、シャワーを浴びたばかりで暑い。
ズボンはしっかりと着用して、黒のブーツを履く。
上着は……アデス艦長あたりに見つかったらお小言は免れないだろうが……アンダーの上に羽織っただけの格好だ。


「アデス艦長だけじゃなく、イザークにも怒られっかな」


軍人だろう!軍服はしっかり着ろ!

なんて、音声付で想像がついてしまって、笑える。


「さて、と。行ってきますか。……オロール、俺出かけてくっから!」
「分かった。……ばれないように気をつけろよ」
「俺がそんなヘマすっかよ。じゃあな」


同室のオロールに声をかけると、ミゲルは展望室へ向かった――……。



**




待ち合わせていた展望室には、誰もいなかった。
イザークも、まだらしい。
その事実に、少しだけほっとする。
いくら時間を決めていなかったとはいえ、好きな少女を待たせるのは、やはり男としてどうかと思うから。
暫く、ソラでも眺めて時間をつぶすことにした。

ソラには、光も音もない。
まったくの無音。
全くの……完全なまでの、静寂の世界。
恐れを抱くとともに、その静寂に懐かしさを感じる。
懐かしく、慕わしい。

ミゲルは、『音』が好きだ。
そうでなければ、音楽なんてやらない。
音に溺れて、音に浸って。
それが何よりも好きだから、彼にとって音は、空気と同じ存在だったから、音楽をする。
彼にとって当たり前の、自然な感情の帰結。
彼にとって、『音のない生活』は、想像の範囲外にあった。

けれど、無音の世界も、嫌いじゃない。


どこか、懐かしさを感じる。
耳が痛くなるほどの静寂が、恋しくて仕方がなくなる。
耳が痛くなるほどの、胸が痛みを訴えるほどの、完璧な『無』が。


「すまない。待たせてしまったか?」


シュン、と空気音がして、振り向く。
全くの音がない状態。
鋭敏な感覚は、かすかな音さえも拾い上げる。
そこにいたのはイザークで、詫びを言いながら彼女は展望室内に足を踏み入れた。


「いや。大して待ってないから、気にしなくていい」


ふよふよと浮かぶイザークの手をとって、引き寄せる。
重力磁場が働いて、イザークを捕らえる。
ふわり、とイザークはミゲルの傍らに降り立った。

シャワーを浴びた後なのだろう。かすかに、石鹸の匂いがした。
消灯前につき、愛用のフレグランスは使用していないようだが、髪からは甘酸っぱいような匂いがして。
清潔な感のある石鹸の匂いも相まって、何だかドキドキした。


「有難う」
「いや。こんな時間に悪かった」
「別にそんなことは、気にしなくても……」


いい、と言って、イザークは本題に入るよう促す。
回りくどいことを好まない、彼女らしい。


「イザークはさ、何で軍人になったの?」
「俺か?」
「そう。だって、ジュール家のお嬢様でしょ?軍人になる必要、ないだろ?」


本題に入るかと思いきや――イザークはおそらく、ミゲルの話とはエーリッヒとか言う親友のことだと思っていたのだが――、いきなり己の志願動機について尋ねられて、イザークは一瞬きょとんとした。
しかしすぐに、表情を改める。
志願動機。
母に止められて、それでも軍人になると決めた。


「俺の母は、エザリア=ジュールだから」
「うん?」
「母上は、主戦派だから。娘の俺が母に出来ることは、前線で名を上げることしかない。それに主戦派でありながら、娘を軍人にすることは拒否する……では、やはり母の面目も保てないだろう?だから、志願した」
「エザリア様のためなんだ?」
「そんな大層なことじゃない。一番の理由は、ナチュラルが許せないと思ったからだし……」


何の武装も持たない農業プラントに落とされた、核ミサイル。
失われた、数多の命。
農業プラントは、コーディネイターの自治の象徴でもあった。
それを、無残に打ち砕かれた。
先に、道を閉ざしたのは、ナチュラルのほうだ。
そしてそうでありながら、「あれはプラント側の事故、もしくは偽装だ」などと公言して憚らない、愚かしい『旧人類』。

許せない、と思った。
母が主戦を主張するのは、当然のことだと思った。
そして母にその道を貫き通して欲しかった。
尊敬してやまない、敬愛してやまない母には。


「ミゲルのほうは、どうなんだ?何で、軍人になんてなった?お前、音楽があったんだろう?」
「知ってたんだ?俺が音楽やってたこと」
「二年前まで、当たり前のようにテレビに出てたじゃないか。知ってたに、決まっている」


テレビで見る彼は、眩しくて。
あまりにも、印象が違って。
最初は、分からなかったけれど。


「俺はね、『復讐』」
「復讐?」
「そう。ついでに贖罪」


琥珀の瞳は、どこまでも透明な光を湛えていて。
だからこそイザークは、胸が痛くなった。
透明な、透明な琥珀の瞳。
どこか、現実から乖離したような印象を受けて。
胸が、痛い。

ごそごそと、ミゲルはポケットから写真を取り出した。
以前イザークが偶然発見した、ミゲルと彼の親友が写った写真。


「コイツさ、死んだんだ」
「え?」


ミゲルの言葉に、イザークは目を見開く。
死んだ?
死んでしまった?
なんて声をかければいいのか、分からない。
こんなとき、気の利いたことの一つもいえない自分が、少し呪わしい。

戸惑いを瞳に映すイザークに、ミゲルは自嘲気味に笑う。
そして――……。


「俺が殺したんだ」
「え……?」


意外なことを言われて、自失する。
それでも、真っ直ぐとミゲルを見つめたまま。
そんなイザークに、ミゲルはもう一度言った。


「俺が、エーリッヒを殺したんだ」


と――……。







『Misericorde』第10話をお届けいたします。
アンケートにてミゲイザ好きとのコメントをいただいてホクホクです。
アスランには申し訳ありませんが、私もミゲイザシーンは書いていて楽しいです。
でも、アスラン。
貴方の株が上がるように、私も頑張るから。
暫くの間は物陰からミゲイザ見て嫉妬していてください(←ストーカー!?)。

ここまでお読みいただき、本当に有難うございました。