俺に、幸せになる権利なんて、ありはしない。

そんなことは、分かっている。

それでも、俺は君を望む。

望んで、しまう――……。






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「殺したって……」


大きく見開かれた、アイスブルーの双眸。
それでも、その瞳は、真っ直ぐで。
汚らわしい、とか。そんな汚い感情とは無縁な透明さで。
真っ直ぐと、ミゲルを見つめるから。
逸らすことなど、出来なかった。


「人殺しの俺が、怖い?」


己に対する嘲りを多分に含ませて、尋ねる。
瞳を見開いて、ミゲルをじっと見つけて。
それでも、イザークは首を横に振る。


「俺は、今のお前しか知らない」
「うん……」
「昔のお前なんて、俺は知らない。分からない。でも……でも、今のお前は、怖くない」


艶やかに、鮮やかに笑う。
そのまま、それに……と言葉を繋いで。


「俺ももうすぐ、『人殺し』だ」


泣き笑いのような、表情。
もうすぐ。
もうすぐ、イザークたちルーキーも前線に配備される。
そもそも彼女たちの入隊は、大規模作戦実行のためのものだ。
そのために借り出されたのが、彼らだ。
アカデミートップ10の赤、5人。
アカデミートップ10の、それも上位5名を配備せねばならないほどの、大規模作戦。
それに、彼女はその身を置くのだ。

女性、なのに。
白い手。
綺麗な、手。
『戦争』にも『軍人』にも似つかわしくない、純白の……綺麗な少女。
その穢れのない白さは、穢れを知っているミゲルの目からすれば眩しくて。……眩しすぎて。
その白さに、無垢さに苛立ちを覚え、反感を募らせて。憎しみすら、抱くこともあるのに。
けれど強いその感情は、同時にその無垢さを守ってやりたい、守護して大事にしてやりたいという感情と表裏一体で……。


「今までの『敵』は、コンピューターの中にしか存在しなかった」
「うん」
「でも、これからの『敵』は、人間だろう……?」


生身の、血肉をもつ、人間。
血管を切れば、吹き出す血は同じ色の。
動脈を一閃すれば、それだけで致命傷となり得る。
同じ、『人間』……。


「イザークは、俺とは違うよ」
「違わない」
「違う」
「違わないんだ」


イザークは、違う。
穢れのない、真っ白な少女。
無垢で、繊細で……。
触れたら折れてしまいそうなほど儚くて、触れたら傷を負いそうなほど、激しい少女。
それが、イザークだ。
ミゲルとは、違う。

だからこそ、惹かれずにはいられないのだと思う。
自分と違う輝き。
自分と違う、純粋だからこその美しさ。
己の醜さを、穢れを自覚せずにはいられないほど白い……だからこそ憎悪し、愛さずにはいられない。


「違わない、ミゲル。俺は……俺はまだ人殺しじゃないけど、人殺しの方法は、もう何通りも知っている」


どこを切れば、致命傷になるか。
どこを撃てば、いい?
効率の良い敵の殺し方は?
苦痛を長引かせる殺し方は?

そして……苦痛を長引かせず、瀕死の味方を殺す方法は?





知っている。
全て、知っている。
イザークになくてミゲルにあるのは、実戦の経験だけ。
それすらも、すぐに同じになる。
もうすぐイザークは、ミゲルと同じ『人殺し』になる。


「イザークは、勘違いをしている」
「勘違い?」
「エーリッヒは、軍人なんかじゃない」
「それは……話の流れで見当はついていたが……」
「コイツが死んだのは、俺が従軍する以前のことだ」


だからこそ、軍人になった。
赦せない。
赦しては、置けない。
ナチュラルを。
自分たちを生み出し、そして汚辱と決め付けた忌まわしい存在を。
彼らに生み出された存在だからこそ、この手で罰を。
この手で、『創造主(親)』に罰を与えねばならない。

それが、『子』である者の務めだ。

彼らは、それだけの罪を犯した。
それだけの罪を犯し、それでものうのうと生活をしている。
赦せない。忌まわしい。
だから、滅ぼせ。
奴らを、赦すな。
奴らに、破滅を。
己が生み出し、そして疎んだ彼らの上に、鉄槌を。


「誰にも話したことのない俺の懺悔、聞いてくれる?」


尋ねると、イザークはゆっくりと首を縦に振った。
そのアイスブルーの瞳に宿る真剣な光に、真っ直ぐな視線に、有難う、といって。
ミゲルは、口を開いた――……。



**




『ナチュラルと折り合う道を見つけるべきだ。戦争なんてしても、国力が疲弊するだけ。冷静に話し合えば、彼らだって分かってくる。だって彼らは、俺たちの「親」なんだから――……』


それが、彼の口癖だった。

理性的な男だった。
同時に、酷く夢想家だった。
ただ、信じていた。
自分たちを生み出した存在にある、『情』を。
彼らは、『親』なのだから、と。

ナチュラルの夢だった、コーディネイター。
コーディネイターを生み出した、ナチュラル。
だからこそ、どこかで分かり合えるはずだ、と。
信じて、そして死んだ夢想家の友人。


「俺の両親は、だいぶ前に死んでさ。弟いたんだけど、俺とは別の親戚の家に引き取られて……。疎遠になった」


ミゲルの家族。
知らなかった、こと。
そんなの、ミゲル=アイマンについて記された雑誌にも載ってなかった。

彼がまだ音楽をしていた頃。
それで名を馳せていた頃、ミゲルのその華やかな美貌はたびたび雑誌の表紙を飾った。
そのインタビュー欄にも、そんなことは記されていなかった。

でも、それが真実。
そうやって、ミゲルは生きてきたのだ……。


「だから俺は、友達に『執着』したんだ」
「『執着』?」
「そう、執着。仲良かったよ。仲良かったし、何でも話をした。何でも言い合った。……セプテンベル4って知ってる?」
「知っている、勿論」


ミゲルの話の転換が早すぎて、イザークは着いていけない。
何とかついていこう、何とか食いつこう、と。
相槌を打って、ミゲルを知ろうと努める。


「あそこで、テロがあったことは?」
「……テロ……?」


訝しげに、イザークは首をかしげた。
そんなの、聞いたこともない。
聞かされていないことを、なぜこの男は語るのだろう。


「あったんだよ、テロ。その頃はまだ、小競り合い程度で何もなかった頃だったけど。そんなことがあって……それでエーリッヒは死んだ」
「じゃあ……」


じゃあ、それはお前が殺したことにならないじゃないか。
イザークはそう、言葉にしようとした。
けれど、その言葉はミゲルによって遮られてしまった。
そうじゃない、とミゲルは首を横に振る。


「あいつは、俺を庇って死んだよ……」








親友の家は、セプテンベル4にあった。
たまたま……たまたまミゲルは、セプテンベル4に用事があって。
ホテル代も勿体無いから、と。親友が家に泊まるよう勧めてくれた。
その申し入れを、ミゲルも受け入れて。
里帰りするエーリッヒとともに、セプテンベル4へ向かうシャトルの中で。


悲劇は、起こった。


「青き清浄なる世界のために!」


わめきながら、男がマシンガンを手に踊りかかった。
避けることも、出来なくて。
ナチュラルの……ブルーコスモスの男だったようだ。
シャトルをハイジャックして、少しでも多くのコーディネイターを道連れに、自殺しようとしていたらしい。

アカデミーに入る前の、それも歌手の道に進んでいたミゲルに、自身を守れるはずもなかった。

向かってくるマシンガンの銃弾に、死を覚悟した。



いつまでたっても、苦痛はやってこなかった。
ぐらり、と目の前で何かが傾いで。
それが、人の形を取る影だと気付いて。
それが、人であることを知った。




エーリッヒ、だった。
彼が、自分の前に壁となって暗殺者の銃弾からミゲルを守って。


「エーリッヒ……?」


信じられなかった。
夢だといってほしかった。
けれど目の前で、手の中で、友人はどんどん冷たくなっていく。
血の気のうせた顔。
吐息に震えることのない唇。

虚ろなアイスブルーの瞳……。


「エーリッヒ!おい、エーリッヒ!?冗談はやめろ!エーリッヒ!!」


その躯を、揺らして。
呼びかけて。
けれどその声が、言葉をつむぐことも呼吸をすることもなく。
無情に……無情に時は過ぎて。


エーリッヒ=シュタルンベルクは死んでいた――……。



呪縛から解き放たれると、そこはコーディネイターだ。
あっという間に形勢は逆転した。
しかし錯乱した男の乱射した銃によって、シャトルは破棄を余儀なくされて。
シャトルは、燃えていた。
赫く赫く炎を巻き上げて。

遺体を……遺体を土に還さねば、と。
何とか遺体もともに、と思ったけれど無理だった。
救命ポッドに、余剰はなく。
遺体を、連れて還ることは叶わなくて。

その銀糸を、一房切り取った。
それだけ、だった。
それだけしか、してやれなかった。

自分を庇って死んだ、親友。
彼の遺体すら、還してやれなかったのだ――……。



**




「最初、お前を見たときは、驚いたよ」


月光を紡いだような、銀糸の髪。
まっすぐと見つめてくる、アイスブルーの双眸。
喪った筈のもの、だった。
目の前で、喪った。
繋ぎとめる術すら、持たなかった。
ただ、自身を呪った。

その存在が、今。手を伸ばせば届くところに、ある。
そこに確かに、存在している。

夢かと、思った。

色々な顔が、見てみたかった。
親友に似ていて、親友に似ていない少女。
色々な顔を見てみたかった。


『あいつはいつも涼しい顔をしていたよな』
『顔に似合わず、負けず嫌いな奴だった』
『苦手なものに出くわしたときの反応、そっくりじゃん』


気付けば、そんなことを、考えてしまっていた。
いつの間にか、比べていたのだろうか。
だからこんなにも鮮やかに、彼を思い出すのだろうか。
忘れるな、と。
罪を、過ちを。
忘れるな、と――……。


「お前は、逃げていると思う」


ポツリ、とイザークが呟く。
アイスブルーの瞳には、侮蔑も、忌避もなかった。
ただ、わずかの憐憫が、そこにはあった。


「死んだのを自分のせいにして、それで軍に入って。そこは、本当にすごいと思う。護りたいものを護ろうとする姿勢は、すごいと思う。でも、お前は逃げている」
「……逃げる?」
「お前は、親友が自分のせいで死んでしまったと自分を責めて、そうやって、楽になろうとしていないか?」


死んでしまった。
悲しかった。
悔しかった。
だから、武器を望んだ。力を欲した。

それが、誤りだったと?


「俺はお前に比べると、人生の経験値は少ないし、お世辞にも友達は多くないから、説得力はないと思うけど……。お前は、逃げていると思う。
自分を責めて、力のない自分を責めて。
そうすることで、無意識に楽になろうとしていないか?罪に贖いを作ることで、自分が幸せにならないことで、それを詫びにして。
それは、ただの自己満足だと思う」


逆説的な言い方だが、罪が定まり、罰を受けたほうが楽なのだ。
その贖いをする道を示されることで、贖える、と。自らの罪を許される、と。
そう解釈できるから。

そんなこと、考えもしなかった。
そもそも誰にも、この話はしなかった。

まっすぐと。
至高の輝きを持つその瞳は、まっすぐとミゲルを見つめる。

そこにある、純粋な好意。
あぁ、もう。
陥落してしまおう。
もう、お手上げだ。
この感情に、この気持ちに。
顔が似ている、とか。そんな問題じゃない。
彼女に、惹かれたのだ。
間違いなく、この、イザーク=ジュールに。

これ以上、足枷は必要ない。

認めてしまえば、いい。


「『お前が助けてくれた分だけ、幸せになったぜ?』ぐらい、死んだ親友にいってやったらどうだ?『黄昏の魔弾』ミゲル=アイマン?」
「いい……かな」
「それが、何よりの贖いだろう?何よりも、お前の友人は喜ぶだろう?第一、お前のせいで俺は死んだなんて、そんなこという奴だったのか?そいつは」
「言わないな」
「だろう?だった……ら……」


紡ぐ言葉を遮るように、ミゲルはイザークを抱きしめる。
広い胸に顔を埋める格好で、イザークはミゲルのその温もりを確かに感じて。
赤らむ頬を、無理矢理上向かせると、ミゲルの唇が降りてきた。


「好きだよ、イザーク……」


囁く人の情熱的な琥珀の瞳を、イザークはただ、見つめるしか出来なかった――……。







漸くミゲイザに決着がつきそうな予感。
ラブラブになってください。
たぶん壁のあたりからアスランの殺気を感じることが出来ると思います。

ミゲイザ書いてて非常に楽しくて。
予想より増えたなぁ、ミゲイザシーン。
一番の理由は、アンケートや拍手で『ミゲイザ好き』とか、『最初はミゲイザで』とか言うコメントをいただいたからだと思いますが。

ここまで読んでいただき、本当に有難うございました。
コメントやアンケートのご協力にも、非常に感謝しています。
本当に、有難うございました。