お前は、赦してくれるんだろう。

そう。

お前は、そういう奴だった。

ただ俺は、自分自身のために、お前の死を悼んで。

感情に蓋をすることで、お前に詫びている気持ちになっていたんだ――……。






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「んぅ……」


鼻にかかるような、甘い甘い声。
頼りなく華奢な肢体。
それが今、この腕の中にある。
温もりも吐息も鼓動も。
全て、ミゲルの腕の中に。

それはなんて幸せなことだろう?

抱きしめる腕に、力を込める。
折れそうなほど華奢な肢体。
でも、それに頓着する余裕なんて、なかった。
ただ、熱に溺れるようにその躯を掻き抱く。


「んっ……はぁ……」


微かに洩れるその吐息に、その甘やかな感触に、胸が熱くなって。
愛しくて、愛しくて。

角度を変えて、より深く口付ける。
縋るように、イザークの腕がミゲルの背に回された。
ぎゅうっと、ミゲルの軍服を掴んで。
口付けに耐える。

漸くミゲルが唇を離したときには、イザークは息も絶え絶えだった。


「息継ぎしろよ、お前」
「そんな器用なことが出来るか。初めてなんだぞ、俺は」


エッヘン、と。
胸まで張る勢いで。
イザークは言って。


「威張るところじゃないからな、イザーク?」
「うるさい!大体、俺の返事も聞かずにいきなり……いきなりキ……キスとかするやつがあるか!」
「え?嫌だった?」


にやり、と。
笑みさえ浮かべて尋ねられては、嫌でなかったイザークは何も言えない。


「ゴメン。性急過ぎたな。……じゃあ、イザークの返事は?」
「え?」
「俺は、イザークが好きだ。あいつの代わりでも、あいつに似てるからでもなく、イザークが好きだ。お前は?」
「うっ……」


赤面して、顔を背ける。
熱烈な愛情表現に、イザークは慣れていない。


「イザーク〜?」


ミゲルが、イザークの顔を覗き込んで。
赤く染まった顔を、イザークは必死になって背けようとする。


「照れてる?」
「っ……!」
「好きだよ、イザーク。愛しているよ、イザーク。俺にはお前だけだよ、イザーク」
「う……煩い、煩い、煩い!!」
「だって、イザークが応えてくれないんだもん」


いい年をした男が、もんとか言うな。
思わずイザークは心の中でツッコミをいれる。
答えるまでこの男、引く気はないらしい。


「好きだよ?愛しているよ?お前は俺の天使だ。綺麗だよ、イザーク。可愛いよ?」
「恥ずかしいことをグダグダ言うな、アホ!」
「事実でしょ〜?で?イザークのお返事は?」
「ぅ……」
「ひょっとして俺のこと、嫌い?」


分かっているくせに、敢えてそう言ってみる。
シュン、と。捨てられた子犬のように項垂れる演技までして見せて。


「な……っ!察せよ、このバカ!」
「うんうん。俺緑だもん。バカだもん。だから、イザークの口で直接言ってくれないと分からないな〜」
「なっ……!?」


ニヤニヤと、笑って。
ついさっきまで、イザークが優位だったはずなのに。
あっという間に覆されて、今じゃすっかりミゲルのペースだ。

ムカつく、と思う。
知ってるくせに、ずるいやつだと思う。
それでも、好きだから。


「俺……俺も」
「俺も、何?」
「俺もミゲルのこと、好きだ」


ポフン、とミゲルの胸に頭を凭れさせて。
顔なんて、とても見ていられないから。
とても、見せられるものじゃないから。


「それは、先輩として?男として?」


なおも確約を欲しがるミゲルに、本当にずるいヤツだと思って。
それでも、愛しい気持ちに変わりはない。


「あ……愛してる。男としての、お前を」


真っ赤になりながら、漸くそれだけのことを伝える。
暫く続く沈黙に、少し不安になって。
恐る恐る顔を上げると、途端にきつく抱きしめられた。


「嬉しいよ、イザーク」


耳元で囁かれる、甘く低い声。
声だけが、やけにリアルで。
でもちっとも現実感がなくて。

それでも、抱きしめてくる腕が。
伝わる熱が、嬉しくて。愛しくて。

抱きしめ、返す。
背骨が軋むくらいきつく、抱きすくめられて。
溶けてしまうんじゃないかと思うほど、温もりがリアル。


「愛しているよ、イザーク」


囁きは、優しい。







息も詰まるほどの、眩暈にも似た衝動。
甘く噎せ返るような、確かな幸福感。
幸せだと、思った。
前線に立つ軍人が、これほど幸せでいいのかと思うほど。
幸せ、だった――……。



**




「イザーク」


目の前に立っているのは、もう二度と逢うことはないと決めていた、かつての同僚。
名を囁く声も、かつてのままで。
怖かった。
アスランが。
アスランの変わらぬ情熱が、怖い。


「あ、お兄ちゃん!」
「ミゲル。食事中に席を立つなと……」
「ごめんなさい、ははうえ。でもぼく、うれしくって」
「やぁ、ミゲル。元気かい?」


アスランの気楽な挨拶に、ミゲルもうん、と元気よく答える。





もう二度と、逢うまいと思っていた。
もう、二度と。
逢いたくなんて、なかった。

応えられない。
イザークは、アスランの気持ちに応えられない。
応える術を持たないのに、再会してしまった。
それは、何て皮肉だろう。


「ミゲル、食事の続きをしておいで」
「でも……」
「ミゲルがご飯を食べ終わるまで、俺は待ってるよ?」
「ほんとう?お兄ちゃん、あそんでくれる?」
「良いよ。何して遊ぼうか。ご飯食べながら、考えておいで」
「うん」


ミゲルを遠ざけようと、イザークが食事の再開を促す。
でも、ミゲルはそれに不満を感じて仕方がなかった。
死んでしまった父親の、後輩だったとか言うお兄ちゃん。
ミゲルが知らないミゲルのお父さんを、知っているお兄ちゃん。
お話してみたいと、思ったのだ。
お父さんのことを知りたい、と。話して欲しい、と。

お母さんは、いつだってありったけの愛情をミゲルに注いでくれる。
それでも、お父さんがいなくて、ミゲルはミゲルなりに寂しくて。
お父さんのことを知っているお兄ちゃんに、お父さんのことを聞いてみたくて仕方がないのだ。



ミゲルの感情の矛先は、アスランには見当がついていたので、先手を打つ。
これで、ミゲルが食事を終えて遊びに飽きるまでの時間を得ることが出来た。

その上で、アスランは改めてイザークに向き直った。



艶麗な美貌には、いまだあの傷が深く残されている。
大分薄くなったとはいえ、見ていて痛々しい。

それでも、綺麗な人。
綺麗過ぎる人。
その美貌は、別れたあの頃よりもさらに凄みが増していた。


「迷惑だってことは分かってる、イザーク。でも、俺の気持ちは変わらない」
「アスラン……」
「俺は……俺は今でも、君を愛してる」


予想通りの、言葉。
かけられて、唇を噛み締める。

イザークは、アスランを愛せない。

ほら。アスランに言われているのに。
アスランほどの男に求められているというのに、何の感情の起伏もない。
この心が変わらず求めるのは、ミゲルなのだ。


「俺は……」
「一人称、変わらないんだな」
「え?」
「この前は、『私』とか言ってたから」
「……子供の前で、そんな言葉遣いは出来ないから」


いきなり関係のない人称を持ち出して。
はぐらかされる。
アスランは、イザークの答えを求めていないのだ。


「俺は、お前を愛せないんだ、アスラン」


愛せたらいいと思う。
ミゲルを忘れて、他の人を愛することが出来たら、どれほど幸せかと思う。
死んだ人をいつまでも思い続けるのは、苦しくて。
傍にいない現実が、痛くて。

なのに、傍にいてくれる人を愛することは出来なくて。
このココロが求めるのはいつも、もうこの世にはいないミゲルなのだ……。


「愛してくれなくても、いいんだ」
「アスラン?」
「俺の望みは、君に愛されることじゃない。俺は、君を護りたいんだ。君と、あの子を。護りたいんだ。護らせて欲しいんだ」


翡翠の瞳は、どこまでも真剣で。
逃げることなど許さず、まっすぐとイザークを見つめる。

それでも、イザークはアスランに応えられない。








胸が痛いのは、応えられない現実からか。
どれほど想い傾けられようとも、イザークはアスランに応えられない。
彼女が捧げられる愛情は、情熱は全てミゲルに捧げた。
そして今、ミゲルが死んだ今。
ただ、幼いミゲルのためだけに繋げている命。
生ける屍も同然の彼女のよすがは、幼いミゲルのみ。
愛した人との間に儲けた、愛しい一人息子。
それ以外の誰にも、彼女の心は動かない。



屍に、情熱などないのだ……。







ミゲイザでした。
そして時間軸を進めて、アスイザの二度目の再会。
キラにハッキングまでさせて居場所割り出すアスランが、それくらいでひくわけがありません。

……なんか、アスランが素敵にストーカーと化してる気がする今日この頃。
アスラン至上のアスイザ好きさんには、本当に申し訳ありません。
イザーク至上のアスイザ好きさんは……今後の展開で石投げないでください。
よろしくお願いいたします(怯え)。


それでは、ここまでお読みいただき、有難うございました。