ただ、憎しみだけが彼女の内にあった。

赦さない。赦さない。赦さない。

彼女のものを。彼女だけのものを奪った女。

アスランだけが、彼女に残された唯一のものだというのに。


絶対に赦さない。その存在。この世に存在するだけでも、厭わしい。


だから、誓う。

独り善がりな願望に浸って、笑いながら――……。






〜]D〜






二人きりの食卓に、他の人物が混ざることなど、ミゲルの経験から言えば初めてのことだった。
何だか少し嬉しくて、少しはしゃいでしまう。
幼い子供の目から見ても美しい母親が、そんなミゲルに柔らかく微笑んでくれて、それだけでもミゲルは嬉しくなった。

お兄ちゃんといっしょに作ったポトフも美味しくて、ミゲルが刻んだ人参を口にするたびに母が微笑(わら)う。
それが、ただ純粋に嬉しかった。


「お兄ちゃん、今日はおとまりするの?」


食事をしながら、ミゲルが問う。
息子の無邪気な問いに、どうしたものかとイザークは考えた。
泊めていった方が良いのだろうか。
そう言えば、もともとはオーブ住まいのアスランは、どうしているのだろう。


「イザークを探すために、プラントへは何度か上がっている。拠点の確保も、当然しているさ」


イザークの疑問を、その顔色から察したのだろう。問いを発する前に、アスランがそう、事も無げに答えた。


「拠点?どこに?」
「俺が拠点における場所なんて、ディセンベルしかないよ。あそこは、俺が生まれ育った場所だから、俺のために動いてくれる人たちも、まだそこそこいるんだ。――もともと、あそこはザラ派も多いしね」
「そうか。ならば結構、遠いんだな。此処から。」


イザークが今現在潜伏しているのは、マイウス6だ。
アスランが拠点にしているのは恐らくディセンベル1。
当然、かなりの距離が予想される。

そもそも、今現在の時刻を考えると、シャトルの発着が行われているかも怪しい。
航空・輸送の類の全権を握るのは、マティウス市。イザークの母市だ。
だからこそ、彼女は知っている。このような田舎に属するプラントのシャトル事情は、先の対戦終了後もなお、あまり良くないことを。
一つには、そこにブルーコスモスの残党が潜伏しているからと考えられていること。
もう一つには、そう言うプラントは大抵、その内側だけで、一つのプラントだけで生活を賄えているため、基本的に社会が閉じられているということ。
理由としては、その二つが挙げられる。

よって、必要ないのだ。基本的に、シャトルなど。


「泊まっていくか、アスラン」
「え?」
「ミゲルも、そう期待しているみたいだしな。止まっていくといい。それにこの時間はもう、此処にシャトルは来ない。いまからホテルを取るのも、面倒だろうし……そもそもホテルなんて滅多にないぞ、このプラントは」


マイウス1ならばともかく、マイウス市の中でも辺境に近い6ならば、それもそのはずだ。
基本的に住民の自給自足で賄われており、観光資源にも乏しいとなれば、観光客が訪れることもない。
観光産業などというものは、最も儲からない職業に数えられるほどなのだ、此処では。

泊めてやるしか、ないだろう。


幸い、部屋には余裕がある。
客間はないが、イザーク自身の幼い頃からの習慣でミゲルとイザークは別々の部屋で就寝している。
どちらか一つの部屋を、アスランに提供してやればいいだろう。
幸いミゲルはまだ幼いから、二人寝ればベッドが窮屈で困る……等と言うこともない。


「ミゲル、母と一緒に寝ようか、暫くの間」
「え?……ははうえと いっしょに ねるの?うん!そんなの、初めてだね!」
「そうだな、初めてだな、ミゲル。……部屋は、ミゲルの部屋でいいか?シーツは、新しいのがあるから、それに変えて……」
「ちょ……ちょっと待ってよ、イザーク!」


どんどん一人で勝手に話を進めていくイザークに、アスランが待ったをかける。
確かにイザークが提示するものはアスランにとって魅力的なものだったが、どうも違和感を感じるのだ。
イザークらしくない、とでも言うのだろうか。
ちょっと、言葉にすることが出来ないが。


「本当にイザークは、それでいいのか?」
「え?」
「本当に、いいのか?俺から言っておいて何だけど、イザークは納得しているのか?」
「勿論だ、アスラン」


アスランの言葉に、イザークははっきりと頷く。
納得している。
そしてこの決断がアスランを傷つける事だって分かっている。

その代償は、いずれ必ず支払おう。
しかしいまは、ミゲルのことだけ。ミゲルの幸せの事だけを考えてやりたい。
時間はもう、残り少ないのだから――……。
罪に代価を必要とするのであれば、その代価は必ず支払おう。
自らの命と引き換えに、贖っても構わない。
けれどいまは、ミゲルのことだけ。
小さなミゲルのことだけを。自らの業(ごう)で無理矢理この世に産み落とされた、幼い息子の事だけを考えたかった。

それ以外は、全て捨てても構わない。

アスランには、すまないと思う。
こうしてまた、彼の優しさを利用しようとしている。
彼の優しさを利用して、イザークを想う気持ちを利用している。その自覚は、ある。
けれど、イザークは選ぶことしか出来ないのだ。

不器用だから、彼女は一度に二つ以上のことをこなすことは出来ない。
幼いミゲルを愛し、亡きミゲルを偲び、アスランの気持ちに応える。そんなことは、彼女の性格上できないのだ。
だから、選ぶしかない。
その中から、一つを。
そして選び取ったものが、幼いミゲルを愛するということ。その一つなのだから。


「きさ……お前の方こそ、それでいいのか?」
「何が?」
「それでいいのか?私はお前を愛してなどいない。この先も、愛する保証はない。それなのに、本当にそれでいいのか?先にはっきりと言っておくが、つまらない期待をしているのならば、諦めた方が懸命だ」


アスランの翡翠色の双眸を真っ直ぐと見据えて、イザークは言葉を紡ぐ。
厳しいことを言っている自覚は、勿論ある。
けれど、それがイザークの真実だ。

今のイザークは、アスランを男として愛してなどいない。
数少ない戦友として、残された仲間として想う気持ちはあっても、それ以上ではない。そしてこれから先も、それ以上の気持ちで想うことなど、殆ど無いと言っても過言ではない。

もしもイザークの心変わりを期待しているのであれば、それはまったくの無駄である、と。
それだけははっきりと言っておかなくてはならないと思う。
男としてのアスランには何の感情もないが、仲間としてのアスランへは、そこそこに情を持っているのだ。
あの戦争で生き残ったものなど、その絶対数が少ないのだから……。


イザークの言葉に、アスランは一瞬きょとんとした顔をした。
完全に虚をつかれた、とでも言いたげな、無防備な顔を。
それから、くすくすと笑う。


「やっぱり、イザークは変わらないな」
「何がおかしい?」
「やっぱり、君は変わらない。昔から、優しかったよな、イザークは。本当は誰よりも仲間思いなのに、それを隠して……高飛車に振舞って。昔から、変わらない」
「なっ……」


高飛車だのなんだの言いたい放題の言葉に、イザークは言葉を詰まらせた。
ミゲルが、きょとんととした顔でそんな二人を見ている。

彼からしてみれば、イザークは綺麗で優しい母親なのだ。
高飛車だとか、傲慢だとか。あの頃のイザークを知っているものならば誰もが口にするであろう言葉は、ミゲルからすれば違和感を感じる以外の何者でもない。


「ははうえは、いつもやさしいよ?」
「そうなのか?」
「いつも おいしいご飯つくってくれるし、きれいだし。ぼくのことを、いつもいちばんに考えてくれるよ」
「そうか。いい母上がいて、ミゲルは幸せだね」
「うん!」


アスランの言葉に、ミゲルが笑う。
笑顔は、やはり彼に似ていると思った。
あっちのミゲルは、どことなく斜に構えたような笑顔が多かったような気がするけれど。
どことなく、悪戯を考えた子供のような笑顔が多くて。
でも、そんなミゲルが、ミゲルの笑顔が好きだった。


「身体の調子は、本当に大丈夫なのか?イザーク。君はいつも無茶ばかりするから……」
「大丈夫だ、本当に」
「食欲もあまりないみたいだし……今日はこれ以外、何も食べてないだろう?もっと食べなくちゃ、身体を壊すぞ」
「大袈裟だな。大丈夫だ」
「ひょっとして、料理が口に合わないとか……?」
「いや、ちゃんと美味い。本当に意外だ」


焦ったように言うアスランに、冗談めかしてイザークが答える。

本当は、味なんてあまりよく分からない。
石でも飲み込んでしまったように、喉を違和感だけが通り過ぎていく。
けれどこの感覚も、イザークにとってはそう珍しいものではない。
いつもの、ことだ。

そしてそれが、明確にイザークに教える。残された時間の、少なさを。


「こんどは、ははうえも いっしょに ご飯つくろうよ」
「あ……あぁ。そうだな、ミゲル。一緒に料理をしたことなんて、なかったな」
「ちちうえは ご飯つくるの じょうずだったの?」


ミゲルの問いに、イザークは笑顔で頷く。

料理が出来て、歌が上手くて。
人望があった。
誰も彼もが惹きつけられた、強烈な個性を持っていた男。
イザークが愛した、最愛の人。
その存在は強烈で、強烈すぎて、だからいつまでも忘れることを許してはくれない。

忘れられないのは、幸せなことなのだろうか。それとも、不幸なことなのだろうか。
時々分からなくなるのは、彼と過ごした時間よりも、一人で生きている時間の圧倒的な長さに、眩暈を感じるときだ。

その人無しでは生きてなどいれないと思うほど、彼を愛した。
けれど彼亡き後、イザークは生きている。
彼の忘れ形見とともに、無様にこの命を生きながらえている。

それは、不幸なのだろうか。

そうではない、と思う。
幼いミゲルがいて、愛してくれた彼との忘れ形見がいて、不幸の何のと言うのはおこがましい。そう思う。
けれどそれも、そう思い込みたいだけなのかも、知れない。
そうやって、無様に生きながらえ続けるこの命の、言い訳をしているだけなのかもしれない。
自分に、ではなく。彼に。

彼亡き後もこうして、生き続けていることの言い訳を、彼にしているのかもしれない。
彼の息子に対してしてしまった自らの罪を、肯定しているだけなのかもしれない。

醜悪だな、とイザークは思う。
こんな自分を、何よりも醜く思う。
自分で自分を殺してしまいたくなるのは、決まってこういう時だ。



「ごちそうさまでした」
「ミゲル、皿は……」
「ちゃんと ながしに もって いくよ。テレビ みてもいい?ははうえ」
「いいぞ。あまりテレビに近づきすぎないようにな」
「は〜い」


イザークの言葉に、ミゲルが返事をする。
そのままいそいそと、テレビの前に設(しつら)えられたソファに腰を下ろした。

子供っぽい声が、「テレビ・オン」とテレビのスイッチを入れる。
その様を笑顔で見ているイザークは、視線を感じてアスランの方を見やった。
翡翠の色を穏やかに和ませて、アスランがイザークを見つめている。


「何だ?」
「ん……?母親の顔をしている、と思ったんだ」
「何を……」
「お母さんなんだな、と思ったんだ。イザークは本当に、ミゲルのお母さんなんだな、って。イザークはミゲルの生まれのことを後悔しているみたいだけど、俺は、イザークはミゲルの母親だと思う。生まれだとか、そんなことは関係ない。イザークはちゃんと、ミゲルのお母さんだよ」
「アス……」
「そう思っただけ。気を悪くさせたなら、謝るよ」
「そんなことは……」


アスランの言葉に、イザークは声を詰まらせる。
こんな時、どんな対応をすればいいのか、イザークは知らない。
良くも悪くも、彼女はミゲル以外の男を知らないのだ。
幼いころから仲良く育ったディアッカは、兄弟みたいなものだから、『男』には数えられない。
彼女の知る『男』は、だから厳密に言うとミゲルだけで。

だからこう言うとき、対応の仕方が分からなくて、困る。


「ねぇ、お兄ちゃん。このひとって、お兄ちゃんじゃないの?」


テレビを見ていたミゲルが、突然そんなことを言った。
番組のプログラムは、ニュース番組――恐らくこの後にあるアニメ番組が、ミゲルのお目当てなのだろう。――だ。

無個性な口調で話すニュースキャスターの隣には、写真映像があった。
藍の髪に翡翠の双眸を持つその人物の名は、間違えようもなく彼――アスラン=ザラ――に他ならない。


『それでは、オーブ政府の正式な発表をお伝えします』


アナウンサーの姿が掻き消えて、画面がホワイト・アウトする。
次にその映像が結ばれたとき、現れたのは華やかなドレスに身を包んだ、女性の姿。

豪奢な金の髪が、スポットライトに照らされてキラキラと光り輝いている。
意志の強さを秘めた金に近い褐色の眸には、好戦的な光がちらついていた。
しかしせっかくの装いも、濃い化粧のせいでかえって道化めいた印象しか与えないのだが……。

ブラウン管越しに、女性が唇を開く。
濃く引かれたルージュが、まるで今しがた生き物を屠ってきた直後のようにさえ見えて、アスランは哂った。

やはりブラウン管越しの女性よりも、目の前の女性にこそ、アスランは心惹かれるのだ。

高価な装いなど、必要ない。
たとえその身を飾る宝石の一つとなくとも、彼女はその姿を現すだけで周囲の人間を圧倒する。
そんな女性とともに在るアスランは、今更彼女がどれほど装うと心惹かれないのだ。


『私、オーブ代表首長カガリ=ユラ=アスハは』


あたりは静まり返り、彼女の次の言葉を待つ。
それを眺めながら、彼女はほくそえんだ。
もうすぐ。もうすぐ彼は、彼女のものになる。
それを思えば、いやでも心は震える。
期待に打ち震える心臓を宥め賺(すか)し、彼女ははっきりと宣言した。


『ナチュラルとコーディネイター、双方の融和のため。何よりも我が国民のために。プラント前評議会議長、パトリック=ザラ氏のご子息である、アスラン=ザラとの婚姻を、ここに宣言いたします』


言葉に、アスランは耳を疑う。
何のことだか、見当もつかない。
そもそも、カガリと将来を誓い合った覚えさえも、ない。
まったくのこれは、だまし討ちだった。

思わずイザークに視線を転じると、険しい光をアイスブルーの眸に宿して、まっすぐとテレビを見つめている。
その視線の先では、得意そうにカガリが笑っていた。

恐らく今が、彼女の最も幸いの時間なのだ。

彼女の周囲の人間は騒然となり、彼女の次の言葉を待つ。
ナチュラルとコーディネイター。
争い続けた双方の融和の道として、これ以上のものはないと思われた。
それはまさしく、争い続けた二種族間の、共存への第一歩。輝かしい未来を約束するものだった。
だからこそ、世界は期待する。

アスラン=ザラと、カガリ=ユラ=アスハ。その双方の結婚による結びつきを。
この婚姻によって生まれる子供はきっと、輝かしい未来への担い手となるだろう。そう、期待するのだ。

その気体をまさしく味方につけた女性は、誇らしげに笑って。
挑発するように、画面を見据えた。


『だから、アスランは私に返してもらう。いかに貴女がアスランを想おうが――』


ルージュを塗りたくった唇が、吊り上った。
その微笑みの醜さにも気づかぬ愚かな女が、はっきりとその名を全メディアに向かって告げる。


『アスランは私のものだ。……イザーク=ジュール』


その後に報道されたものは、それは酷いものだった。
イザークの名は貶められ、カガリを悲劇の女性のように扱われる。

イザークは赤を纏う元ザフト軍属の女性であり、別の男性と子まで為しながらアスランを誘ったこと。
関係を持ってしまったアスランはその後、その関係を脅迫されて愛する女性――つまりはカガリのことだ――と別れざるを得なくなったこと。
アスランのつれない仕打ちを恨みはしたが、本当にアスランを愛する彼女は、遂に自分と別れた本当の理由を悟ったこと。

などなどが放送される。
メディアを通じて報道される、実際とは異なった報道。

偉ぶった学者と称する人間がいっぱしの口を利いて、ジュール家を……そしてイザークの母親のエザリアまで悪意の対象としていく。
プラントをよく知るオーブの学者によると、ジュール家の現当主であるエザリアも、イザークによく似た性質の女である、などと。
美しい外見をもって生まれたために、他人の男まで平気でベッドに誘う、などと。

口にするもおぞましい雑言の嵐に、耳を覆いたくなる。


「ジュール家の……我が家の名誉は、地に堕ちたな……」
「イザーク……」


心配そうにイザークに声をかけるアスランの視線の先で、イザークは涙を堪えるように固く目を瞑った。

アスランは、知っている。
イザークが、その母を誰よりも敬愛していることを。
その母を、ひいては彼女の生家を、貶められたも同然の仕打ちに、イザークは純粋に怒っていた。


「ははうえ。この人、なにをいっているの?」
「お前が気にするようなことじゃない、ミゲル。お前は、母のことをどう思う?」
「きれいで、やさしいよ。ははうえは」
「ならばそれが、正しい答えだ、ミゲル」


綺麗だなんて、思わない。
きっと、優しい人間でもない。
けれどミゲルがそう言うなら、それが正しい答えなのだ。それでいい。
他人に何と罵られても構わない。
イザークが愛するのは、ミゲルなのだから。


「冗談じゃない。何だ、この報道は!」
「気にするな、アスラン」
「そんな冷静ではいられない。俺は許せない!イザークは……イザークも、エザリアさんも……こんなの、嘘ばかりのでっち上げじゃないか!!」
「母上に……」


声を荒げるアスランを尻目に、イザークが小さく呟く。
自分など、どうでもいい。
ただ心配なのは、母親のことだった。
ただでさえ迷惑をかけた、母のこと。
そしてこれからは、この報道のせいで好奇の目にも晒されるだろう。母も、そして幼馴染であるディアッカも。


「母上に、ご迷惑をおかけしてしまう……ディアッカにも……」
「イザーク……」
「ミゲル……ミゲルのことが、誰かに知られてしまったらどうしよう。この子は何も悪くないのに……悪くなんかないのに、俺なんかの子供に生まれてしまったせいで……」


オーブの御用文化人や学者によって貶められていくイザークの、エザリアの、そしてジュール家の名前。
その中にいつ、ミゲルが加わるか分からない。
彼らは、イザークを貶めるためなら何でもするだろう。
イザークを貶め、それによってカガリとアスランの婚姻をこそ合法とみなすまでは、なんでもするのだろう。
そしてやがては、プラントも同じ見解に達することを余儀なくされてしまうのだ。


「大丈夫だ、イザーク」


少し取り乱した様子のイザークに、アスランは声をかける。
アスランは、知ってしまったのだ。
イザークの最大の弱点(ウィーク・ポイント)を。それは、幼いミゲルだ。
罪悪感があるからこそ余計に、イザークは幼いミゲルの出生に、必要以上に敏感になっている。
その出生を暴かれることを、恐れる。
それは、イザークが『母親』だからだ。
母親だからこそ、我が子が好奇の目に晒されることに、その可能性に怯え続ける。紛れもなくミゲルを、愛しているからこそ。

そんなイザークを、アスランは愛しいと思った。
あの頃よりも、今のイザークが愛しい。


「俺が、君を守る。君と、君の子供を、俺が守る」
「アスラン……」
「守ってみせる」
「ぼくも!ぼくも、ははうえを まもるよ!」
「アスラン……ミゲル……」


二人の言葉に、イザークが微かに笑う。
その目を真直ぐと見つめて、アスランは頷いた。


「君は……君たちは、俺が守る」


真剣に見つめてくる翡翠の瞳に、イザークは頷いた。
イザークの元に駆け寄ってきたミゲルを、華奢な腕が抱きしめる。
その二人を包み込むように、アスランはその腕を広げて。
愛しい二人の存在を、守るように抱き込む。









画面には、得意そうに笑う醜悪な姫君の姿。
その姿に、アスランはきつい眼差しを送る。

愚かな姫に、無言の宣戦布告を。

アスランにとって愛しいものは、彼女ではない。
自分の罪を知って震え続ける、そして今なおもアスラン以外の存在を愛し続ける、イザークだけなのだから――……。





だからこそ、彼は誓う。

愚かしくも罪深い道化の姫君に、鉄槌を――……。







イザークは、ミゲル(子供のほう)関係のことになると、不安で一杯になります。
それは、ミゲルの出生を自分が歪めてしまったと思っているからです。
好奇の目に晒され、実験動物のような扱いをされるのではないか、と。
そう思うからこそ、身動きができなくなります。
それ以外の場面では、今までどおりの『イザーク』でいられるのですが……。

カガリに対する扱いがどうしようもありませんが、これがアスイザのときのカガリの宿命だということで……。


ここまでお読みいただき、有難うございました。