帰ってきて、と。

願うことは、唯一つ。

けれどそれは、一生叶うことは、ないのだ――……。






〜]E〜






見つめてくる翡翠に、イザークはふっと不敵な笑みを刷いた。
この程度でおたおたするなどと。
イザーク=ジュールともあろうものが。

ミゲルは、自分が守るのだ。
ミゲルは守ると、自分で決めた。
この子を産むときに、決めたはずだ。覚悟していたはずだ。

ミゲルは、必ず守る。
たとえ自分の名誉が地に堕ちても。土に塗れようとも。
この子の父親に、誓ったのだ。


「犯罪者というのも、悪くはない。犯罪者、イザーク=ジュール……最後までクルーゼ隊長に従い戦った私には、お似合いかも知れんな」
「犯罪者というより、この場合は『悪女』じゃないのか?」
「ふっ……そうかも知れんな。案外、言いえて妙かも知れんぞ。今の私たちを表す言葉として、なかなかに適切な言葉なのかもしれない」


ミゲルを忘れられないイザーク。
そんなイザークを想うアスラン。
報道とは多少異なる部分を持つとはいえ、確かにアスランはイザークに惑わされたとも言えるだろう。

イザークが誘ったわけでは――過去においては過ちの関係があったとはいえ――、決してない。
けれどアスランは確かに、イザークという存在に惑ったのだ。
初めて逢ったその日から、アスランはイザークを想い続けた。
初めて逢ったその日に目にした、お仕着せのようなドレスに身を包み、所作は素晴らしかったが窮屈そうな顔をしていたイザークに。
アスランはずっと、心惹かれ続けたのだ。

それは、イザークにアスランが惑ったと言えるのではないのだろうか。
たとえイザークのその気がなかったとしても、アスランはその存在にただ、心惹かれ続けた。


「希代の悪女を狙えるかな?私は」
「ただ黙って立っているだけでも、君なら狙えるよ。……でも君は、そんな存在じゃない。そんな風に貶めることも躊躇われるほど、君は高貴に美しい」


静かな声が紡ぐのは、思わず耳を覆いたくなってしまうほどの熱烈な文句だった。
思わずイザークの頬に朱が上る。
ミゲルしか知らないイザークに、アスランの言葉はあまりにも情熱的すぎた。
イザークに比べて自分の本心を語ることが苦手と思われがちなアスランだったが、きっとそういうタイプの人間のほうが、心に秘めた感情の温度は高いのだろう。
イザークが秘めた感情よりも、きっと。
その温度は熱く、激しいのだ。

だからイザークは、戸惑う。
そのような真直ぐな感情の発露は、こと恋愛において言うならば彼女の経験するものではない。

だからこんなにも、胸が高鳴るのだ。
そう、イザークは結論付ける。

男性経験がミゲルだけしかない彼女は、良くも悪くも恋愛には不器用だ。
アスラン以上に、彼女は不器用なのだ。


「お兄ちゃん?」
「何でもないよ、ミゲル。君のお母さんは綺麗だって言っただけだから」
「いくらお兄ちゃんでも、ははうえは あげないからね!」


ぷぅっと頬を膨らませたミゲルが、アスランに宣戦布告をする。
綺麗な綺麗な母親は、ミゲルにとって誰よりも愛してやまない存在なのだから。
いくら優しいお兄ちゃんであっても、ミゲルは母をあげる気など、毛頭無いのだ。


「ははうえは、ちちうえの 代わりに ぼくが まもるからね!」
「有難う、ミゲル」
「酷いな、ミゲル。俺にも君たちを守らせてくれよ?」
「ん〜。どうしようかなぁ〜」
「……ぷっ。やっぱりこの子、ミゲルの子供だね」


悪戯っぽい笑顔で答えるミゲルに、アスランが吹き出しながらイザークに言う。
それに、イザークも笑顔を浮かべた。

可愛い一人息子は、少しずつ父親の面影を宿してきているのだろうか。
彼に、似てくれればいい。
彼のような男に、育つといい。

その姿を、最早この身は見ることも叶わないのだろう。
この子が大きくなったその姿を。
彼のように成長し、大人になった姿を見ることも叶わないのだろう。


「ミゲルは……ミゲルのように成長するのかな」
「イザーク?」
「ミゲルのように成長し、ミゲルのような大人になって、ミゲルみたいに……」
「そうだね。きっと、ミゲルみたいになる。ミゲルみたいに、誰も彼もを惹き付ける、そんな子になると思うよ。
君がこれだけ愛情を注いで育ててきた子供だから、きっと」
「そうかな……そんな風に成長して、あいつみたいな男になるかな……なってくれるかな……」


小さく呟くイザークに、アスランははっきりとした違和感を感じる。
何故こんなにも、イザークの存在を儚く感じるのだろう。
まるで、その姿を見ることは叶わない、とそう諦めてしまっているようにさえ、聞こえる。


「ちちうえ……?」
「そう、お前の父上。いい奴だった。優しくて、温かくて。お前にも、そんな男になって欲しい。そう、私は思う」


あんな風な人間に育ってくれるといい。
あんな風に真直ぐで、優しくて温かかった。そんな男になってくれるといい。
それでいて、彼は強かった。紛れも無く、その心が。

プラントでもやり手と評判だった、そして相応の権力を持っていたエザリア相手にも、それでいて一歩も引かなかった。
エザリアよりも力を持たないものがエザリアに真っ向から逆らう姿を、イザークは初めて目にした。
怒気を露わにしたエザリアに逆らうなど、イザークでさえも難しい。
その彼女に真っ向から逆らい、啖呵を切る人間など、イザークは初めて見た。





――――『ジュール家の財産とイザーク自身!?そんなもの、最初から比べる価値さえも無い!
いくらイザークの母親であろうと、そんな比較をするなら、俺は貴女を許さない!』――――

――――『ジュール家の財産がいくらかは知らないが、
そんなもの、イザーク自身の価値と比べることさえできないはずだ!』――――






後にも先にも、目にしたことなど無かった。
あの母に啖呵を切る男など、あの母に逆らう人間など、目にしたことも無かった。

自分と彼が真剣なことを悟った母が、漸く交際を許してくれた。
照れくさそうに笑ったその笑顔まで、容易に思い出すことができる。





――――『母に、あぁも啖呵を切る人間なんて、初めて見た』――――

――――『だって、あまりにも頭にきたんだぜ、俺は。イザークと金と、比べられるわけ無いだろ?』――――

――――『ジュール家の財産がどれほどあるか、貴様は知っているのか?』――――

――――『知るわけが無いだろ』――――

――――『貴様と俺と、家族と。それぐらい、一生遊んで暮らせるぐらいの財産はあるぞ、我が家には』――――

――――『マジで!?』――――






思わず素っ頓狂な声を上げたミゲルに、イザークは笑った。
ミゲルは、そんなイザークを抱きしめて。
そして、言ったのだ。
それでも、比べることなどできない、と。

幸せだった、あの時間。
息もできないほど、幸せだった。
ミゲルに愛されて、幸せだった。
二人で、ミゲルの両親の墓にまで行った。
そこで二人で、ミゲルの両親に報告したのだ。

結婚します、と。

滅多に袖を通さない――そのことで度々母には嘆かれているのだが――ドレスを自発的に着たのは、母親に二人で挨拶に行った時と、ミゲルの両親に挨拶をしに行った時。その二回だけだった。

ミゲルがくれた、安物のシルバーのリング。
本物はいずれ、と。
イザークであれば、もっと高価なものも、もっと美しいものも持っている。
けれど万の高価なリングよりも、千の宝石(いし)をあしらったリングよりも、美しいと思った。
大切だと思った。

変色したリングを、手放すことができないのも、未だに彼を想う気持ちがあるからだ。
この気持ちだけは、決して消えることは無いのだろう。
だから、他の人間を愛せない。
彼以外の人間を、愛することができないのだ。

幸せだったのだ、確かに。
彼と一緒にいて、幸せだった。
本当に短い時しか共に生きていられなかった彼を、本当に愛した。
否、短い時であったからこそ、こんなにも彼は、自分の心に鮮烈な印象を遺して逝ったのだろう。



過去は、二度と戻らない。
思い出は、だからこそ切ない。


「ミゲルには、父上のようになって欲しい」
「ははうえでは いけないの?」
「私は駄目だな。お前の父上に比べて、あまりにも未熟すぎる。あぁ、未熟というのは……大人じゃない、ということだな。分かるか?
お前の父上には、私は勝てないんだ。だから私は、お前にはお前の父上のようになって欲しいと思うよ」


自分には、似ないで欲しい。
自分のように、独り善がりな人間には、ならないで欲しい。
自分は独り善がりな自己満足で、無理矢理この子をこの世に引きずり出した。
この子のことで悩むことさえも、独り善がりな自己満足なのかもしれない。
そうやって悩むことで自分を、許そうとしているのかもしれない。
自分の罪から目を背けているのかも知れない。

愛している。
愛している。
愛している。

狂おしいほどに、お前を愛している。
そしてこの子も愛している。

狂おしいほどに、君を想う。
彼を、愛している。
こんなにも、彼を愛している。


「ぼくは、ははうえみたいに なりたい」
「ミゲル……」
「ははうえみたいに、なりたい。ははうえの ように……」
「君はミゲルの母親なんだよ、イザーク。こんな風に子供に言ってもらえるなんて、幸せだと思わない?」


言葉になんて、ならない。
涙ぐむイザークの肩を、アスランがそっと抱く。

こんなにも、弱い人間になってしまったのだ、自分は。



強い人間だと思っていた。
自分は、強い人間なのだ、と。
誰もが憧れるザフトの赤服。
それを、女性で初めて纏うことを許された。
そんな自分は、誰よりも強い人間であったはずなのに。

自分は、こんなにも弱い。


「母のようには、ならないほうがいい。ミゲル」


自分のようには、なってはならないのだ。
ミゲルは、父のようになればいい。
だからこそ、彼の名をつけたのだ。
彼を偲ぶ気持ちがあったのは勿論のことだが、それ以上に彼のようになってほしかったのだ。

彼のようになって欲しかった。
太陽のように明るくて、真直ぐで。
自らの過ちを見つめることも、その過ちを直視して正すことも出来る。
本当の意味で強かった、彼に似るといい。
彼のように成長するといい。



テレビはただただイザークを中傷するプログラムを流し続ける。
場面が切り替わり、カメラがスタジオに戻されると、幾分辟易した調子のアナウンサーが、侮蔑の感情さえも抑止せずにシナリオを棒読みした。

いかにカガリが外野から喚こうが騒ごうが、プラントはプラントとして成り立つ一つの国家だ。
そしてその国の中枢を担う家として、ジュール家は数えられる。
彼女が喚こうとも、国民は彼女の意見になどたいていは耳を傾けない。
ただ政府の――特にクライン派が、この件を外交を有利に動かすカードの一つとして利用するだろう。
その程度のことさえも、あの姫気味にはお分かりではないのだ。


「ぼくは、ははうえのこと、すきだよ」
「私もお前が大好きだ、ミゲル。
……とりあえず、身を隠す必要があるだろうな。アスラン、お前、此処に来る途中、誰かに姿を見られたか?」
「一応顔が特定されないよう細心の注意は払った。ただ、君の情報がどこから洩れるか分からない。政府は間違いなくこの件を利用しようとするだろう。
ナチュラルとコーディネイター。その双方の融和を訴えるクライン派にとって、これは格好の宣伝材料となるからな」
「だな。
……とりあえず、ミゲル。枕を持って母の寝室においで。アスランは、ミゲルの部屋だ。新しいシーツを出すから、そこで寝るといい。詳しいことは明日、考えよう。どんな道を選ぶにしても、まずは夜が明けてからだ」
「そうだな。そうしよう。……かえって迷惑をかけてしまったな、俺は。すまない」
「気にしなくてもいい。ミゲルは少なくとも楽しそうだから」


いずれ、直面せねばならない問題だったのだ。
今なら、まだいい。
今ならばまだ、自分がいる。ミゲルを守ってやれる。
そうしてミゲルにも、覚えてもらわなくてはならないのだ。
自分の力で、自分の身を守ると言うことを。
何れイザークはいなくなる。いつまでもいつまでも愛するこの子を守ってやることは、できない。

これは、自分の罪だ。
この子がこうしてこの世に生きている、と言うこと。
それさえも、イザークの罪なのだ。
こうして生きて、生を受けていると言うことは、掛け値なしに嬉しい。
けれどこうして生まれてきてしまったせいで、この子はこの先一生、その生まれを十字架として負っていくことになるのだろう。

いつかこの子は、イザークを恨むかもしれない。
いつかこの子は、生まれてきてしまったことを嘆くかもしれない。
その時、自分はこの子の傍にいてあげることが出来るのだろうか。
……おそらく難しいだろう、とイザークは思う。
だからこそ、この子には教えなくてはならないだろう。
自分の身を守る、その術を。イザークはもう、それぐらいしかこの子にしてやることが出来ない。


「いずれ直面しなくてはならない問題だった。この子のことは」
「イザーク……」
「それが今になった。それだけのことだ」
「それでも……」
「以前言った言葉だが、訂正させてもらおう、アスラン」


なおも言葉を紡ぐアスランに、イザークが待ったをかける。
言葉が欲しいわけでは、ない。
言葉など、要らない。謝罪など、要らないのだ。
そんなものは、要らない。


「私は期待していたんだがな、カガリ=ユラ=アスハと言う姫君に」
「イザーク?」
「コーディネイターとナチュラルと。争い続けた二種族間の融和に自ら乗り出した姫君……。私は期待していた。彼女が導く世界に興味があった。そのためならば、忘れようと思っていた。……オーブの罪を。あいつのことも……」


期待していた。
興味があった。
その導く未来に。
その結論に達したのが、自分よりも年若い姫君であると言うことに。

だから、許そうと思った。
ヘリオポリスで死んでしまった、ミゲル=アイマン。
大好きな大切な、最愛の人。
彼が死んでしまった原因を、理由を、だからイザークは求めずにはいられない。
もしもあの時、ヘリオポリスでオーブが極秘に地球軍の新型機動兵器の開発さえしていなければ、彼は死なずにすんだかもしれない。
八つ当たりだということは、分かっている。それでも、イザークは求めずにはいられないのだ。
その贖いを、求めずにはいられない。


「だから、傷も消さないのか?」
「……消せない」
「ミゲルも、君の顔好きだった。好きな君の顔にまだそんな傷が残っているのを知ったら、ミゲルも悲しむかもしれない」
「……消さないほうが都合がいいんだ、アスラン」


悲しそうに笑って、イザークが傍らのミゲルの髪を梳く。
無邪気に微笑みミゲルは、確かに父親との濃い血の繋がりを感じさせる。
(つや)やかな金の髪も、顔立ちも、何もかもがミゲルにそっくりの、彼とイザークの間の子供。


「憎しみを抱く時は終わったと、ラクス=クラインは言った。私も、もっともだと思う」
「そうだね。憎しみあっていては、何も始まらない」
「でも、私は許せない。ミゲルを……ニコルをも殺したストライクを。ミゲルが死ぬきっかけを作ったオーブを。私は、許せない」


だから、この傷は消せないのだ。
この傷があれば、きっと憎しみで滾る目を、幼いミゲルは見なくてもすむ。
幾分のカモフラージュには、なるだろう。
幼いこの子に、憎しみを教えたくない。


「優しい気持ちだけを知って欲しい、この子には」
「イザーク」
「あいつみたいになって欲しい。誰からも愛された、あいつみたいになって欲しい。そのためには、私の憎しみを背負わせるわけにはいかない。
だから、都合がいいんだ、この傷は。この傷さえあれば、きっと眼晦ましになるだろう。私がニュースプログラムを見るたびに、映る憎悪の眼差しの」


あれだけ執拗に追った、ストライク。
そして『足つき』。
それも、かの機体が、かの艦が、ミゲルを殺したからだ。
だから、追った。
この子を胎内から引きずり出し、過酷な運命を背負わせると分かっていても、それでもなお願ったのは、この手で仇を討つことだった。
仇を討ち、それを餞にしてやるつもりだった。

それさえも、果たせなかった。
イザークは命を永らえ、こうして生きている。

だから自分自身に課したのかもしれない。
この子を守ることが、彼への償いと。
自分でももう、分からなくなっていた。
自分自身の気持ちすらも曖昧で、願いさえも曖昧で。
あの時は、何もかもが虚ろだった。


「寝ようか、ミゲル」
「うん、ははうえ」
「ベッド、お兄ちゃんに貸してもいいか?」
「いいよ。ははうえと いっしょだもん」
「じゃあ、母はお兄ちゃん用にシーツとパジャマを出してくるから、少しの間、お兄ちゃんのことを頼んだぞ?」
「は〜い」


にっこりと笑って返事をするミゲルに、イザークも笑顔を返す。
すっと立ち上がったすらりとした姿勢のよい姿。
それに、思わずアスランは見惚れる。
彼女はただ、そこにいるだけでアスランの心を揺さぶるのだ。
そこにいるだけで、アスランは惹かれずにはいられない。


「お兄ちゃん、ははうえのこと 好きなの?」
「な……!?ミゲル?」
「好き?」


突然そんなことを言われて、アスランは慌てた。
何でそんなことをいきなり、子供のほうのミゲルが言ってくるのか。
……やはり、ミゲルの子、と言ったところか。


「……好きだよ」
「やっぱり?」
「やっぱりって、ミゲル……」
「お兄ちゃんといっしょのほうが、ははうえは うれしいのかなぁって。それだけだよ」


しょんぼりとしたミゲルに、アスランは言葉を詰まらせる。
この子はこの子で、イザークを愛しているのだ、誰よりも。何よりも。


「ははうえ、びじん でしょう?」
「あぁ」
「ははうえより きれいな人、僕は みたことがないよ」


綺麗な服を着て、テレビに映って、ミゲルの母の名前を呼んでいた女の人。
ミゲルが見た事がないくらい、綺麗な服を着ていた。
けれどその人よりもずっと、ミゲルは自分の母が綺麗に見えた。

こんなに綺麗な母なのだ。
他の人と結婚することを、考えなかったのだろうか。


「僕がいなかったら、ははうえは しあわせだったかなぁ……」
「そんなことはないよ、ミゲル」
「ほんとう?」
「本当だよ、ミゲル。君の母上は、君のことを誰よりも愛しているよ」


アスランが言うと、ミゲルは擽ったそうに笑った。
年の割に大人びた利発な子だと思っていたが、ミゲルとてまだ4歳なのだ。
不安に思うことなど、たくさんあるのだろう。
それでも、この子はいえないのだ。
イザークを、誰よりも愛しているから。


「何をくっついて話をしているんだ、お前らは」
「イザーク」
「ははうえ」


部屋に戻ってきたイザークに、二人の声が重なる。
イザークに言われて自分たちの体勢を思い返してみれば、俯くミゲルに、慰めるように頭をなでるアスラン、と言う状態だ。


「風呂の用意もしてきたから、入って来いよ。それとアスラン、これ、お前のパジャマな。持ってきてないだろ?」
「有難う……これって……」
「あいつのだ。……結婚する約束をしていたんだ。戦争が終わったらって。少しずつ、一緒に暮らす用意もしていた。一応、新品だ。虫干しとかはしていたんだが、使ってはいない。……気を悪くするかもしれないが……これしかないんだ」
「いいのか、これ……大切なものだろう?」


ダークグリーンのパジャマ。
ミゲルが緑であったことを考えると、一体どんなギャグだと言う感じではあるが、確かにミゲルは緑がよく似合う。
寸法はミゲルに合わせているから、おそらくアスランが着るには若干大きいだろう。
虫干しをしていると言ったのは本当のようで、黴(かび)や埃の匂いなどは一切しない。むしろ日向の匂いがして、それがイザークのミゲルへの愛情を感じさせた。
彼への気持ちを風化させることが出来ない彼女の、いじらしいまでの愛情を感じて、切なくなる。


「さっさと風呂に入ってこい、アスラン。後がつっかえているんだからな。お前がさっさとしてくれないと、ミゲルの寝る時間が遅くなってしまう」
「分かった。お風呂、借りるよ。パジャマも、有難う」
「あぁ」


アスランが微かに笑いながら、バスルームのほうへと歩いていく。
その背中を見送りながら、それでも思ってしまう。
それでも、重ねてしまう。
彼がミゲルであったなら、と。そう思ってしまうのだ。

いずれ報いを受けるのだろう。
否、もう受けているのかもしれない。
長くはないと、言われた。
きっとこの子が、成長していく姿さえも見ることは出来ない。

それが、何よりの罰だ。



それでも、今はこの子のことだけを考えたい。
このこの幸せだけを、考えていきたい。

そのためには、アスランの好意さえも利用する。
そんな自分が例えようもなく醜悪に思われるが、それでも他に道などないのだ。


「ミゲル、銃の扱いを、教えてやる」
「じゅう?」
「ナイフの扱いも、教えておこうな。他にも、色々……色々教える。お前は、強い子だ。私とお前の父上の子供だ。だから、教える。それがお前のためになることだと、お前の父上の気持ちに応えることだと、信じているから」
「ははうえ……?」
「愛している、ミゲル。お前のこと、誰よりも愛しているから。だから……だから……」


ぎゅっとその小さな躯を抱きしめる。
もう、時間はない。
残されたときは、少ない。

人を殺す方法を、だから教える。
それが彼を守る力に繋がることを、信じる。

無言で抱きしめてくる母親を、ミゲルも抱き返した。
母からは、優しい匂いがした。


「ははうえは、ずっと いっしょだよね?」
「ミゲル?」
「いなくなったりは、しないんだよね?」
「……当たり前だ、ミゲル。お前の父上の分も、母はお前の傍にいる。お前を守ってやる。だから、ミゲル……」


時間はもう、あまり残されていない。
それを、ミゲルは知らない。
アスランも、知らない。
ただ、自分だけが知っている。

知られては、ならない。
この事実を知られるわけには、いかない。


『傍にいるよ』


そう言っていなくなった、愛する人。
その人と同じことを、しようとしている。
それでも、愛していることだけは、イザークの真実だった。

















彼の気持ちを、踏み躙る。

それでも願うことは、唯一つ、だった――……。







イザークも、アスランに対してはかなり酷い子だと思います。
でも、人を好きになるということは、そういうことなのかなと思うのです。
イザークが誰よりも好きなのはミゲルで、そんなイザークを好きなのがアスランで。
そんな二人の関係です。
本当にアスランを思っているのは、カガリかもしれない。
そういうすれ違いも、恋愛ではありかなと思うのです。

ここまでお読みいただき、有難うございました。