小さな小さな少女を

愛しい、と感じ始めていた。

同情ではなく、哀れみでもなく。

必死で生きる君が、愛しかった。



今更そんなことを言っても、君は。

信じてくれないだろうけど――……。










煉獄篇〜V〜










 嗚咽に震える小さな躯を、抱きしめる。
 嗚呼、本当に。彼女はどうして、こんなにも小さいのだろう。
 年の割りに小さくて華奢な肢体は、痛ましさを感じざるを得ない。
 ついっと、涙に濡れる頬を撫でる。
 その瞬間見開かれた翡翠の瞳は、涙に濡れて艶を含んで美しい。
 長い睫毛に、けぶるような印象さえ、受けた。


「アスラン……」
「……ふぇっ……」


 泣きじゃくる彼女の髪に指を差し入れ、何度も梳く。
 彼とは髪質から違う宵闇色の髪はふわふわとしていて、その質感さえ愛しい。
 嗚呼、本当に。
 何て、愛しい。
 懸命に目をこすって、涙を止めようとする、その姿さえ愛しかった。
 泣きたいなら、泣けばいいのに。


「アスラン」
「ごめ……なさい。すぐ止める……から」
「小さな躯には、秘密と哀しみばかりが詰まっているようだな、アスラン。……泣きたいなら、泣け。咎めはしないから」
「っふ……」


 縋り付いて来る温もりは、儚く。
 抱きとめてもその存在が希薄に感じられて。
 だからその腕に、力を込める。

 小さく零れ落ちる嗚咽に、胸が痛くなった。
 大声で、泣けばいい。喚けばいい。
 そうやって、人は自らの感情を安定させているのだ。吐き出し口がなければ、発狂してしまう。
 上手くコントロールして、落ち着きを得ているのに。誰しも、そうなのに。
 泣けない彼女が、哀しかった。

 しがみついてくる彼女の、その細い背中を撫でる。
 骨っぽくて、少女らしい丸みとは、本当に無縁で。
 腐りきった大人たちの理不尽な眼差しに傷ついて、情欲の対象にされて。それでも一生懸命に生きる小さな躯。

 泣きやんだ少女の指が、彼に向かって伸ばされた。
 その端正な貌を、掌で包み込む。


「綺麗……」
「アスラン?」
「綺麗……だから、怖い……」


 こうして傍にいても、本当は不安だ何てきっと、彼には分からない。
 いつか、彼はどこかに行ってしまう気がする。
 自分をおいていくような気が、する。

 それに、イザークは、綺麗だから。
 穢れてしまったアスランには眩しすぎるくらい、綺麗だから。
 不安に、なる。


「バカが。何をそんなに怖がることがあるもんか」
「だって……」


 いつか、彼の綺麗さを穢してしまいそうで、怖い。
 いつか、この穢れが彼を食いつぶしてしまいそうで、怖い。
 いつか、彼が去って行ってしまう気がして、怖い。
 こんな恐怖、きっと彼には分からない。


「僕、いっぱい汚れた……」
「違う。汚れているのはお前じゃない。汚れているのは、お前を食い物にした薄汚い大人だ」
「だったら、ちゃんと触れてよ……!」


 悲痛な声が、その唇から零れ落ちた。
 嗚呼、彼女はどこか、不安定だ。

 そうまで言うなら、触れようか、とも思う。
 けれどそれでは、彼女に身体を売らせるも同然な気がして、それだけは、してはいけないとも思う。別に今更、聖人君子を気取るわけでもなくて。
 ただ、それだけはさせたくなかった。

 その気持ちは、アスランの過去を知ったことでより一層の確信を抱いていて。
 彼女は、嘆くから。
 汚れている、と。嘆くから。


「不安定になっているんだ、アスラン。ほら、寝ろ」
「やっ……!」


 抱きこむ彼の手を、アスランは跳ね除けた。
 そのままそっぽを向いて、細い腕で自身の身を抱き込む。
 小さく躯を丸め込むと、ただでさえ小さな肢体が、余計に小さく見えた。

 小さく、溜息を吐く。
 彼女は今、どうしようもなく不安定になっている。
 どうしてやるのがいいのか、彼にはよく分からなかった。
 小さな小さな、愛しい少女。
 大切に大切に守りたいと願った彼女に、不安定な彼女に、何をしてやればいいのだろうか。


「嫌い……こんなこと、嫌い……でも……」
「アスラン?」
「嫌……あんなこと、もうしたくない。でも……でも、ね……」


 優しい眼差しで、全てを拒絶されるのも、嫌なのだ。
 イザークは、優しい。
 彼は、優しい。
 でもその優しさは、時々残酷だ。

 彼は、触れようともしない。まるで、忌避するかのように。
 そう言う行為は、ずっと嫌いだった。
 生活していくために、嫌々しているようなものだった。
 でも、イザークには……。
 少しでいいから、触れて欲しい。

 そんな葛藤が、確かにあった。


「カトリックの女ならば、赦されない大罪だぞ、アスラン」
「……煩い!」
「咎めているんじゃない、アスラン。ほら、こっちを向け。……俺は、お前の教義は良く、知らないけど……」
「僕も、知らない。僕は、キリスト教の教義しか、分からないよ……父上だった人は、カトリック、だったし……」


 母親も、ユダヤの教義は知らないようだった。
 祖父が、カトリックの教義を教えたから。
 ユダヤ人には、辛い世界がやってくる。それを、祖父は認識していたようだった。
 けれどいくらユダヤの教義を知らないといっても、アスランの身に流れる血の4分の一が、ユダヤの血であることに変わりはない。
 アスランが、純粋なアーリア人でないことに、変わりはないのだ。
 だから、触ってくれないの?とも、思う。
 イザークは、ユダヤ人に対する差別の気持ちはない、と言う。
 けれど、言葉でならいくらでも、そんなことは言える。

 気持ちを疑うことはよくないと分かっていても、アスランは懐疑的にならずにはいられなかった。
 アーリア人がユダヤ人をどれだけ差別しているか。それは、アスランとて身に染みて分かっている。


「アスラン……」


 イザークの指が、伸ばされた。
 慣れぬ労働で荒れたその指が、アスランの首筋にかかる髪をかき上げた。
 そしてそっと、その首筋に口付ける。


「イザ……っ?」


 ちゅっと、濡れた音を立てて離れる唇に、アスランはイザークに向けて首を傾けた。
 大きな翡翠の瞳が、見開かれる。零れ落ちそうなほど大きく見開かれた瞳は、彼女を年よりずっと幼く見せていた。


「お前が大切だよ、アスラン」
「イザーク……」
「そう思っているのに、お前が分かってくれないなら俺は、どうすればいいんだ?」
「イザ……」


 分かっている。
 分かっているのだ。
 彼がどれだけ自分を大切に思ってくれているのか、それは分かっている。
 それでも、証が欲しいと思う。
 どれだけ彼が自分を大切に思ってくれているのか。その証が、欲しいと思う。

 何て、浅ましいことだろう。
 彼が大切に思ってくれていることを、知っているのに。それなのに、もっともっと、と。駄々っ子みたいに求めてしまっている。
 何で、浅ましいのだろう。


「……触って……?」
「アスラン?」
「もっと、触って欲しい……」


 彼は、軽蔑するかも、知れない。
 所詮元は娼婦の女だ、と。軽蔑するかもしれない。
 それでも、構わない。

 優しいその掌が、アスランの頬に触れた。
 彼の体温は、人より低めなのに。それなのにその温もりが、涙が出そうになるほど、温かいものに感じられて。
 恐る恐る、アスランはその手に触れた。
 触れた場所から、温かさが染み渡る、感覚。
 それに、ほぅ、と瞳を閉じる。

 身体を重ねる行為は、大嫌いだ。
 だって全然、重ねている気がしないから。
 男たちはアスランの躯にのしかかって、自分の快楽のことだけしか考えない。
 アスランの気持ちなんて、考えてなんかくれないし、行為はいつも苦しいだけだ。
 吐き気さえ感じるあの感覚を思いおこすだけで、躯は震える。
 気持ちが悪くて、堪らない。
 それでも、触って欲しかった。


「ね、触って?」
「男を誘う気か?アスラン」


 アスランの言葉に、イザークは呆れたように笑う。


「このままじゃ、好きな人ができてもそんなこと、絶対出来ないよ……」


 酷い行為だった、と。アスランは言う。
 余りにも惨めだったと、彼女は言う。
 そう言う行為に嫌悪感を感じても、仕方がないようなものだった、と。

 粗末な子供服のボタンを、外す。
 あぁ、子供に手を出すなんて……。と思わずには、いられないけれど。





 肌蹴た衣服から覗く、白い肌。
 小さな胸は、少女らしく慎ましいもので。
 それでも、確かに柔らかかった。


「っふ……」


 口付けると、小さな躯が跳ねる。
 行為に嫌悪感を持つと言うのは、強ち出鱈目でもないようで。確かに小さな躯は、震えた。

 口付けながら、小さな胸の頂に触れる。
 ピクリ、と返る反応が、愛しい。
 やわやわと刺激すると、小さな躯は徐々に開かれていった。

 もとより彼に最後までする気などさらさらなく、ただ小さなアスランの身体に、心地よさだけを教えた。


「ひぅ……あぁ……!」


 慎ましく秘められた蕾に、触れる。
 蜜を溢れさせたそこを擦りあげて、敏感な花芯に触れた。
 より一層溢れる蜜を掬い上げ、少女を追い上げる。

 一際大きく身を震わせると、大量の蜜を滴らせて少女の身が撓った。
 その瞳に、幾ばくかの雫を乗せて――……。





 小さな躯を、抱き寄せる。
 無体なことをした、と罪悪感を感じるけれど。
 それよりも少女が、幸せそうに微笑むのが、嬉しかった。
 儚げな微笑は、今にも壊れてしまいそうだったけど。


「こう言うことは、本当に好きな男とするもんだ」
「イザーク」


 荒い息を吐き出して、彼は言った。
 情交を結んだわけではないけれど、それに近いことをして。
 快楽を教えられたアスランは、とろんとした瞳でイザークを見つめる。

 大嫌いだった、行為。
 それが、胸を温かくするものだ何て、彼女は知らなかった。

 けれどそんな少女に、イザークは言う。
 それが、彼のせめてもの優しさであり、本心だったから。


「いつか、アスランが本当に好きな男が出来たとき、そいつと一緒に生きたいと思ったとき、これ以上のことはしろ」


 彼女は今、不安定になっているだけ、なのだから。
 体調を崩して、気が弱くなっている。
 だから、彼にそんなことを言うのだろう。彼はそう、結論付けた。

 だから、その頬に口付けるだけにとどめる。
 唇には、口付けない。
 多分そこは、誰にも触れることを許していないだろう場所だから。
 本当に好きな男が出来たときに、触れることを許せばいい。


「愛しているよ、アスラン」
「イザーク……」
「大切だと、思っているそれだけは、忘れるな」


 唇が、肌に触れる。
 何度も何度も濡れた音を立てて触れては離れる唇の感触に、アスランは擽ったそうに身を捩った。
 それは決して性欲に直結するものではなく、子猫のじゃれあいにも似た行為だったけれど。


「ふふっ……くすぐったいよ、イザーク」


 身を捩りながら、アスランは言った。
 くすくすと、不機嫌そうだった顔には笑みが戻っている。


 細い腕が、イザークに向かって伸ばされる。
 その首筋に、腕を絡めた。


「気紛れだな、お前は」
「イザークは、甘やかしてくれるもの」
「……甘やかしすぎたようだな」


 呆れたように呟く彼だったが、本当はもっと、彼女を甘やかしてやりたいと、思う。
 だって彼女は、余りにもたくさんの悪意の中生きていたから。
 もっともっと甘やかして、一人じゃないと教えてやりたい。
 幸せになって、欲しい。

 大切な大切な、小さな小さなユダヤの血を引く、少女。


「大きくなれ、アスラン」
「イザーク?」
「早く、大きくなれ。何も考えず、健やかに。それだけで、俺は十分だ」
「でも、僕は……」


 君に、何も出来ないの?

 アスランの翡翠の瞳は、そう訴えていた。
 小さな少女は、その小さな身体に強い意志の力も秘めているから。
 だから彼女は、そう尋ねる。
 自分には、何もできないのか、と。何も返せないのか、と。


「子供が、大人に気を使いすぎると言うのも、考え物だな」
「イザークは、僕を子ども扱いしすぎだ!」
「子供だろう?それとも、何か?もう、大人だとでも?」
「そんなことは言ってない!」


 ぷうっと膨れた頬を、つつく。

 小さな躯を大切に抱きしめて、シーツとはお世辞にも呼べないような襤褸布を掻き合わせる。


「もう、寝ろ。明日は、医者に来てもらう」
「うん……ごめんね」
「気にする必要は、ない。俺のほうこそ、お前の体調不良に気づいてやれなかった。……悪かったな?」
「うぅん。そんなことは……」


 イザークの言葉に、アスランは首を横に振った。
 イザークの責任などでは、ないのだから。


「ね、イザーク」
「何だ?」


 話題を転換するように、やや弾んだ声でアスランは言った。


「イザークのこと、好きって言ったら、どうする?もし僕が、君とずっと生きて行きたいって言ったら」
「……大人になったらな」


 イザークの言葉に、アスランは嬉しそうに頷いた――……。









知らなかった。

本当に、知らなかったのだ。

残酷な運命が、すぐそこに迫っていただなんて――……。











 なんか、余りプラトニックの風が吹かず。
 でも微エロさえも不発でした。
 いや、どこまでだったらイザークが変態にならずにすむか、分からなかった……。
 少女にこんなことしているだけで、既に変態ですか、そうですか。
 でも、ロリコンて何やら心惹かれるシチュなのですが……変態は私か。

 此処までお読みいただき、有難うございました。