止まらない、アラート。 さすがにマリューは、それに不審を覚える。 ザフトが攻撃しているのだから、アラートがなるのは当たり前。 けれど、何といえばいいのだろうか。この、胸騒ぎを。 「大変です!!我が艦のメインコンピューターに、ウイルスが侵入しています!!」 「何ですって!?一体誰が……!?」 「分かりません!!」 「艦長!!この艦において、不審な人物は、ザフトの『ヴァルキュリア』しかおりません!!」 「『ヴァルキュリア』……!?」 ナタルの言葉に、ブリッジの面々は驚愕の言葉を上げる。 当然だ。『ヴァルキュリア』のことは、フラガとナタル、そしてマリューしか知らないのだから。もっとも、ナタルは確証を持っていっているのではなく、偏見で真実を当ててしまったにすぎないが。 「それは早計だわ、バジルール中尉。彼女が『ヴァルキュリア』かどうかは分からないと言った筈よ」 本当は、それが正しいことを知っているけれど。 その時、だった。 艦内に放送が流れたのは。 <さようなら、“足つき”の皆さん。『ヴァルキュリア』はザフトのものよ。帰らせていただくわ。……私の、いるべき場所へ……。それでは、ごきげんよう> ニコリと微笑む少女の画像。 そのまま、少女はまんまと脱走したのだった――……。 「出て来い、ストライク!でないと……でないと傷が疼くだろうがぁっ!」 邪魔なMAを沈めながら、イザークは激昂して叫んだ。 数だけは多い、ナチュラル。その能力は、圧倒的にイザークたちには劣るというのに。負けると分かっていて、何故戦うのか。 邪魔で仕方がない。 彼の狙いは、ストライクだけだ。 を傷つけ、イザークに傷を負わせた、憎むべき相手。 それだけしか、彼の眼中にはないというのに。何故、奴らはイザークの邪魔をするのか。MAなど、MSの相手にはならないというのに。 邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だっっっ!!苛立ち、イザークは叫ぶ。 「焦っちゃ、ダメだよ。イザークはいつも、無茶をしすぎる……もっと慎重にならないと、命がいくつあっても……」 「分かっている!!」 「それに、“ストライク”はきっと、出てこれないよ……」 「そんなこと、分からないだろうがぁぁぁっっ!!」 「……言ってる傍から、熱くなりすぎよ、イザーク」 は、ボソリと呟いた。 まったく、このおかっぱはぁ!なんて。思わずそう思ってしまったのは、だけの秘密だ。 すぐに熱くなるのは、イザークの欠点であると同時に、美点でもある。冷静すぎる人間は、確かにその能力は信頼するに足るが、別の言い方をすれば『冷たい』との謗りも免れない。そしてそんな人間は、部下などから畏怖されることはあっても、愛されたりすることはない。 だからイザークのそんなところは、確かに欠点ではあるが、同時に長所であるとも言える。確かに、行き過ぎれば問題だ。しかし行き過ぎさえしなければ、それは決して欠点にはなりはしない。 とて、そうだ。もしもイザークが、冷静なだけの人間であったら、はここまでイザークを信用したりはしない。冷静な……機械のように正確な人間など、一体誰が信用できようか。 戦闘での敗北も、イザークの人格を変えるには至らなかった。 イザークは、イザークのままだった。 それが、何よりも嬉しい。 それに、イザークと話をするのも、久しぶりだ。ザフトに帰ってきたことをそんなところで再確認して、は胸が温かいものでいっぱいになった。 “デュエル”の冷たい床。それなのに、それがちっとも気にならないほどで。 は、束の間の幸せをかみしめていた……。 アークエンジェルは、キラが艦に残ったことで、の散布したウイルスの脅威からは解放された。 しかし、それで全てが終わったわけではない。 ザフトの攻撃に晒されている、という現実に、変わりはないのだ。 マリューはそこで、艦隊を離脱し、大気圏降下を行うことを決意する。 ハルバートンもそれを了承し、全軍に通信を通して檄を飛ばした。 <本艦隊はこれより、大気圏突入限界点までの、アークエンジェル援護防衛線に移行する。厳しい戦闘であるとは思うが、かの艦は明日の戦局のために、決して失ってはならぬ艦である。陣形を立て直せ!第8艦隊の意地にかけて、1機たりとも我らの後ろに敵を通すな!地球軍の底力を見せてやれ!> 傍受した、敵の通信。 それを耳にして、は皮肉っぽく唇を歪めた。 「いい司令官みたいね。 ……敵うわけないのに、自分の命と引き換えに、“足つき”を降ろそうとしている。 ……ナチュラル風情が……!!地球軍の底力なんて結局、非戦闘員を虐殺することじゃない。 イザークはどうするの?このまま見過ごす?」 「誰が……っっ!!“足つき”ごと“ストライク”を落とせばすむことだ!!」 イザークの返答に、は笑った。あまりにもそれが、イザークらしくて。 つい、笑ってしまう。 笑うに、イザークは馬鹿にされたとでも思ったのだろうか。 「貴様は大人しくしていろ!!」 イザークは言い、言いながら気遣うように、を振り返った。 怪我をしている、。 傷の具合は分からないが、冷たい床の上にじかに座る、ということ。しかも振動を与えられる、ということは、決しての傷にはよくないだろう。 それを、イザークはすまなく思う。 早く安全な場所で、を休ませてやりたい。 そしてそのためには、早くここを突破しなくてはならなかった。 しかしまだ、“ストライク”は現れない。 本当に、の言うとおり、出てこないのか。 じれったくて、歯痒い。 仇を討つなら、自分の手で。そう思って。そう決意して。そしてその感情のままにここまで来たというのに。なのにその対象が、その相手が姿を現さない、なんて。 「墜ちろ――!!」 叫んで。イザークの乗る“デュエル”は、先陣隊列を突破した。 その時、だった。“デュエル”のアラートが、鳴ったのは。 周りが敵だらけなのだから、アラートが鳴るのは当然。けれどは、顔を強張らせた。 そこに現れたのが、トリコロールの色彩を持つ機体、“ストライク”だったからだ。 「……なんで!?」 「どうした?……アラート……“ストライク”か!?」 「何で、“ストライク”が出撃してくるの……!?」 「貴様の設定した『パスワード』を解析しただけだろう?」 何を当然のことを。そうイザークは言外に告げる。 は、それどころではなかった。 キラは、『約束』したのだ。 艦隊と合流すれば、戦わない、と。それを、は信じたのに。信じたからこそ、キラを手にかけることもせず“足つき”を脱出したというのに。 何故!?何故キラは、『約束』を破ったのか。 キラは、誓ったではないか。それなのに……。 キラは、『約束』を破った。 にとって『約束』というものは、何よりも重きを成す。 今まで散々、破られてしまったから。だからは、自分の交わした『約束』は、決して破らない。 キラは、例えどんな理由があるにせよ、と交わした『約束』を破った。それだけでも、にとっては彼を断罪するに足る。身勝手といわれようが、にとって『約束』は、絶対なのだ。 キラは、それを破った。 の信頼を裏切った。同胞よりも、ナチュラルの友人をとった。 ならば、どうする?そんな相手に、何を以って報いる。ミゲルを、兄を殺し、イザークに傷を負わせた相手に。 (私が、殺すわ……) アスランは、きっとキラを殺せない。 親友だった人間を、敵になったという理由だけでは、殺せないだろう。アスランは、そういう人だ。しかしは、そうではない。にとってキラはあくまでも、『アスランの友人』なのだ。 まだ今は、にとって重きを成す人物ではない。 ならば……。 アスランに、これ以上の重荷は背負わせられない。親友が敵に回ったというだけでも、アスランにとっては大変な重荷の筈。これ以上の重荷――その親友を殺す――までは、背負わせられないから。 (君はどんなことがあっても、私が殺すわ。キラ君) 考え込むを、イザークは複雑な気持ちで見つめる。 イザークにとっては、何よりもかけがえのない少女だ。けれどにとってイザークは、そうではない。 もしもの心が別の人間にあるとしたら?そしてその人間が、“足つき”に乗っているとしたら? イザークには、が何を思い悩むか、それは分からない。 イザークはそれを、知らされていないのだから。だから余計に、不安になる。邪推してしまう。 「ようやくお出ましか!?ストライク!この傷の礼だ!受けとれぇぇっ!!」 「デュエル!?装備が……!!」 “ビームサーベル”を大きく振りかぶり、接近する機体を見て、キラは驚愕した。 そこにあるのは、先の戦闘でキラが痛手を与えた筈の機体。装備を変え、それが再び迫ってきたのだ。 ビームサーベルとビームサーベルとが交錯し、火花を散らす。 「やああああ〜っ!」 「もう、やめろ!」 しつこく攻撃を加えてくる、“デュエル”。 キラはその攻撃を、何とか凌ぐ。 時間を、稼がなければ。 アークエンジェルが、大気圏を無事に降下するまでの、時間を。 「くっ……機体が重い!」 地球に接近しすぎた“バスター”の中で、ディアッカはそう一人ごちた。 地球に引力があることは、知っていた。しかしまさか、これほどとは……。初めて体験する、『母なる惑星』の脅威。それを、ディアッカはまざまざとそれを実感していた。 そんなディアッカの搭乗する“バスター”の視線の先を、ローラシア級・ガモフが横切った。 「ガモフ。出すぎだぞ!何をしている、ゼルマン!」 <ここまで追い詰め……引くことはできない。 ……もとはといえば……これは我らのミス。我らがあの時、アルテミスでロストしなければ……“足つき”は『の生き残り』たる嬢を捕虜とすることもなかった……> 「違う!!それは違います、艦長!!」 ゼルマンの言葉に、は叫んだ。 あれは、のミスなのに。ゼルマンの責任では、ないのに。 がミスをして、捕虜となっただけ。アスランの責任でも、ゼルマンの責任でもない。 それなのに。何故?何故、のために犠牲になろうとするのか。もう、誰にも犠牲になどなってほしくないのに。 「とめて!!ねぇ、イザーク!!とめてよ!!ゼルマン艦長を、とめて!!私のために、艦長が死ぬことなんて、ない!!」 「無理だ、!!」 そう、無理だ。それはにも分かっている。 “ストライク”と戦闘を続ける“デュエル”に、メネラオスと刺し違えんとするガモフを止める手立てなど、ない。 分かっている、それは。けれどそれを分かっていても、許容できない。自分の為に、誰かが死ぬ、なんて!! 「艦長――っっ!!」 その悲痛な、叫び。 それにイザークは、唇を噛み締める。 「刺し違える気か!?」 「すぐに避難民のシャトルを出させろ。ここまできて、あれを墜とされてたまるか! 」 ハルバートンの言葉を受け、メネラオスは避難民を乗せたシャトルを射出した。 ガモフとメネラオスは、激しく撃ち合う。 「駄目だ、戻れないっ!!」 “バスター”の中で、ディアッカは叫んだ。 そしてその時、たちの視線の先で、ガモフ、メネラオスが爆散した。 「ゼルマン艦長!」 「艦長!!」 ニコルが叫び、が絶叫する。 ゼルマンとがふれあったことなど、ごく僅かだ。 はガモフ組ではなく、ヴェサリウス組で。ガモフの艦長であるゼルマンと会話したことなど、ごく僅かだった。 けれどそれでも。彼は、の同胞で。ヴェサリウスが被弾し、ガモフに身を寄せた際には、女性ながらMSに搭乗するを気遣ってくれた。 そんな人が、目の前で死んでしまった。 それが、にとって、何よりのショックだったのだ。 自分の良く知る人が、目の前で死んでしまう、ということ。それは決して、馴れるものでも、耐えられるものでもない。 の嘆きを振り切るように、イザークは“ストライク”に突進した。 けれどその攻撃はことごとくかわされ、逆にイザークは攻撃を受けてしまう。 「……っ痛っっ!!」 「!?くっそぉ〜!」 姿勢を崩した、機体。 コックピット内の壁にはもろに押し付けられた。 思わず、苦痛の声を上げる。イザークの怒りは、それで頂点に達した。 ビームライフルを構え、“ストライク”に照準を合わせる。 その時、戦闘を続ける“ストライク”と“デュエル”の間を、メネラオスのシャトルが横切った。 それも、イザークの攻撃を妨げる状況で。 「くそ……。よくも邪魔を……」 ギリッとイザークは、唇を噛み締めた。 何故、イザークの邪魔をするのか。 を捕虜とし、傷つけ……それでもまだ、彼らは足りないというのか。 明確な殺意が、イザークの身の内を駆け巡る。 イザークの邪魔をする人間に。シャトルに乗り、艦を脱出する、ということは、軍人でありながら仲間を見捨て、逃げ出した、ということだろう。そんな唾棄すべき人間が、イザークの邪魔をする。 を傷つけたくせに、己が身の保身に走ろうとする。 それはとても、許せることでは、なかった。 その殺意ゆえに、イザークはシャトルに照準を合わせる。意図を察し、キラはシャトルに駆け寄ろうとする。 「やめろ!それには!!」 「駄目よ、イザーク!!そのシャトルに乗っているのは……!!」 も、何とかそれをとめようとする。 は、知っているから。その艦に乗っているのが、民間人であるということを。 けれどイザークは、止まらない。 問答無用で、イザークはビームライフルを発砲した。 「逃げ出した腰抜け兵が!」 それはまっすぐ、避難民の乗るシャトルを、撃ち抜いた。 「あ……っ……!?」 は、漆黒の目を大きく見開いた。 イザークは、知らない。 けれどは、知っている。 あれに乗っているのは、ヘリオポリスからの避難民で。戦闘員では、ないということを……。 爆散する、シャトル。 それは、儚く散りゆく花にも似た……。 その光景に、は感傷にも似た、焦燥を覚える。 けれど状況は、に感傷に浸ることすらも、許してはくれなかった。 “デュエル”も、“バスター”も、もう戻れない。 このまま地球の引力に引かれ、落ちるしかない。 イザークは後ろを振り返った。 そこに在ったのは、を気遣う、優しい光。 「このまま大気圏に降下する。貴様、怪我は大丈夫か!?」 「あ……うん」 「なんて顔をしている?……大丈夫だ。貴様は死なせん」 沈むを、大気圏降下を行うことに不安を感じていると判断したのか、イザークはそういった。 を気遣っていると分かっているから、はそれに頷く。 (私は、絶対に兄さんと同じところには、逝けないね……) のせいで、死んでしまった命。 それがあるから……。 そのまま、“デュエル”“バスター”は堕ちていく。 青白く光る、母なる惑星。 地球へと――……。 +−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+ さぁ、久しぶりのヴァルキュリアです。 今回は、イザークのシャトル撃ち抜きなどでした。 いやぁ、イザークって書き難かったです。 普段は書きやすいのに、こんなことをされると……どうフォローしたものか、すごく考え込みました。 で、こうなったわけです。 次回からは、いよいよ地上篇です。 さんのお兄さんのこと、彼女の過去のこと。張りまくった伏線をどう活かすか、頑張っていきたいです。 ここまで読んでくださって、有難うございました。 |