止まらない、アラート。

さすがにマリューは、それに不審を覚える。

ザフトが攻撃しているのだから、アラートがなるのは当たり前。

けれど、何といえばいいのだろうか。この、胸騒ぎを。

「大変です!!我が艦のメインコンピューターに、ウイルスが侵入しています!!」

「何ですって!?一体誰が……!?」

「分かりません!!」

「艦長!!この艦において、不審な人物は、ザフトの『ヴァルキュリア』しかおりません!!」

「『ヴァルキュリア』……!?」

ナタルの言葉に、ブリッジの面々は驚愕の言葉を上げる。

当然だ。『ヴァルキュリア』のことは、フラガとナタル、そしてマリューしか知らないのだから。もっとも、ナタルは確証を持っていっているのではなく、偏見で真実を当ててしまったにすぎないが。

「それは早計だわ、バジルール中尉。彼女が『ヴァルキュリア』かどうかは分からないと言った筈よ」

本当は、それが正しいことを知っているけれど。

その時、だった。

艦内に放送が流れたのは。

<さようなら、“足つき”の皆さん。『ヴァルキュリア』はザフトのものよ。帰らせていただくわ。……私の、いるべき場所へ……。それでは、ごきげんよう>

ニコリと微笑む少女の画像。

そのまま、少女はまんまと脱走したのだった――……。




ヴァルキュリア #08詩曲〜]U〜






「出て来い、ストライク!でないと……でないと傷が疼くだろうがぁっ!」

邪魔なMAを沈めながら、イザークは激昂して叫んだ。

数だけは多い、ナチュラル。その能力は、圧倒的にイザークたちには劣るというのに。負けると分かっていて、何故戦うのか。

邪魔で仕方がない。

彼の狙いは、ストライクだけだ。

を傷つけ、イザークに傷を負わせた、憎むべき相手。

それだけしか、彼の眼中にはないというのに。何故、奴らはイザークの邪魔をするのか。MAなど、MSの相手にはならないというのに。

邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だっっっ!!苛立ち、イザークは叫ぶ。

「焦っちゃ、ダメだよ。イザークはいつも、無茶をしすぎる……もっと慎重にならないと、命がいくつあっても……」

「分かっている!!」

「それに、“ストライク”はきっと、出てこれないよ……」

「そんなこと、分からないだろうがぁぁぁっっ!!」

「……言ってる傍から、熱くなりすぎよ、イザーク」

は、ボソリと呟いた。

まったく、このおかっぱはぁ!なんて。思わずそう思ってしまったのは、だけの秘密だ。

すぐに熱くなるのは、イザークの欠点であると同時に、美点でもある。冷静すぎる人間は、確かにその能力は信頼するに足るが、別の言い方をすれば『冷たい』との謗りも免れない。そしてそんな人間は、部下などから畏怖されることはあっても、愛されたりすることはない。

だからイザークのそんなところは、確かに欠点ではあるが、同時に長所であるとも言える。確かに、行き過ぎれば問題だ。しかし行き過ぎさえしなければ、それは決して欠点にはなりはしない。

とて、そうだ。もしもイザークが、冷静なだけの人間であったら、はここまでイザークを信用したりはしない。冷静な……機械のように正確な人間など、一体誰が信用できようか。

戦闘での敗北も、イザークの人格を変えるには至らなかった。

イザークは、イザークのままだった。

それが、何よりも嬉しい。

それに、イザークと話をするのも、久しぶりだ。ザフトに帰ってきたことをそんなところで再確認して、は胸が温かいものでいっぱいになった。

“デュエル”の冷たい床。それなのに、それがちっとも気にならないほどで。

は、束の間の幸せをかみしめていた……。



*                     *




アークエンジェルは、キラが艦に残ったことで、の散布したウイルスの脅威からは解放された。

しかし、それで全てが終わったわけではない。

ザフトの攻撃に晒されている、という現実に、変わりはないのだ。

マリューはそこで、艦隊を離脱し、大気圏降下を行うことを決意する。

ハルバートンもそれを了承し、全軍に通信を通して檄を飛ばした。

<本艦隊はこれより、大気圏突入限界点までの、アークエンジェル援護防衛線に移行する。厳しい戦闘であるとは思うが、かの艦は明日の戦局のために、決して失ってはならぬ艦である。陣形を立て直せ!第8艦隊の意地にかけて、1機たりとも我らの後ろに敵を通すな!地球軍の底力を見せてやれ!>

傍受した、敵の通信。

それを耳にして、は皮肉っぽく唇を歪めた。

「いい司令官みたいね。
……敵うわけないのに、自分の命と引き換えに、“足つき”を降ろそうとしている。
……ナチュラル風情が……!!地球軍の底力なんて結局、非戦闘員を虐殺することじゃない。
イザークはどうするの?このまま見過ごす?」

「誰が……っっ!!“足つき”ごと“ストライク”を落とせばすむことだ!!」

イザークの返答に、は笑った。あまりにもそれが、イザークらしくて。

つい、笑ってしまう。

笑うに、イザークは馬鹿にされたとでも思ったのだろうか。

「貴様は大人しくしていろ!!」

イザークは言い、言いながら気遣うように、を振り返った。

怪我をしている、。 傷の具合は分からないが、冷たい床の上にじかに座る、ということ。しかも振動を与えられる、ということは、決しての傷にはよくないだろう。

それを、イザークはすまなく思う。

早く安全な場所で、を休ませてやりたい。

そしてそのためには、早くここを突破しなくてはならなかった。

しかしまだ、“ストライク”は現れない。

本当に、の言うとおり、出てこないのか。

じれったくて、歯痒い。

仇を討つなら、自分の手で。そう思って。そう決意して。そしてその感情のままにここまで来たというのに。なのにその対象が、その相手が姿を現さない、なんて。

「墜ちろ――!!」

叫んで。イザークの乗る“デュエル”は、先陣隊列を突破した。

その時、だった。“デュエル”のアラートが、鳴ったのは。

周りが敵だらけなのだから、アラートが鳴るのは当然。けれどは、顔を強張らせた。

そこに現れたのが、トリコロールの色彩を持つ機体、“ストライク”だったからだ。

「……なんで!?」

「どうした?……アラート……“ストライク”か!?」

「何で、“ストライク”が出撃してくるの……!?」

「貴様の設定した『パスワード』を解析しただけだろう?」

何を当然のことを。そうイザークは言外に告げる。

は、それどころではなかった。

キラは、『約束』したのだ。

艦隊と合流すれば、戦わない、と。それを、は信じたのに。信じたからこそ、キラを手にかけることもせず“足つき”を脱出したというのに。

何故!?何故キラは、『約束』を破ったのか。

キラは、誓ったではないか。それなのに……。

キラは、『約束』を破った。

にとって『約束』というものは、何よりも重きを成す。

今まで散々、破られてしまったから。だからは、自分の交わした『約束』は、決して破らない。

キラは、例えどんな理由があるにせよ、と交わした『約束』を破った。それだけでも、にとっては彼を断罪するに足る。身勝手といわれようが、にとって『約束』は、絶対なのだ。

キラは、それを破った。

の信頼を裏切った。同胞よりも、ナチュラルの友人をとった。

ならば、どうする?そんな相手に、何を以って報いる。ミゲルを、兄を殺し、イザークに傷を負わせた相手に。

(私が、殺すわ……)

アスランは、きっとキラを殺せない。

親友だった人間を、敵になったという理由だけでは、殺せないだろう。アスランは、そういう人だ。しかしは、そうではない。にとってキラはあくまでも、『アスランの友人』なのだ。

まだ今は、にとって重きを成す人物ではない。

ならば……。

アスランに、これ以上の重荷は背負わせられない。親友が敵に回ったというだけでも、アスランにとっては大変な重荷の筈。これ以上の重荷――その親友を殺す――までは、背負わせられないから。

(君はどんなことがあっても、私が殺すわ。キラ君)

考え込むを、イザークは複雑な気持ちで見つめる。

イザークにとっては、何よりもかけがえのない少女だ。けれどにとってイザークは、そうではない。

もしもの心が別の人間にあるとしたら?そしてその人間が、“足つき”に乗っているとしたら?

イザークには、が何を思い悩むか、それは分からない。

イザークはそれを、知らされていないのだから。だから余計に、不安になる。邪推してしまう。

「ようやくお出ましか!?ストライク!この傷の礼だ!受けとれぇぇっ!!」

「デュエル!?装備が……!!」

“ビームサーベル”を大きく振りかぶり、接近する機体を見て、キラは驚愕した。 そこにあるのは、先の戦闘でキラが痛手を与えた筈の機体。装備を変え、それが再び迫ってきたのだ。

ビームサーベルとビームサーベルとが交錯し、火花を散らす。

「やああああ〜っ!」

「もう、やめろ!」

しつこく攻撃を加えてくる、“デュエル”。

キラはその攻撃を、何とか凌ぐ。

時間を、稼がなければ。

アークエンジェルが、大気圏を無事に降下するまでの、時間を。

「くっ……機体が重い!」

地球に接近しすぎた“バスター”の中で、ディアッカはそう一人ごちた。

地球に引力があることは、知っていた。しかしまさか、これほどとは……。初めて体験する、『母なる惑星』の脅威。それを、ディアッカはまざまざとそれを実感していた。

そんなディアッカの搭乗する“バスター”の視線の先を、ローラシア級・ガモフが横切った。

「ガモフ。出すぎだぞ!何をしている、ゼルマン!」

<ここまで追い詰め……引くことはできない。
……もとはといえば……これは我らのミス。我らがあの時、アルテミスでロストしなければ……“足つき”は『の生き残り』たる嬢を捕虜とすることもなかった……>

「違う!!それは違います、艦長!!」

ゼルマンの言葉に、は叫んだ。

あれは、のミスなのに。ゼルマンの責任では、ないのに。

がミスをして、捕虜となっただけ。アスランの責任でも、ゼルマンの責任でもない。

それなのに。何故?何故、のために犠牲になろうとするのか。もう、誰にも犠牲になどなってほしくないのに。

「とめて!!ねぇ、イザーク!!とめてよ!!ゼルマン艦長を、とめて!!私のために、艦長が死ぬことなんて、ない!!」

「無理だ、!!」

そう、無理だ。それはにも分かっている。

“ストライク”と戦闘を続ける“デュエル”に、メネラオスと刺し違えんとするガモフを止める手立てなど、ない。

分かっている、それは。けれどそれを分かっていても、許容できない。自分の為に、誰かが死ぬ、なんて!!

「艦長――っっ!!」

その悲痛な、叫び。

それにイザークは、唇を噛み締める。

「刺し違える気か!?」

「すぐに避難民のシャトルを出させろ。ここまできて、あれを墜とされてたまるか! 」

ハルバートンの言葉を受け、メネラオスは避難民を乗せたシャトルを射出した。

ガモフとメネラオスは、激しく撃ち合う。

「駄目だ、戻れないっ!!」

“バスター”の中で、ディアッカは叫んだ。

そしてその時、たちの視線の先で、ガモフ、メネラオスが爆散した。

「ゼルマン艦長!」

「艦長!!」

ニコルが叫び、が絶叫する。

ゼルマンとがふれあったことなど、ごく僅かだ。

はガモフ組ではなく、ヴェサリウス組で。ガモフの艦長であるゼルマンと会話したことなど、ごく僅かだった。

けれどそれでも。彼は、の同胞で。ヴェサリウスが被弾し、ガモフに身を寄せた際には、女性ながらMSに搭乗するを気遣ってくれた。

そんな人が、目の前で死んでしまった。

それが、にとって、何よりのショックだったのだ。

自分の良く知る人が、目の前で死んでしまう、ということ。それは決して、馴れるものでも、耐えられるものでもない。

の嘆きを振り切るように、イザークは“ストライク”に突進した。

けれどその攻撃はことごとくかわされ、逆にイザークは攻撃を受けてしまう。

「……っ痛っっ!!」

!?くっそぉ〜!」

姿勢を崩した、機体。

コックピット内の壁にはもろに押し付けられた。

思わず、苦痛の声を上げる。イザークの怒りは、それで頂点に達した。

ビームライフルを構え、“ストライク”に照準を合わせる。

その時、戦闘を続ける“ストライク”と“デュエル”の間を、メネラオスのシャトルが横切った。

それも、イザークの攻撃を妨げる状況で。

「くそ……。よくも邪魔を……」

ギリッとイザークは、唇を噛み締めた。

何故、イザークの邪魔をするのか。

を捕虜とし、傷つけ……それでもまだ、彼らは足りないというのか。

明確な殺意が、イザークの身の内を駆け巡る。

イザークの邪魔をする人間に。シャトルに乗り、艦を脱出する、ということは、軍人でありながら仲間を見捨て、逃げ出した、ということだろう。そんな唾棄すべき人間が、イザークの邪魔をする。

を傷つけたくせに、己が身の保身に走ろうとする。

それはとても、許せることでは、なかった。

その殺意ゆえに、イザークはシャトルに照準を合わせる。意図を察し、キラはシャトルに駆け寄ろうとする。

「やめろ!それには!!」

「駄目よ、イザーク!!そのシャトルに乗っているのは……!!」

も、何とかそれをとめようとする。

は、知っているから。その艦に乗っているのが、民間人であるということを。

けれどイザークは、止まらない。

問答無用で、イザークはビームライフルを発砲した。

「逃げ出した腰抜け兵が!」

それはまっすぐ、避難民の乗るシャトルを、撃ち抜いた。

「あ……っ……!?」

は、漆黒の目を大きく見開いた。

イザークは、知らない。

けれどは、知っている。

あれに乗っているのは、ヘリオポリスからの避難民で。戦闘員では、ないということを……。

爆散する、シャトル。

それは、儚く散りゆく花にも似た……。

その光景に、は感傷にも似た、焦燥を覚える。

けれど状況は、に感傷に浸ることすらも、許してはくれなかった。

“デュエル”も、“バスター”も、もう戻れない。

このまま地球の引力に引かれ、落ちるしかない。

イザークは後ろを振り返った。

そこに在ったのは、を気遣う、優しい光。

「このまま大気圏に降下する。貴様、怪我は大丈夫か!?」

「あ……うん」

「なんて顔をしている?……大丈夫だ。貴様は死なせん」

沈むを、大気圏降下を行うことに不安を感じていると判断したのか、イザークはそういった。

を気遣っていると分かっているから、はそれに頷く。

(私は、絶対に兄さんと同じところには、逝けないね……)

のせいで、死んでしまった命。

それがあるから……。

















そのまま、“デュエル”“バスター”は堕ちていく。

青白く光る、母なる惑星。

地球へと――……。





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さぁ、久しぶりのヴァルキュリアです。

今回は、イザークのシャトル撃ち抜きなどでした。

いやぁ、イザークって書き難かったです。

普段は書きやすいのに、こんなことをされると……どうフォローしたものか、すごく考え込みました。

で、こうなったわけです。

次回からは、いよいよ地上篇です。

さんのお兄さんのこと、彼女の過去のこと。張りまくった伏線をどう活かすか、頑張っていきたいです。

ここまで読んでくださって、有難うございました。