――――『面白いものを見せてあげようか、』――――

――――『なになに?』――――

――――『ウイルスだよ。コンピュ―タ―ウイルス。聞いたことはあるだろう?』――――

――――『まさかこのウイルス、兄さんが作ったの?』――――

――――『私のパソコンに侵入しようとした不埒者がいたからな。お仕置きだよ。作り方は簡単だし、私が作ったばかりのウイルスだからな。ワクチンはまだない。いいお仕置きにはなるだろう?』――――

会心の笑みを浮かべる、兄。

兄は、卑劣なことが、嫌いだった。当然、ハッキング行為もまた、許せないと思っていた。そう言いながらも、それが『仕事』であれば、その行為に手を染めることもあったのだけれど。

とにかく、そういったことが嫌いだった兄の、そして争いを好まない兄の、兄らしいお仕置きだった。

――――『兄さんらしいわ、本当』――――

――――『作り方を教えてやろう。これから軍に入るなら、知識はいくらあっても困ることはない』――――

――――『本当!?私でも、できる?』――――

――――『。「私でも」なんて言ってはいけない。は私の妹なのだから。できないはずがないだろう?』――――

そういって、兄はの頭を撫でてくれた。

微笑まれれば、それだけで幸せな気持ちになった。

兄さん。

貴方は分かっていたのでしょうか。

この『剣』が将来、私に必要になることを……。




ヴァルキュリア #08詩曲〜]U〜




「パスワードは……そうね。パスワードは、『』。ウイルスレベルは『1』。回線を繋げば、その艦全てにウイルスは伝達するように設定。……設定完了!!」

は、スイッチを押した。

これでこの艦は、ウイルスに感染する。

兄が作った、兄のオリジナルのウイルス。当然、地球軍にワクチンが存在するとは思えない。従来のどのワクチンも、このウイルスには通用しない。通用するのは、兄が作ったワクチンだけだ。

もっとも、パスワードを解析できれば、このウイルスは無効になる。

しかし、キラが艦を降りた後、この艦にそれができる人間がいるとは、思えなかった。

「『お仕置き』……ね?兄さん」

は、楽しそうに笑った。

鳴り響く、アラート。

静かに、兄自作のウイルスは、浸透していく。

「ハッチ開放」

は、静かに指令を出す。

の指令に従い、アークエンジェルのハッチが開いた。

「な……何をしている!?」

「分かりません!!ハッチが勝手に……!!」

「全員、直ちにそこから離れて!」

マリューの指示に、皆従う。

それを確かめて、はジンのエネルギーをオンにする。

今のままでは、とても戦えない。けれど、味方のところまで、持てばいいのだ。

「さよなら、“足つき”の皆さん」

ニコリと微笑み、は宇宙へと飛び出した――……。



*                     *


ハッチが開き、機体が躍り出た。

その機体を見、はやる気持ちでイザークは、通信回線をオンにする。敵が乗っていた場合に備え、ビームライフルは構えたままだが、一方で、その機体に乗っているのは、確かにだと、確信していた。

……か?」

「イザーク……!!」

「無事だったんだな!?」

被弾し、ボロボロの姿のジン。

それは、が体験した戦闘の、すさまじさを物語っていた。

とてもではないが、機体のこの状況では、戦闘には参加できまい。周囲に展開するMAに、狙い撃ちにされるのがオチだ。

大切な、大切な少女。

その無事に、イザークはとりあえず、ストライクへの恨みを忘れた。

の乗るジンとともに、ひとまず戦闘空域を離脱する。

艦に帰るわけには、いかなかった。ただでさえザフトは、数量において不利なのだ。戦場を、長時間離れるわけには、いかない。

ひとまず安全と判断したそこで、イザークはに指示を出す。

「コックピットを開いて、“デュエル”の手に乗れ」

「了解」

はコックピットを開いた。体を固定していたベルトをはずし、立ち上がる。

やはり、傷が開いたようだ。ぬるりとしたものが、体のラインを沿って流れていく。その不快な感触と痛みに、思わず悲鳴が洩れそうになるのを、は懸命に堪えた。

そのまま、差し出された“デュエル”の、手に乗った。

イザークもまた、コックピットを開き、体を固定するベルトを外した。

そしてそのまま、を支えるようにして、コックピット内に導く。

「無事でよかった……」

イザークの腕が、の体に回される。

抱きしめられてる、と思った途端に、羞恥心で顔が真っ赤になった。

それを悟られたくなくて、はつい、可愛げのないことを言ってしまう。

「あ……あんたもね。“ストライク”の“アーマーシュナイダー”があんたのコックピットを攻撃したときには、あんたが死んだかと思ったわ」

「フン。そう簡単に死ぬか。……俺はお前に、『約束』しただろう?簡単には死なん」

守れない約束に、意味などないだろうが。そう囁かれて、涙が出そうになった。どうしてこの人は、がほしい言葉を、知っているのだろうか。がほしい言葉を、言ってくれるのだろうか。

「私も、『約束』のために、生きられるように頑張ったよ?もしあれで死んだら、あんたに何を言われるか、分かったもんじゃなかったもの。……“デュエル”、装甲を変えたのね。最初はちょっと、分からなかった」

「追加装備だ。“アサルトシュラウド”という。PS装甲ではないが、これで圧倒的に火力は上がったな。まぁ。少し機体が重すぎるのが、難点といえば難点か」

「ふ〜……ん」

イザークの言葉に、は気のない返事をした。

それどころでは、なかった。

激痛に、目が眩みそうだった。額からは、脂汗が流れている。

の異変に気づいたイザークが、の崩れそうになる体を支える。

その時、たまたまの腰に回した手が、その腹部に触れた。

ヌルリ、とした感触。そこだけ、やたら厚みがある。何か、巻かれているのだろうか?それはとても、軍服や服の厚みには。思えなかった。

!!」

「……何よ?」

「お前、“足つき”で捕虜になっている間、何があった!?」

「別に、何も……」

イザークの怒りに直面し、は口ごもる。

あの少女を庇う気はないが、あえて話そうとも思わなかった。

強い眼光に射抜かれ、は視線を逸らす。

そしてそんなに、イザークはますます不信を募らせる。

閉じられた、コックピット。

座席の後ろに回れば、まだスペースはあるが、今がいるのは座席の前で。必然的に、イザークとの距離は、かなり近い。そう。イザークの腕の中で泣いた、あのときのように。

イザークは、問答無用での宇宙服に手をかけた。

いくら下に地球軍の軍服を着ているとはいえ、脱がされることに、当然は抵抗する。

しかし、所詮男と女。

力では、イザークには敵わない。

イザークは、易々との宇宙服を脱がせてしまった。

「これは……」

イザークは、思わず言葉を失った。

あらわになった、の上半身。下に着ているのは、地球軍の軍服だろうか。ピンクが基調となった、それ。

似合わないな、と思った。は、ザフトの『赤』が、一番似合う。

しかし今、の腹部は、ザフトの『赤』くらい紅く、染まっていた。

血だ。

イザークは、怒りで目の前が赤くなるのを感じた。

彼にとって、大切な少女。

患部は見ていないが、服の上からでも分かってしまった。それがどんなに深い傷か。どれだけ杜撰な手当てしか受けていないか、分かってしまったから。

大切な大切な、少女。イザークにとっては、まさにそうだった。

その少女を……。

傷つけたのは、誰だ?

傷つける、原因を作ったのは……!?

(ストライク……!!)

彼の大切な少女を捕虜とした、憎むべき機体。

許せる筈がない。許せない!許しては、おけない……!!

「後ろに下がってろ!!」

「ちょ……イザー……!?」

抵抗する、

それもそうだろう。

彼女には、イザークの怒りの理由は、分からない。

分からないが、これ以上逆らえば、余計相手を苛立たせるだけと思ったので、大人しくシートの後ろにいく。

イザークは、“デュエル”に積んである、救急キットの中から、使えそうな薬と包帯を投げてよこした。

傷の手当てをしろ、ということらしい。

それがいかにもイザークらしくて。

は、微笑ましい気持ちになる。

イザークはシートに座りなおし、ベルトで体を固定した。

アイスブルーの目が、まっすぐに前方を見据える。









“デュエル”は、戦場に戻った……。









「邪魔だ!どけ!!」

前方に展開するMAに、イザークは焦れる。

数だけは多い、地球軍。

「奴は……ストライクはどこだ!?」

「ストライクは、出られないと思うよ……私、“足つき”のメインコンピューターを、ウイルスに感染させたもの……」

「なんだと!?」

「だから、攻撃もされずに、すんなりと出てこれたのよ……。だから……出てこれない、筈……。パスワードを、解析されない限り……」

「解析されない保証は、ないのだろう?」

尋ねるイザークに、は仕方なく頷く。

解析されない保証は、どこにもない。けれどキラは、約束したのだ。これ以上戦わない、と。それを、信じたい。イザークにそう、教えることはできないけれど。キョウカは、そう信じていた。

「宇宙服は、きちんと着ておけ。もしものことがある。……折角ここまで戻ってこれたんだ。死にたくはないだろう?」

「そうね。せいぜい安全運転をお願いするわ」

の答えに、イザークは軽く口角を持ち上げ、笑った。

けれどその笑みはすぐに消え去り、鋭い光が、彼の表情を取って代わる。

漸く取り戻した、最愛の少女。

だからこそ、これ以上の手加減は無用だ。

イザークは全艦、全モビルスーツと通信を繋いだ。








……ここに、ザフトの総攻撃が、始まる……。






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イザークが、さんがきた地球軍の軍服を『似合わないな』と思ったのは、さんが地球軍の軍服を着ていることが許せなかったからです。

さんには、自分の知っているさんでいてほしいという嫉妬が微妙に含まれてます。

ええ、似合ってるんですよ、地球軍の軍服。それでも、それだからこそ、王子は嫉妬してしまったんですよ。

……さて、さんは漸く王子と再会です。

なんか最近、うちの王子怖い気がするんですけどね……気のせいかな?

次あたり、大気圏降下です!!頑張って書きますので、よろしくお願いします!!

……特に、戦闘シーン……。





ここまで読んでくださって、有難うございました。