――――『誰に向かって物を言っている、ディアッカ!?』―――― ――――『私もイザ―クも、生きてるわよ!!』―――― ――――『しっかしまぁ、こんなことになるなんてねぇ……』―――― よもや、MSで大気圏を降下することになろうとは……。 とてもではないがそんなこと、想像すらしていなかった。 けれどそれは、皆に共通する思いだった。 ――――『カタログスペックでは、単体でも降下は可能とあったが……自分の身で試すことになろうとはな』―――― イザ―クはそういって、自嘲気味に笑った。 ――――『お前、怪我は大丈夫か?』―――― ――――『大丈夫よ、気にしないで』―――― ――――『悪かったな。こいつに乗り合わせたせいで、お前まで降下することになってしまって……』―――― ――――『もしもあのままあのジンに乗ってたら、とうに死んでるわよ。 だから、気にしないで。……それにしても……。 ねぇ、ディアッカ。無事に地球に降りられるって確率、どれくらいかなぁ……』―――― ――――『さぁ?』―――― の問いに、ディアッカは首を傾げた。 そんなこと、考えたこともなくて。 ――――『多分50%くらいだろうな。……どうした、。怖いのか?』―――― ――――『あんた、私を馬鹿にしてるでしょう!!』―――― やれやれとでも言いそうなイザ―クに、思わずは反発する。 ――――『お前ら、ちっとは状況考えろよなぁ……』―――― それまで黙って二人の会話を聞いていたディアッカが、ボソリと呟いた。 どんどん上昇していくコックピット内の温度。 そうなるにつれ、三人の口数も、徐々に減っていった。 頭が、朦朧とする……。 は、そっと目を瞑った。 そのまま意識は、闇へと堕ちていく。 ……二つの機体はゆっくりと、地球の引力に引き摺られていった――……。 鋼のヴァルキュリア #09タイスの瞑想曲 ヴェサリウスの艦内のブリーフィングルームに、アスランはいた。 物憂げな緑の瞳が、イージスを見つめている。 「あれ、ここにいたんですか」 扉の開く音ともに、ニコルが姿を現した。 そのまま、まっすぐアスランのもとへやってくる。 「イザークたち、無事に地球に降りたようです。さっき連絡が来ました」 「そうか……」 「でも、帰投は未定ですって。しばらくは、ジブラルタル基地に留まることになるようです」 「……イザークの傷の具合は、どうなんだ」 アスランの言葉に、ニコルは少し、その少女めいた顔をしかめた。 けれど、すぐに気遣わしげな笑みを浮かべて。 「ああ、それは……。でも、心配ないですよ。あの時も、あれだけの戦闘をやってのけたんですから」 「あっ……そうだな……」 ニコルの言葉に、アスランも微かに微笑む。 しかし続けられた言葉に、顔を強張らせた。 「ただ……さんの方が……」 「……?に一体何かあったのか!?」 「さん、怪我をしてたそうです。その……腹部を、鋭利な刃物で刺されたみたいで……。 怪我の治療も、おざなりだったそうです。 もしももう少し手当てが遅ければ、その部分の肉が、腐っていただろう……って……」 「なっ……!!」 アスランは、思わず声を荒げる。 まさか、そんな……捕虜に暴行などと、軍規で禁止されてる筈ではないか。それなのに……それも、あんなにも幼い華奢な少女を……!? 「酷いですよね。いくら敵軍の兵士といっても、さんは女性ですよ?それなのに……」 「大丈夫なのか?は……」 「今は、安静にしているそうです。早く、よくなるといいですよね」 「そうだな……」 ニコルの言葉に、アスランは万感の思いをこめて頷く。 大切な、少女。 けれどアスランは、彼女を傷つけてばかりだ。 傷つけたくなんて、ないのに。 大切に、したいのに。けれど現実はいつも、アスランの与り知らぬところで動いて。を、傷つけてしまう――……。 「心配事は、それだけじゃないんです。……大丈夫なんでしょうか……」 「何がだ?」 「結局、僕らはあの最後の1機、ストライクと新造戦艦の奪取にも破壊にも失敗しました。 それに、の最後の生き残り……さんまで捕虜にされてしまって……。 このことで、隊長はまた帰投命令でしょう?」 「クルーゼ隊長でも墜とせなかった艦だ。委員会でも、そう見ているさ……」 アスランの脳裏を、キラの姿がよぎる。 地球軍にいる、彼の大切な親友――……。 黙り込むアスランに、ニコルは心配そうな顔をした。 ニコルは、彼よりも年下で。 なのにそんなニコルに、気を遣わせる、なんて。 その思いから、アスランはニコルを気遣って、笑みを浮かべた。 「ああ、いや……。ともかく、心配はないさ。この帰投も、何か別の作戦のことのようだから」 「そうですか……ですよね」 アスランの返事に安堵したのか。 ニコルは少女めいた愛らしい容貌に、笑みを浮かべた。 「僕、ちょっとブリッツ見てきます」 心配事がなくなって、ほっとしたのか。 ニコルはそう言って、ブリーフィングルームを出て行った。 後に残されたアスランの胸のうちを、かつてクルーゼに言われた言葉が、空しくよぎる。 * * 彼の目の前には、少女が横になっている。 白い肌に、濃く影を落とす長い睫毛。 シーツの上に散らばった、綺麗な漆黒の髪。 そっと触れて。取り戻した、というその事実の、実感を味わう。 「……早く目を覚ませ、馬鹿が」 愛しさを秘めた、その声。その言葉。 「何で貴様は、そう生傷が絶えないんだ……?まったく。これだから、貴様からは目が離せん……。 早く良くなれ、。早く、目を覚ませよ……。 貴様が元気がないと、調子が狂うだろうが……」 囁いて、彼は少女の手に、そっと己のそれを重ねた。 与えられた温もりに、おそらく無意識に、少女が反応する。 彼の手を、きゅっと握り締めて。それに気づいて、彼はそっと、少女の手を包み込むようにする。 「早く、良くなれよ……?」 祈るように。彼はそのアイスブルーの双眸を、静かに伏せた――……。 ぼんやりと歪む視界。 その中に、キラは親友に貰ったペットロボット、トリィの姿を映し出した。 キラが目覚めたことが分かっているのか、その羽を広げ、嬉しそうに「トリィ!」と鳴いている。 「トリィ……?」 「気がついた?」 「フレイ……」 にこやかに微笑む、少女。 それを見て、キラは慌てて身を起こそうとした。 しかしその途端、体がひどく痛みを訴え、それは叶わなかった。 「あっ、駄目よ。いきなり起きちゃ」 「ここって……」 「艦の医務室。キラ、着艦したときはもう、意識がなかったっていうから、覚えてないんでしょ」 「あ……じゃ、ここは……」 「地球よ。……砂漠。昨日の夜、降りたの」 フレイの言葉に、キラは視線を彷徨わせる。 砂漠、といわれても、宇宙生まれ宇宙育ちのキラには、どこかその言葉は現実離れしていて。 ただ、無事に降りられたという事実に、ほっとした。 それが、新たな痛みを引き起こすことだと分かっていても。 アスランもも敵で。出会えばまた、殺しあわなくてはならなくて。そんなことが分かっていても、今はただ、その感覚に、身を委ねてしまいたかった――……。 それが、虚しい願いだと、分かってはいたけれど――……。 「え?キラ、気がついたの?」 「うん、ちょっと前にね」 恋人がもたらした知らせに、ミリアリアは笑顔を浮かべた。 キラは彼らにとって大切な友人で。 そのキラが目を覚ました、ということが、彼女は純粋に嬉しかったのだ。 キラの言葉が、蘇って、ミリアリアは少し苦しくなった。 捕虜となった、ザフトの少女。 彼女も、無事でいるのだろうか……? 敵なのだと分かっていても、不思議と彼女を憎めなかった。 きっと、そう。あの少女の悲しそうな瞳が、憎めなくさせているのだろう。もっと、話がしてみたかった。 それもまた、空しい願いに過ぎない。 彼女は、ザフトの人間で。志願した以上、ミリアリアは地球軍の人間で。 両者は、決して相容れることはない。 それが、現実だった。 痛みを振り払うかのように、ミリアリアは恋人の隣の席に着いた。 そんなミリアリアに、サイが話しかける。 「大丈夫らしいっていうんで、もう部屋に戻ってる。食事は、フレイが持っていったけど」 噂をすればなんとやらで、その時、食事のトレイを持ったフレイが現れた。 フレイに、ミリアリアは声をかける。 「どう?キラ」 「もうホント、大丈夫みたいよ。食事もしたし……。夕べの騒ぎがウソみたい。先生には、今日は寝てろっていわれてたけど。……やっぱり、違うのね。体のできが」 「……」 「そっか……。でも、よかったじゃない。元気になって」 しいて明るくミリアリアが言い、サイもまた、フレイに労わりの言葉を投げる。 「フレイも、疲れたろ。夕べはずっと、キラについていたもんな。少し休んだ方が……」 「私は大丈夫よ。食事もキラと一緒にしたし。まだ皆みたいに、艦の仕事があるわけでもないんだから」 グラスに水を注ぎながら、フレイは言う。 丁度皆とは背を向ける形になっていたから、だから誰も気づかなかった。 フレイの瞳に宿る、狂気の色に。 その洩らした囁きも。 「キラには、早く良くなってもらわなくちゃ……」 クスリ、とフレイは笑った。 そこにあるのは、愉悦に歪んだ微笑。 しかし振り返ったその時には、それは彼女の顔からはかき消えていた。 「まだ心配だから、行ってるわね」 「フレイ、けどさ……」 「何よ!」 食堂から出て行こうとするフレイを、サイは肩を掴んで引きとめようとした。 しかしそんなサイを、フレイはキッと睨みつける。 「いや、何って……」 「サイ……あなたとのことは、パパの決めたことだけど、そのパパも、もういないわ。まだお話だけだったんだし、私たちの状況も変わったんだから、何もそれに縛られることはないと思うの」 「あ……フ、フレイ……」 慌てて駆け寄ろうとするサイを、フレイは背中で拒絶する。 今すぐ引き返したくなる自分を、フレイは懸命に押し隠そうとした。 そっと、自分に言い聞かせる。 (駄目よ……私は賭けに勝ったもの……。キラは戦って、戦って、戦って死ぬの。でなきゃ許さない……) 己の同胞と戦い、傷つくキラを、そのために優しくしてあげよう。 戦って、戦って、傷つくキラが、戦場を逃げ出すことのないように。 そして、全てが終わったときに、こう言ってやるのだ。あんたなんかを、好きになるはずがないでしょう?自分の同胞さえも殺した、汚らわしいコーディネイターのあんたを、と。 キラは、戦って戦って戦って死ななければならない。コーディネイターのキラの友達も、=とか言うあのコーディネイターの女も、全て殺して。 シャワーを浴び、幾分気持ちをリフレッシュさせて、キラはベッドに腰掛けていた。 その指先には、相変わらずアスランから貰ったトリィが止まっている。 そこに、フレイが現れた。 その手には、折り紙で折られた花らしきものが握られている。 「キラ。これ、整備の人に渡してくれって頼まれたんだけど」 「ん?」 「ストライクのコックピットにあったから、キラのだろうって」 「!!」 フレイはその、折り紙で折られた花らしきものをキラに差し出す。 それを見た瞬間、キラの表情が凍りついた。 それは、避難民の幼い少女が、くれたものだった。 今まで守ってくれて、有難う。そう言って、少女がくれた、折り紙の花……。 けれど、その少女は……その少女を、キラは守れなかった。 少女が乗ったシャトルは、デュエルのビームライフルに撃ち抜かれて……。 「キラ?」 「あ……うん……ありが……」 震える手で、キラはその花を受け取った。 そしてそのまま、フレイに背を向ける。 「キラ……?どうしたの?」 異変に気づいたフレイが、キラの顔を覗き込む。 その目は、涙に濡れていた……。 「あの子……僕は……守れなかっ……うっ……うう……僕は……」 身を折り、涙を流すキラ。 それを見て、フレイは笑った。 まさか、こんなにも早く、チャンスが訪れようとは……。 相手が気を許せば許すほど、その裏切りは、何よりも強いショックを、その当事者に与える。そして、相手に気を許させるに、これほどのチャンスはあるまい。 可哀相な、可哀相なキラ。 大切なものを守ることができなくて。泣くことしかできなくて。だから、自分が優しくしてあげるのだ。 キラは、そして戦うのだ。自分の同胞と。 キラが戦う限りにおいては、いくらでも優しくしてあげよう。 そして敵がいなくなったその時には、最も手酷いやり方で、残酷に裏切ってあげるから。 己が狂気に身を委ねながら、フレイは優しくキラに触れた。 「キラ……私がいるわ……。大丈夫……私がいるから……」 「……う……うぐ……」 涙に濡れた、キラの紫紺の瞳。 それを、フレイは見下ろす。 縋りついてくるその体を、優しく抱きとめてやる。 「大丈夫……。私の想いが、あなたを守るから」 キラの頬に手を添え、フレイはそっと、キラの唇に自分のそれを重ねた。 突然のことにキラは戸惑ったが、やがて目を閉じ、フレイの口付けを受け容れる。 ――――を愛しく思う気持ちに、変わりはない。 けれど今、与えられる温もりを手放すことが、どうしてもできなかった。 フレイが与えるその温もりが、今の彼の、真実だったのだ――……。 +−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+ なかなか二人の中が進展しない困ったちゃんな長編、『ヴァルキュリア』。漸く地上篇がスタートです。 やる気はあったんですけどね。 ネタがギャグネタしか湧かなくて。 ……はい。俗に言うスランプってヤツですね。 なかなか続きが書けませんでした。 ていうか、いいかげんジャバじゃ辛いよなぁ、と思う今日このごろ。 クッキー導入したいんですがね。 いまいち勝手が分かりません。 勉強して、できるだけ早くクッキーを導入したいと思います。 それでは、ここまで読んでくださって、有難うございました。 |