――――『仕方ないだろう?すぐに帰ってくる。いい子にしていろ』―――― ――――『もうすぐ私の、誕生日なのに……』―――― ――――『それまでには帰ってくる。必ずな。だからいい子にしていろ。すぐに帰ってくるから』―――― ――――『きっとよ。すぐに帰ってきてよ。待ってるから、兄さん』―――― ――――『ああ。『約束』だ。……そうそう。誕生日プレゼントは何が良い?』―――― 考え込む私に、兄さんはふわりと微笑んだ。 綺麗なアイスブルーの瞳を細めて。兄さんのその笑顔が、私は好きだった。 ――――『えっと……んっと……』―――― ――――『アカデミー卒業祝いもかねてな』―――― ――――『あのね、あのね。お土産はね……』―――― そういって私は、兄さんにあるものをねだった。 それが悲劇の引き金になるなんて、一体誰が思っただろう――……? もしもあの時……私があんなことを言わなければ。 兄さんが死ぬことは、なかったかもしれない――……。 鋼のヴァルキュリア #10エチュード 光るまにまに夢を見る。 穏やかな光。 優しい兄。 陽光を反射して、きらきらと煌く兄の、銀糸の髪。 ――――『』―――― 微笑んで、兄はの名を呼ぶ。 その声が、その仕草が、その微笑が。 は大好きだった。 ――――『。コイツはミゲル=アイマン。幼年学校の私の友人だ』―――― ――――『はじめまして。です』―――― ――――『前に言ってた、私の妹だ。言っておくが、手を出すなよ、ミゲル』―――― ――――『さすがにお前を『兄さん』とは呼びたくねえなぁ……』―――― きらきらと輝いていた時間。 あのころはいつも傍に、兄さんがいた。 アカデミーに入っても、軍に所属しても、休暇になればミゲルがいつも遊びに来てくれた。 あのころ、には兄が二人いた。 けれど今は……には、何も。何も、なかった……。 鼻につく、消毒液の匂い。 (……また、医務室……?) 苦笑いを浮かべて、はゆっくりと目を開けた。 視界に映るのは、やはり医務室だった。 「……んっ……」 「気がついたか、この馬鹿が」 「……イザーク……」 「フン。まだ熱があるな。もう少し寝ておけ」 イザークの体温の低い掌が、の額に触れる。 冷たい掌の心地よさに、は思わず目を閉じた。 「私、どれくらい寝てたの……?」 「……三日だ」 「三日……」 三日もの間、気を失っていたというのか。 一人だけ、惰眠を貪っていた……? 他の二人は元気に仕事をこなしていたのかもしれないのに……? なんだか自分が、情けなかった。 「傷は消しておいたぞ。それでよかっただろう?」 「ん。有難う……イザークは……?」 「俺?」 「イザークの……包帯の下……。怪我、してるの……?大丈夫……?」 「俺の怪我より貴様の怪我のほうが、よほど重症だろうが」 イザークの言葉に、は腹部に手をやる。 幾重にも巻かれた包帯。 服の上からでも分かってしまうほど、それは厚く巻かれていた。 いくらコーディネイターとは言えども、不死ではない。撃たれれば死んでしまうし、切れば血が噴出す。にもかかわらず、の傷の手当ては、おざなりだった。 もしも彼女がザフトでなければ、そんなことにはならなかっただろう。 ザフトであったため、彼女は怪我の治療すらも満足にされなかったのだ。 イザークの脳裏を、医師の言葉がよぎる。 少女の漆黒の瞳が、イザークを見上げる。 まだ熱が下がらないため、その頬はうっすらと紅潮し、瞳は膜がかかったように、やや濡れていた。 やつれたな、と思った。 元々少女は華奢だったけれど。それでも、やつれたと思うほどではなかった。頼りないと思ったことはなかった。 なのに……。 今、イザークの目の前に横たわっているのは、華奢で頼りない、小さな少女だった。 「ストライクに、やられた傷……?」 「……ああ」 「大丈夫なの……?」 「……ああ」 「良かった……」 少女は幸せそうに、ほんわかとした笑みを浮かべた。 その笑みに、イザークは固く拳を握り締める。 「寝てろ。まだ貴様は絶対安静だ」 「うん……心配かけて、ごめんね……?」 イザークの言葉に返事を返して、は再びその漆黒の瞳を閉じた。 寝ていないのかも、しれない。 目を瞑っただけで、彼女はまだ眠ってはいないのかもしれないけれど。 それは、衝動だった。 告げられない想いが溢れそうで。 だから彼は……。 「貴様が、愛しいんだ、……」 自分でも、どうしようもないくらい……。 囁いて、漆黒のその髪にそっと、口付けた――……。 <三名とも無事にジブラルタルに入ったと聞き、安堵している> 通信室のモニターに写っているのは、風変わりな銀の仮面をつけた男だった。 勿論、クルーゼ隊隊長、ラウ=ル=クルーゼだ。 ザフト軍前線基地、ジブラルタル。 先の戦闘において大気圏を降下した三人は、そこに収容されていたのだ。 <は、まだ具合が悪いのかね?> 「まだ、絶対安静とのことです、隊長」 <そうか。では彼女にも伝えておいてくれ。……先の戦闘では、ご苦労だったな> 「まぁ、死にそーになりましたけど」 クルーゼの労いの言葉に、ディアッカは軽口を叩いて答える。 いくらカタログスペックで単体での降下が可能とあっても。運良く落下地点が地中海だったから、無事に着水することができたといっても。 それでも、ただではすまなかった。ディアッカもイザークも、つい先日まではさすがに寝込んでいたのだ。 もう二度と、やりたいとは思わない。 <残念ながら『足つき』と“ストライク”をしとめることはできなかったが、君らが不本意とはいえ、ともに地上に降りたのは幸いかもしれん> さして悔しそうな様子も見せず、彼らの上官は淡々と言葉を綴る。 それが、癇に障った。 <――『足つき』は今後、地球駐留部隊の標的となるだろうが、君たちもしばらくの間、ジブラルタルに留まり、ともに追ってくれ> クルーゼはそこで言葉を切り、正面に向き直った。 そしてそのまま、揶揄するように二人を見やる。 <無論……機会があれば、撃ってくれてかまわんよ> それだけを言い、通信が途切れた。 ディアッカはかけていた椅子を回転させ、イザークに向き直った。 そのまま、傍らの同僚を見上げる 「――――だってさ。宇宙には戻ってくるなってこと?」 そんなディアッカを、イザークは冷たく見下ろす。 そこには、とともにいたときのような、優しい光はない。 「俺たちに、駐留軍と一緒に『足つき』捜して地べたを這いずり回れってのかよォ」 彼らは、宇宙軍のエースパイロットだ。 そして何よりも、モビルスーツ戦の華は宇宙だと思い込んでいる。何と言っても彼らは、宇宙生まれの宇宙育ちで。生まれたときから宇宙にいる彼らにすれば、いくら人類発祥の地とはいえ、地球にいることの方がはるかに不自然だったのだ。 腐りきるディアッカを見下ろしたまま、イザークはおもむろに顔の半分を覆っていた包帯を解き始めた。 「おい、イザーク……」 思わず、ディアッカは立ち上がった。 イザークは、ディアッカの言葉など耳に入らないように、包帯を解いていく。 「……っつ……!?」 露わになったイザークの顔を斜めに走る、大きな傷痕。 もともとが繊細で怜悧な美貌の持ち主なだけに、刻まれたその傷痕はなおさら無残で、痛々しい。 だからディアッカは、不本意ではあるがその傷から、目が離せなかった。 傷で引き攣れたその顔を、さらに憎悪に歪ませ、イザークは呻いた。 「機会があれば……だと?討ってやるさ!次こそ必ず――この俺がな!!」 それは、怨嗟の叫びであり。 そして、呪いの言葉にも似ていた――……。 アークエンジェル内の、士官室。 鳴り響くアラートに叩き起こされ、キラは目を開けた。 そのまま上着を引っ掛け、部屋を飛び出す。 「もう誰も死なせない……死なせるもんか……」 熱に浮かされたように、キラはそれだけを口にする。 そうでもしないと、逃げ出してしまいそうだった。 そうでもしないと、守れなかった命に、報いきれないような気がした。 ……主のいなくなった部屋で、ゆっくりと人影が身を起こした。 なだらかな曲線を描く、白い、細い背中。 その肩口から、鮮やかな赤い髪が零れ落ちる。 ポスン、と彼女は枕に頭を埋めた。 白いシーツの上に、紅い赤い髪が、散らばる。 シーツにその身をくるみ、彼女は己が身を抱きしめるようにした。 「守ってね……。ふふ……あはは……。――――あいつら……みんな、やっつけて……」 顔を覆った手の陰から、透明なものが伝い落ちた。 それが涙だと、彼女は気づいたのだろうか……? 求めたものは、同じ筈だったのに。
どこで、釦は掛け違えられたのだろう……? 求めた世界は、同じだった筈なのに。 何も分からないまま、ただ戦い続ける。 これもまた、人の業なのだろうか……? +−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+ 『鋼のヴァルキュリア』、ついに十章突破!! なのにまだ、全然先の見えない長編です。 少しずつラブラブになってきたかなぁと思うのですが。 どうでしょうか? 感想をお待ちしています。 緋月の最愛の先輩がおりまして。 この方、こういったドリーム関係は嫌いだと言っていたのに、私の作品だからってちゃんと読んでくださって。 それがとても嬉しくて。 私も愛してますからね、先輩vv で、その先輩がSEED見てなくて、話があまり分からないらしいので。 きちんとAAサイドの話も絡めて書いていこうと思います。 さらに長くなる予定ですが、よろしくお願いします。 |