――――『兄さん、また仕事?』――――

――――『仕方ないだろう?すぐに帰ってくる。いい子にしていろ』――――

――――『もうすぐ私の、誕生日なのに……』――――

――――『それまでには帰ってくる。必ずな。だからいい子にしていろ。すぐに帰ってくるから』――――

――――『きっとよ。すぐに帰ってきてよ。待ってるから、兄さん』――――

――――『ああ。『約束』だ。……そうそう。誕生日プレゼントは何が良い?』――――

考え込む私に、兄さんはふわりと微笑んだ。

綺麗なアイスブルーの瞳を細めて。兄さんのその笑顔が、私は好きだった。

――――『えっと……んっと……』――――

――――『アカデミー卒業祝いもかねてな』――――

――――『あのね、あのね。お土産はね……』――――

そういって私は、兄さんにあるものをねだった。

それが悲劇の引き金になるなんて、一体誰が思っただろう――……?

もしもあの時……私があんなことを言わなければ。

兄さんが死ぬことは、なかったかもしれない――……。




ヴァルキュリア   #10チュード





光るまにまに夢を見る。

穏やかな光。

優しい兄。

陽光を反射して、きらきらと煌く兄の、銀糸の髪。

――――『』――――

微笑んで、兄はの名を呼ぶ。

その声が、その仕草が、その微笑が。

は大好きだった。

――――『。コイツはミゲル=アイマン。幼年学校の私の友人だ』――――

――――『はじめまして。です』――――

――――『前に言ってた、私の妹だ。言っておくが、手を出すなよ、ミゲル』――――

――――『さすがにお前を『兄さん』とは呼びたくねえなぁ……』――――

きらきらと輝いていた時間。

あのころはいつも傍に、兄さんがいた。

アカデミーに入っても、軍に所属しても、休暇になればミゲルがいつも遊びに来てくれた。

あのころ、には兄が二人いた。

けれど今は……には、何も。何も、なかった……。



*                     *




鼻につく、消毒液の匂い。

(……また、医務室……?)

苦笑いを浮かべて、はゆっくりと目を開けた。

視界に映るのは、やはり医務室だった。

「……んっ……」

「気がついたか、この馬鹿が」

「……イザーク……」

「フン。まだ熱があるな。もう少し寝ておけ」

イザークの体温の低い掌が、の額に触れる。

冷たい掌の心地よさに、は思わず目を閉じた。

「私、どれくらい寝てたの……?」

「……三日だ」

「三日……」

三日もの間、気を失っていたというのか。

一人だけ、惰眠を貪っていた……?

他の二人は元気に仕事をこなしていたのかもしれないのに……?

なんだか自分が、情けなかった。

「傷は消しておいたぞ。それでよかっただろう?」

「ん。有難う……イザークは……?」

「俺?」

「イザークの……包帯の下……。怪我、してるの……?大丈夫……?」

「俺の怪我より貴様の怪我のほうが、よほど重症だろうが」

イザークの言葉に、は腹部に手をやる。

幾重にも巻かれた包帯。

服の上からでも分かってしまうほど、それは厚く巻かれていた。

いくらコーディネイターとは言えども、不死ではない。撃たれれば死んでしまうし、切れば血が噴出す。にもかかわらず、の傷の手当ては、おざなりだった。

もしも彼女がザフトでなければ、そんなことにはならなかっただろう。

ザフトであったため、彼女は怪我の治療すらも満足にされなかったのだ。

イザークの脳裏を、医師の言葉がよぎる。

――――『もしも発見がいま少し遅れていたなら、彼女の腹部の肉は、腐り落ちていたでしょう。発見がまだ早かったため、この程度で済みましたが……暫くは絶対安静です。彼女には今、休養が必要ですから……』――――


少女の漆黒の瞳が、イザークを見上げる。

まだ熱が下がらないため、その頬はうっすらと紅潮し、瞳は膜がかかったように、やや濡れていた。

やつれたな、と思った。

元々少女は華奢だったけれど。それでも、やつれたと思うほどではなかった。頼りないと思ったことはなかった。

なのに……。

今、イザークの目の前に横たわっているのは、華奢で頼りない、小さな少女だった。

「ストライクに、やられた傷……?」

「……ああ」

「大丈夫なの……?」

「……ああ」

「良かった……」

少女は幸せそうに、ほんわかとした笑みを浮かべた。

その笑みに、イザークは固く拳を握り締める。

「寝てろ。まだ貴様は絶対安静だ」

「うん……心配かけて、ごめんね……?」

イザークの言葉に返事を返して、は再びその漆黒の瞳を閉じた。

寝ていないのかも、しれない。

目を瞑っただけで、彼女はまだ眠ってはいないのかもしれないけれど。

――――押サ エ キレ ナイ コノ 想イハ、 ドウ スレバ イイ ?


それは、衝動だった。

告げられない想いが溢れそうで。

だから彼は……。

「貴様が、愛しいんだ、……」

自分でも、どうしようもないくらい……。

囁いて、漆黒のその髪にそっと、口付けた――……。



*                     *


<三名とも無事にジブラルタルに入ったと聞き、安堵している>

通信室のモニターに写っているのは、風変わりな銀の仮面をつけた男だった。

勿論、クルーゼ隊隊長、ラウ=ル=クルーゼだ。

ザフト軍前線基地、ジブラルタル。

先の戦闘において大気圏を降下した三人は、そこに収容されていたのだ。

<は、まだ具合が悪いのかね?>

「まだ、絶対安静とのことです、隊長」

<そうか。では彼女にも伝えておいてくれ。……先の戦闘では、ご苦労だったな>

「まぁ、死にそーになりましたけど」

クルーゼの労いの言葉に、ディアッカは軽口を叩いて答える。

いくらカタログスペックで単体での降下が可能とあっても。運良く落下地点が地中海だったから、無事に着水することができたといっても。

それでも、ただではすまなかった。ディアッカもイザークも、つい先日まではさすがに寝込んでいたのだ。

もう二度と、やりたいとは思わない。

<残念ながら『足つき』と“ストライク”をしとめることはできなかったが、君らが不本意とはいえ、ともに地上に降りたのは幸いかもしれん>

さして悔しそうな様子も見せず、彼らの上官は淡々と言葉を綴る。

それが、癇に障った。

<――『足つき』は今後、地球駐留部隊の標的となるだろうが、君たちもしばらくの間、ジブラルタルに留まり、ともに追ってくれ>

クルーゼはそこで言葉を切り、正面に向き直った。

そしてそのまま、揶揄するように二人を見やる。

<無論……機会があれば、撃ってくれてかまわんよ>

それだけを言い、通信が途切れた。

ディアッカはかけていた椅子を回転させ、イザークに向き直った。

そのまま、傍らの同僚を見上げる

「――――だってさ。宇宙には戻ってくるなってこと?」

そんなディアッカを、イザークは冷たく見下ろす。

そこには、とともにいたときのような、優しい光はない。

「俺たちに、駐留軍と一緒に『足つき』捜して地べたを這いずり回れってのかよォ」

彼らは、宇宙軍のエースパイロットだ。

そして何よりも、モビルスーツ戦の華は宇宙だと思い込んでいる。何と言っても彼らは、宇宙生まれの宇宙育ちで。生まれたときから宇宙にいる彼らにすれば、いくら人類発祥の地とはいえ、地球にいることの方がはるかに不自然だったのだ。

腐りきるディアッカを見下ろしたまま、イザークはおもむろに顔の半分を覆っていた包帯を解き始めた。

「おい、イザーク……」

思わず、ディアッカは立ち上がった。

イザークは、ディアッカの言葉など耳に入らないように、包帯を解いていく。

「……っつ……!?」

露わになったイザークの顔を斜めに走る、大きな傷痕。

もともとが繊細で怜悧な美貌の持ち主なだけに、刻まれたその傷痕はなおさら無残で、痛々しい。

だからディアッカは、不本意ではあるがその傷から、目が離せなかった。

傷で引き攣れたその顔を、さらに憎悪に歪ませ、イザークは呻いた。

「機会があれば……だと?討ってやるさ!次こそ必ず――この俺がな!!」

それは、怨嗟の叫びであり。

そして、呪いの言葉にも似ていた――……。



*                      *




アークエンジェル内の、士官室。

鳴り響くアラートに叩き起こされ、キラは目を開けた。

そのまま上着を引っ掛け、部屋を飛び出す。

「もう誰も死なせない……死なせるもんか……」

熱に浮かされたように、キラはそれだけを口にする。

そうでもしないと、逃げ出してしまいそうだった。

そうでもしないと、守れなかった命に、報いきれないような気がした。

……主のいなくなった部屋で、ゆっくりと人影が身を起こした。

なだらかな曲線を描く、白い、細い背中。

その肩口から、鮮やかな赤い髪が零れ落ちる。

ポスン、と彼女は枕に頭を埋めた。

白いシーツの上に、紅い赤い髪が、散らばる。

シーツにその身をくるみ、彼女は己が身を抱きしめるようにした。

「守ってね……。ふふ……あはは……。――――あいつら……みんな、やっつけて……」

顔を覆った手の陰から、透明なものが伝い落ちた。

それが涙だと、彼女は気づいたのだろうか……?










求めたものは、同じ筈だったのに。

どこで、釦は掛け違えられたのだろう……?

求めた世界は、同じだった筈なのに。

何も分からないまま、ただ戦い続ける。

これもまた、人の業なのだろうか……?







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『鋼のヴァルキュリア』、ついに十章突破!!

なのにまだ、全然先の見えない長編です。

少しずつラブラブになってきたかなぁと思うのですが。

どうでしょうか?

感想をお待ちしています。







緋月の最愛の先輩がおりまして。

この方、こういったドリーム関係は嫌いだと言っていたのに、私の作品だからってちゃんと読んでくださって。

それがとても嬉しくて。

私も愛してますからね、先輩vv

で、その先輩がSEED見てなくて、話があまり分からないらしいので。

きちんとAAサイドの話も絡めて書いていこうと思います。

さらに長くなる予定ですが、よろしくお願いします。