――――『何故お前は、私を赦す?』――――

――――『……』――――

――――『これは、罪だ。私は、『愛情』の名の元に、罪を犯した。を……愛しいあの子を、罪に引きずり込んだ……。
お前は私を、断罪しなければならないのに……』――――


琥珀の、瞳。

痛々しげに細められた瞳の先にあったのは、哀しみだった。



それは、誰に向けられたものだったのだろう……?

今となってはもう、分からない……。






#21   間奏曲5






それは、罪、だった。
いかなる言葉で取り繕おうと、贖うことの出来ない。
いな、贖う術すら見出せぬほどの、罪、だった。
それでも、彼は切望した。
願った。
自己の存在全てを懸けて。
そのためならば他を全て切り捨てても構わぬ、と。

激しいまでの情熱で、彼は選んだ。



優しい、親友。
いままで友人を持たなかった――持てなかった彼に出来た、初めての親友。
その彼に偽りを申し立ててもなお、焦がれたものはただ一つだった。


――――『何を……何をしているんだ、!?』――――
――――『ミゲル……』――――


知られて、しまった。
この、罪を。
犯してしまった最大の過ちは、人の本質に関わるものだった。
神の領域に踏み込むことだった。
それをなしえる力が、ある。ただそれだけの理由で、彼は他者ならば願うだけで叶えられぬ夢を重ねた。

罪、だった。
そして目の前の青年は、己を断罪する筈だった。
口汚く罵り、彼の脆弱さを、そして愚劣さを罵らねばならなかった。


――――『バカか、お前は!』――――
――――『ミゲル』――――


言葉が、容易には口をつかなかった。
普段、人を煙に巻くことに慣れた自分の、あまりの醜態に涙が出そうになる。

せめていいわけくらい、してみればいいのだ。
見苦しく、己の責任を回避する言葉でも出れば、卑屈になれば、まだ救いもあったろうに……。

卑屈になど、なれもしない。
見苦しく言い訳することも、出来ない。
そんな自分を、このとき彼は初めて、哀れだと思った。
それすらも、醜い醜態と、手の施しようもないほど愚かな感情の帰結と、分かってはいたけれど……。



胸倉を、掴まれる。
ぎらぎらとした輝きを宿す琥珀の瞳に、そんな親友の姿に、その時恐れと安堵を抱いた。
そう。自分は恐らく、裁かれたかったのだ。
断罪されたかったのだ。
そしてそれは、他ならぬ彼の手で。
彼でなくては、ならなかったのだ。

初めて出来た、友人。
何でも明かせるのは、彼しかいなかった。
だから、彼でなくてはならなかった。
こんなにも手酷い裏切りを犯したその代償は、親友からの――大切な存在からの断罪と侮蔑でなくてはならなかった。






――――『バカだ、。お前、バカだろう!』――――
――――『ミゲル……』――――


この唇は、飾り物か?=
さっきから愚かしくも、ミゲルの名前しか呟けない。
お前の声は、壊れたスピーカーか何かか?

胸倉を掴まれたまま、その琥珀を真っ直ぐと見詰める。
太陽をそのまま写し取ったかのような、瞳。
プラント生まれ、プラント育ちの二世代目コーディネイターである彼らは、本物の太陽など見たこともないけれど。
そのひたむきなまでの真っ直ぐな眼差し、その輝きは、まさしく太陽そのものだった。


――――『何故、俺に話さなかった?』――――
――――『……ミゲル?』――――
――――『俺たちは、親友じゃなかったのかよ。なんで、俺に話してくれなかったんだよ』――――
――――『それは……』――――


止められると、思った。
こんなにも愚かな、罪深い行い。
止めてしかるべきだと思った。
太陽のように真っ直ぐな友人は、決して赦しはしない、と。そう思った。けれど、諦めたくはなかった。
少しでも可能性があるならば。なしうる力があるならば。その可能性に縋りたかった。
例えそれが、人としての根源に関わる、してはならない神の領域に踏み込む罪だったとしても――!!

願ってしまった、のだ……。


――――『お前は、太陽、だから』――――
――――『?』――――
――――『お前は、私を止めるだろうと思った、から』――――
――――『止めるさ!知っていたら、止めたとも!』――――


だから、明かせなかった。
焦がれたもの。存在かけて、願ったもの。
そのただ一つ。
そのただ一つに、執着し続けた。
愚かな愚かな=





コーディネイターの誇り?光?
私はそんな、ご大層なものじゃない。
自分本位で自己中心的な、子供と同じだ……。


――――『知っていたら、止めた!お前が傷つくと分かっていれば、止めるに決まっているだろう!』――――
――――『それは……』――――
――――『バカだ、。お前、バカだ。一人でこんなに、苦しみやがって……』――――


琥珀の瞳に、涙の粒が滲んだ。
ポタリと落ちてくるそれに、彼が泣いていることを知る。
それは、誰に向けたものなのだろう……?

胸倉掴まれたその体勢で、冷静な自分が酷く滑稽だった。


――――『ミゲ、ル……?』――――
―――ー『バカ野郎っ……』――――


ああ、そうだな。
私は、愚かだ。
お前は、私を裁く筈がない。
お前はいつも、私を赦すんだ。

太陽のような、ミゲル=アイマン。
太陽のように、全てに公平なミゲル=アイマン。
太陽のように、真っ直ぐなミゲル=アイマン。
そんな彼が自分を裁く筈が、なかった。

この罪を告げるは、彼にまで重荷を課すも同じこと。
一体何処まで、自分という人間は救いがたく出来ているのだろう。
愛しい妹に、重荷を負わせる道を与え、友人に同じ重荷を背負わせる。
なんて自分という人間は愚かしい……最低の人間か。





赦しなど、いらないのに。
そんな権利は、あの夜に捨てた。
自ら、罪にこの手を汚したあの日に。目覚めた に、安堵を覚えたあの瞬間に。

この罪は、確定したのに。
を目覚めさせたことではなく、目覚めたことに罪悪感すら抱かなかった、あの瞬間。
愛しい妹が覚醒した瞬間に霧散した罪悪感。
罪の念すら抱かなかった、それこそが罪。


――――『よせ、ミゲル。お前は……お前は私を、裁くべきだ。そうだろう?』――――
――――『 ……お前は、裁かれたかったのか?』――――
――――『そうだな。……そうかもしれない。私は……私は断罪こそを望んでいた』――――


人としての領域を踏み越え、神の領域に挑んだ。
そのことに良心の呵責など感じもせず。

それこそが、罪であるべきだった。
真っ直ぐな友人。真っ直ぐで眩しいこの友人は決してそれを赦しはしないと、心のどこかで分かっていた。
そう、理解していたこと。

彼の理解を超えること、と。
彼の許容を超えること、と。
それでもなお、願ったから。
それでもなお、焦がれたから。

だからこの罪を、犯した……。


――――『俺にお前が裁ける筈が、ないだろう……?』――――
――――『何故?……あぁ、私が、 =「 」だから、か?』――――


プラントの中でも名門のうちにはいる、 家。
対するアイマン家は、一般家庭。
だから……?

そう問うた瞬間に、 の頬に拳が入る。
よりもミゲルのほうが、喧嘩慣れしている。避けることなど、出来やしなかった。

鈍い音に、それでも は微かに笑みを浮かべる。
腫れた頬など、殴られた痛みなど、知覚していないかのように……。


――――『相変わらずお前は、頭よさそうでバカだ』――――
――――『失礼だな。お前よりはいいよ』――――


初めてミゲルが、笑みを見せた。
微苦笑。そんな感じの、微笑。
胸倉掴まれた、その体勢は変わらないのに。
呼吸が辛く思えるほど、締め上げられていると言うのに。
なのに、 も笑う。
どこか諦めの滲んだ、微笑を――……。


――――『確かにお前は、頭いいさ。さすがは、プラントに住む者ならば知らないものはいない、名門 家の当主殿だ』――――
――――『そうと知ってなお私に手をあげられるのは、お前くらいだよ』――――
――――『違いない』――――


ただ一人の、友人。
ただ一人の、親友。
全てを、明かした。
秘密は、このただ一つだった。
犯した罪。それだけ……。


――――『でも、バカだよ。 は。お前、なんで殴られたかも分かってないだろ?』――――
――――『そうか?見当はついているが』――――
――――『ん?じゃあ、何でだよ?言ってみな。外れたら、爆笑してやっから』――――


いつもの光景、だった。
彼らの、当たり前の日常。
幼年学校時代以来、培われてきた当たり前の、風景。


――――『ところで、ミゲル』――――
――――『あ?何だ?』――――
――――『さすがにこの体勢は苦しいんだが……』――――
――――『あ、悪ィ悪ィ』――――


喉を圧迫していた手が外されて、漸く楽に呼吸をすることが出来た。
軽く咳き込む彼を見詰める琥珀は、心配そうな光を宿していて。
この光が、いつも傍にあった。

幼年学校でであって、友人になった。
生まれて初めて出来た、友人。
誰にも気が、許せなくて。

友達になろうと近付いてくるのはいつも、彼に取り入ろうとする人間ばかりだったから、そのうち交友を結びたいと思うことすら忘れ果てていた。


――――『赦すよ、。俺は、赦すよ。お前が断罪を求めていても俺は……俺だけはお前を、赦すよ』――――
――――『お人好しもそこまで来ると問題だぞ、ミゲル』――――
――――『だって俺たち、親友だろ?』――――


それくらいの重荷、俺にも背負わせろよ、と。
そういわれて初めて、泣きたいと思った。
泣く権利なんて、ないというのに。
妹はおろか親友まで罪に引き込んだ。
そんな赦しがたい罪を犯したのに、それなのに彼はこんなにも暖かいから。
だから、泣きたくなった。


――――『誓う、から。。お前は、一人じゃないから』――――


囁く声は、優しかった。





赦されぬ罪と、『共犯』という絶ち難い絆が、その日2人の間に生まれた。
寝台の上で死んだように眠るのは、彼らの『妹』。
青と、漆黒と。
異様な瞳を持つ、彼らの愛する『妹』。
=
そう呼ばれる、幼い少女。





微かな産声を上げて、それは目醒めた。
世界が知らぬうちに、闇はその姿を現し、運命の歯車が軋む音を立てて回り始めた。


罪を犯した、青年と。
その共犯となった青年。そして――……。



彼らの最愛の『妹』を中心に。






誰も知らぬうちに。
すべての人間が眠りについている、まさにその一刹那に。

世界は、激動の時代に入ったのだ……。



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久しぶりに書いたら、しょっぱなから重くないですかい、『鋼のヴァルキュリア』。
何か、ミゲルとお兄ちゃんの関係がちょっと……。

……行き過ぎ?
でも別に、この二人が出来てたなんて設定はありませんから。
書けといわれたら、書きますけどね(←書くのかよ)。

この二人の関係は、『主犯』と『共犯』です。
だから、仲がよかったんです。
罪の共有が、2人を結ぶ絆だったんですね。


『ヴァルキュリア』シリーズのテーマは、

『自分探し』
『全てを犠牲にしても欲しい人』
『行き過ぎた愛情の齎した悲劇』

だったするので。
暗くなるわけですねぇ。
……何人事のように言ってるんだか、私は。
とりあえず、これからますます泥沼にはまりますので。
苦手な方は、ご注意です。



ここまで読んでいただき、有難うございました。