それは、人の遺伝子に予め組み込まれていた欲求であったのかもしれない。 遠くへ。より、遠くへ。 力を。誰にも負けない、強い力を。 人は、望み続けた。 何時いかなるときも。 平和を叫びながらも、人の本質は変わらなかった。 他者よりも優れた存在でありたい。 誰よりも輝ける存在でありたい。 力を――!力を――!! 留まることなく膨れ上がった欲求こそが、人の本質であったのか。 ならば、ナチュラルとコーディネイターと。 二つに分かれて戦うことも、人の本質であったのかもしれない。 見下し、畏怖し、毛嫌い、嘲る。 人のマイナス面を凝縮して拡大した、その感情こそが、この戦争の理由であったのかもしれない――……。 #22 輪舞 〜前〜 「まずは、二手に分かれよう。そして、情報収集をするんだ。集合場所と時間は……」 ザラ隊を指揮するのは、その名のとおりアスラン=ザラだ。 いかに不満を抱えていようとも、イザークさえもその言には従う。 一人どこ吹く風できょろきょろと辺りを見回しているのは、 だった。 珍しい……珍しくてたまらないものに、心を躍らせているのだろう。 一対の漆黒の瞳は、心なしかきらきらと輝いていた。 しかし、指揮官という立場にある以上、そんな を放っておくわけにもいかない。 「 。聞いているのか?」 「聞いてるわ。二手に分かれて行動するんでしょ?組み分けは、アスランとニコル。イザークとディアッカってところかしら」 「……まぁ、そうだな。 はどうする?」 尋ねられて、考える。 僅かに視線を転じれば、アイスブルーの瞳が射抜くように見つめていた。 真っ直ぐと己を見つめてくるアイスブルーの瞳に、躯が竦む。 それは、本能的な恐怖だった。 イザークの視線はいつも真剣で。 真剣すぎて。 時々……怖くなる。 あんなことがあったから余計に、その瞳が……彼が身の内に抱えた情熱が恐ろしい。 「砂漠ではイザークたちと一緒だったから、今回はアスランたちと組ませてもらっていい?」 「え!?」 「それは構わないが……いいのか?それで」 「私がいいっていってるのに。構わないも何もないでしょ?何を心配しているの?アスラン」 の返事に、ディアッカが声を上げた。 これはまた盛大にイザークの癇癪につき合わされる、というそれは諦めの滲んだ……。 しかしそんなディアッカの心情などお構いなしで、 とアスランは話を進めていく。 ギリ……と歯軋りする音が隣から聞こえて、ディアッカは恐る恐る隣に立つ相棒――イザーク――に目をやる。 怒りではない――けれど苛立ちに、唇をかみ締めている。 イザークの への強すぎる執着、情熱を思えばそれは、無理のない話しだった。 イザークの話を聞く限りにおいて、ディアッカはイザークが感情に任せて に無体――キスだけだったが――を働いたことは知っている。 それ以来、イザークと の仲がいまいちしっくりいかなくなってきていることも。 まず、 がイザークを避ける。 今もおそらく、そうだ。 砂漠云々は関係ない。おそらく、イザークの傍にいられないのだ。 それがいかなる感情に起因するものであるかは、ディアッカは知らない。 ただ彼は、親友の『初恋』がうまくいくことを願うのみだから。 とりあえずディアッカにとって、今のイザークの状態は非常に好ましい。 以前のような過ちを犯さなくなった、それだけでも、イザークの への想いの深さが分かるものだ。 戦争自体もかなり問題だというのに、人間関係でも問題大有りだよな。 そう、ディアッカはひそかにため息をつく。 そうこうしている内にも話し合いは進み、次々と重要案件が決定され、情報収集開始となった。 その間、漆黒とアイスブルーの瞳が、絡み合うことはなかった――……。 薄暗い……冷たい部屋だった。 どこかの地下室を思わせる薄暗い……けれど調度品などは極上の……そんな場所に、『彼女』は『いた』。 ひんやりとした、空気。 けれど各所におかれたホログラムに映るのは、美しい自然や風景のシネマ。 まるでそれは、『彼女』の心を慰めるかのように。 眠り続ける『彼女』を知る者は、いない。 世界という概念から隔絶された箱庭で、『彼女』は眠り続ける。 戦争も、ナチュラルとコーディネイターの確執も、『彼女』には関係がない。 『彼女』には、関わりのないこと……『彼女』にとってそれは『夢』の領域を出ないものだったから。 だから『彼女』は眠り続ける。 とろとろとした、甘いまどろみに支配されながら――……。 街中は、『平和』の一言に尽きた。 「見事に平穏ですね、町中は」 繁華街を通り抜けながら、ニコルが囁きかける。 今のプラントでは、最早失われたものだ。 表立っては平穏そのものであっても、常にどこかピリピリとした緊張感を孕んでいる。それが、今のプラントだった。 それに比べて、オーブのなんと平和なことだろうか。 繁華街が珍しいのか、相も変わらず はきょろきょろと辺りを見回している。 作業服を着た人間がきょろきょろしているのはおかしい光景かもしれないが、誰も気に留めた様子はない。 おそらく、それが風景に「しっくり」きているからだろう。 平和な国だからこその、平和そうな……争いごとに縁のなさそうな少女。 今の を見れば、誰もがそう思うに違いない。 誰も彼女が、ザフト全軍に――地球軍にすら――その名を轟かす、ザフトが誇る『ヴァルキュリア』だとは思いもするまい。 苦笑しつつ、アスランもニコルも、そんな を微笑ましく見ていた。 「平和そのものって感じね」 「ああ。先日自国の領海で、あれだけの騒ぎがあったというのに……」 「中立国だから……ですかね」 のどかそのもの、だった。 つい二三日前に、自国の領海で戦闘があったにもかかわらず、だ。 アスランやニコル、 の目には、それはどこか滑稽に映った。 あまりにも彼らが、自国の安全を過信しているような気がしたのだ。 自国の平和を……安定を、過信しすぎてはいないだろうか。 彼ら、知っている。 平和と安定が、どれほど脆いものであったかを。 どれだけ簡単に潰えてしまったかを。 知っているからこそ、オーブの状態を危うく思ってしまうのだ。 もっとも、ここは宇宙ではない。 プラントでは、隔壁に穴が開けばそれだけで即、死につながる。 しかし地球上にいる限り、そんな恐怖とは無縁でいられる。 散布されたNじゃマーのおかげで、核戦争の恐怖はない。 それ故の……過信だろうか。 「中立ねぇ……」 「 !」 「分かってます。言動は慎むことにするわ」 不用意な発言が、最悪の事態を引き起こすことも有り得る。 いかにオーブが中立国といっても、地球上に存在している国である以上、やはりどことなく地球連合軍よりと考えるのが正解だ。 不審を招く態度は、とらないほうがいい。 そのことを、は知っているはずだ。 少なくともニコルやアスランより、彼女のほうが軍歴が長い。 その彼女が、こうも嫌悪を露わにすることに、ニコルは単純に驚いた。 それだけじゃない。 ニコルの目には、どうもここ最近の は不安定に見える。 ここ最近……というか、アスランと二人、行方不明になってから。 別にニコルは、アスランが に何かしたとは思っていない。 アスランは晩生すぎるほどに晩生な人だ。 それにそういうことになったなら、 はアスランやニコルと行動することは拒むだろう。 それが、ニコルの知る = という少女だった。 聞いて、何になると思ったわけでもなく。 話をするだけでも人は楽になれるから。 ただにコルはそれだけの理由で、と少しだけ、任務とは関係のない話がしたくなった。 「 さん……何か最近、悩み事とかあるんですか?」 「何?ニコル。急にどうしたの?」 「ちょっと気になって……。最近 さん……」 「ニコルは優しいね。でも、大丈夫。なんでもないよ」 なんでもないと笑って少女は言うが、ニコルの目から見て、『大丈夫』には見えなかった。 笑顔に元気がない、というか……。 何か身の内に屈託を抱えている、というか……。 ありていに言えば、迷っているように見えるのだ。 「大丈夫、大丈夫。どうにもならなくなったときは、ニコルにヘルプを出すから」 「本当ですか?約束ですよ?」 「うん、約束。それよりニコルも、ちゃんと考えてる?例のコンサートの曲」 「いろいろ考えてはいるんですけど…… さんの好きな曲も分からないし……」 話題を無理やり、『平和な国』に似つかわしい『平和な話題』に切り替えたことに、ニコルは気付いていない。 第三者的な立場にいるアスランは気付いたが、当事者では気付かないようなやり方で、 は強引に話題を転換したのだ。 「私、歌はラクス嬢のとミゲル兄さんのしか聞かないよ?基本的に。後は……聖歌とか、古典とか」 「ミゲルの歌、ですか。それじゃあ、 さんのキーに合う筈がありませんしね」 「ラクス嬢の歌は、やめてよ?私のはどこまでも遊びの範疇を出ないものでしかないんだから」 「そうですか?僕は、本当に さんの歌はお上手だと思いますけど」 「それでも、プロとアマじゃ比べ物にならないじゃない」 ぷぅっと は頬を膨らませる。 幼いしぐさは、年相応に見えて可愛らしい。 ザフトが誇る、『鋼のヴァルキュリア』。 その二つ名の意味は、誰もが知っている。 しかし今の彼女を見れば、その二つ名はあまりにもそぐわないのだ。 『鋼のヴァルキュリア』。 『ヴァルキュリア』はその名のとおり、彼女の乗る機体『ワルキューレ』から派生した。 『ワルキューレ』とは、神話に出てくる戦いの乙女の名だ。 この名は、『ヴァルキュリー』とも『ヴァルキュリア』とも表現される。 戦乙女の名を冠した機体に搭乗する、戦乙女。 それが、『ヴァルキュリア』の二つ名の由来だ。 しかしその前に、『鋼の』がつく。 それは、決してよい意味でついたものではなかった。 勿論、彼女の乗る機体『ワルキューレ』が鋼色をしているということもあるのだが。 一番の理由は、彼女の戦い方にあった。 『逃げるものすらも、容赦なく殺す、感情のない鋼の心の持ち主』 それが、『鋼のヴァルキュリア』という二つ名の由来だと聞く。 だが、 を見ていると、とてもそうは思えないのだ。 くるくるとよく変わる表情。 屈託のない笑顔。 それをみれば、とても彼女を『鋼のヴァルキュリア』とはいえない。 もっとも、『鋼のヴァルキュリア』という二つ名は、地球軍がつけたというから、彼女の本質を知らないからだろうと思う。 ザフトはただ純粋に、陣頭に立って戦う彼女を、敬意を込めて呼んだだけだった。 我らの戦乙女。すなわち、『ヴァルキュリア』と――……。 不意に、 が立ち止まった。 それだけでなく、ぐるりと辺りを見回す。 「 さん?」 「どうした、 。気分でも悪くなったか?」 「違う。何でもない。……変ね。どうもさっきから、気になって」 「何が?」 「笑わない?」 ニコルもアスランも、足を止める。 真剣な目で、笑わない?と尋ねる少女に、頷く。 「私は、二世代目だから。宇宙生まれ宇宙育ちの筈なの。なのに……」 「なのに?」 「ここ、きたことがあるような気がしてならないの。ここだけじゃない。オーブ自体に、私は来たことがあるような気がして……おかしいよね。どうしたんだろう、私……」 おかしいと、自分でも思う。 いくら自分の記憶に、自分の与り知らない部分があるとはいえ、これはおかしい。 そうでなくとも、プラントより外にきたことはないはずだ。軍人となる以前には。 「ひょっとして、ずっときょろきょろしていたのはそれが理由ですか?」 「……うん」 小さく、 は頷く。 おかしいと思う。 自分でも、おかしいと思うのだ。 それでも、一度覚えた疑惑は消えない。 の心の中に、染みのように広がってゆく。 でも、確かにこの国にきたことがあるような気がする。 確かに、この大地を踏みしめて……。 「っつぅ……!」 呻き声を上げると、 は地面に蹲る。 頭の中で、何かが警鐘を鳴らす。 まるで踏み込んではならない領域に踏み込んだかのように。 盛大に鳴り響くそれに、息が詰まりそうだった。 そんな の様子に、アスランとニコルも目を見開く。 そして慌てて、二人は に駆け寄った。 「大丈夫ですか?」 「 ?……少し休もう。歩きっぱなしだったし、そろそろ休憩をとってもいい時間だ」 「分かりました。……あ、向こうに木陰があるみたいです。あそこでどうですか?」 「そうだな、あそこにしよう。……ニコル。悪いが、何か冷たいものを買ってきてくれ」 アスランが頼むと、ニコルは頷く。 木陰で休ませて、冷たいものでも飲めば、幾分かは気分もよくなるだろう。 日射病かもしれない。 プラントの気候は、そこに住む住人にとっていいように作られるが、地球にそんなプログラムは存在しない。 地球の機構は不安定で、それ故コーディネイターがいくら頑健な体を有しているとはいえ、体調を崩すものも出てくるのだ。 「大丈夫か? 」 「ごめ……なさい。任務の、途中なのに……」 「気にするな。いいから、少し休もう」 いかに婚約者がいるとはいえ、女性の扱いをそう心得ているわけではないアスランに、 を抱きかかえるなどという芸当ができるわけがない。 できるだけ振動がこないよう、ゆっくりと。 の手を引いて、アスランは木陰へ向かった――……。 私が、知らないこと。 それは、あまりにも多すぎて。 ひょっとしたら私は、何も分かっていないのかもしれない。 私は何も……何も知らなかったのかもしれない――……。 鋼のヴァルキュリア第22章をお届けいたします。 本当に、これほど難産なお話もありません。 ただ単に、自分の能力の及ばない範囲にまで手を出してしまっただけなのですが……。 予想以上にこのお話の更新をお待ちくださる方もいらっしゃるみたいで、ビックリすると同時に、改めて完結させねばと思いました。 重苦しいだけのヒロインの過去、未来への展望の抱きようもない現実。 そんな暗澹たるお話ではあるのですが……。 更新スピード、できるだけ上げていきたいです。 ここまで読んでいただき、本当に有難うございました。 |