ねぇ、兄さん。

貴方は私に、

何を隠していたの?

ねぇ、兄さんたち。

貴方たちは私に、

何を望んでいたの?






#24   舞曲









ボズゴロフ級潜水母艦“クストー”に戻ると、たちは作業服から深紅の軍服に着替えた。
着替え終え、ミーティングの前に自室に戻ろうとしたを、イザークが呼び止める。


「な……何?」


警戒したような視線に、イザークは内心溜息を吐く。
この間からずっとこの調子で、取り付く島もない。
確かに無体を働いたとは思うが、ここまで拒否られるのもイザークとしては哀しいものがある。


「いや……これ、ひょっとして貴様のものじゃないかと思ったんだ」
「レンズケース?」
「この前、バナディーヤで拾ったんだ。貴様と別れたあとで。それで……」


漆黒の双眸と思われていたの瞳だが、実は右が蒼であることをイザークだけが知っている。
コンタクトレンズで誤魔化していることも。
それで、見当をつけたのだろう。


「有難う。確かにこれ、私のものよ」
「そうか。……用はそれだけだ」


硬い声で、それでも律儀に礼を言う少女に、イザークはそう言うとブリーフィングルームに向かって歩き出そうとする。
その背中を、は呼び止めた。

振り返ったイザークの瞳の蒼穹にある兄と同じ色に、笑いが込み上げてくる。


「何だ?」
「あんた、どういうこと?」
「何が?」
「無人島で、私の瞳がおかしいって言った。アレは、どういうこと?」


の問いに、イザークはあぁと頷く。
そう言えば、何故あぁも恐れたのか。本能的な嫌悪にも似た畏怖を感じたのか。少女にはまだ話していなかった。


「鏡で見たことないのか?」
「何よ、鏡くらい、毎日見てるわ」
「じゃあどうして、自分の目の異常さに気付かない?」
「異常?異常ってどういうことよ」


憤慨したように、少女は言う。
睨み上げてくるの顎をくいっと掴むと、イザークはそのまま上向かせた。


「左はおかしくないな。右目だけか」
「ちょっと、イザーク!」


一人ごちるイザークに、慌てたようなキョウカの声。
イザークの明敏な頭脳をもってしても、『異常』としか言えない。


「貴様、自分の右目が何色か分かるか?」
「バカにしないでよ。あんたと同じ色でしょう?青」
「そう。アオだ。だが、『アオ』にも色々あるだろう?何色だ?」
「あんたと同じ色。だから、アイスブルー」


はっきりと、少女は答える。
それ以外の答えなど持ちようもない、とでも言うかのように。
イザークは一つ、頭を振った。


「……半分正解だ」
「半分?どういう意味よ。青でしょう?兄さんやあんたと同じ、アイスブルーでしょう?」
「濃紺。いや、藍と言ってもいいな……」


イザークの返答に、は目を見開いた。
ガラス細工にも似た繊細な色調の、アイスブルー。
深い優しさを内に秘めたマリンブルー。
決して黒にはなりきれない闇を潜めた濃紺。

あまりにも違いが顕著な色。
それが……?


「何、それ……?どういうこと?」
「だから、貴様の瞳のことだ。確かに漆黒の左目とアオの右目さ。でもそのアオは、色調を変える」
「別に、異常じゃないわ。色が変わって見える人は、たくさん……」
「いる、とは言わせない。確かに、光の反射や入光量によって色の異なる奴は多いだろうよ。だがそれは……たとえるなら、緑が青に見える、といった程度のものだ。ほんの少し瞳の色が淡く見える程度のものだ」
「おかしい……の?私、おかしい……?」


疑っていなかった。
目覚めて7年。
7年間馴染み続けた容姿だ。
記憶を失って、それでもなじみ続けた、もの。


「いや?おかしくはない。まぁ、一種の個性だろ」
「……散々異常だ何だって言った人間の台詞とは思えない」


の言葉に、イザークはそれもそうだな、と頷く。
イザーク自身、自らの抱える矛盾に苦笑せずにはいられない。

いかにコーディネイターといえども、ありえない瞳だった。
色調を、そして明度を変える瞳。
けれどコロコロと変わるその様はまるで月のようで、捕らえどころのない様はまさにこの少女に相応しいように思う。
何よりも、少女に似合っているのだから、それでいいではないか。
たかがそれしきのことで、自分の本能に訴えてくる少女の本質が――彼の愛する彼女の性質が――変わるわけではないのだ。


「案外、引き金になるかも知れんぞ」
「引き金?何の?」
「貴様の記憶さ。その瞳、鍵を握ってるかも知れん。生まれた時からずっとその瞳だったわけだから、当然貴様の兄貴は何か言ってた筈だろ?」
「……人前ではコンタクトレンズを外すな。それしか言われたことないわよ」


イザークの問いに、憮然としながら答える。
何も、聞いてない。
何も、ない。
何も、話してはくれなかった。

『知らなくていいんだよ』
――優しい声が、そう言う。
『覚えていなかったからといって、妹であることに変わりはないだろう?』
――優しい笑顔で、そう言った。



だから、聞けなかった。
その笑顔を崩すことが、怖かった。



知らなくても、構わないと思った。


「聞けばよかったのかな……」
「何を?」
「どうして私はこの目なのって、聞けばよかったのかな?聞けば、答えてくれたのかな」


独り言のように呟く少女に、それはないだろうとイザークは思う。

少女の、欠けた記憶。
それを思い出すことを望まなかったのは、ひょっとしたらの兄であると、その親友のミゲルの方だったのではないか。
彼ら二人が、望まなかったのではないだろうか。
むしろ……。








むしろ彼ら二人が、故意に隠蔽したのでは……?

そこまで思って、イザークは首を振った。
バカバカしい、考えすぎだ。
そんなこと、望むものがいるとは思えない。
そもそも何故、そんなことを望む必要がある?


「行くぞ、。ミーティングの時間だ。……ザラ『隊長』の今後の作戦指揮、とくと拝見させていただかなくては」
「相変わらずね、あんたは」


厭味っぽくいうイザークに、苦笑する。
損な性格だ。
本当は、誰よりも優しくて仲間思いのくせに。



ミーティングに出席せずとも、アスランが下す判断は、には容易に予想できるものだった。
彼ら二人は、あそこに『足つき』がいる確証を掴んだから。
網を張り、待ち伏せる。
最良の選択であり、決断だ。

問題は、それをどうあとの三人に納得させるか、だが……。
溜息を一つ吐くと、はイザークの後をブリーフィングルームに向かって歩き出した――……。



**




案の定、アスランは厳しい顔をしていた。
あぁ、辛いんだと思う。
……辛いに決まっている。
親友を討つなど、辛いに決まっている。
だって、有得ないこととはいえミゲルやユキトが敵に回ったら辛くて辛くて仕方がなかったと思う。

だったら、私が彼を殺すしかないじゃない、とは思った。

アスランはおそらく、彼を殺せない。
イザークやディアッカ、ニコルでは、機体性能から見て不可能に近い。
決して彼らの技量が劣っているわけではない。MS戦にも、『相性』が存在する。

例えば、長距離から艦隊を攻撃することに長けた“バスター”では、小回りが聞かない分MS戦には向かない。
接近戦用の“デュエル”は、“アサルトシュラウド”を装備することによって火力他機動力は上がったが、逆にその重量が大気圏内では不利に働く。あくまでも宇宙戦に備えた装備でしかない。
電撃作戦に秀でた“ブリッツ”は奇襲には向いているが、一対一での戦闘には向かない。

キラの駆る「X-105“ストライク”」とまともにやりあえる機体は、その法則からいうと“イージス”と“ワルキューレ”しかない。


「足つきはオーブにいる。間違いない。出て来れば北上する筈だ。ここで網を張る」


開口一番そう口を開いたアスランに、イザークが突っかかる。
彼には、分からないのだ。
そもそもその理由を、告げてはいないから。


「はぁ!?おいちょっと待てよ。何を根拠に言ってる話だ、そりゃぁ」
「一度カーペンタリアに戻って、情報を洗い直した方がいいのではありませんか?……確証が、ないのでしたら」


気遣うようにニコルはいうが、アスランの決意は変わらない。
しかしその一端を、明かすことは出来ない。


「いや、いるんだ」
「支持するわ、アスラン」


アスランの言葉に、が同意する。
それに、他の三人は目を見開いた。
何を根拠に、彼女は納得するのだ、と。それぞれの瞳が、そう物語る。
けれどそれに構う余裕は、ない。

あの機体は、あのパイロットは、ミゲルを殺した。
大好きだったもう一人の『兄』を。
愛し、慈しんでくれた『兄』を。
あのパイロットは殺した。

一度は納得したはずだった。
アスランがキラを友人だといった時、一度は納得した。
何も知らずに機体に乗っていたのなら、ひょっとしたら仕方がなかったのではないか、と。
知らず同胞を殺めたのだとしたら、その罪に一番震えているのは、あのパイロットではないか、と。
思い、納得しようとした。

けれどその思いを裏切ったのは、まさしくキラのほうだった。

ならば、殺す。
』は殺せない。けれど彼女の中の『ヴァルキュリア』が殺す。
必ず、仕留めて見せる。


「アラスカ方面を北上するなら、このルートが最短距離ね。ってことは、このルートは使わないと考えたほうが得策だわ」
「そうだな。向こうも、こちらの出方を伺っているだろう。網を張るなら、むしろこのルートだ」



淡々と作戦を立て始める二人を、イザーク、ディアッカ、ニコルの三人は、呆然と見詰めるしか出来なかった。
そしてそんな三人を尻目に、その作戦は決定したのだ――……。



**




「どういうつもりだ、!?」


今度こそ本当に自室に引き取ろうとしたを、イザークがまたも引き止める。
強い力で、の腕を掴んで。
そんなイザークを、冷たい瞳では見た。

少女というよりも、『戦士』としての、それは眼差しだった。


「どう、というのは?」
「何故アスランの言を支持した!?」
「それが最良と思ったからよ」
「理由は!?」


まっすぐなアイスブルーの瞳が、まっすぐとを見据える。
息苦しさを覚える眼差しだ。
いつも、いつもだ。
この瞳は、怖い。

顔を背けながら、は言う。
イザークの顔なんて、直視していられない。


「……言えない」
「それで俺たちが納得するとでも!?」
「思わないよ、そんなこと。納得するなんて、勿論思わない。でも今は……今は、お願い。あそこに“足つき”はいるの。理由は言えないけど、確かにいるの。だから……」


必死に、言い募る。
隠し事をしている事実は、酷く心苦しくて。
でも、いえない。
今は、いえないから。


<ブリッジより、=へ。プラント本国より、入電です>


緊迫した空気をかもし出す二人を嘲笑うように、アナウンスが流れる。
これ幸いとばかりに、はイザークの手の中から逃れた。

そのまま、駆け出した。
逃げている。
それは分かる。
でも今は、「逃げたかった」。
そうでなければ、何もかも暴露してしまいそうだったから。
あの澄んだアイスブルーの瞳に、何もかも暴かれてしまいそうだったから……。







通信室に行くと、ノイズ交じりの画像が現れた。
Nジャマーの打ち込まれた地上では、電波の送受信は難しい。
こうして通信が繋がったこと事態、『奇跡』にも等しかった。


……様?>
「アルベルト?」


画面に現れたのは、厭味ったらしい親戚ではなく、ユヅキ家の執事を勤める壮年の男だった。

執事という存在は、ただ主家に忠誠を誓う。
彼が忠誠を捧げる対象は亡くなった両親と兄であるユキト。そしてのみだった。
だから、信頼できる。


「どうしたの?何か、本国であった?」
<コンタクトレンズのケースとその他必需品は、カーペンタリア基地のほうへ届けました。おそらく、次の補給に間に合うと思います>
「有難う。ご苦労様」


既にコンタクトレンズのケースは無用の長物と化してしまったが、は素直に礼を言った。
ユヅキの家の管理その他全てを任せているこの男は、実直で誠実な人柄で有名だった。
「ねぇ、アルベルト。聞いていい?……兄さんたちのこと」
<兄上様方のことでしたら、様のほうがよくご存知ではないか、と>


そう答える執事に、曖昧に頷く。
知っている、筈だ。
そう。彼に聞くまでもなく、自分が一番兄たちのことは知っている筈だ。

けれど自信がもてない。
本当に兄たちを理解しているのか、と。理解していたのか、と。
その確証が……持てない。


<確かなことは、様は幼少の折事故に合われました。それ以来、様は様が外に出られる事を恐れられるようになりました>
「私の目のこととか、そう言うことは何も、聞いていない?ミゲル兄さんでもいいの。ミゲル兄さんと兄さんが話していることを聞いた、とか。そんなのでもいいの。……何か聞いていない?」
<私は何も存じ上げておりませんが……誰がそのようなことを?>
「え?イザーク。……イザーク=ジュールって人だけど……知ってる?エザリア=ジュール女史のご子息その人にばれてね、私の目のこと。それで……」
<ジュール女史の、ご子息……>


の答えに、あからさまに彼は渋い顔をした。
何がそうさせたのか分からない。
それでも、紛れもなく好ましくない、その表情が言っている。と


「ごめんなさい、変なことを聞いてしまったみたいね」


何を尋ねても、知らないと言われて、は本当に何も知らないのだろうと思う。
何か知ったいたら、話してくれるはずだ。
それくらい、は執事を信頼していた。


「家のこと、よろしくね。いつも、ごめんなさい」
<いいえ、様。様のほうこそ、お体にはお気をつけられますよう。御武運を、心よりお祈り申し上げております>
「有難う」


だんだんと画面を砂嵐が支配して、やがて消える。
次に通信が繋がるのは、いつになるのだろうか。

問題が、本当に山積していくばかりのような気がする。


「ノートを見ればいいや、何て。いいアイディアだと思ったんだけどなぁ……」


今思い返してみれば、ノートは“ヴェサリウス”内に置きっ放しの筈だ。
これでは、打つ手もない。


「私は、『知りたい』のかな……」


自分の過去を。自分を。
知りたいのだろうか。
理解したいのだろうか。

知れば、答えることも出来るのだろうか?
真剣なアイスブルーの瞳に、答える術を得ることも出来るのだろうか。

ひっそりと、は溜息を吐く。

すぐにまた、戦闘になる。
オーブには、間違いなく“足つき”がいる。
キラはどんどん腕を上げて、そのMS操縦技術はザフトを脅かすほどのものになっている。
こんなことで、悩んでいる暇はない筈なのに……。
はぁ、とは溜息を吐く。
何度目になるか分からないそれは、空しく空気をかき混ぜるだけだった――……。







男が二人、彼の後ろに立っていた。
との通信を終えた後のことだった。


「『彼女』は何を言っていた?」
「感づかれたようです、様」
「まさか。『彼女』への暗示は完璧だ。記憶の処理もぬかりはない」


アルベルトの言葉に、その片割れが言って不機嫌そうな顔を作る。
容易に解けるはずもないことだ。
自分たちの技術に、彼らは確信を持っていた。


「エザリア女史のご子息が、『気付いた』ようなのです」


「それはまた、皮肉な運命というより他ないな」


三人の中で最も若い男がそう言った。
指を唇に当て、考え込むしぐさをする。
それから、決然とした面持ちで告げた。


「『彼女』は前線から外したほうがいいでしょう。『彼女』は今、触れてはならない領域に触れようとしています。このままでは危険だ」
「それが一番の道だろう。少なくとも、イザーク=ジュールとは引き離したほうがいい」
「最終段階へと進めるためにも、駒は多く手元においておきたいもの……でしょう?」


ぼそぼそと話しこむその言葉を聞きながら、今更ながらにアルベルトは少女に詫びを入れた。






彼は、識(し)っていたのだ。

……全てを。



そして起こるであろう少女の運命をも、彼は予測していた。
しかし、それを阻む手段が、あるだろうか。
阻む理由が、あるか。

彼もまた、選んだのだ。












それこそが、『彼女』のためであると信じて――……。



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『離れ離れになったりしませんよね?』と言われた質問に対する答えが漸く出せそうです。
答え。

離れます。

ごめんなさい、ごめんなさい。すんなりラブラブにするのは嫌なんです。
やっぱりそれなりの苦労やら何やら乗り越えて欲しいわけです。



ついでに一つお願いが。
図々しいお願いであることは承知の上で、何ですけれども。

今後の展開しだいで石投げないでください。
本当にこれ、お願いいたします。
怖いんです、続き書くのが。


ここまでお読みいただき、有難うございました。