漆黒の瞳を細めながら、彼女はそう呟いた――……。 -1 母と子- ホグワーツ特急便の発着場所である93/4番線は、酷く込み合っていた。 物珍しそうに、よく似た二人の兄妹がきょろきょろと辺りを見回す。 荷物を車掌に預けると、出発まで後10分と時が迫っていた。 「じゃあ、此処で」 「お母さん……」 「そんな顔をしないの、。また、向こうであえるんだから。ゴメンね。本当は一緒に行きたかったんだけど……」 「のことは、俺に任せていいよ、母さん」 瞳に涙を浮かべる娘に、彼女もまた、泣き笑いめいた笑顔を浮かべて、なだめる。 さらりと指どおりのいい髪を撫でると、少女によく似た少年がそう言って、請け負った。 「そうだね、。に任せていたら、母さんも安心かな」 少年の髪も、同じようにくしゃくしゃにして、彼女は笑った。 それでも、指どおりのいいさらさらの髪は、決して跡なんてつかなくて。さらり、とまた元に戻るのだけど。 そうすると、顔を綻ばせて、嬉しそうに笑うから。 「そうだ、これを言付けていいかな。この手紙を、リーマス=ルーピンて人に渡して欲しいんだ。リーマスのことは、何度か話をしているから、知っているよね?」 「あぁ、鳶色の髪と瞳の、母さんとアイツの親友だろ」 「……そうだよ」 「それを、そのリーマスって人に渡せばいいんだな?」 「うん。リーマスのことだからきっと、ホグワーツ特急に乗ってるだろうから。渡せなかったら、その時はそれでいいよ。母さんが直接、リーマスに会って話をするから」 「分かった。……あ、でも。俺だったら落としちまう可能性があるな。アリー、お前持っててくれよ」 「分かった、ロキ」 少年の言葉に、少女は頷いた。 彼が差し出した封筒を受け取って、ポケットにしまいこむ。一応、折れないように丁寧に。その辺の気遣いは、女性ならではのものであっただろう。 少女がそうすることを、彼女は知っていた。少年が、少女に手紙を渡すだろうことも。それでも一応少年にまず封筒を預けたのは、そうすべきであると彼女が認識しているから、だった。 「さぁ、そろそろ列車に乗りなさい。そうしないと、結構あっという間に埋まってしまうんだよ、ここのコンパートメントは」 「分かった」 「のこと、よろしく頼むよ、」 「分かっている」 「うん。はちゃんとしてくれるって、分かっているよ。でも、こう言ってしまうものなんだ。……仲良くするんだよ?」 「あぁ」 ぶっきらぼうな口調で、少年が頷いた。 それに頷くと、今度は少年とそっくりな顔に微かに涙の粒を浮かべる少女に向き直る。 「と仲良くするんだよ、。僕もすぐ、そっちに行くからね」 「うん……」 「いい子。じゃあ、列車に乗りなさい」 「アイツが大人しくしてりゃあ、俺たちの寮生活は快適だろうさ」 「!」 二児の母とはとても思えないほど若々しく見える母親の顔色が、目に見えて変わったのを少年は知覚した。 普段の彼女からは想像もできないほど厳しいその声に、それがいかに彼女にとって地雷であったかを悟る。 けれど少年とて、言いたいことはそれこそ、山のように溜まっているのだ。 母親が可哀想じゃないか。 彼はいつもそう思っていた。 自分の母親は、可哀想だと。 「どうしてそんなことを言うの、」 「どうして?俺は母さんにこそ聞きたいよ。どうしてあの殺人鬼の裏切り者をそこまで庇えるのか、ってね」 「……君たちのお父さんは」 低い、押し殺したような声で、彼女は言った。 本気で怒っている。それを、と呼ばれた少年は、悟る。 悟らされて、しまう。 それだけの迫力が、今目の前の母親には在った。 彼女――=には。 「君たちのお父さんは、友人を裏切るようなことは絶対にしない人だったからだよ。それぐらいだったら、彼は自分自身の手で自らを殺したに違いない」 静かに言い切るその声は、だからこそどこか、威圧的だった。 纏う雰囲気も変わらないというのに、どこか圧倒されるものを感じる。少年は懸命に爪先に力を込めて、何とかそれに抵抗した。 「母さん……」 「いいよ、もう乗りなさい。また後で、ホグワーツで会おう」 それっきり、母親は口を利かなかった。 こうなった母親が頑固なことは、その子供である二人は良く知っていた。 特に、怒らせた張本人は、項垂れる。 けれどそれは、自分の発言を撤回してのものでは、ない。 なかなか翻意しないところもまた、父と母の血と言えただろう。 「行ってきます、お母さん」 「行ってらっしゃい。あぁ、これはカヅキ伯父さんからの餞別だよ。二人で食べなさい」 「有難う、お母さん」 「お礼は、学校に着いてからカヅキ伯父さんに梟便を送るといいよ。きっと喜ぶだろうから」 「はい」 母親の言葉に、少女――はにっこりと笑う。 しかし少年――は、違った。 「喜ぶのか、本当に?」 「何を言っているの、」 「あの男と瓜二つの俺が梟便送って、カヅキ伯父は本当に喜ぶのか?」 「……」 激昂するかと思ったが、母親はそれ以上特に、何も言わなかった。 溜息を吐くでもなく、唯静かな眼差しで息子であるハヅキを見つめている。 「その話は、ホグワーツでしよう。ホグワーツの母さんの部屋で。母さんがお父さんと出会った場所で。ね?今此処で、簡単に話せるようなものじゃないんだよ」 =にとって、その人との恋は本当に、一生に一度の恋で。 その人以外に、彼女が惹かれた異性はいなかった。 本当はもう、恋じゃないのかも知れないけれど。 ただただ惰性で、彼を信じていると暗示をかけているだけかもしれないけれど。 もしもそうだとしたらそうしてしまうほどに、その人を想っていた事実だけは、変わらない。 「俺は……」 「?」 「俺は、アイツによく似たこの顔も、名前も、アイツも!大嫌いだ!俺には、母さんの気持ちは分からない!」 「ロキ!」 妹が止めるのも聞かず、少年はタラップに足をかけて、素晴らしい勢いで列車に乗り込む。 振り返ることさえも、しない。 「ロキ!……ごめんなさい、お母さん。私、ロキを追いかけるね。本当に、ごめんなさい」 「いいんだ、」 大きな餞別の袋を抱えて謝る娘の髪を、撫でる。 本当に、よく似ている。 彼に、瓜二つだ。 そして同性ゆえか。やはり娘より息子の方が、彼によく似ていると思う。 遺伝子というものは、脅威に満ちている。 彼によく似たその顔は、確かに彼との深い繋がりを思わせて、嬉しいのだけれど。どうせならもう少し、自分に似ていればよかったのに。 彼と此処まで酷似した容姿でなければよかったのに。 どこに行っても、息子は『彼の息子』という目で見られるだろう。 それを思うと、どれだけ詫びても足りない気持ちがした。 それにこれは、のエゴだ。 お父さんは無実なのだから、その無実を息子であるお前も信じなさい、といって押し付けるのは、のエゴだ。 生まれてから一度も会ったことのない、しかも世間で言うならば極悪人の父親を、信じろといって信じられはしないだろう。 それでも、こうして世界に生み出した以上、には親としての責任があった。 世界が、彼女の子供たちにとって、優しいだけのものではないと、分かってはいたけれど。 それでもそんな世界に、彼女は子供たちを産み落としたのだから。 「を頼むよ、」 「私なんて、何も……お父さんやお母さん、ロキだけじゃなく、一族の誰と比べても魔力がないのに……」 「そんなことはないよ」 の言葉を、はあっさりと否定する。 「には、ちゃんと魔力がある。僕たちの誰にも引けを取らないだけの魔力がある。唯それは、なかなか表に表れにくいだけだよ。と違って、の魔力は、表に出にくいんだ。それだけだよ」 「お母さん……」 「心配しなくていいよ、。星の名を持つ娘。君は、僕とお父さんの娘なんだから」 「……うん」 「言葉には、力が宿る。同じように、その名前にも力があるんだ。忘れないで、=。ううん、=アルキオーネ=ブラック……星の名を持つ子。君は、の人間で、=だけれど。その本質を、忘れないで。その身に流れる血を、忘れないで。疎ましいかもしれないけれど、忘れないで。君はの人間で、僕の娘で。でも……」 扉が、閉まった。 母と娘を、無粋な扉が遮り境界を描く。 母の唇が、静かに動いた。 音は、聞こえない。 唯その唇が、動く。 意志を載せて。 その意志が、の元に届いた。 <同時に君は……君たちは、ブラックの血を継ぐもの。シリウス=ブラックの、子なのだから……> 「……忘れないよ」 魔法界にとっては、禁忌とも言える男の血を継ぐ、唯二人きりの兄妹。 家系図から父親の名は抹消されたとは言え、おそらく残された唯一人の直系のブラックの血を継ぐ男を父に持つ、兄妹。 危険だということは、分かっている。 「アリー」 遠ざかる母親に向かって、その姿を見つめ続ける少女に声がかかったのは、そのときだった。 振り向かなくても、分かる。 声を聞かなくても、分かる。 生まれる以前から共に在った、それは半身の声だ。 それに、彼女をミドルネームの愛称である『アリー』の名で呼ぶのは、その存在は、もとより一つしかないのだ。 「ロキ」 「空いているコンパートメント、見つけた。そこに入って、お前は少し休め」 「ロキは?」 「……一緒にいる、勿論」 大切な半身の言葉に、は笑顔を浮かべて。 そっか、と。呟く。 列車は静かに、ホグワーツへ向けて93/4番戦ホームを後にした――……。 一年以上放置していました。 その間に、お話の方向性が少々変わりまして。 タイトルの方、勝手ながら変更いたしました。 ご了承くださいますと幸いです。 此処までお読みいただき、有難うございました。 |