第1章 夜会――コクハク――



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その時、私は妹を探していた。

妹といっても、半分しか血は繋がっていない。要するに、私達は異母兄妹だった。

私の家ではその日、夜会が催されていた。

つい先日の遠征に、私が凱旋した事による、慰労と祝いの宴が。それは私にとって、苦痛でしかなかった。大勢の前で、品定めされるようなものだ。

そんな中で居心地よく過ごせる人間は稀だ、と思う。

はっきりと認めよう。その時私には、妹にかまってやれるだけの心理的余裕がなかったのだ。そして気付いたときには妹とはぐれてしまっていたのだ。

気付いたとき、私は猛烈に後悔した。

心にゆとりがなかった自分を恥じた。

今ごろ妹は、知らない人間の中で、どれ程淋しい思いをしているだろう?

おまけにこの席上に、味方は殆どいない。いるのは、他者の失敗をあげつらい、強者に媚びる、そんな人間ばかりだ。

家族の中でさえ、妹を認めない人間がいるのだ。

私が思いつく限り味方と言えそうな人間は、わずか四人。

しかし、四人の内三人は妹の顔を知らず、その上私と同類だった。

美辞麗句と虚飾に満ちた貴族社会を疎み、死と隣り合わせの戦場で、血の匂いの中、命のやり取りをする事を好む者たち。

この国で最も尊貴な血を引いていながら。

格式の高い家柄に生まれていながら。

私達はその身に流れる血を、疎ましく思っていた。

そんな三人が、この時間に来る事は有り得ない。今日の夜会には、恐らく出席はするだろう。しかし、それも今しばらく時が過ぎてからの話だ。

とにかく今は、独力で探さなくてはならない。

私は今来た道を引き返すことにした。

内心の焦りを押し隠し、考え得る限り優雅に、歩を進める。

周囲にいる人間に、弱みは見せられない。

そのくらい、私の自尊心は高い。

そしてそれは、私の身に流れる血によるものだった。




幼い頃から私は、この家の人間として相応しくあるよう育てられた。

誇りを持て、主君のために命を捨てろ、身を慎め―――!!繰り返される言葉の羅列。

その言葉のままに、私は成長した。この身に流れる血が、他の生き方を許さなかった。

ダーダラス大陸は北方に位置する、緑の美しく豊かな、大陸一の大国、ノーサンガルディアス。

私は、その国一の名家であるシャンドゥール公爵家の嫡子として、この世に生を受けた。

シャンドゥールに加えて、キャサドゥール、アーバンドゥール、レジェンドゥールの四家は、それぞれ王家の血を引いており、万が一王太子不予の事態に陥った場合、この四家から順に国王を選出する事になっている。

そんな家柄に、私は生まれた。

物心ついた頃には、自分に課せられた義務だとか責任だとかを理解していた。

『私』という人間を構成していたものは、他人から見ればつまらない、人間味に欠ける、そんなものだった。




異母妹は、そういった弊害とは無縁だった。よく笑い、よくしゃべり、どこまでも自由だった。

しかしその出生から、異母妹は常に己に対し、懐疑的だった。

『自分』という存在を、どこかぞんざいに扱っていた。

身の内に矛盾を抱え、ともすれば命すら投げ出しかねないその激情を、そのひたむきなまでの哀しみを、私は案じ、愛しまずにはいられなかった。

「ラフィー」

呼ばれて、私は後ろを振り返った。

『ラフィー』というのは、私―ラフィラス・ノーストリア・シャンドゥール―の愛称である。

尤も、公爵家を継いだ今となっては、誰も私を愛称で呼びやしない。

この国一の権力者となった私を、愛称で呼ぶのは非礼だ、というのが、大多数の見解だ。

私からすれば、そういったものこそが下らなく、軽蔑に値するものだった。

公爵家を継いだからといって、『私』に何ほどの違いがあるというのか。

『私』は、『私』でしかないというのに……!

そんなわけで、私を愛称で呼ぶ人間は、家族や、ごく少数の親しい人達だけとなった。

大半の人間は私を、『ラフィラス卿』とか、『ラフィラス様』と呼ぶ。

「久しぶりだな、ラフィー。先程から怪しい挙動をしておったが、どうした?探し物か?」

ワイングラスを片手に、艶然と微笑する女性が、目の前に立っていた。




彼女の名は、ジャスティーヌ・サウセスト・キャサドゥール。

深みのある褐色の髪と、同色の瞳を持つ大輪の牡丹の花のような美女。

私より二つ年上で、今年22歳になる彼女は、キャサドゥール家の令嬢であり、私と同格の将軍であり、そして私の、元婚約者でもあった―……。

                                            




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