−02−





「ジャスティーヌ。久しぶりだ。珍しいな、こんな時間に貴方がここにいるとは」

ワイングラスを片手に艶然と微笑する女性に、私は声をかけた。

「ご挨拶だな、ラフィー。大切な話がある、と書状に書いたのは、そちらであろう?ああ書かれたのでは、仕方ないではないか」

「大切な話があるのは、事実だぞ?ジャスティーヌ」

これほど美しい女性が、華やかな席を嫌うというのもおかしな話だ。そう思ったが、私は黙っておく事にした。優美な容姿の内に隠された本性を、私は知っている。

誰だって、命は惜しい。

「私がこの家に来ると、みなが必要以上に騒ぐからな。私は、おまえを振ったくせにこの家の夜会に参加する恥知らずだそうだ。」

「お互いが同意の上のことだというのに。恥知らずはどっちだ、と言いたいな、私は。しかし、私は貴方に辛い思いをさせていないだろうか?そんな事態になるとは、我ながら思ってもいなかったからな」

「仕方あるまい。それに、私がそなたとの結婚を望まなかったのは事実だ。多少の事は、甘んじて受け入れるさ。それで……?」

「うん?」

彼女が意図するものが掴めなくて、私は首を傾げた。

多少苦笑じみたものを浮かべて、ジャスティーヌは口を開いた。

「そなたほどの者が、何故ああも焦っていたのか、と思ってな」

「ちょっとな……。イーディスとユートは?」

「イーディスはまだ来ておらなんだが、ユートなら見かけたぞ。ああ、あそこだ。相変らず、女性に囲まれておる。それにしても、私にまで弱みを見せたくないと思っているのか?」

頬を軽く膨らませながら、それでも私の質問に答えて、一点を指差す。

ジャスティーヌが指差した方を見やると、成る程、人だかりができていた。

全員が若い女性で、その中央の辺りに立っている男は、恐らくこの国で一番、女性の人気が高い男ではないだろうか。

小麦色の肌に肩先まで伸びた亜麻色の髪、そして灰色の瞳。私とは違う、健康美にあふれた男だ。

拗ねたように頬を膨らませるジャスティーヌを、愛しいとは思う。

しかしそれは、あくまでも、姉に対する弟の心情だとか言った種類のもので、恋愛感情ではなかった。

異母妹ほど、私の感情を揺さぶるものは、私には存在しなかった。

今度は私が、苦笑じみた笑みを浮かべながら、彼女の問いに対する答えの欠片を提示する。

それだけで理解してもらえるという事に、私は随分甘えていた。

「あいつなら、私の妹を見かけたかな……」

「妹君?エルフィニアのことか?」

「いや、つい先日父上が引き取った異母妹だ。皆に紹介しようと思っていたのだが……。目を離した隙に、はぐれてしまったのだ。」

「ラフィーは歩くのが速い上に、こういった席が苦手だからな。相手を気遣う余裕がなかったのも無理はないが……。もう少し、女性には気を遣わなければな」

笑う女性を、私は軽く睨みつけた。

そんな事をしてもひるむ女性でないことは分かっているが、あまりずけずけと言われる事を好まない身としては、そうするより他なかった。彼女に言われるまでもなく、自分の失態は、理解していた。

見た目は大人っぽい異母妹だが、こういった席には私以上に慣れていない。物珍しさもあったのだろう。それなのに、私はその気持ちを慮る事すらしなかったのだ。

自己嫌悪に苛まれる私を見て、くすり、とジャスティーヌが笑った。

「『常勝将軍』の異名で、近隣にまでその名を響かせている男とは思えぬぞ、今のそなたは。それほどまでに妹君が心配か?」

「あの子は慣れていないからな、こういった席に」

「おやおや……。私も、ジェスとジュスを伴った時は、そういった感慨に至るのかな」

彼女はそう言って、二人の弟の名を挙げた。ジュスことジュスティヌアーヌ・サウセスト・キャサドゥールとジェスことジェスティニアーニ・サウセスト・キャサドゥールは、ジャスティーヌの弟だ。彼らは双子で、ジャスティーヌと年は十歳離れている。

まだ、夜会に出る歳には達していない。

ノーサンガルディアスでは、十五歳になると、大人として認識される。そしてその歳になると必然的に、夜会に出席したり、国事に参加する義務が課せられるのだ。

「水を得た魚の如く振舞う事が可能な者もいれば、私のような者もいる。それと同じだな。異母妹は決してこのような場に慣れられまい。だから私が傍にいる。それは当然の事だ。ユートなど実に楽しそうに談笑している。私やあの子とは無縁だな、そういったものは」

「ふふ……。しかしそれも長くは持つまい。そろそろ限界だろう。あやつは女性が苦手だからな」

「確かに。しかしその割には、毎回夜会の出席は欠かさぬが」

「待っておるのだ」

ジャスティーヌの言葉に、私は軽く目をみはった。

それは、あまりにも思いがけない言葉だった。

そしてそれ故に、その言葉は一層の真実味を増して、私の耳に届いてすらいた―――。



back
Top