―04―





「今日も綺麗だね、ラフィーちゃんv」

かけられた言葉に憤慨しながら、私はテーブルの上の未使用のナイフに手を伸ばした。

そのままそれを後ろ手に持ち、その切っ先を喉元につきつける。

「私を女扱いするな」

ただでさえ、この顔はコンプレックスだというのに!

私の顔は、亡くなった母によく似ている。

要するに、私は女顔だった。

そのせいか、私にとって『綺麗』は禁句中の禁句だった。

何度この顔をからかわれたことか。それこそ、両の手では数え切れないほどだ。

勿論、相手の性別すら正確に把握できないような相手には、それ相応の礼はさせてもらったが。

不愉快なことに変わりはない。

尤も、それも今では口にするものはいない。

名実共に、現在の私は、国の最高権力者となった。

勿論、国王陛下や王太子殿下は除くが。

そんな私に、未だにこの言葉を使う者は、一人しかいない。

手にしたナイフで、ぴたぴたと頬をはたく。

「うひゃ〜」と気の抜けた、楽しそうな悲鳴を上げて、漸くその男は私から身を離す。

案の定、それはユスティヌスだった。

「腹を立てるのはもっともだが、そう怒るな、ラフィー。折角の可愛い顔が台無しだぞ?」

「ジャスティーヌの言うとおりだぞ。……ラフィーちゃんv」

「貴―様―ら―っっ!!」

ケラケラと楽しそうな二人に、青筋が浮き上がるのを感じる。まったく。人が嫌がるのを知っていて、こんなことを言い出すのだ、この二人は!しかし、それほど腹は立たない。

別の者たちにそう言われたときは、屈辱感で頭が真っ白になった。

らしくもなく激怒して、相手の腕を落としかけた事もあるというのに。

「ま、それはおいといて。どうしたんだ、ラフィー。さっきからずっと、キョロキョロしてたよな?」

「妹をな。探していた。」

「エルフィアナ嬢か?」

「いや、異母妹だ。先日父上が引き取った。見かけなかったか?」

「顔知らねーのに、見かけるもへったくれもあるか。ああ、でも、イーディスなら見かけたぞ♪」

楽しそうな、心底楽しそうな口調に、何故かイヤな予感がした。

私は知っている、この男は、自分の楽しみのために、平地に乱を起こすタイプの人間だ。

……そしてその予感は、現実のものとなった。

「可愛い女の子と、仲良く歩いているところを」

瞬間、ジャスティーヌの美しい顔が強張る。そして私は……思わずワインを吹き出していた。

ワインが白でよかった。

ノーサンガルディアスには、大きく分けて五つの軍隊が存在する。

東竜軍、西虎軍、南雀軍、北武軍、そして枢麒軍。

それぞれの軍を束ねる将軍が順に、蒼綺将軍、白綺将軍、紅綺将軍、黒綺将軍、黄綺将軍である。

蒼綺将軍である私は、当然、公式の場では軍服に装飾を施した、礼服を着用する義務がある。

私のものは、青系統の服だ。

もしも赤ワインが付着するような事があったら、さぞおぞましいコントラストになることだろう。

「――――イーディス……!殺す!!」

拳を握り締め、低い声でジャスティーヌは呟いた。

直感的に、彼女が本気である事を悟った。

「ユート!!」

何て事を仕出かしてくれたんだ、お前は!!

胸倉をつかんでそう言いたくなるのを、私は必死の思いで堪えた。

「面白い事になりそうじゃねぇ?ラフィー。」

「お前はうちを破壊するつもりか!?」

「俺はただ楽しみたいだけだぜ?この展開、楽しくなりそうじゃねぇ?」

「……お前な……」

「おまえがワイン吹く姿ってのも初めて見たな。いつもお前、落ち着いててさ。落ち着いてるって言うよりアレだよな。感情どっかにおいて来ました、って感じ。キレたら怖いけどさ。しかし、イーディスの浮気疑惑だぜ?ジャスティーヌのあの反応見てみろよ。かなり怒ってるよな?」

「確実に、キレてるな」

私の答えに、ユスティヌスはにんまりと笑った。

普段彼が浮かべる冷笑に比べれば、まだ『笑顔』の範疇に入るものであった。

……憎ったらしいことに変わりはないが。

「血の雨が降る……な。楽しみだ」

「お前な……」

「今日は忘れられない一日になりそうだ」

嬉しそうにワインを口にする男を見ながら、私は思った。確かに、忘れられない一日にはなるだろう、と。

とりあえず私は、この屋敷が破壊されないよう、手を尽くすより他はない。

仕事を増やしてくれた男に対し、殺意を覚えなかったといえば、嘘になるだろう。

私は、心密かに、神を呪った――……。



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