−03− 「あやつはな、待っておるのだ。自分が愛するに足る存在を。そして同時に、自分を愛してくれる存在をな」 「なぜ、そのように断言することが出来るのだ?根拠は?」 「見ていれば、自ずと分かることだからな。この解答では、不足か?」 尋ね返す女性に、首を振って答える。 女性は、男性よりも洞察力に優れている、と言う。そしてこの場合、彼女の推察は、あながち間違ってないように思えた。 ユートことユスティヌス・イースティン・レジェンドゥール伯爵は、自他共に認める女嫌いだ。 彼は、己が美貌や、血筋といったものを誇り、特権を貪ることを恥とも思わないような、心身ともに空っぽな貴族の女性を、心から軽蔑していた。それは最早、憎悪といった言葉が相応しいくらいの、徹底した嫌悪ぶりだった。 また、彼は、気を許した者に対しては、まるで猫みたいに懐くが、敬意に値しない人間や、気を許せない相手には、徹底した冷酷ぶりを披露する事で有名だった。 そのくせ呼びもしないのに、彼の周りはいつも女性で溢れている。 本人曰く、追い払うのも面倒くさい、らしい。 それではあまりに相手に対して誠意がなさ過ぎるのではないか、と何度か話をしたが、いつも答えは同じだった。 それだけではない、と思う。思うが、それを断言できない自分が悲しかった。 私自身、そういった対象として見なされることに、最早慣れきっていた、私たちの身に流れるこの血は、私たちに個人として生きることすら許さなかった。 呪わしい以外の、何物でもなかった。 だからユスティヌスを責めることは、私たちの誰一人として出来なかった。諌めようとも思わなかった。彼が女性を、手酷く突き放すときですら、互いを庇いあった。 私たちは、あまりにも弱かった。 あまりにも、周りの視線を意識しすぎていた。ユスティヌスの振る舞いは、時折問題視された。言い換えるならば、問題視されるほどの振る舞いを、敢えて彼はしていた。 そんな男が……。 人一倍、愛だの恋だのといったものを軽視するような男の、その意外性に、私は驚くと同時に、深い喜びを感じた。 ジャスティーヌが私にとって姉のような存在なら、一つ年上のユスティヌスは、私にとって兄のような存在だったからだ。幸せになって欲しかった。 「あいつがそんなにロマンチストだったとは、さすがに私も知らなかったな」 ジャスティーヌの推察が正しいかどうか、その決定的証拠はどこにもなかったが、私は遊びを仕掛ける子供のような悪戯心で、そう言ってみた。 ジャスティーヌも、それにのってくる。 「まったくだ、あの冷酷男が!!」 「本当にな。あそこまで女性を手酷く扱う男が、そんな存在を求めるとは!」 「『図々しいにも程がある!』といったところであろう?」 私達は、声を立てて笑った。 傍から見れば、それは異様な光景として映っただろう。 破局した元婚約者同士が、仲良く楽しげに談笑している、など。およそ常識的に考えられない事に違いない。 またしても私は、異母妹を探すことを失念していた。 ジャスティーヌに会った途端、張り詰めていたものが切れたようだ。 これが戦場なら、こういった事態には陥らない。戦場よりも、こうした華やかな場所にストレスを感じる自分が、なんだかおかしかった。 「異母妹を探すのを、手伝って欲しい。頼めるか?」 「それがそなたの望みなら」 「有難う。やはり貴方は最高だ、ジャスティーヌ!」 「おだてても何も出ぬぞ。それで、どのような娘だ?そなたの妹なら、目も覚めるばかりの美少女であろう?」 「そうだな……」 言葉を捜すために、私は沈黙した。ジャスティーヌは、そんな私を黙って見ている。 言葉にしなくとも、言いたい事が伝わる、ということに、どれだけ私が依存している事か。 この一事だけでもそれは、明らかであろう。 この気安さが、いいのだ。落ち着く。 裏を考える必要のない会話も、下手に気負わなくても良いところも。 「―――!―――」 「な〜に人見て笑ってんのかなぁ――ラフィーちゃんvv」 今日も綺麗だね、などとほざきながら、背後から抱きつかれた。 相手の気配を読めなかった事に、ほんの少し敗北感を感じる。 犯人は、分かっている。 私にこんな事を仕掛け、あまつさえ女性に対するように、『綺麗』などと言う人間は、ただ独りしかいない。 殺意に近い感情が、私の中で渦巻いていた。 そしてその感情故に、私はテーブルの上に偶然置いてあった、未使用のナイフへと指を滑らせたのだった―――。 Back |