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「あやつはな、待っておるのだ。自分が愛するに足る存在を。そして同時に、自分を愛してくれる存在をな」

「なぜ、そのように断言することが出来るのだ?根拠は?」

「見ていれば、自ずと分かることだからな。この解答では、不足か?」

尋ね返す女性に、首を振って答える。

女性は、男性よりも洞察力に優れている、と言う。そしてこの場合、彼女の推察は、あながち間違ってないように思えた。

ユートことユスティヌス・イースティン・レジェンドゥール伯爵は、自他共に認める女嫌いだ。

彼は、己が美貌や、血筋といったものを誇り、特権を貪ることを恥とも思わないような、心身ともに空っぽな貴族の女性を、心から軽蔑していた。それは最早、憎悪といった言葉が相応しいくらいの、徹底した嫌悪ぶりだった。

また、彼は、気を許した者に対しては、まるで猫みたいに懐くが、敬意に値しない人間や、気を許せない相手には、徹底した冷酷ぶりを披露する事で有名だった。

そのくせ呼びもしないのに、彼の周りはいつも女性で溢れている。

本人曰く、追い払うのも面倒くさい、らしい。

それではあまりに相手に対して誠意がなさ過ぎるのではないか、と何度か話をしたが、いつも答えは同じだった。

――――『彼女たちだって、誠意がないとは思わないか?向うにとって必要なものは、俺自身ですらない。俺の身に流れる王家の血なんだぜ?』――――


それだけではない、と思う。思うが、それを断言できない自分が悲しかった。

私自身、そういった対象として見なされることに、最早慣れきっていた、私たちの身に流れるこの血は、私たちに個人として生きることすら許さなかった。

呪わしい以外の、何物でもなかった。

だからユスティヌスを責めることは、私たちの誰一人として出来なかった。諌めようとも思わなかった。彼が女性を、手酷く突き放すときですら、互いを庇いあった。

私たちは、あまりにも弱かった。

あまりにも、周りの視線を意識しすぎていた。ユスティヌスの振る舞いは、時折問題視された。言い換えるならば、問題視されるほどの振る舞いを、敢えて彼はしていた。

そんな男が……。

人一倍、愛だの恋だのといったものを軽視するような男の、その意外性に、私は驚くと同時に、深い喜びを感じた。

ジャスティーヌが私にとって姉のような存在なら、一つ年上のユスティヌスは、私にとって兄のような存在だったからだ。幸せになって欲しかった。

「あいつがそんなにロマンチストだったとは、さすがに私も知らなかったな」

ジャスティーヌの推察が正しいかどうか、その決定的証拠はどこにもなかったが、私は遊びを仕掛ける子供のような悪戯心で、そう言ってみた。

ジャスティーヌも、それにのってくる。

「まったくだ、あの冷酷男が!!」

「本当にな。あそこまで女性を手酷く扱う男が、そんな存在を求めるとは!」

「『図々しいにも程がある!』といったところであろう?」

私達は、声を立てて笑った。

傍から見れば、それは異様な光景として映っただろう。

破局した元婚約者同士が、仲良く楽しげに談笑している、など。およそ常識的に考えられない事に違いない。

またしても私は、異母妹を探すことを失念していた。

ジャスティーヌに会った途端、張り詰めていたものが切れたようだ。

これが戦場なら、こういった事態には陥らない。戦場よりも、こうした華やかな場所にストレスを感じる自分が、なんだかおかしかった。

「異母妹を探すのを、手伝って欲しい。頼めるか?」

「それがそなたの望みなら」

「有難う。やはり貴方は最高だ、ジャスティーヌ!」

「おだてても何も出ぬぞ。それで、どのような娘だ?そなたの妹なら、目も覚めるばかりの美少女であろう?」

「そうだな……」

言葉を捜すために、私は沈黙した。ジャスティーヌは、そんな私を黙って見ている。

言葉にしなくとも、言いたい事が伝わる、ということに、どれだけ私が依存している事か。

この一事だけでもそれは、明らかであろう。

この気安さが、いいのだ。落ち着く。

裏を考える必要のない会話も、下手に気負わなくても良いところも。

「―――!―――」

「な〜に人見て笑ってんのかなぁ――ラフィーちゃんvv」

今日も綺麗だね、などとほざきながら、背後から抱きつかれた。

相手の気配を読めなかった事に、ほんの少し敗北感を感じる。

犯人は、分かっている。

私にこんな事を仕掛け、あまつさえ女性に対するように、『綺麗』などと言う人間は、ただ独りしかいない。

殺意に近い感情が、私の中で渦巻いていた。

そしてその感情故に、私はテーブルの上に偶然置いてあった、未使用のナイフへと指を滑らせたのだった―――。



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