「お前、コーヒーより紅茶の方が好きだったよな?」

「うん」

「相変わらず、オレンジペコーが好きなのか?」

「うん」

「オレンジペコー……オレンジペコー……あ、あった!ティーパックでいいだろう?

「いいよ〜」

ミゲルの言葉に、は答える。

ティーパックだろうが何だろうが、紅茶が飲める、ということは、彼女にとって喜ばしいことだった。

何といっても、今は戦時中なのだから。そしてここは、個人の嗜好だの何だのといったものからかけ離れた世界――軍隊なのだから。

それを思えば、味や風味は劣るが、飲めるだけでも有難い。

……紅茶マニアですか、さん?

、紅茶入ったぞ。ほら、熱いから気ィつけろよ」

「あ……。有難う、ミゲル兄さん。……美味しい」

「お湯注いだだけだけどな」

「でも、美味しい」

目を細めて、は笑った――……。




ァルキュリア     #02夜曲





「なぁ、のこと、聞いてもいいか?」

ミゲルが切り出すと、少女の体が、ビクンと震えた。

その震えは手まで伝わり、その振動で、マグカップの中の紅茶が、揺れる。

「言いたくない……か。悪かったな、。言いたくなかったら、言わなくていい。お前が話せるようになるまで、俺は待つよ」

「……ううん」

少女は緩やかに、首を横に振った。

その動作に、綺麗な漆黒の髪が、サラリと肩先を滑り落ちる。

「ミゲル兄さんには、聞いてもらわないといけないことだと思う。兄さんもきっと、それを望んでいると思うから……」

そう言ったきり、は口を閉ざす。

言葉を、彼女は捜しているのだ。

客観的な説明を行うに、感情とは不要なもの。しかし感情に支配される人間は、容易にそれを切り離せはしない。けれどこの際、それが彼女には必要なのだ。

古傷を開く――ひょっとしたら、抉るといった言葉のほうが適切なのかもしれないそれを、言葉に乗せるには――……。

ミゲルは、が再び口を開くのを、ただ待った。

重苦しい沈黙が、二人の間を流れる。

やがて少女は、静かに口を開いた。

「兄さんは一年前に……『血のバレンタイン』で……ユニウス=セブンで亡くなったの……」



*                    *




少女は、淡々と話をした。

彼女の兄のことを――……。

自分をこれ以上傷つけないよう、敢えて感情を挟まず語り続けるそれは、見ていて痛々しい。

そしてそれでも堪え切れなくなった少女の瞳からは、涙が溢れ始めた。

漸く全てを話し終えたその時には、少女は泣き疲れ、ミゲルに凭れかかるようにして、寝てしまった。

「ったく、自覚が足りてないなぁ、。一応俺も、男なんだぜ?」

それとも俺は、信用されてるのかねぇ、等と呟きながら、ミゲルはキョウカを抱きかかえ、己がベッドに寝かせる。

その寝顔は、どこか苦しげで。ミゲルは、胸が、痛くなった。

少女を起こさないよう電気を消し、部屋を出る。

溢れそうになる感情を抑えることができずに、彼は薄暗い廊下の、壁を殴りつけた。

「クソッ……!!」

は……=は親友だった。大切な、大切な――……。

それなのに、死んだ。殺された。あんな非道な、卑怯なやり方で。

……!!お前、死なないんじゃなかったのかよ……!?守んなきゃいけないから、死なないって言ってたじゃないかっ!それなのにお前、死んでどうすんだよ。、一人ぼっちになっちまっただろうがっっ……!!」

涙が、溢れそうになった。

は……妹同然の少女は、天涯孤独の身の上になってしまった。彼も、親友を亡くした。

何処にもっていけばいい!?溢れそうになる、この黒い感情を、この激情を!?そしてこの喪失感を――――!!

…………」

「……ミゲル?」

誰もいないと思っていた廊下で、名を呼ばれた。

穏やかなその、声――……。

「……アスランか」

「ああ。……どうしたんだ、ミゲル?」

「ん。ちょっとな……お前こそ、どうしたんだ?この時間はいつも、部屋に籠ってあの『ハロ』とか言うロボットを作ってるだろうが」

「俺もいつもハロばかり作ってるわけじゃないよ。……あの女の子のことが少し、気になって……。ミゲルの知り合い?」

「ああ。俺の親友の妹だ。今はもう、『親友だった』になるけどな」

『親友』その言葉に、胸が痛くなる。彼はもう、この世の何処にもいないのだ――……。

いいやつだった。あんな残酷な死を迎えるべき人間では、なかった。

それなのに――……!!

「『親友だった』?」

「ユニウス=セブンで死んだんだと。……あんなに良い奴だったのによ……」

「そっか……彼女も……」

「……ああ。お前も、だったな。悪ィ」

アスランの母親もまた、ユニウス=セブンでなくなった。たくさんの、それこそ命を統計として、数字として考えねば気が狂ってしまうほどたくさんの人間の命が、一瞬で消えてしまったのだ――……。

それはまさに、彼らにとって屈辱であり、同時に深い痛みの歴史だった。

「俺はもう、大丈夫だよ……」

「無理すんな。まだ、痛いだろう?胸が……さ」

「……ああ」

「俺もだ。痛くて痛くて、堪んねぇ。『ひょっとしたらどこかで……』なんて都合のいいことまで考えちまう。辛いよ、正直さ」

それは虚しい幻想に過ぎないというのに、それに縋りつきたくなる。誰かに、大声で否定して欲しい。「彼は生きている」と。

「お前さ、あいつの面倒見てやってくんねぇ?本当はイザークの役目なんだろうけど、イザークじゃ都合が悪ィんだ。頼めるか?」

「俺でよければ、力になるよ」

「サンキュ。さて……と。そろそろ寝ることにしますか。明日も早いしな」

「……そうだね。おやすみ、ミゲル」

そう言うと、アスランは部屋に戻っていった。

後には、ミゲルだけが残される。

「……俺が守ってやるよ、のこと、守ってくれる奴が現れるまで、俺がお前の分まで守るよ」

だからお前も、あいつのこと、見守ってやっててくれよ。

物言わぬ星々に語りかけるかのように、ミゲルは、呟いた――……。

あいつが、幸せになれるように……さ。






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おかしいなぁ。落ちイザークにするつもりなのに。

王子は影も形もないなんて、なんてこと!

でも、思いもかけず長々とミゲル書けて楽しかったです。

次は王子登場です!!

頑張るぞ!!

それでは、さん。ここまで読んでくださって、有難うございましたvv