「うん」 「相変わらず、オレンジペコーが好きなのか?」 「うん」 「オレンジペコー……オレンジペコー……あ、あった!ティーパックでいいだろう?」 「いいよ〜」 ミゲルの言葉に、は答える。 ティーパックだろうが何だろうが、紅茶が飲める、ということは、彼女にとって喜ばしいことだった。 何といっても、今は戦時中なのだから。そしてここは、個人の嗜好だの何だのといったものからかけ離れた世界――軍隊なのだから。 それを思えば、味や風味は劣るが、飲めるだけでも有難い。 ……紅茶マニアですか、さん? 「、紅茶入ったぞ。ほら、熱いから気ィつけろよ」 「あ……。有難う、ミゲル兄さん。……美味しい」 「お湯注いだだけだけどな」 「でも、美味しい」 目を細めて、は笑った――……。 鋼のヴァルキュリア #02小夜曲 「なぁ、。のこと、聞いてもいいか?」 ミゲルが切り出すと、少女の体が、ビクンと震えた。 その震えは手まで伝わり、その振動で、マグカップの中の紅茶が、揺れる。 「言いたくない……か。悪かったな、。言いたくなかったら、言わなくていい。お前が話せるようになるまで、俺は待つよ」 「……ううん」 少女は緩やかに、首を横に振った。 その動作に、綺麗な漆黒の髪が、サラリと肩先を滑り落ちる。 「ミゲル兄さんには、聞いてもらわないといけないことだと思う。兄さんもきっと、それを望んでいると思うから……」 そう言ったきり、は口を閉ざす。 言葉を、彼女は捜しているのだ。 客観的な説明を行うに、感情とは不要なもの。しかし感情に支配される人間は、容易にそれを切り離せはしない。けれどこの際、それが彼女には必要なのだ。 古傷を開く――ひょっとしたら、抉るといった言葉のほうが適切なのかもしれないそれを、言葉に乗せるには――……。 ミゲルは、が再び口を開くのを、ただ待った。 重苦しい沈黙が、二人の間を流れる。 やがて少女は、静かに口を開いた。 「兄さんは一年前に……『血のバレンタイン』で……ユニウス=セブンで亡くなったの……」 少女は、淡々と話をした。 彼女の兄のことを――……。 自分をこれ以上傷つけないよう、敢えて感情を挟まず語り続けるそれは、見ていて痛々しい。 そしてそれでも堪え切れなくなった少女の瞳からは、涙が溢れ始めた。 漸く全てを話し終えたその時には、少女は泣き疲れ、ミゲルに凭れかかるようにして、寝てしまった。 「ったく、自覚が足りてないなぁ、。一応俺も、男なんだぜ?」 それとも俺は、信用されてるのかねぇ、等と呟きながら、ミゲルはキョウカを抱きかかえ、己がベッドに寝かせる。 その寝顔は、どこか苦しげで。ミゲルは、胸が、痛くなった。 少女を起こさないよう電気を消し、部屋を出る。 溢れそうになる感情を抑えることができずに、彼は薄暗い廊下の、壁を殴りつけた。 「クソッ……!!」 は……=は親友だった。大切な、大切な――……。 それなのに、死んだ。殺された。あんな非道な、卑怯なやり方で。 「……!!お前、死なないんじゃなかったのかよ……!?守んなきゃいけないから、死なないって言ってたじゃないかっ!それなのにお前、死んでどうすんだよ。、一人ぼっちになっちまっただろうがっっ……!!」 涙が、溢れそうになった。 は……妹同然の少女は、天涯孤独の身の上になってしまった。彼も、親友を亡くした。 何処にもっていけばいい!?溢れそうになる、この黒い感情を、この激情を!?そしてこの喪失感を――――!! 「…………」 「……ミゲル?」 誰もいないと思っていた廊下で、名を呼ばれた。 穏やかなその、声――……。 「……アスランか」 「ああ。……どうしたんだ、ミゲル?」 「ん。ちょっとな……お前こそ、どうしたんだ?この時間はいつも、部屋に籠ってあの『ハロ』とか言うロボットを作ってるだろうが」 「俺もいつもハロばかり作ってるわけじゃないよ。……あの女の子のことが少し、気になって……。ミゲルの知り合い?」 「ああ。俺の親友の妹だ。今はもう、『親友だった』になるけどな」 『親友』その言葉に、胸が痛くなる。彼はもう、この世の何処にもいないのだ――……。 いいやつだった。あんな残酷な死を迎えるべき人間では、なかった。 それなのに――……!! 「『親友だった』?」 「ユニウス=セブンで死んだんだと。……あんなに良い奴だったのによ……」 「そっか……彼女も……」 「……ああ。お前も、だったな。悪ィ」 アスランの母親もまた、ユニウス=セブンでなくなった。たくさんの、それこそ命を統計として、数字として考えねば気が狂ってしまうほどたくさんの人間の命が、一瞬で消えてしまったのだ――……。 それはまさに、彼らにとって屈辱であり、同時に深い痛みの歴史だった。 「俺はもう、大丈夫だよ……」 「無理すんな。まだ、痛いだろう?胸が……さ」 「……ああ」 「俺もだ。痛くて痛くて、堪んねぇ。『ひょっとしたらどこかで……』なんて都合のいいことまで考えちまう。辛いよ、正直さ」 それは虚しい幻想に過ぎないというのに、それに縋りつきたくなる。誰かに、大声で否定して欲しい。「彼は生きている」と。 「お前さ、あいつの面倒見てやってくんねぇ?本当はイザークの役目なんだろうけど、イザークじゃ都合が悪ィんだ。頼めるか?」 「俺でよければ、力になるよ」 「サンキュ。さて……と。そろそろ寝ることにしますか。明日も早いしな」 「……そうだね。おやすみ、ミゲル」 そう言うと、アスランは部屋に戻っていった。 後には、ミゲルだけが残される。 「……俺が守ってやるよ、。のこと、守ってくれる奴が現れるまで、俺がお前の分まで守るよ」 だからお前も、あいつのこと、見守ってやっててくれよ。 物言わぬ星々に語りかけるかのように、ミゲルは、呟いた――……。 <<<* Next * Back * Top *>>> +−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+− おかしいなぁ。落ちイザークにするつもりなのに。 王子は影も形もないなんて、なんてこと! でも、思いもかけず長々とミゲル書けて楽しかったです。 次は王子登場です!! 頑張るぞ!! それでは、さん。ここまで読んでくださって、有難うございましたvv |