「おはよう、ミゲル兄さん……私、寝ちゃった?」 「ああ。よく眠れたか?」 「ごめんなさい、兄さん。私、兄さんのベッド、一人で占領しちゃって……」 「気にすんなって。さ、飯でも食いにいくか」 鋼のヴァルキュリア #03間奏曲〜1・前〜 が目覚めたその時、ミゲルはオロールのベッドに凭れかかるようにして、眠っていた。 本当にこの『兄』は、彼女に甘い。 「お前、こっちに知り合いはいなかったよな?」 「うん……兄さんくらいよ」 「だよな。んじゃ、俺が今からお前の世話係を紹介してやろう!分からないことは何でも聞けよ。例えば……『隊長って本当に、あの仮面外さないんですか?』とか」 「……答えられるわけないだろう、そんな質問」 ミゲルが話をしていると、不意に後ろから声がかかった。 変声期は過ぎたというのに、あまり低くない、穏やかな声――アスランだ。 「はじめまして。アスラン=ザラだ」 「あ……はじめまして。=です。『ザラ』って、国防委員長の?」 「ああ、国防委員長パトリック=ザラは俺の父だよ」 「国防委員長閣下のご子息なんですか」 「そう堅苦しく考えなくていいよ。俺のことは、『アスラン』で良い。俺も君のこと、『』と呼ばせてもらうから。いいかい?あ、言っとくけど、敬語も禁止だよ」 「分かった。……よろしくね、アスラン」 「こちらこそ、」 アスランは、ニコリと笑みを浮かべた。 つられて、も微笑む。 ミゲルと再会してから、漸く笑みが浮かべられるようになったせいか、やや顔の筋肉が痛む。 「いいか、。分からないことは何でも『アスランに』聞くんだ。分かったか?」 「ん。分かった。でも、兄さんに聞いちゃいけないの?」 「俺は『緑』だ。とアスランは、『赤』。俺が答えられる質問ならいいけど、答えられない質問なら、アスランに聞いたほうがいい。分かったか?」 「……うん」 「分かったら、アスランと食事して来い。親交を深めるなら、それが一番手っ取り早い」 ポン、とミゲルはの肩をたたく。 の瞳が、微かに揺れた。 不安なのかも、知れない。 初対面の人間には、誰しも警戒心を抱くものだ。 「うん……」 「のこと、よろしく頼むな、アスラン」 「ああ」 ミゲルは、一度言い出したらなかなかそれを撤回しない。 は、それを良く知っていた。そうでなくても彼は、を思って言ってくれているのだ。断れるものでは、なかった。 言われるままに、はアスランの後を付いていった――……。 「あれぇ、アスラン。どうしたんですか?超絶オクテな貴方が、女性と食事なんて」 「……ニコルか」 「隣、良いですか?」 「ああ。別に構わないが。……いいかい?」 「ええ。どうぞ」 「有難うございます。……ああ。自己紹介がまだでしたね。僕はニコル=アマルフィです。よろしくお願いしますね」 ニコルは人好きのする笑みを、その少女めいた可愛らしい顔に浮かべた。 その笑顔は、どこまでも優しい。 「=です。と呼んでください。こちらこそ、よろしく」 「僕も、ニコルと呼んでくださいね、さん」 「呼び捨てでいいですよ?」 「女性をそう呼ぶのに慣れていないんですよ。勘弁してください」 ニコルの登場に、の表情もだいぶ明るくなった。 そもそもいきなり、初対面の異性と二人きりにさせるほうがおかしいのだ。 そんなところは、まったくもってミゲルのミスだといってもいい。 そもそもこういった仕事は、チームの中でリーダー的存在であるイザークの仕事の筈だ。しかしミゲルは、イザークを『都合が悪い』といった。 それは一体、どういう意味なのだろう? 「これはこれはアスラン。朝から女性をご同伴とは、なかなかいいご身分だな」 「……イザーク」 「貴様のような臆病者の腰抜けがエースとはな。」 「何しにきたんだ、イザーク」 「食事さ、決まっているだろう?食堂に食事以外の理由で来るか?それと、新入りに挨拶を……と思ってな」 イザークはそう言うと、に向き直った。 切り揃えられた髪はサラサラストレートの、雪のような銀髪。 瞳は、凍てついた水面を思わせる、美しいアイス・ブルー。 怜悧なその美貌は、決して温かみを感じさせるものではなく、むしろその冷ややかさ、癇の強さを感じさせた。 アスランは、気付かなかった。イザークと相対したが、震えだしたことに。そしてそれこそが、ミゲルが『都合が悪い』と言った理由だということに。 「イザーク=ジュールだ」 ――――『仕方ないだろう?すぐに帰ってくる。いい子にして待ってろ』―――― ――――『もうすぐ、私の誕生日なのに……』―――― ――――『それまでには帰ってくる。必ずな。だから、いい子にしてろ。すぐに帰ってくるから』―――― ――――『きっとよ。すぐに帰ってきてよ。待ってるから、兄さん』―――― 差し出された、手。けれどそれを取ることが、どうしてもできなかった。 心が、拒絶する。 「……礼儀も知らないと見える。隊長も、何故こんな女を配備したのか。役立たずもいいところだ」 「イザーク!!」 「どうした?アスラン。声を荒げるなど、貴様らしくもない」 「言いすぎだぞ、イザーク!!」 「役立たずを役立たずと言って何が悪い。どうせこんな女、使い物にもなりはしないだろうよ」 『使い物にもならない』 ――――『いい子にしてたら、すぐに帰ってくるよ』―――― 約束したじゃない、兄さん!!どうして帰ってこないのよ!嘘吐き!! 私、いい子にしてたわ。 なのに、どうして!?どうして帰ってきてくれないの!? 私がいい子じゃなかったから、兄さんは帰ってこなかったの?私が悪い子だから!? だから兄さんは死んだの? 私が、兄さんを殺したの? 帰ってきて、お願いだから、帰ってきてよ、兄さん!! 「兄……さん……。ど……して?帰って……私……私が……」 「私、いい子よ……?いい子にしてたわ……」 「……?」 「いやぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」 少女は、絶叫した。 虚ろなその目から、何やら温かい、透明なものが流れ、頬を伝う。 涙に濡れたその目はそこにあるもの以外のものを、映していた。 最後に見た、彼女の兄の姿を――……。 <<<* Next * Back * Top *>>> +−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+− はい、漸く王子登場です。 その割りに、嫌なやつですねぇ〜。 彼は、嫌がるんじゃないかと思ったんです。 女性がMS乗りで、クルーゼ隊で、しかも自分と同じ『赤』なんてのは。 女性蔑視とかとは違うかもですが、「何で女がMSに乗るんだ!?」とか「しかも『赤』だぁ!?」とか、思うんじゃないかと思ったんです。 いや、これからいいやつにしていく予定です。 一応、王子オチを目指すんで。 とりあえず、この『間奏曲〜1〜』までが過去捏造篇です。 これ以降、アニメに沿って進ませていきます。 よろしければどうか、最後までお付き合いくださいませ。 |