――――『いい子にしてたら、帰ってくるって言ったのに、兄さんは帰ってこなかったの』――――

――――『……』――――

――――『どうして、かなぁ?私が悪い子だったから、兄さん帰ってこなかったのかなぁ』――――

――――『……そんなことはない。は、いい子だろう?』――――

――――『私がいい子なら、どうして兄さんは帰ってこなかったの?』――――

――――『それは……』――――



鋼のヴァルキュリア#03間奏曲〜1・後〜



……!?何があったんだ!?アスラン!!」

「ミゲル……。分からないんだ。イザークが……」

「イザーク!?だから近づけるなと言っただろう、アスラン!!の……の死んだ兄貴は……は……クソッ!!」

ミゲルは慌てて、少女を抱き上げる。

その体は、無重力であることを差し引いても、驚くほどに軽い。

「兄さん……ミゲル兄さん……兄さんが……兄さんが私は、『役に立たない』って。私が役立たずの悪い子だったから、兄さんは死んだの……?」

「そんなことがあるかっ!!あれは事故だ!!悪いのは、ナチュラルだ!!お前のせいじゃない!!」

抱きかかえて、部屋へ運ぶ。

当然、彼の部屋だ。

を運ぶミゲルに、アスランも付いてきた。

「ミゲル!?は一体どうしたんだ!?」

「……あとで話す。お前の部屋に行くから、待っててくれ。今日は、何も入ってなかったよな。訓練も何も……」

「何も入ってない、大丈夫だ。じゃあ、待ってるから」

部屋に入ると、優しくその身をベッドに横たえる。

「……兄さ……?」

「寝てろ」

「訓練は……?」

「今日は何も入っていない。偶々だけどな。そうでなくても、こんな状態のお前を、訓練になんて出せるか」

「……ゴメンなさい……」

「いいから、寝ろ。な?」

「ん……」

が寝付くまで、ミゲルは彼女の傍にいた。

優しくその髪を、梳いてやる。

幼いころ、彼女が好きだった仕草だ。そうされると、落ち着くらしい。

ゆるゆると漆黒の双眸を伏せて、少女は眠りに付く。

それを確認すると、ミゲルは部屋を出た。

暫くの間、彼の部屋の前には、『侵入者はブチ殺す』と書かれた紙が張られており、扉の前で待ちぼうけを食らわされたオロールの姿が見られたらしい……。


*                     *



「……アスラン?俺だ。入るぞ」

「どうぞ。ラスティもまだいないよ」

「……またハロ作ってたのかぁ?お前は」

「これはに。気に入るといいんだけど」

そう言うと、アスランはミゲルに深い青色に塗装されたハロを手渡した。

「……気に入るだろうな。青はあいつが大好きな色だ。それにこういったものも好きだったから」

ミゲルが言うと、アスランは微笑した。

その年相応の、笑顔――……。

多少大人びて見えるが、彼とてまだ、十代の少年なのだ。

「で……は、どうしたの?」

「体に異常はない。あれは、精神的なものだ」

「精神的……?」

「あいつの兄貴が、『血のバレンタイン』で死んだことは知ってるな?

その時『約束』をしたらしいんだ。

『いい子にしていたら、帰ってくる』ってな。そしてあいつは、帰ってこなかった。

の嘆きは、相当深かったと思うよ。

あいつは幼い時に、ブルーコスモスに両親を殺されているんだ。それ以来、ずっと二人で生きてきた。

そんな相手が、死んだんだからな。そしてそういう時の人間に、冷静な判断を求めても無駄だ。

あいつは、思い込んじまったんだ。『私が悪い子だから、兄さんは帰ってこなかった。私が、兄さんを殺した』ってな。」

「そんなバカな……」

アスランは、そう呟く。

そうだろう。昨夜話を聞いたミゲルも、そう思ったのだから。

いくらなんでも、話が飛躍しすぎだ、と――。

しかしそれが、このという少女だった。

「あいつ、ずっと言ってたよ。『私が悪いの。私のせいで。私が悪い子だったから』ってな」

「言わなかったのか?『はいい子だよ』って」

「言ったよ。そしたらこう言われた。『私がいい子だったら、兄さんは帰って来る筈じゃない』って」

「そんな……」

「思い込みだな。

だから、『精神的』なものなんだ。

この一年間、あいつはそんなことを考えながら、戦ってたんだ。きっと、自分を罰するためだけに、前線に出てたんだろうな」

ミゲルのその端正な顔が、歪む。

アスランもまた、痛みをこらえるかのように、目を伏せた。

けれど唐突に、目を開く。

「そういえば、イザークは?イザークはどう、関係するんだ?」

「……は、黒髪黒瞳だろう?は、銀髪碧眼なんだ。

イザークに、色も良く似ている。『怜悧な美貌』ってところも、そっくりだ。雰囲気も、よく似ている。

もっともは、穏やかな性格で、見た目と中身にかなりのギャップがあったけどな」

「だから、都合が悪かったんだね。イザークは」

「ああ。裏目に出ちまったけどな」

は、イザークに会ってしまった。

死んだ兄の面影を宿す、イザークと。

「ま、唯一の救いは、二人の中身にはかなりの差がある、ってことだな」

「だね。話を聞いた限りじゃ、イザークが似ているのは、本当、顔だけだ」

見た目のまま、少々傲慢なところもあるイザーク。

見た目とは違い、穏やかな性格の

二人を並べてみたら、そのギャップに、かなり笑えただろう。

もう、叶わない話だけれど。

「だから、頼むな、アスラン。お前なら、頼める。俺があいつの傍を離れてしまうときには、あいつのこと、見ていてやってくれ」

「分かったよ、ミゲル」

アスランは、頷く。

これ以上、彼女を傷つけたくはない。そう、思った――。




それは、叶わない夢なのかもしれない。

今、彼らは戦争をしているのだから。

それも、いつ死んでもおかしくはない前線で。

彼らの祖国を守るため、戦っているのだから。

それでも、彼らは願わずに入られなかったのだ。

どうか彼女に、安らかな眠りを――と。




おまけ


「ミゲル、これ」

食堂で一人夕食をとっていたミゲル(の分は部屋に持っていってやることにしたのだ)は、いきなりあのイザークに花を渡された。

それも、深紅の薔薇を。

もっとも、それは造花だったけれど。

「ど……どうしたんだ、イザーク?……あ、お前、ひょっとして俺のこと……ポッ///」

「そんなわけあるかぁ!!」

「安心しろ。冗談だ」

「貴様のは冗談に聞こえん!!……これ、あいつに渡してやってくれ」

「あいつ?ああ。ね。……もしかしてお前、に惚れた?」

にんまりと口の端を歪めて、ミゲルは笑った。

確かにあいつ、可愛いからねぇ、等と言う様は、兄バカ以外の何ものでもない。

その答えに、イザークは顔を赤らめ、反論する。

「そんなことではない!!……泣かせてしまったから、詫びだ」

「……紅い薔薇を?イザーク、お前、花言葉って知ってる?」

「……?いいや。しかしディアッカに聞いたら、女性には紅い薔薇を贈るものだと言ったし、ニコルもラスティも否定しなかったし……って、ミゲル!!何がおかしい!?」

「それにこの薔薇、どうしたんだ?お前」

「ニコルが、『花って心が和みますからね』とか言って、鞄の中から出したんだ。ペーパーフラワー作りのセットを」

「……この花、イザークの手作り?(だめだ、俺、絶対に笑う)」

「あいつらにも手伝わせた」

皆で円陣組んで紙の薔薇の花作りに精を出す、ザフトのエリート……。

その光景を想像して、こらえ切れなくなったミゲルは、思わず爆笑した。

「ミゲル!!」

「……(だめだ。俺、笑いすぎて死ぬ!!)イザーク、紅い薔薇の花言葉を教えてやろう!『情熱の愛』だ!!」

「……ディアッカ――――!!ニコル――――!!ラスティ――――!!」

思わずホルスターに手を伸ばすイザーク。

相変わらず爆笑しているミゲル。

そしてこそこそとイザークの視界から逃げようとする三人。

このあと、イザークがブチ切れたのは、言うまでもない。




その日、戦艦ヴェサリウスの艦内において、銃を片手に追いかけっこをする人間がいたとか、いなかったとか。

そして同日、ミゲルの日記には、『王子様は世間知らず』と書かれたらしい……。





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はい、過去捏造篇でした!

今回はラスト、ギャグテイストになりました。

テーマは、『イザークから紅い薔薇の花を貰おう☆』でした。

ついでに言っておきますが、世間知らずではないと思います。

ただ、『プレゼントされることはあっても、プレゼントすることはなかったので分からなかった』ってことではないかと。

勿論この薔薇、イザークも作ってますよ、きっと。




さて、なかなか長かった過去篇も今回で終わりです。

次回からは人死にもアニメに沿って、ストーリーを展開させていきます。

最後まで、よろしくお付き合いくださいませ。