――――。お前にも紹介しよう。ミゲル=アイマン。私の親友だ――――

――――はじめまして。です。いつも兄がお世話になっています――――

――――ミゲル、この子が私の妹だ。名前はという。仲良くしてやってくれ。いっておくが、手は出すなよ――――

――――よろしくね、ちゃん――――

ミゲルは手を差し出すと、ニコリと微笑んだ。

は、その手を握り返す。

彼の笑顔は温かくて。手も、温かくて。

その人が自分を、まるで妹のように可愛がってくれて、とても嬉しかった。

やがてその人は、軍に入るのだと言って、の家には滅多に訪れなくなったけれど……。




嗚呼、神様。

どうして失ってしまった日々は、こんなにも……まるで涙が出そうになるほど、美しいのでしょうか……?



ヴァルキュリア   #04魂曲1〜Z〜




「アスラン、どうしたの?」

帰艦後、の部屋を訪れた彼に、はそう言った。

アスランの表情は、あまりにも暗かった。

まさか……そんな思いが、の胸をよぎる。

「……ミゲルが死んだ」

「嘘……ちょっとヤダ、やめてよ、アスラン。そんな冗談言わないで。兄さんが死ぬわけないじゃない」

「……本当だ……」

「……っつ……」

アスランの言葉に、は目の前が真っ暗になるのを感じた。

ミゲルが……兄が、死んだ?

「どうして……?どうして、兄さんが……!!」

の細い肩が、静かに震える。

泣いているのだろうか?

思わずアスランは、その細い体を、抱き寄せていた。

「守ってあげられなくて、ごめんね、……」

「アスラン……泣かないよ、私は」

は、顔をあげた。

その顔は青褪めているが、涙のあとはなかった。

「わざわざ知らせに来てくれて、有難うね、アスラン。ゴメンね、ちょっと、一人にして……?」

「あ……ああ。あまり、落ち込むなよ?

アスランが言うと、は硬い笑顔で、頷いた。


*                     *



は、展望室に来ていた。

どうしても、一人きりになりたかった。

ここに来る人間は、滅多にいない。それをは知っていたから、ここを選んだのだ。

「……か?」

「……イザーク。貴方、何でここに?」

「これからガモフに移動する。一応貴様にも言っておこうと思ったんだが……泣いていたのか?」

「泣いてないよ。もう、私は泣けないから」

自分はもう、軍人なのだから。

泣いては、いけない。

「泣けよ」

「泣けないよ。私、軍人だもの……それに、兄さん言ってた。泣くなって。悲しい時に泣いたら、余計に悲しくなるから。だから、泣くなって」

だから、泣けないの。小さな声で、は告げた。

そう、兄と『約束』したから。

それが、兄にした、最後の『約束』だったから。

「泣けよ……」

「私は、そんなに弱くないよ、イザーク。その辺の女の子と一緒にしないで」

「強いとか弱いとか、関係ないだろう?泣きたいときに泣けないほうが、悲しいだろうが。貴様はそんなことも分からんのか」

イザークの言葉に、は抗議しようとした。

しかし、それは叶わなかった。

イザークがを、強く抱きしめたから。彼の胸に、押し付けるように。

彼は、割合細身の体をしている。

けれどその肩も腕も、を包み込むことは、出来る。

「イザー……ク?」

「泣けよ、俺は見ていないから」

「でも……」

「いいから、泣け!!」

イザークの腕の中は、温かかった。

その温かさに、全てを委ねてしまおうと思った。

イザークがあまりにも優しくて、あまりにも彼が温かだから。

だから、泣くのだ。そう、自らに結論付けて。



イザークは、自分の胸の辺りが、何やら温かなもので濡れるのを感じた。

少女が、泣いているのだ。

微かに、嗚咽が聞こえる。

兄さん……ミゲル兄さん……ラスティ、オロール……マシュー……!!」

その声は、あまりにも悲痛で。

イザークは、胸を痛める。

その涙を、拭ってやりたかった。

しかしイザークは少女に、『誰も見ていない』と言った。だから、彼女の涙を拭ってやることは、出来なかった。誰も、いないのだから。

だからイザークは、何も言わなかったし、行動を起こさなかった。少女が泣き止むまで、静かに見守っていた。その顔は、普段の彼を知るものが驚くほど、穏やかな顔をしていた――……。


*                     *



心臓の音が、聞こえる。

イザークの、音だ。

彼が生きている、確かな証。

そこまで考えて、ふと彼女は、自らの体勢を思い出した。

イザークの心臓の音が分かるほど、密着している、と言うことに。

カァッとの白い頬が、朱に染まる。

物心ついて以来、彼女は兄たち以外の異性とは、触れ合う機会をあまり多くは持たなかった。

軍人である以上、男性と距離をおくことは出来なかったけれど。

それなのに今、彼女は、兄たちと触れ合うぐらいの接触を、イザークとしているのだ。

イザークは、どうなのだろう。

ふと彼を盗み見ると、その顔は耳まで真っ赤だった。






これまで、はイザークに対し、あまり良い感情を持たなかった。

会えばすぐ言い争いをする仲だったし、可愛いニコルや優しいアスランを『腰抜け』と呼んだりするからだ。

けれどそれは、彼女がそう思い込んでいただけなのかもしれない。

本当の彼は、優しい人なのだろう。不器用で、それを表に出せないだけで……。

「有難う……」

だから素直に、は礼を言った。

イザークに向けて、笑顔を見せる。

これまで、彼女はイザークに笑顔を見せたことがなかった。

彼はあまりにも兄と似ていて、あまりにも兄と似ていなかったから。出来るだけ、関わりを持ちたくなかったのだ。

「有難う……」

もう一度、噛み締めるようには、イザークに礼を言った。

それは同時に、彼女の中で、新しい認識が成立した、きっかけでもあったのだ――……。





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さぁ、お待たせしました!!

遂に王子の登場です!

漸く彼に見せ場らしきものを与えることが出来ました。

いや、ギャグでは既に与えられてたけどっ。

やっぱりこう、シリアスな場面で、本当に『見せ場』と呼べるものを、彼には与えたかったのです。



泣きたいときに泣けないことは、本当に辛いことだと思います。

そんなさんを、イザークは泣けるようにしてくれた、と言う趣旨のお話でございました。

彼は、本当は仲間思いの優しい人ですから。

ニコルが死んだときの彼に、本当にそう思いました。

この人は、優しい人なんだな、と。

その認識を、作中のさんに持っていただきたかったのです。




それでは、長くなりましたが、今回はこの辺で。

ここまで読んでくださって、有難うございました。