――――はじめまして。です。いつも兄がお世話になっています―――― ――――ミゲル、この子が私の妹だ。名前はという。仲良くしてやってくれ。いっておくが、手は出すなよ―――― ――――よろしくね、ちゃん―――― ミゲルは手を差し出すと、ニコリと微笑んだ。 は、その手を握り返す。 彼の笑顔は温かくて。手も、温かくて。 その人が自分を、まるで妹のように可愛がってくれて、とても嬉しかった。 やがてその人は、軍に入るのだと言って、の家には滅多に訪れなくなったけれど……。 どうして失ってしまった日々は、こんなにも……まるで涙が出そうになるほど、美しいのでしょうか……? 「アスラン、どうしたの?」 帰艦後、の部屋を訪れた彼に、はそう言った。 アスランの表情は、あまりにも暗かった。 まさか……そんな思いが、の胸をよぎる。 「……ミゲルが死んだ」 「嘘……ちょっとヤダ、やめてよ、アスラン。そんな冗談言わないで。兄さんが死ぬわけないじゃない」 「……本当だ……」 「……っつ……」 アスランの言葉に、は目の前が真っ暗になるのを感じた。 ミゲルが……兄が、死んだ? 「どうして……?どうして、兄さんが……!!」 の細い肩が、静かに震える。 泣いているのだろうか? 思わずアスランは、その細い体を、抱き寄せていた。 「守ってあげられなくて、ごめんね、……」 「アスラン……泣かないよ、私は」 は、顔をあげた。 その顔は青褪めているが、涙のあとはなかった。 「わざわざ知らせに来てくれて、有難うね、アスラン。ゴメンね、ちょっと、一人にして……?」 「あ……ああ。あまり、落ち込むなよ?」 アスランが言うと、は硬い笑顔で、頷いた。 は、展望室に来ていた。 どうしても、一人きりになりたかった。 ここに来る人間は、滅多にいない。それをは知っていたから、ここを選んだのだ。 「……か?」 「……イザーク。貴方、何でここに?」 「これからガモフに移動する。一応貴様にも言っておこうと思ったんだが……泣いていたのか?」 「泣いてないよ。もう、私は泣けないから」 自分はもう、軍人なのだから。 泣いては、いけない。 「泣けよ」 「泣けないよ。私、軍人だもの……それに、兄さん言ってた。泣くなって。悲しい時に泣いたら、余計に悲しくなるから。だから、泣くなって」 だから、泣けないの。小さな声で、は告げた。 そう、兄と『約束』したから。 それが、兄にした、最後の『約束』だったから。 「泣けよ……」 「私は、そんなに弱くないよ、イザーク。その辺の女の子と一緒にしないで」 「強いとか弱いとか、関係ないだろう?泣きたいときに泣けないほうが、悲しいだろうが。貴様はそんなことも分からんのか」 イザークの言葉に、は抗議しようとした。 しかし、それは叶わなかった。 イザークがを、強く抱きしめたから。彼の胸に、押し付けるように。 彼は、割合細身の体をしている。 けれどその肩も腕も、を包み込むことは、出来る。 「イザー……ク?」 「泣けよ、俺は見ていないから」 「でも……」 「いいから、泣け!!」 イザークの腕の中は、温かかった。 その温かさに、全てを委ねてしまおうと思った。 イザークがあまりにも優しくて、あまりにも彼が温かだから。 だから、泣くのだ。そう、自らに結論付けて。 イザークは、自分の胸の辺りが、何やら温かなもので濡れるのを感じた。 少女が、泣いているのだ。 微かに、嗚咽が聞こえる。 「兄さん……ミゲル兄さん……ラスティ、オロール……マシュー……!!」 その声は、あまりにも悲痛で。 イザークは、胸を痛める。 その涙を、拭ってやりたかった。 しかしイザークは少女に、『誰も見ていない』と言った。だから、彼女の涙を拭ってやることは、出来なかった。誰も、いないのだから。 だからイザークは、何も言わなかったし、行動を起こさなかった。少女が泣き止むまで、静かに見守っていた。その顔は、普段の彼を知るものが驚くほど、穏やかな顔をしていた――……。 心臓の音が、聞こえる。 イザークの、音だ。 彼が生きている、確かな証。 そこまで考えて、ふと彼女は、自らの体勢を思い出した。 イザークの心臓の音が分かるほど、密着している、と言うことに。 カァッとの白い頬が、朱に染まる。 物心ついて以来、彼女は兄たち以外の異性とは、触れ合う機会をあまり多くは持たなかった。 軍人である以上、男性と距離をおくことは出来なかったけれど。 それなのに今、彼女は、兄たちと触れ合うぐらいの接触を、イザークとしているのだ。 イザークは、どうなのだろう。 ふと彼を盗み見ると、その顔は耳まで真っ赤だった。 これまで、はイザークに対し、あまり良い感情を持たなかった。 会えばすぐ言い争いをする仲だったし、可愛いニコルや優しいアスランを『腰抜け』と呼んだりするからだ。 けれどそれは、彼女がそう思い込んでいただけなのかもしれない。 本当の彼は、優しい人なのだろう。不器用で、それを表に出せないだけで……。 「有難う……」 だから素直に、は礼を言った。 イザークに向けて、笑顔を見せる。 これまで、彼女はイザークに笑顔を見せたことがなかった。 彼はあまりにも兄と似ていて、あまりにも兄と似ていなかったから。出来るだけ、関わりを持ちたくなかったのだ。 「有難う……」 もう一度、噛み締めるようには、イザークに礼を言った。 それは同時に、彼女の中で、新しい認識が成立した、きっかけでもあったのだ――……。 +−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+− さぁ、お待たせしました!! 遂に王子の登場です! 漸く彼に見せ場らしきものを与えることが出来ました。 いや、ギャグでは既に与えられてたけどっ。 やっぱりこう、シリアスな場面で、本当に『見せ場』と呼べるものを、彼には与えたかったのです。 泣きたいときに泣けないことは、本当に辛いことだと思います。 そんなさんを、イザークは泣けるようにしてくれた、と言う趣旨のお話でございました。 彼は、本当は仲間思いの優しい人ですから。 ニコルが死んだときの彼に、本当にそう思いました。 この人は、優しい人なんだな、と。 その認識を、作中のさんに持っていただきたかったのです。 それでは、長くなりましたが、今回はこの辺で。 ここまで読んでくださって、有難うございました。 |