お前が強いことは、知っている。 お前は俺に守られて、それで安穏としてるような女ではない。 この腕の中に閉じ込めて、守りたい、と思っても、お前は決して、俺の意のままになりはしないだろう。 けれどそれでも。 俺はお前を、守りたい。 お前の強さも、信じられないほどの脆さも、俺は知っているから……。 それなのに。 俺がお前に守られてしまう、なんて。 そのせいでお前が、傷ついてしまった、なんて。 なんてなんて不甲斐ない。 力が欲しい。 愛しい存在を、お前を守れるだけの力が――……。 鋼のヴァルキュリア #06ワルキューレの騎行〜後〜 「貴様ぁ!!どういうつもりだ!?貴様があそこで余計なまねをしなければ!!」 イザークはアスランの胸倉を掴み、怒りのままにその体を壁に打ちつけた。 痛みに、アスランはくぐもった呻き声を洩らす。 それでも、イザークの怒りは収まらない。 それは、ディアッカも同じだ。 「とんだ失態だよね。あんたの命令無視のおかげで」 「さんの怪我、大したことは……。何をやってるんですか!?やめてください!!こんなところで!!」 「五機でかかったんだぞ!?それなのに仕留められなかった。あげくは傷を負った。こんな屈辱があるか!?」 「だからといって、アスランを責めても仕方がないでしょう!?」 医務室にの様子を見に行ってから、二コルはブリーフィングルームに入室した。 そしてそこで、アスランを締め上げるイザークを目撃したのだ。 二コルは、イザークを諌める。 イザークの気持ちは、理解できる。 に庇われたイザークが、よりアスランを――そして自身を責めるその感情は、理解できる。 だからといって、一方的に相手を責めてどうする? それで何かが変わるのか。 そして何よりも、がそんなことを望むだろうか? 二コルはそう、訴える。 そういわれると、イザークも言葉を失う。 は、そんなことを望みはしないだろう。 『敵と相対すれば、必ずその敵を滅ぼすヴァルキュリア』。そう称される彼女は、一度その懐に入れた相手――仲間や友人――に対しては、ひどく甘い。 そんな彼女が、アスランを責めることはないだろう。 もしも責めるとしたらそれは、アスランが戦闘に手を抜いたことに対してであって、アスランの失態についてではない。傷を負わせたことを謝っても、自分のミスだ、と言う筈だ。 出会ってからまだそう日はたっていないが、それだけはいえる。は、そういう人間だ。 イザークは、アスランを乱暴に突き飛ばすと、ブリーフィングルームを出て行った。行き先は、決まっている。のいる、医務室だ。 ディアッカも、イザークに続いてブリーフィングルームを出て行った。行き先は、イザークとは反対の方向だ。おそらく、イザークに気を使ったのだろう。 二人がいなくなった室内には、ニコルとアスランが残された。 打ちひしがれた様子のアスランに、ニコルは声をかける。 「アスラン。あなたらしくないとは、僕も思います。でも……」 「今は、一人にしておいてくれないか、ニコル」 「……分かりました。でも、これだけは覚えておいてくださいね。確かにさんは、今回は軽症ですみました。でも、次回もそうとは限りません。あなたの行動は、ひょっとしたら彼女を死なせていたかもしれないことを理解しておいてください」 「……分かった」 そういうと、アスランもブリーフィングルームを出て行った。 後にのこされたニコルが、ポツリとつぶやく。 「そうでなくても、イザークはあなたを許さないんでしょうね……」 イザークはを、愛しく思っている。 そしておそらく、アスランも……。 二人が自分を巡って争うことなど、少女は望んでいないだろうが――……。 「イザーク=ジュールだ。=と面会したい」 「彼女は今、眠っていますが?」 「構わない。会えるだろうか?」 「どうぞ」 軍医に促され、イザークは室内に足を踏み入れた。 ツンとした消毒液の、医務室独特の匂いが鼻をつく。 白いベッドの上に、彼女はその華奢な肢体を横たえている。 その寝顔は、驚くほど幼い。 「怪我はどうなんだ?」 「軽い脳震盪と、額を少し切った程度です。額の傷は、消しておきましたが」 「……そうか。ついていても構わないか?」 「それは構いませんが……」 軍医の了承を得ると、イザークはパイプ椅子を引き寄せ、それに腰掛けた。 こんなにも彼女は、華奢なのに。守ってやらねば、とイザークが庇護欲を起こすくらい幼いのに。 それなのに彼女は、ここにいる。イザークたちと同じ、最前線に。 あの名門『家』の令嬢だというのに。 ――――家は、プラントでも古くから続く名家の一つに数えられる。 初めがその姓を名乗ったとき、イザークがそれに気付かなかったのは、の直系は絶えたと思われていたからだ。の後継者として、彼女の兄のは有名だったが、その妹の名は、あまり知られていない。だから彼が死んだとき、の直系は絶えたと思われていた。 しかし、それは誤りだった。 にはまだ、がいたのだ。 そして世が世なら、彼女は名家の令嬢として、何不自由なく生活していた筈なのだ。 彼女の両親が、ブルーコスモスに殺されなければ――……。 彼女の兄のが、ユニウス=セブンで死ななければ――……。 「……」 少女の名を囁いて、イザークはその綺麗な漆黒の髪に触れた。 慈しむように優しく、その髪を梳く。 「……ん……」 「?」 「……兄さ……?」 の閉じられた瞼が震えて、イザークを捕らえてやまない漆黒の瞳が露わになった。 細いか細い声で、彼女はそっと呟く。 「イザーク……。どうして、ここへ?」 「……貴様は、バカか?」 「うん……イザークは、そう言うと思ったよ。ゴメンね。女になんか、庇われたくないよね」 「そんなことを言ってるんじゃない!!」 イザークが言うと、は戸惑ったように目を瞬かせた。 何で怒られているのか。何でイザークが機嫌が悪いのか。少女は分かっていないようだ。 「何故俺を庇ったりした?」 「……イザークを、死なせたくなかった」 「それでお前が死んだら、どうする気だ!?」 「私が死んでも、悲しむ人はもういないもの。両親はいないし、兄さんも死んだ。ミゲル兄さんだって……。でもイザークにはまだ、イザークの母様がいるでしょう?悲しむ人のいない私が生き残ってイザークが死ぬより、私が死んでイザークが生き残るほうが良いじゃない」 「……本気で言ってるのか?」 少女の答えに、イザークは声を低くして尋ねる。 少女は、迷いもなく頷いた。 それに、イザークの中で何かが切れた。 「……っつ!!」 少女の顔が、苦痛に歪んだ。 その頬は、赤く腫れあがっている。 ――――イザークが、叩いたのだ。 勿論、手加減はしている。 しているが、殴られた、と言う事実は変わらない。 「貴様は馬鹿かっっ!!」 「私、いけないことを言った!?」 叩かれたことの意味が分からず、少女もまた、声を荒げる。 「悲しむ人間がいない!?何を馬鹿なことを言っている!!貴様が死んだら、悲しむ人間がたくさんいるだろう!!それなのに、死ぬなんて言うのか、貴様は!!」 「いないじゃない!!私が死んで、誰が悲しむって言うのよ!!」 「貴様に庇われて!!それで貴様が死んで!!俺が何とも思わないとでも!?俺が悲しまないとでも言うのか、貴様は!?」 「……」 「俺だけじゃない。貴様が死んだら、ニコルもアスランも、ディアッカも悲しむ。ミゲルだって、お前の兄だって、悲しく思うに違いない。その程度のことも、貴様は分からんのか!?」 ああ、とは思った。 イザークは、優しい。 優しいから、誰かが死ぬ、ということに、耐えられない。 イザークを庇って、それでイザークはプライドを傷つけられたのではない。自分は、イザークの心を、傷つけてしまったのだ。 「ゴメンね……?」 「分かればいい。叩いて悪かった」 が謝ると、イザークもぶっきらぼうに謝罪した。 『謝る』ということに、慣れていないらしい。イザークらしい、とは思った。 「……アスランを、責めないでね?あれは、私がミスしたの」 「……分かった」 もうしっかりばっちり責めた挙句壁に打ち据えたりもしたが、それは置いといて。イザークは少女の言葉に頷く。バレなければ、良いだろう。 「イザーク……」 「もう寝ろ。傷に障るぞ。もっとも、額の傷は消してあるらしいが」 「殴ったくせに、よく言うわ。分かった。寝る。でも、これだけは言わせて。イザークは兄さんに似てるね。そして、似てない」 「……意味不明だぞ、それ」 「言いたかったのは、それだけ。おやすみ」 それだけ言うと、少女は目を閉じた。 「オイっ!!質問に答えろよ!!」 イザークはそう、問いかける。口調は詰問調だが、問いかける。 けれど少女はもう、寝てしまったのか。微かに寝息が聞こえた。 「……オイ」 イザークは、思わず脱力した。 仮にも男の前で。こんなに無防備に寝ていいものか。 「仕方のない奴だ」 イザークは、溜息を吐いた。 ――――。 お前を、守りたいんだ。 その強さも、切なくなるほどの脆さも、俺は知ってしまったから――……。 +−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+− 結局さんが怪我をしただけでしたね。 ここから何とか二人を進展させていきたいのですが……。 どうなることやら、です。 案外アスランがダークホースになるかもです。 そう簡単にくっついたら、つまらないでしょ? いや、一番のダークホースは、ヒロインの鈍さかもしれませんね。 AvsY同盟に入ってることだし。 この二人の戦いじみたものも展開させていきたいものです。 未熟者ですが、頑張りますので、これからもよろしくお願いしますね。 |