あなたを、死なせたくないと思いました。

もうこれ以上、何も失いたくはなかったから。

だから私は、あなたを庇いました。

それがどれだけあなたの自尊心を傷つける行為か、分かってはいたけれど――……。



ヴァルキュリア   #06ルキューレの行〜前〜




小さな箱を、渡された。

遺品の整理をしろ、ということらしい。

腫れた赤い目のまま、はその命令を受け入れた。

いつまでも、死者を悼んではいられないのだ。

ここは、戦場なのだから。

はそのまま、ミゲルとオロールの部屋だった場所へ、足を踏み入れた。

彼女が任されたのは、ミゲルの遺品の整理だった――……。


*                     *



はゆっくりと、遺品の整理を始めた。

もう着る者のない緑の軍服に、手を伸ばす。

ザフトの一般兵の証。緑の軍服。ミゲルの、もう一人の兄の誇りだったもの……。

「兄さん……!!」

囁いて、その軍服を抱きしめる。

彼が好んで身につけていた香水の香りがして、なんだか泣きたくなった。

(もう、泣かないって誓ったのに……)

昨日から、泣いてばかりだ。

兄が死んだと知ったとき。『悲しいときに泣くと、余計に悲しくなる』と言った兄の言葉を思い出した。それでも悲しくて、悲しすぎて。

目が溶けてしまうくらい泣いた。

泣いて、泣いて、泣いて。

それ以来、泣かないことを心に誓った。

それなのに。

クルーゼ隊に来てから、どうも調子が狂うのだ。

兄が死んで以来、笑えなかったのに。気付けば笑顔を浮かべていて。

表に出さないようにしてきた筈の感情は、ほとんど垂れ流しの状態。

泣かない、と誓った筈なのに――ミゲルの前で泣いたのや、食堂で涙を零した件は置いておく。だってあれは、無意識の産物で、の意思ではないのだから――、不覚にもイザークの前で泣いてしまった。それも、彼の腕の中で。

(どうしてあんなに、兄さんに似ているのよ……)

顔ぐらいしか似ていないと思っていたのに。

あんなにも。まるでのように優しいなんて。

反則だ。

(泣き顔、見られちゃったのよね……)

そしてそれよりも、何よりも。

あの、腕の中で、泣いたのだ。

彼の鼓動を感じられるくらい、近いところで。

そのときのことを思い出して、は思わず赤面してしまった。

男の人に、あんなにも優しくされたのが初めてなら――もっとも、ミゲルとは除外しての話だが――あんなに接触したのも初めてだった。

優しくされて嬉しいと思う反面、それに馴れてしまいそうな自分が、は怖かった。

もっともっと強くならなければいけないのに。

泣いてなど、いられないのだ。

大切なものを守りたいなら、守れるだけの強さが、彼女には必要なのだから。

「よしっ」

パン、と頬を叩いて、は遺品の整理に戻った――……。


*                     *



デスクの引き出しに、本棚。

ミゲルの私物はそこまで多くはないけれど、それでもなかなかの量だ。

本棚の中に入った本をとろうとして、は思わず、その中の一冊を取り落としてしまった。

大量の写真が落ちてきて、はそれがミゲルのアルバムだと分かった。

「懐かしい……」

その中の一枚に、は思わず手を伸ばした。

卒業の日の、アカデミーでの写真だろうか。

緑の軍服に身を包んだミゲルと、兄の姿が映っている。

が柔らかく微笑んで、ミゲルもやんちゃっぽい笑顔を浮かべて。

ああ、懐かしいなぁ。なんて。思わず思ってしまう。

(欲しいなぁ、この写真……)

貰っては、いけないだろうか?

(欲しいなぁ……)

でもきっと、無理だろう。

彼の遺品は、その遺族のものだ。いくら兄妹のように親しかったとはいえ、にその資格はない。

残念だが、諦めるしかないのだ。

未練を断ち切るように、は写真を裏返した。

そのとき、裏返したそこに、文字が記してあるのに気付いた。

――――ミゲルの字だ。


Dear My sister,

If I had died, I would have gave you this photo, my pierced earring that on my desk, and my notebook that under my pirrou.

I hope you will be hapiness, .

This is your brothers' wish.

Because, you are my immportant sister.

I was happy that I could have sister like you.

So, please you will be happiness, as long as you can.


Love,

Your Brother, Miguel Ayman




――――俺の愛する妹、

    もしも俺が死んだなら、お前にこの写真と、デスクの上の俺のピアスと、俺の枕の下のノートをお前にやるよ。

    幸せになってくれよ、

    これは、お前の兄たちの願いだ。

    お前は俺の、大切な妹だからな。

    お前みたいな妹ができて、本当に嬉しかったよ。

    だからどうか、お前はお前ができる限り、幸せになってくれ。



    愛を込めて、

    お前の兄、ミゲル=アイマンより――――




「兄さん……」

ああ、最期の最後まで、ミゲルは自分を想ってくれたのだろう。

は、不意にそう思った。

大好きだった兄。

最期まで、自分のことを案じてくれていたのだろう。

彼も、優しい人だったから。本当に、を思ってくれた人だから。

本当に、なんて人だろう。

「兄さん……」



兄さん。

あなたは、悲しいときに泣けば、より悲しくなるから泣くな。と言いました。

でも今は、悲しくはないんです。

それなのに、涙が溢れそうになるんです。

――――泣いても、良いですか?



イザーク。

あなたは、泣きたい時に泣けない方が悲しいから、泣きたい時は泣け。と言いました。

泣きたいと言うわけではないんです。

ただ、涙が溢れそうで……。

――――あなたの言葉に、甘えても良いですか?





写真をしっかりと抱きしめて、は泣いた。

優しかった。

自分をどこまでも大切にしてくれた。

優しい優しいミゲル。

大好きな大好きな、もう一人の兄。

いなくなった。

守れなかった。

殺したのは、誰?兄を奪ったのは、誰?

(許すものか……必ず思い知らせてやる。ナチュラルども……!!)

決して、死を思いはすまい。

けれど、この感情のままに、生きる。

兄たちの復讐を、その糧に。

例えそれが、兄たちの願いとは対極にある感情だとしても。

は、それを誓う。

憎しみを、力に変えることを――……。


*                     *



遺品の整理も終わったころ、アラートが鳴り響いた。

<敵影、捕捉。総員、第一戦闘配備。モビルスーツ搭乗員は、至急ブリッジへ。繰り返す――>

「行こうか、兄さん」

は、写真に向かって微笑んだ。

その瞳に走る、光。

それを『憎悪』と人は呼ぶ――……。





まんまとアークエンジェルの頭を抑えたヴェサリウス。

その後方で、今まさに挟み撃ちにせんとするガモフ。

――――舞台は、整えられたのだった――……。





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何でガモフに行っちゃうかなぁ、イザーク!!

接点なくなっちゃうでしょうがぁ!!

さんをガモフにやりたかったんですうけど、それじゃあバランス悪いし。

仕方なく今回、さんには遺品の整理をしていただきました。

次回はあれです。

緋月の苦手な、モビルスーツでの戦闘シーン!!

はぅぅ。

そうそう。作中に出てきた英語は、緋月作の英文です。そして緋月は、英語が一番苦手です。

なので、間違いがあるかもです。

気付いた方は、こっそりとご指摘お願いしますです。

雰囲気出したかったんですが、無理はするもんじゃないですね。



それでは、ここまで読んでくださって、有難うございました☆