言えば、君に嫌われてしまうかもしれない。 君は、俺を憎むかもしれない。 でも、隠し事なんてしたくはないから。 だからどうか、聞いてください。 そして、出来ることなら俺を、嫌いにならないで――……。 鋼のヴァルキュリア #07夜想曲〜後〜 査問会終了後、アスランは一人エレカを操縦していた。 行き先は、決まっている。 休暇になると、必ず最初に訪れる場所だった。 ――――彼の母に、会うために――……。 夕暮れが、迫っている。 アスランがエレカをとめたのは、集団墓地だった。 そこには、24万3721名の墓がある。 言わずと知れた、『血のバレンタイン』の犠牲者の墓だった。 その一つに跪き、花束を捧げる。 Lenore Zala――そこには、そう書かれていた。 アスランの母親は、そこで眠っているのだ。 けれどその下に、遺体はない。 他の被害者たちと同じく彼の母も、遺体を回収することができなかったのだ。 「ただいま、母さん。なかなか会いに来れなくてごめん」 静かに、アスランは語りかける。 物言わぬ墓石を通して、母に語りかけるように。 彼の母は、あの運命の日に、ユニウス=セブンにいた。 食糧供給を餌に、地球は彼らに労働を強いていた。 地球はエネルギーが枯渇しており、彼らはその殆どを、宇宙に頼っていた。 手付かずの宇宙からコーディネイターたちが送ってくる、エネルギー物資で。 そしてコーディネイターたちを思うとおりに操るために、食糧自給を禁じた。 しかし、にもかかわらず、地球から送られてくる食料は途絶えがちだった。彼らは倣岸にも、自分たちが上位であると言う態度を崩しもせず、コーディネイターたちを使役した。 たまらなくなったコーディネイターたちは、ついに食糧自給の禁を犯す。 ――――彼らが、生きるために。 彼らが、『人として』生きるためには、それが必要だったのだ……。 その象徴が、農業プラントの存在だった。それは彼らの、独立の象徴でもあったのだ。 そしてユニウス=セブンは、そんな農業プラントの一つだった……。 迎撃システムとてない、非武装の。そしてナチュラルどもは、そこを核で――……。 彼らあ望んだのは、ナチュラルの優位に立つことではなかった。ただ、人としていきたいだけだった。使役されるのではなく、対等に。それを望むことは、そんなにいけないことだったのか!? 「……また、戦場に行くんだ。しばらく来れないけど……帰ったらまた、必ず母さんに会いに来るから。」 約束し、アスランは立ち上がる。 その時、アスランの目が、一人の少女の姿を捉えた。 白い薔薇の花束を、抱えている。 肩にかかるくらいの、真っ直ぐな漆黒の髪。 真っ白のワンピースを纏った少女は、徐々にアスランに近づいてきた。 「……アスラン?」 「!?」 それは、だった。 見慣れた赤の軍服姿ではなく、真っ白なワンピースを纏った。 私服姿を始めてみたアスランは、思わず戸惑ってしまった。 それと同時に、が『女性』であることを、強く認識してしまう。 「びっくりした。そんな格好だったから、一瞬誰だか分からなかったよ」 「ミゲル兄さんと約束したから。このワンピースを着て、兄さんのお墓参りに行こうって。ミゲル兄さんは死んでしまったけど、約束は約束だから。果たさないといけないでしょ?……アスランも、お墓参り?」 「ああ」 「あ、結構近いんだね。兄さんのお墓と。――……ただいま、兄さん。私は元気よ。心配かけてゴメンね」 アスランの母の墓から四つをはさんだ隣に、彼女の兄の墓はあった。 囁いて、もまた、跪いてその花束を墓前に捧げる。 白い白い、薔薇の花束を――……。 「アスランは、白い薔薇の花言葉を知っている?」 「いや。なんて言うんだ?」 「私もね、これだけしか知らないの。他の花言葉なんて知らないけど、これだけは知ってるの。あのね。白い薔薇の花言葉はね。『尊敬』よ」 「『尊敬』か……。何でそれだけ知ってるんだ?」 「兄さんが大好きな花だったのよ、白い薔薇は」 白い薔薇と兄さんの組み合わせって、言い表せないくらい綺麗だったのよ?と少女は言う。 しかし、男に『綺麗』? 「男でも、綺麗な人っているでしょ?兄さんは『綺麗』だったのよ。雪のように綺麗な透き通る銀髪も、凍てついた湖面を思わせるアイスブルーの瞳も。」 兄を語るときの彼女は、とても幸せそうだった。 その言葉の端々に現れるのは、絶対の信頼と敬愛。 「この下……遺体もないのね……。兄さんの遺体は、まだユニウス=セブンの中……。この大地に……兄さんが愛したプラントの大地に、帰してあげたいのに……」 「そうだね……あのままあそこに遺体があるのは、悲しいね……」 アスランの脳裏を、父の言葉が蘇る。 査問会の会場で語った、父の言葉が。 ――――我々は我々を守るために戦う……。戦わねば守れないならば……―――― 「『戦うしかない』……か」 「どうしたの?」 「いや、父の言葉を思い出していた。『我々は我々を守るために戦う。戦わねば守れないならば……』」 「『戦うしかない』……って?そうだね。私も、そう思う。戦わなければ、大切なものは守れない。戦うことでしか守れないなら、私は戦う。……もう、何も失いたくないから……」 「そうだね……」 アスランが相槌を打つと、は立ち上がった。 そしてそのまま、綺麗に微笑む。 「暗くなる前に、帰らなきゃ。アスランは?」 「俺も、そろそろ帰るよ。……。君に、言わなければならないことがあるんだ。時間、もらえないか?」 「いいけど……何?」 「ここではなんだし、どこかに入らないか?奢るよ」 「そういうことなら、お言葉に甘えることにしましょうか」 は、また笑った。 大好きなその、笑顔――……。 それでも俺は……君の笑顔を、望んでしまう……。 が家の生き残りであることは、知っている。 彼もイザークと同じで、はじめは偶然の一致と思っていた。 の直系は、絶えたのだと。彼女はその分家にあたるのだろうと思っていた。 けれどこうして相対していれば、分かる。彼女が真実、家の直系の最後の生き残りであることが……。 育ちの良さは、こういうときに表れるんだな、とアスランは思った。 軍にいるときの彼女からは、想像もつかない、その優雅な振る舞い。おそらく、相応の教育を受けてきたのだろう。 「話って何?」 「……君に、謝りたい」 「謝る?アスランが私に?何かあったっけ……?……ああ!この前のあれ?あれなら、私がミスしたんだもの。アスランは気にしなくてもいいよ」 「違うんだ……」 アスランは、言葉を探す。 なんと言えばいい?『君の兄さん――ミゲルを殺したのは、僕の親友なんだ』とでも? 「アスラン?」 「……奪えなかった最後の機体、あれに乗っているのは、キラ=ヤマト。月の幼年学校で一緒だった、コーディネイターで俺の親友なんだ……」 「……何ですって……!?」 が、思わず立ち上がる。 しかし、さすがに人目が気になったのか、すぐにまた着席する。 「どういうことよ、アスラン!?」 「そのままだよ、。ミゲルを殺したのは、俺の親友なんだ……」 「なんだってコーディネイターが、ナチュラルごときの味方をするのよ!!」 「あいつは……あいつは、だまされてるんだ。優秀だったけどお人よしだったから、ナチュラルに良いように利用されて……でも。それにも気付かなくて……」 「……何も知らずに、ナチュラルに利用されてるってわけね……。それなら……仕方ないのかもしれない……。 何も知らず、同胞を殺める罪を犯しているのだとしたら。あなたの気持ち、分かるよ、アスラン。友達を、殺せないよね。 でもね、アスラン。これだけは、言っていい?かつてはあなたの親友でも、今は敵なのよ?」 が言うと、アスランは辛そうに目を逸らした。 分かりきっていることだ。隊長にも、そういわれたのだから。 「一度だけなら、説得に協力する。私、クルーゼ隊に配属になったから、あなたに協力することもできるし。 彼が本当に騙されているのなら……。知らず同胞を殺めてしまったのなら……。それなら私は、過去の遺恨を忘れる。彼を同胞と認める。 ……でもね、一度だけよ、アスラン。もしも彼が聞き入れてくれなかった場合、私は必ず彼を殺す。 それを納得してくれるなら、私はあなたに協力するわ」 「……。……俺を、許してくれるのか?」 「許すも何も、アスランが悪いわけじゃないでしょう?」 「……有難う」 微笑む少女に、アスランは礼を言う。 少女は、何故礼を言われたのか、分からないようだった。 嫌わないでくれて。 有難う。 俺の話を聞いてくれて。 協力を確約して、は溜息を吐いた。 イザークにもニコルにもディアッカにも悟られずにそれをなすのは、なかなかに骨が折れそうだ。 けれど、やるしかない。 どうせまだ休暇は残っているのだし、しばらくはそれを忘れて羽を伸ばそう。 善後策は、あとでいかようにも考えれば良い。 アスランの婚約者、ラクス=クラインの乗る、追悼慰霊団派遣のためにユニウス=セブンに向かっていた視察船が、消息を絶ってしまったのだ――……。 +−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+− 今回は、アスランの出番が多かったですね。 しかしアスランは書きにくい。 嫌いじゃないですよ。結構好きですよ。キラがザフトにいけば、アスランもキラもこんなに苦しまなくてすんだのにぃぃ〜〜!!って地団太踏んでたぐらいですから。 次回からは、さん捕虜になります。 AAの方々と交流していただかないと。 話が書きにくいって言うか、進まないですから。 それでは、ここまで読んでくださって有難うございました☆ |