ピンク色の柔らかな髪。

夢見るように見開かれた、大きな瞳。

少女は、澄んだ声で礼を言った。

有難う、と――……。



鋼のヴァルキュリア #08狂詩曲〜T〜




<ヴェサリウス発進は定刻どおり。搭乗員は12番ゲートよりすみやかに乗艦>


指示に従い、アスランは12番ゲートへ向かった。

そしてそこで、父とクルーゼの姿を見かける。

内々の話でもあるのだろう、と彼は二人に敬礼し、そのままそこを通り過ぎようとする。しかし、それは叶わなかった。彼の父が、呼び止めたからだ。

彼は父に向き直った。

「ラクス嬢のことは聞いておろうな?」

「はい……。しかし隊長。まさか、ヴェサリウスが……?」

「おいおい。冷たい男だな、キミは。無論、我々は彼女の捜索に向かうのさ」

「でも、まだ何かあったと決まったわけでは……民間船ですし……」

民間船と分かっているものに、いくら地球軍と言えど手出しはしないだろう。アスランはそう思い、言葉にする。

しかし彼の父がそれを遮り、更に公表されていない情報までも提示した。

「公表はされていないが、すでに捜索に向かったユン・ロー隊の偵察型ジンも戻らぬのだ」

その言葉に、アスランも表情を改める。

捜索に向かったジンが戻らない、ということは、そこで戦闘なり何なりが行われた、と言うことだ。ラクスが、それに巻き込まれた可能性もある。

「ユニウスセブンは地球の引力に引かれ、今はデブリ帯の中にある。嫌な位置なのだよ。ガモフはアルテミスで“足つき”をロストしたままだしな」

「ラクス嬢とお前が定められた者同士だということは、プラント中が知っておる。なのにお前のいるクルーゼ隊が、ここで休暇というわけにもいくまい。彼女はアイドルなのだ。……頼むぞクルーゼ、アスラン」

「はっ!」

アスランとクルーゼが敬礼するとそのまま、パトリック=ザラは踵を返した。

皮肉な思いが、アスランの喉もとにこみ上げてくる。

婚約者の捜索に、彼が最も愛しく思う少女を伴うなんて。

なんてなんて皮肉。

「……彼女を助けてヒーローのように戻れ、ということですか?」

「もしくは、その亡骸を号泣しながら抱いて戻れ……か」

「!!」

クルーゼのあまりの言葉に、アスランは言葉を失った。

しかしクルーゼは、相も変わらず感情の掴みにくい笑みを浮かべている。

「どちらにしろ、キミが行かなくては話しにならないとお考えなのさ。ザラ委員長は」

そう言うとクルーゼはそのまま、ヴェサリウスに乗艦していく。

アスランはその後姿を見やり、目を伏せた。

しばし己が思案に埋没していくが、やがてそれは、中断することを余儀なくされた。少女の声が、それを遮ったからだ。

「アスラン!!」

。今来たのか?」

「ん。ちょっと手続きに時間がかかって。何分急に休暇が短くなったものだから……。何かあったの?」

「何かって?」

「何で休暇が急に短くなったのかなぁって思って。それとも、クルーゼ隊ではこれが当たり前なの?」

の問いに、アスランは躊躇する。

このまま、ラクスのことを告げていいものだろうか。

アスランが愛しいと思うのは、勿論だ。けれどラクスは、彼の婚約者で……。自分に婚約者がいることを、アスランは明かしたくないのだ。もっとも、は既に知っているかもしれないが……。

「ラクス=クラインが、追悼慰霊団派遣事業の一環として、ユニウスセブンに派遣されたのは知っているだろう?その先で、消息不明になったから、その捜索のためだって」

「ラクス=クライン……ああ!アスランの婚約者ですものね。それじゃあ、心配でしょう?ラクス嬢のこと。……大丈夫、きっと無事よ。だから元気出して、アスラン」

「……ああ。有難う、……」

は、良かれと思って言っているのだろう。

しかし今のアスランには、その言葉すら届かない……。

本当に大切な少女が、良かれと思って紡いだその言葉は、彼を傷つけただけだった。

彼が真実、少女を愛しく思っていたが故に――……。


*                     *



そのころ、ラクスは“足つき”の中にいた。

戦艦の窓からは、大陸が見える。

ユニウスセブン。『血のバレンタイン』によって崩壊した、プラントの姿だ。

「祈りましょうね、ハロ。どの人の魂も、安らぐことのできるようにと……」

ラクスは小さく、囁く。

大きな瞳は今、悲しげに眉が寄せられている。

戦争は、何を生むのだろうか。

憎しみ。更なる憎悪。次代に及ぶ新たなる紛争の火種。

戦争が生むのは、安らぎではない。平和ですらもない。しかし、人は愚かだ。コーディネイターと言い、ナチュラルより遥かに優れた彼らでさえ、今そんなことは失念している。

そしてラクスは、無力だった。

彼女ができることは、祈ること。そして歌うことだけで……。









キラ=ヤマトはアークエンジェルの艦内を歩いていた。

彼が思い出すのは、先ほどの戦闘のことだった。

彼は今しがた、敵のジンを撃破した。しかしそれは、ひょっとしたら、ラクスの捜索に来ていたジンだったのかもしれない。戦う意思などなく、純粋にラクスの捜索をしていただけの……。

ふと、彼の脳裏に、少女の声が蘇る。

悲痛な声。それは、憎悪に溢れていた。

――――『ソイツは、兄さんを殺した……!!』――――


彼が戦うのは、MSだ。彼自身も、MSを使い、戦っている。だからなのかも、しれない。だから彼は、戦うことができるのかも、しれない。

MSには、血の温もりなどない。いくらビームライフルで斬り捨てようと、レバー一本の動作でそれはすんでしまう。当然、その手に肉を絶つ感触など、残る筈もない。しかし、MSの中には、人が登場しているのだ。一つのジンを撃破するということは、その中にいる人間一人の人生を終わらせる、と言うことだ。

友人を救いたかったから、彼は戦う決意をした。しかしそれは……。

「嫌よ!」

甲高い少女の声がして、キラはやや駆け足でそこに向かった。

向かった先は、食堂。

少女が二人と少年が一人、そこにいた。

ミリアリア=ハウ、フレイ=アルスター、そしてカズイ=バスカークだ。

「フレイ!」

「嫌ったら嫌っ!」

「なんでよ!」

「どうしたの?」

少女二人の言い争いを見て、キラはカズイに尋ねる。

カズイは、やれやれと言いたげに、キラの問いに答え始めた。

「あの女の子の食事だよ。ミリィがフレイに持ってってって言ったら、フレイが嫌だって。それでもめてるだけさ」

「私は嫌よ!コーディネイターの子の所に行くなんて、怖くて!」

「フレイ!」

キラに気付いて、ミリアリアはたしなめるように声をかける。

するとフレイは、とってつけたように『キラは別だ』と言った。

「あ。も、もちろん、キラは別よ。それは分かってるわ。……でも、あの子はザフトの子でしょ!?コーディネイターって、頭良いだけじゃなくて、運動神経とかもすごく良いのよ!!何かあったらどうするのよ!ねぇ!?」

「え?あ……え?」

「フレイ!」

キラに同意を求めるフレイの、その気配りの足りなさに、ミリアリアは抗議の声を上げえる。

キラは、コーディネイターなのだ。なのに、その同胞を怖いと言い、それに対して同意を求めるなんて……。いくらなんでも、思いやりがなさすぎる。

「でもあの女の子は、いきなりキミに飛びかかったりはしないと思うけど……」

「そんなの、わからないじゃない!コーディネイターの能力なんて、見かけじゃ全然わからないんだもの!すごく強かったらどうするの!?ねぇ!?」

「まあ。誰が凄く強いんですの?」

急に割って入った、澄んだ穏やかな声。

微笑さえ浮かべながら、少女はそこに立っていた。

足元には、ピンク色のロボット――ハロ――が『ハロ、ゲンキ。オマエモナー』と叫んでいる。

驚き、言葉を失う面々に、彼女は小さく謝罪の言葉を口にした。

「まあ。驚かせてしまったのなら、すみません。私、喉が渇いて……。それに……笑わないで下さいね。だいぶおなかもすいてしまいましたの。こちらは食堂ですか?何かいただけると嬉しいのですけど……」

「……って、ちょっと待って!!」

「鍵とかってしてないわけ?」

「やだぁ。何でザフトの子が勝手に歩き回ってんの!?」

いかにも嫌そうに、フレイは顔をしかめる。

そこにあるのは、嫌悪の情。

しかし堪えた様子もなく、ピンクの髪の少女は笑みを浮かべている。

「あら。勝手にではありませんわ。私、ちゃんとお部屋で聞きましたのよ?『出かけてもよいですかー?』って。それも三度も。それに、私はザフトではありません。『ザフト』は軍の名称で、正確には『ゾディアック・アライアンス・オブ・フリーダム……』」

「な、なんだって一緒よ!コーディネイターなんだから!」

「……?同じではありませんわ。確かに私は、コーディネイターですが、軍の人間ではありませんもの。貴方も、軍の方ではないのでしょう?でしたら、私と貴方は同じですわね。ご挨拶が遅れました。私は……」

「ちょっとやだ!やめてよ!」

微笑んで、ラクスは手を差し出す。

しかしフレイは、それを拒絶した。

ラクスの差し出したその手を、さも汚らわしそうに見つめている。

「冗談じゃないわ!何で私が、あんたなんかと握手しなきゃなんないのよ!?コーディネイターのくせに、なれなれしくしないで!」


明らかな、それは拒絶だった――……。






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あらかじめ言っておきます。

緋月は、フレイは決して嫌いではないです。ただ、なにやらかしてもおかしくない子だととは思いますので。

「狂詩曲」は、フレイスキーの方々には少々きついシーンなども出てくるかもです。

あらかじめ、ご注意ください。

しかし今回、ザフトの皆さんの出番少ないです。

さんも余り喋っていません。

これ、夢……?

思わずそう呟いてしまいました。

今回から別名「捕虜篇」スタートです。

AAの方々との交流です!

多分、この「狂詩曲」が一番長くなるんじゃないかなぁ、と思います。

よろしくお付き合いくださいね。



それでは、ここまで読んでいただき、有難うございました。