“足つき”に対する攻撃が決まったそのとき、イザークは未だ医務室にいた。

まだ、絶対安静を言い渡されている、傷。

包帯の上から、それに触れてみる。

まだ、疼くように痛んだ。

思い出すのは、屈辱。そして自身に対する、情けなさ。

大切にしたいと願った少女を、救えなかった。それは、屈辱でしかない。

そして自身も、傷を負った。それも、屈辱だ。

屈辱を雪ぐには、どうすれば良い?何をすれば良い?

――――決まっている。

自身にそれを味合わせた人間に、思い知らせれば良い。

自分に屈辱を味あわせた人間に、同じ屈辱を――……!!

イザークは、ベッドから起き上がった。

片目が見えないということは、戦場では圧倒的な不利を被ることになる。

それでも、イザークは出陣を決意した。

ただ、大切な少女を。を救い出すために――……。

――――イザーク=ジュールが出陣を決意したのと時を過たずして、=もまた、脱出を決意した。

そしてザフトは、地球軍第八艦隊への攻撃を決定する。

“足つき”が気付かぬうちに、ザフトは舞台を整えていたのだった――……。




ヴァルキュリア #08詩曲〜]〜




「少しお願いね」

「艦長!」

席から離れたマリューを、ナタル=バジルールは追った。

どうしても、言いたいことがある。

それは、この戦局を有利に進ませるためには欠かせないことだと、ナタルは確信していた。

「ストライクのこと、どうされるおつもりですか?」

「……どうって、どういうこと?」

「あの性能だからこそ、彼が乗ったからこそ、我々はここまで来れたのだということは、この艦の誰もが分かっていることです。彼も、降ろすのですか?それに、あの少女……『ヴァルキュリア』の件は、どうするおつもりですか。彼女をこのまま、解放されるおつもりですか!?」

「貴方の言いたいことは分かるわ、ナタル」

ナタルの言葉に、マリューは苦いものがこみ上げてくるのを感じた。

ナタルの言いたいことは、分かる。

確かに、キラの力は貴重だ。そしてあの少女……=は……危険、だった。

彼女が『ヴァルキュリア』であったことを、フラガはマリューにのみ、伝えた。あの、ラクス=クラインの言葉とともに。

少女にもしものことがあれば、プラントは……ザフト軍は攻撃をも辞さない、と。全面的に敵に回るであろう、と。あの少女のどこに、それほどの価値を、ザフトは見出しているのだろうか……?

彼女が『ヴァルキュリア』だとしても、所詮はただの軍人だ。なのに何故……?彼女のどこに、ザフトはそれほどの価値を見出しているのか……。

分からなかった。けれど、一つだけ確証を持って言うとしたら、マリューは彼女を殺せないということだった。

軍人としては、確かに甘いのかもしれないが。

マリューは見てしまった。憎悪に彩られた少女の瞳にあった、未だ癒えぬ悲しみを。『ヴァルキュリア』と呼ばれ、畏怖されていた少女。少女のあの瞳を見なければ、マリューはまだ、躊躇いつつも少女を処刑することができただろう。けれど、マリューは見てしまったのだ。

少女を、『同じ人間』と認識してしまった。これでは、仮に処刑したとしても、マリューはずっと、罪悪感に苦しむことになるだろう。

あんなにも幼い少女を、任務のためとはいえ殺してしまったという事実に。

「でも、キラ君は軍の人間ではないわ」

「ですが!彼の力は貴重です!それをみすみす……。それに、あの少女は……」

「力があろうと、私たちに志願を強制することはできないでしょう?それに、あの少女だって、確証があるわけじゃないし。第一、捕虜への暴行、処刑は軍規で規制されているでしょう?」

マリューの言葉に、ナタルは押し黙る。

それでも、その顔には、マリューに対する不満が、ありありと描かれていた。

ナタルと別れ、マリューは格納庫へと向かった。

どうしても一度、キラと話がしたかったのだ。

キラにはいろいろと、話をしなければならないことがあるのだから――……。



*                     *


マリューが話がしたいというと、キラは疑うような視線を投げてよこした。

今までが今までなだけに、無理はないだろう、とマリューは思った。

微笑んで、キラと一対一で話ができるようにする。

「私自身、余裕がなくて、貴方とゆっくり話す機会も作れなかったから。その……一度ちゃんとお礼を言いたかったの」

「えっ……」

「貴方には本当に大変な思いをさせて……ホント、ここまで有難う」

「え……あ……」

マリューは、キラの前で静かに頭を下げた。

何を言われるか分からず身構えていたキラは、マリューの言葉に、驚きを隠せないでいた。

まさか、彼女に礼を言われるなんて……。

「いろいろ無理言って、がんばってもらって……感謝してるわ」

「いや、そんな……艦長……」

「口には出さないかもしれないけど、みんな、貴方には感謝してるのよ。こんな状況だから、地球に降りても大変かと思うけど……がんばって!」

マリューは、激励するかのように、キラに向かって手を差し出した。

差し出された手を、キラも握り返す。

そのことに、マリューはニコリと笑みを浮かべた――……。



*                     *


息を殺し、機体に隠れていたは、その一部始終を見て、聞いていた。

マリューの、言葉。

交わされた、握手。

その全てに、本当にキラにこれ以上戦う意思のないことを見て、彼女は安堵した。

それは、自分の為に安堵したのかもしれないけれど。

キラを、殺さなくてすむ。

アスランも、これ以上悩まなくていい。

友人と敵同士になってしまったと。

親友と殺しあわねばならない、と。

もう、悩まなくてもいいのだ。

そして同時に、別の理由で少女は、安堵した。

どうやら、彼女が姿をくらましたことは、まだ感知されていないらしい。

処刑の意思さえ、ないのかもしれない。

“足つき”のメンバーには、奇妙な人間が多かった。

コーディネイターでザフトのを、それでも人並みに扱ってくれた。

そのことには、当然感謝する。

けれど、はザフトなのだ。

その忠誠は、軍に捧げている。

だから、これから自分がしようとしていることに対し、躊躇いはしない。

は、『ザフトの=』で。『ザフトのヴァルキュリア』なのだ。

有効に『剣』を使うタイミングを、は見誤らぬよう心がけた。

機体の破損の状況から考えれば、少しでも同胞が傍に来たときが、一番手っ取り早い。

クルーゼの性格から考えれば、彼がこのまま“足つき”を地球に降下させる筈がない。きっとどこかで罠を張っている筈だ。ひょっとしたら、この近くにいるかもしれない。

だが同時に、同胞から疑われぬようにも心がけねば。

理由はどうあれ、は“足つき”にいて、“足つき”から発進するのだ。

同胞から裏切ったと疑われては、元も子もない。

(普通の戦闘のときより、緊張するかも……)

少女は、苦い笑みを浮かべた。

それでも、帰りたい。の居場所に……。

は、知らない。

一人の少女の自分勝手な思惑が、彼女のささやかな願いを……キラにこれ以上戦闘をしないでほしいという願いを、裏切らせることを――……。





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ついに『狂詩曲』、10の大台を突破!!

長いな……。

でも、あと2、3話で!!今度こそ残り2、3話で!!終わる……はず。←弱気

無意識で伏線張りまくるクセと、ついつい長々書いてしまうクセを直さないと……。

ていうか、今年中にこの長編終わらせるつもりだったんだけどなぁ……。無理っぽい。

まだだって、アニメでいうところの12話目……。

残り38話……。ははっ←乾いた笑い

……がんばります。

まだまだ私の中では、SEEDかなり熱いですし。

それでは、ここまで読んでくださって有難うございました。