――――『何と戦わねばならないのか……。戦争は、難しいですわね』――――

ラクスの投げかけた言葉は、アスランの心の水面に、波紋を広げた。

その後かけられた、クルーゼの言葉とともに。

――――『ストライク……撃たねば次に撃たれるのは、キミかもしれんぞ』――――


すでにイザークは、キラによって傷を受けたらしい。

も、未だ敵の捕虜だ。

アスランの気持ちを受け、キラの説得にあたろうとしてくれた少女を、大切な大切な少女を。アスランは助けられなかった。そして少女は、捕らわれたままだ。 生きている保証すらも、ない。

……)

ミゲルに、後を頼まれた少女。

幸せにすると、誓ったのに……。

その約束すらも、アスランは果たせていない。それどころか、を危険に晒してしまったのだ。自分で自分が、許せなかった。

(必ず、助け出すから。だからどうか……)

どうか、生きていてくれ……。




ヴァルキュリア #08詩曲〜\〜



<180度回頭。減速。さらに20パーセント相対速度合わせ>

「しかし、いいんですかねえ?メネラオスの横っ面になんかつけて」

アーノルド=ノイマンの言葉に、マリュー=ラミアスは笑顔で答えた。

その顔にあるのは、絶対的な信頼。

マリューにとって、ハルバートンは信頼に足る上官なのだ。

「ハルバートン提督が、艦をよくご覧になりたいんでしょう。後ほど、自らもおいでになるということだし……。閣下こそ、この艦と“G”の一番の推進者でしたからね」

漸く、味方と巡り合えた安堵感からか、乗員の表情は明るい。

そして廊下では、ミリアリアたち学生が、弾んだ声を上げていた。

漸く、艦を降りられるのだ。

両親にも、会える。もう、敵に怯えることもない。

「民間人はこの後、メネラオスに移って、そこでシャトルに乗り換えだってさ」

「はっ?でも俺たち、どうなるんだろう?」

「降りられるに決まってるでしょ。こんなの着てたって、私たち民間人だもの」

その声は、のいる医務室にまで聞こえていた。

まだ傷の癒えないは、医務室に収容されているのだ。

まだ、傷は痛む。じくじくと。それは、そのうち腐ってしまうのではないかと思うほど、杜撰な治療しか受けていないからだ。まぁ、がザフトのパイロットである以上、仕方のない措置かもしれないが。

が『ヴァルキュリア』であることは、ラクスによって明らかにされた。未だに何も言ってこないが、艦隊と合流した以上、そうはいかないだろう。

処刑すらも、考えられる。

その前に、脱出しなければ。このままここにいては、は同胞たちの足枷になってしまう。それは、のプライドが、許せない。同胞の足枷になるなどと……!!

そう、それに……。イザークの安否も、気になる。彼が、そうやすやすと死ぬとは思えないけれど。けれどミゲルだって、あんなに強かったのに、死んでしまった。

イザークが死なないという保証は、どこにもない。

(生きてる……?生きてるよね……?イザーク……)

大好きだった兄に、よく似た人。

もう一度『兄』を失うことには、は耐えられない。

イザークは、似ているから。兄に、あまりにも似ているから。

だからこんなにも、胸が痛いのだろう。そう、は自らに結論付ける。それは、イザークに失礼なことかもしれないけれど。

(ああ、でももう、ここで私も殺されるのかもしれないね……。そしたら、兄さんに、会えるのかな……)

大好きだった、兄に。そう、ミゲルにも、会えるのかもしれない。それから、懐かしい両親にも……。もう、面影すらも、描くことはできないけれど……。

一人は嫌だな、とは思った。どんどん思考が後ろ向きになってしまう。

ああ、そうか。不安……なのだ。

この感情は、不安というものなのだ。

傍に誰もいなくて。一人ぼっちで。

普段なら、誰かがいたから。傍に必ず、誰かがいてくれたから。不安に思う必要など、なかった。

「ああ、でも、兄さんがいてくれてるね。いつも……」

忘れてたわけじゃないよ……囁いて、はペンダントを握り締めた。

忘れるわけが、ない。にとって、兄は全てだった。兄がいたから、は在るのだから。兄がいなければ、は・・・…存在すら、許されなかった……。

(兄さん……?そうよ!そうすれば、良かったんだ……)

これがうまくいけば……帰れる。ザフトに。の、温かい場所に。大切な人たちのいる場所に。

帰れる……。

の持つ、武器。それを有効に活用すれば、脱出も可能だ。

(帰れる……帰れる……)

の顔が、喜色に輝く。

「帰れるよ、イザーク……帰れるから……」

約束を果たすために、帰るから。は、そっと囁く。

そうと決まれば、こんなことはしていられない。逃げなければ。

ゆっくりと、は身を起こした。

ズキン、と傷が疼く。

は、ベッドに倒れこんだ。けれど唇を噛み締め、もう一度起き上がる。

「……くぅっっっ……!!」

傷を負った腹部を押さえた。

幾重にも巻かれた、包帯。

その下にあるであろう、傷。

それが、今のから自由を奪うというのなら。決してそれに屈しはしない。

抗って見せる。それが=の、=たる所以の筈。

は、髪を後頭部で結んだ。

これからアクションをしようとしているのに、長い髪など邪魔なだけだ。長いといっても、肩ほどまでしかない髪だけれど。邪魔なものは、邪魔だ。

(私が地球軍の軍服を着るなんてね……なんて思ったけれど、今はそれに感謝する。これのおかげで、どこにいても怪しまれることはないもの)

は、立ち上がり、駆け出した。

艦隊と合流を果たしたばかりのそこは、雑然としていて。一人のイレギュラーに対し、注意を払う余裕すらもないらしい。それが、に有利に働く。

機体は、が乗っていた被弾したジンは、格納庫にあるはずだ。

そこまで走れば良い。そこまで行けなくて、何がザフトの『ヴァルキュリア』か。自分の命は、自分で守る。ここは、戦場なのだ。







果たせない約束に、意味などない。

大好きだった兄たち。のために、たくさんの『約束』をしてくれた。気休めの、『約束』を。

破られる悲しみを、は知っている。だからこそ、自分から破るようなことはしたくない。それに、あのイザークが死ぬわけないではないか。いつもえらそうにしているのだ。それに、悔しいがイザークはミゲルより能力は上なのだから。

(これで死んでたら、思いっきり馬鹿にしてやるからね、イザーク!!)

死なないために、は走った。

生きるために。生き残るために。

そのために必要な剣は、ここにあるのだから。







漸く辿り着いた、格納庫。

しかしさすがに、機体の整備などはされていない。

けれど、OSにロックをかけたのが幸いしたのか、の『剣』はまだ、見つかってはいなかった。

(これさえあれば、大丈夫……)

ふう、とは、安堵の溜息を吐いた。

そして、気付く。

このままの格好で、宇宙へはいけないということに。

宇宙空間を行くのに、パイロットスーツを着用しないわけにはいかない。

しかしのパイロットスーツは、処分されたのか、見つからなかった。

仕方なく、はAAの備品であろう宇宙服を借用する。無断借用だが、むこうだってのパイロットスーツを処分したのだから、おあいこだ。

軍服の上から、はそれを着用した。

そのまま、機体のコックピットに乗り込む。

久しぶりの、操縦席。

何だか、懐かしかった。

軽く目を閉じ、精神を集中させる。

ここから先の己の振る舞いに、全てがかかっているのだ。

生きるか、死ぬか。

その全てが、これにかかっている。

(生きてみせる……)

は、『剣』を、手にした――……。





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ついにさん、AA脱走を企てました!!

漸く……漸くイザークと会えます……!!

でもこの後、イザークって大気圏降下するんだよなぁ……。

さんにも、地球に下りてもらいましょうか♪

微妙に次回だか次々回だかの予告をしたところで、今回はお開きにします。

ここまで読んでくださって、本当に有難うございました。