キラ=ヤマトは、格納庫にいた。

その視線の先にあるのは、GAT-]105ストライク。

キラが搭乗し、敵を撃ってきた、機体。

のあの、叫びが彼の脳裏をこだました。

――――『ソイツは、兄さんを殺した……!!』――――


それでも、彼女は優しかった。

キラはを傷つけたのに、そんなキラに優しく微笑んでくれた。

キラを同胞と認め、説得しようとしてくれた。

そんなが、キラは愛しかった。

でも、彼女と彼とでは、立場が違う。

彼女は、ザフトの『ヴァルキュリア』で。キラは地球軍の中で友人たちを守るために戦った。

あまりにも、彼らは違いすぎて。

その距離が、なんだか悲しい。

本来なら、触れ合う筈のなかった二人。出会う筈のなかった二人が出会ったのは、何故なのだろう?

「降りるとなったら名残惜しいのかね?キラ=ヤマト君だな。報告書で、見ているんでね」

「……はい」

ハルバートンの言葉に、キラは頷いた。それから、キラは、ハルバートンと様々な話をした。ナチュラルであり軍人だというのに、ハルバートンはコーディネイターに対する偏見とは無縁だった。

ただ純粋に、彼はコーディネイターの能力を賞賛しているようだった。だから、彼との会話は、苦痛ではなかった。

しかし、長くその人と会話をすることはできなかった。

何事か問題が生じたのか、彼の部下が現れ、シャトルに戻るよう促したからだ。

「やれやれ。君たちとゆっくり話す暇もないわ。ここまで、アークエンジェルとストライクを守ってもらって、感謝する。よい時代が来るまで、死ぬなよ!」

「あ、あの、アークエンジェル……ラミアス大尉たちは、これから……」

「アークエンジェルはこのまま地球に降りる。彼女たちはまた、戦場だ」

「あ……その……」

「君が何を悩むかは分かる……。確かに魅力だ、君の力は……軍にはな。だが、君がいれば勝てるという物ではない、戦争はな。うぬぼれるな!」

「で、でも……!できるだけの力があるなら、できることをしろと!」

言い募るキラに、ハルバートンは笑って見せた。

自信に満ちた、その笑み。

そこにあるのは、自分に誇りを持っているもののそれだった。

「その意思があるなら、だ。意思のない者に何もやり抜くことはできんよ!」




ヴァルキュリア #08詩曲〜]T〜




サイたちヘリオポリスの学生たちは、ナタル、ホフマン大佐から、除隊許可証を受け取った。

非常時とはいえ、非戦闘員が戦闘行為を行えば、それは犯罪となる。それを避けるために、日付を遡り、彼らはあの日以前に志願兵として軍に入隊したことになったというのだ。

自分たちがこれまで、自覚のないままに『軍人』だったということに、彼らは驚きを隠せないでいた。

しかしそれもまた、今日で終わる。

そのときだった。

除隊後も、軍務中に知りえた情報に関しては、守秘義務が課せられることを学生たちに話すホフマン大佐に、フレイが挙手したのだ。

「キミは戦っていないだろ。彼らと同じ措置は、取られていないぞ」

「いえ、そうではなくて……。私……軍に志願したいんですけど……」

「ええっ!?」

フレイの言葉に、ミリアリアたちは驚愕した。

軍隊なんて、フレイに最も似合わないと思われていたのに。

そのフレイが、自ら軍に志願する?

それは、ナタルも同じだったようだ。

「何を馬鹿な……」

「ふざけた気持ちで言ってるんじゃありません。父が撃たれてから、私……いろいろと考えました。父が撃たれたときはショックで……もうこんなのはイヤだ、こんな所にいたくない、とそんな思いばかりでした」

「では、君がアルスター事務次官の……?」

「はい、フレイ=アルスターです。……でも、艦隊と合流して、やっと地球に降りられると思ったとき……なんかとてもおかしい気がしたんです!」

「おかしい?」

フレイの言葉の意図が分からずに、ナタルは問い返す。

彼女は、何を『おかしい』と思ったのだろうか?

「これでもう、安心でしょうか?これでもう、平和でしょうか?……そんなこと、全然ない!世界は依然として戦争のままなんです……。私、自分は中立の国にいて、全然気づいていなかっただけなんです。父は、戦争を終わらそうと必死で働いていたのに……。本当の平和が、本当の安心が、戦うことによってしか守れないのなら。私も――――父の遺志を継いで戦いたいと!……私の力など……何の役にも立たないのかもしれませんが……」

後はもう、言葉にならなかった。

フレイは涙を流しながら、自分が軍に志願する理由を言い募る。

根負けしたナタルたちは、フレイを志願兵として遇することを決めた。








何かが、少しずつ歪んでいく。

望んでいたものは、そんなものではなかったはずなのに。

が望んだのは、これ以上アスランが苦しまない道だった。これ以上イザークが、ニコルが、ディアッカが傷つかない道だった。

キラが戦わなければ、それをなせると思った。

だからは、キラを説得することを約束したのに……。

現実は、少しづつを裏切っていった。

それすらも分からないまま、ただは待った。

――――帰るために。

懐かしい場所に、帰るために。

そのために、は時を待った。

コックピットの中、は走る激痛に、眉を寄せた。

思い当たる節といえば、一つしかない。

先ほどからの、アクションだ。

傷が完治していないというのに、走って、身を隠しながら格納庫まで辿り着いた。体に、無理をさせすぎた。

「傷……開いちゃった……かな?」

腹部を、押さえる。

ヌルリとした血の、不快な感触。

行動を制限する、それ。

けれどここまで来たら、後はもう少しだ。

もう少しで、帰れる。

だから……。

だからそれまでは、泣き言は言わない。痛みにも、耐えて見せる。耐えられなければ、待ち受けるものは決まっている。このままずっと、捕虜の身に甘んじることはできないから……。

だから……。

望んだものは、ただひとつだった。

兄さえいれば、それだけで良かった。

その兄が死んだから……殺されたから、戦いを決意した。

そうでなければ、戦いたいなんて思わなかった。

両親の顔なんて、は覚えていない。覚えているのは、両親亡き後自分を育ててくれた兄の、優しい笑顔だけだから……。

(だから、私は戦う。例えこの身が血に塗れても……)

それが、の望んだことだから。

そのために必要な力は、持っているのだから。



*                     *




フレイが残ると知ったサイたちは、ともにアークエンジェルに残ることを決意した。

キラは、きっと降りるだろう。

彼らとキラは、立場が違う。

キラは、コーディネイターだから。キラは、同胞を殺しているのだ。そしてイージスのパイロットは……キラの友人だというから。

キラをこれ以上、巻き込めるはずがなかった。



シャトルに乗り換える人々の最後尾に、キラはいた。

友人の姿を認めて、彼らは近づいた。

「キラ!」

「あ、なに。みんな、いないから……」

「これ持ってけって、除隊許可証」

キラは、渡された紙と、友人たちとを見比べた。

除隊許可証?なら、何故彼らは、軍服のままなのか。

「俺たちさ、残ることにしたからさ」

「アークエンジェル……軍にさ」

「残るってどういう……」

わけが、分からなかった。

あんなに、両親に会えるのを楽しみにしていたのに。何故、軍に残るのか。

何故、そう決意したのか。

「……フレイ、軍に志願したんだ」

「ええっ!?」

「それで俺たちも」

<総員、第一戦闘配備!繰り返す、総員第一戦闘配備!>


その時、突如アラートが鳴り響いた。

ザフトの攻撃が、始まるのだ。

「これも運命だ。じゃあな!大前は無事に、地球に降りろ!」

「生きてろよ!」

「何かあっても、ザフトには入んないでくれよな!」

そういって、友人たちは去っていく。

残されたキラは、渡された除隊許可証と、「守ってくれて有難う」といって少女が渡してくれた紙の花とを見比べた。

キラがいなければ、戦えないのに。

キラがいなければ、戦えるのは、フラガだけなのに。

それでも彼らは、戦うことを決意した。

ただ、友人のために……。

戦える力も、ないというのに……。



――――『今まで、守ってくれて有難う』――――

――――『こんな状況だから、地球に降りても大変かと思うけど』――――

――――『君は、できるだけの力を持っているだろう?なら、できることをやれよ』――――


彼らを、見捨てられない、と思った。

に約束した。

もう、戦わない、と。けれど、キラが戦わなければ、彼らは死んでしまう。

(ごめんなさい、さん……アスラン……)

迷いを振り捨てるように、キラは歩き出した。

守りたい人たちのために、キラは戦う。

守りたい人たちが残るというのなら、キラもまた、残らねば。

それが、同胞を裏切る行為と、分かっていても……。

こうしてキラもまた、アークエンジェルに残ることを決めたのだった……。



*                     *



<モビルスーツ発進は、三分後。各機、システムチェック。全隔壁閉鎖。各科員は、至急持ち場につけ>


鳴り響く、アラート。

それが、“足つき”に攻撃するためのものだと知って、イザークはベッドから起き上がった。

まだ、痛む傷。

安静を言い渡されていることは、先と変わらない。

それでも、大人しくなんかしていられない。

を、取り戻すのだ。必ず、この手で。

「ああ、ダメですよ!まだ……」

「うるさい!離せ!」

押しとどめる衛生兵を振り切って、イザークは格納庫へ向かった。

パイロットスーツに着替え、機体に乗り込む。

<よせ、イザーク!お前はまだ……>

「うるさいぃ!さっさと誘導しろ!」

押しとどめようとする、艦長。

けれどイザークは、引くつもりはない。

すでにこの身に屈辱を味わった。

を、救い出せなかった。

その屈辱は、あの痛みは、必ず晴らす。そして今度こそを……大切な少女を、取り戻して見せる。

邪魔をするなら、例え味方でも容赦しない。

イザークの瞳が、憎悪に輝いた。

それに呼応するかのように、デュエルの目の部分にも、光が宿る。

「ストライクめ……アサルトシュラウドが貴様に屈辱を晴らす!!」

唇を噛み締め、イザークは前方を身ら見据えた。

そのまま、漆黒の宇宙へと、飛び出していったのだった……。













鳴り響く、アラート。

それには、ザフトの攻撃が始まったことを悟った。

チャンスは、一度きり。

は、『剣』を手にした。

そしてそれを、躊躇いもせずに振り下ろす。

彼女にとって、大切な人たちのもとへ、帰るために……。





<<<* Next * Back * Top *>>>