――――指輪?何で?―――― ――――飾りの部分を右にまわしてごらん。針が出てくる。ああ、触らないように。それは毒針だからな―――― ――――毒?―――― ――――女が捕虜になった場合、ただ捕まり、拷問されるだけではすまない。時にはもっと酷い目にあうこともある。そんなときは。それで自分の命を絶ちなさい。そのための、がであるための、これはお守りだ―――― 優しい兄。 を何よりも愛してくれる兄が、こんなものを渡す、その苦しい胸中を思うと、は胸が痛くなった。 受け取ったその指輪を、は肌身離さず見につけていた。 それは、『=』という人間が、『=』であるために必要な、お守りなのだから……。 鋼のヴァルキュリア #08狂詩曲〜W〜 目が覚めたとき、見慣れない天井が真っ先に見えた。 ああ。捕虜になってしまったのか。 は、ぼんやりとそう思った。 (お守りの出番かな、兄さん……) 右の薬指にはめた指輪に、は口付ける。 掠り傷をつけるだけで安らかに死ねる毒だと、兄は言っていた。 兄が言うくらいなのだから、間違いはないだろう。 きっとその毒は、安らかな死をにもたらす筈だ。 死は、一瞬だ。それで全てが終わる。 は、ゆっくりとその身を起こした。 体は、未だ痛みを訴えている。 傷などの手当てはされているが、痛みを除くことはできない。倒れこみそうになるその体を、はそれでも無理に起こす。 無様な死に様を晒すことは、のプライドが許さない。の身に流れるの血が、それを許容できない。 生き残れる確率があると言うのならば、あらん限りの力を振り絞り、その道を模索しよう。それができぬのならば、せめての名に恥じぬ死を――……。 兄に渡された指輪の、飾りの部分を右にまわした。兄の言葉どおり、針が飛び出した。あとはこれで、その身のどこかに傷をつければ、良い。 はぎゅうっと目を瞑った。 そのまま一気に、その針を左指に突き刺そうとする。 しかし不意に腕を掴まれ、それは失敗に終わった。 「何をやってるんですか!?」 「離せ!!」 は、精一杯抵抗する。いくら女性といえど、はコーディネイターだ。易々とナチュラルの男に遅れを取るつもりはない。まして、目の前にいるのは屈強な男ではなく、と同じ年くらいの少年だ。 しかしいくらが渾身の力を振り絞っても、少年の手は緩まない。 キッと、は少年を睨みつけた。 ナチュラルに遅れを取るなんて!!そしてその思い込みのままに、相手を罵る。 「ナチュラルに触れられるなど、おぞましい!!」 「ちょ……っっ!!」 「貴様らは、私から全てを奪った!!」 「何を、言って……!?」 「お〜い、坊主。お嬢ちゃんの様子は……って。……元気そうだな」 「何だ、貴様は」 不意に割って入ってきたノー天気な声に、少年の力が緩んだ。チャンスとばかりに、はその手を振り解く。 そして、その闖入者を醒めた目で見た。 地球軍の士官の軍服は、白だと聞く。細かい階級章などは知らないが、少年の様子を見れば、ある程度の地位にある男だと、容易に想像がついた。 「ん〜。人に尋ねるなら、まず自分から名乗りなさいってお父さんお母さんに教わらなかった?」 「生憎、教わった覚えなどないな」 名など、名乗れる筈がない。 『=』の名は、地球軍にとって、憎悪の対象だろう。 何故ならは、『ヴァルキュリア』なのだから。 彼女は決して、敵に容赦はしなかった。逃げる敵すらも、彼女は殺した。 それは彼女にとって、当たり前の『心理』がなした業だ。 敵を逃がせば、そいつはやがて新たな武器を手に、同胞を殺す。逃がした敵は、過去に同胞を殺したかもしれない。 軍人が握るのは、自分の生き死にだけではない。そこに関わる全ての人間の生死を、握るのだから。 だからは、敵に容赦はしない。情けはかけない。時には逃げる敵すらも、容赦なく殺した。あたかもそれは、紅蓮の炎で邪悪なるものを焼き尽くしたと伝説に言われる、『ワルキューレ』の如く。 「そうツンツンしないの」 「私の機嫌をとろうとしても無駄だ。私は貴様らには屈しない。何があっても、口も割らない。同胞を裏切るくらいなら、今この場で死んでやる……!!」 その激しさに、キラは言葉を失う。 華奢で幼い。恐らくキラよりも年下であろう少女。 『死ぬ』なんて言葉は、決して彼女に合うとは思わないのに。 少女の漆黒の瞳を見つめながら、キラは思う。 その瞳に在るのは、剥き出しの憎悪。 けれどその瞳は、悲しいまでに綺麗だった。 「フラガ大尉?彼女、気がついたって聞きましたけど……?」 「ああ、艦長。たった今、目を覚ましたようだ」 「フラガ……なるほど、貴様が『エンデュミオンの鷹』か」 は呟く。 『エンデュミオンの鷹』はザフトにとっても有名だ。 一体何人の同胞が、彼の攻撃の前に死んだだろう? しかしも、あの『エンデュミオンの鷹』が、これほどふざけた人間だとは思わなかった。 顔立ちは、端正といってもいいだろう。 しかし、いきなり初対面の人間を、『お嬢ちゃん』? 「あ、俺のコト知ってるんだ?……キミ、『ヴァルキュリア』だろ?」 「『ヴァルキュリア』?私が?面白い冗談だな」 男の言葉を流しながら、はいやな汗をかいていた。 もしもが『ヴァルキュリア』だと知れたら、どうなることか。 おそらく彼らもザフトの情報がほしいだろうから、殺されはしないだろう。 死ぬことも許されず、最悪拷問でもされて口を割らされるかもしれない。そんな辱めには、彼女は耐えられなかった。 まして敵に命を握られるなど、冗談ではない。死ぬならそれは、あくまでも自らの意思で。それが、彼女の『プライド』だ。 「俺、ヘリオポリスで彼女と実際に剣を交えてるからね。戦い方を見れば分かる。君は『ヴァルキュリア』だろ?」 「残念だが、私ではない」 「ふ〜ん?じゃあ君、名前は?」 「……だ。=アイマン」 ヘリオポリスで亡くなった、もう一人の兄の姓をは名乗った。 ひょっとしたら……に賭けてみる。 生き残る可能性が、ゼロでないのなら。 ならばその可能性に賭けて、足掻かなければ。 軍人が死ぬのは、敵に殺されたときと辱めを受けたとき、そして味方を守るため自ら命を絶つときに限られている。ありとあらゆる方法を模索し、それでも助からないと判断したときにのみ、軍人は自ら命を絶てるのだ。 「ふ〜ん。アイマンねぇ……」 「まぁいいわ。キラ君、少しの間彼女をお願いしてもいいかしら?とりあえず今は、医務室にいてもらうから」 「あ、はい。分かりました」 「私たちはブリッジにいるから。何かあったら呼んで頂戴」 マリューはそう言い、フラガを引っ張って出て行った。 「……キラ=ヤマト?」 「あ……はい」 「じゃあ、君はコーディネイターなのね?君のことは、アスランから聞いているわ。私はよ。よろしく。……ゴメンなさいね、さっきは。君の話も聞かずにナチュラルだって決め付けて、罵っちゃった……」 は、静かに頭を下げた。 相手が同胞だと分かれば、こんなにも素直に謝罪の言葉は出てくると言うのに。 相手がナチュラルだと認識したとたん、彼女の思考は、その憎悪でいっぱいになる。 脳裏に浮かぶのだ。 優しかった兄の、その静かな微笑が。 「い……いえ。あ、さんはアスランのことを知ってるんですか?」 「ええ。彼は私の同僚で、お兄さんみたいな人ね。彼から、君のことは聞いたの。……あなた、ザフトに来る気はないの?」 「……すみません。でも、僕の、守りたい人たちがこの艦にいるんです」 「そう……」 ならば、殺さなければならない。 キラの答えに、は胸が痛むのを感じた。 望んでいた筈の答えだったのに。 キラがはっきりザフトに来ないことを明言した以上、彼女はアスランに憚ることなく彼を殺せる。 なのに……。 湧き上がる思いを、は必死に打ち消そうとした。 躊躇いは己を殺す。 どんなに惨いことであっても、必ず成さねばならないことが、世の中にはあるのだ。 そしては、誓ったのだから。 兄の仇を討つことを。敵は全て滅ぼすことを。 けれど何故、こんなにもそれを悲しいと、思ってしまうのだろう? 自ら誓った言葉に少女は、言い知れぬ痛みを感じていた――……。 「しかしまぁ、ピンクのお姫様に続いて今度は『ヴァルキュリア』か」 「彼女は、違うといっていましたよ?」 「いや、十中八九あれは『ヴァルキュリア』だね」 「『ヴァルキュリア』?それは、『鋼のヴァルキュリア』=のことですか?」 フラガの言葉に、ナタル=バジルールは敏感に反応した。 彼女の問いに、フラガは頷く。 は違うと言っていたが、おそらく彼女は『ヴァルキュリア』だ。 そのことに関していえば、フラガには確信をもってそう言える。 彼女ほどの使い手が、そうそういる筈がない。 「艦長!!もしも彼女が真実『ヴァルキュリア』だというならば、即刻処刑すべきです!!」 「確かに、もしも『ヴァルキュリア』なら、処刑すべきでしょうね……。でも、本当に彼女は『ヴァルキュリア』ですか?確信を持って、そう断言できますか?フラガ大尉」 「ん〜。まぁ、十中八九間違いはないと思うね、俺は。実際に剣を交えれば、相手の力量ってやつは分かるからさ。彼女の技量は、まさしく『ヴァルキュリア』のものだったと思うけど?」 「あの、何なんですか?その『ヴァルキュリア』って」 大人たちの会話に、トール=ケーニヒが割り込む。 彼らが聞いたことがないのは、無理のない話しだ。 彼女は、あくまでも地球軍のMA乗りにのみ、有名な存在だから。 「『ヴァルキュリア』、正式には『鋼のヴァルキュリア』。ザフトのMS乗りのことだ。『ワルキューレ』って名前のMSに乗る、腕利きのな。噂では確か、パイロットは十代の少女って言ったかな。=って名前の」 「彼女一人の前に、何隻の艦が沈められたと思うのですか!?彼女は、即刻処刑すべきです!!」 「疑惑だけで、あんなにも幼い少女を処刑することはできないわ……」 マリューだって、『ヴァルキュリア』の名前は聞いたことがある。ナタルの言っていることも、もっともなことだと思う。 けれどまだ、彼女が『ヴァルキュリア』だと決まったわけではない。 疑惑だけで、処刑できない。 だって、マリューは見てしまったのだ。 憎悪に輝く少女の瞳にあった、哀しみを――……。 +−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+− さん、ついに捕虜になってしまいました。 そして今回も出てこないイザーク。 キラとAAの皆さんとお兄さんばかりが出演。 もう死んでるのにね、お兄さん……。 美味しいとこどりです。 次回はイザークを登場させられるかなぁ……。 登場させたいんですけどね。 この話、ほんとにイザーク落ちになるのか……?←聞くな!! |