目の前に、一つの光景が広がっていた。

確かこれは……ああ、そうだ。ヴェサリウスで遺品の整理をしたその後。イザークと交わした会話だ。そう……確か、医務室で。

彼を庇って傷を負ったを、イザークが見舞ってくれたとき。

ああ、そのときの会話だ。

――――『何だ、それは』――――

――――『ピアスよ。ミゲル兄さんの遺品。つけたいんだけど私、ピアスホールを開けていないのよ』――――

――――『フン。なら今度。俺が開けてやろう』――――

――――『アンタ、ピアス開けてた?』――――

私がそう言うと、イザークは髪をかきあげて。

イザークの銀髪がサラサラと指の間を流れて。それでも、彼の耳が露わになって。露わになったそこから、イザークの瞳に良く似た色合いのアクアマリンのピアスがのぞいて。

――――『だから俺が、開けてやる』――――

――――『ん。なら、お願いしようかな』――――

――――『だが、ここにはピアッサーがないから、次に会った時だな。必ずしてやるよ。だから、死ぬなよ?』――――

――――『あんたこそ、突撃かけて死ぬんじゃないわよ?』――――

そう言って笑いあったのは、そう遠くない過去のこと。

――――……ピアスの約束は、二人が死なない約束だった。

ゴメンね、イザーク。その約束、守れないかもしれない。




ヴァルキュリア #08詩曲〜Z〜





アルテミスで足つきをロストしたガモフは、合流を目前にして遂に、これを発見した。

航路図を前に、ゼルマン、イザーク、ディアッカ、ニコルは作戦会議をしている。

慎重論を唱えるのは、例によってニコルだった。そして対するイザーク、ディアッカは即戦を主張する。

「確かに合流前に追いつくことはできますが、これではこちらが月艦隊の射程に入るまでに10分ほどしかありませんよ」

「10分あるってことだろ?」

「臆病者は黙っているんだな」

ニコルの慎重論を嘲るようなイザークに、さすがのニコルもムッとする。

もしここで戦うことが決まっても、ニコルはそれで否やはない。なんとしてでも合流されるまでにを救いたい気持ちは、ニコルも同じだ。けれどこういった局面において、反対論を唱えることは、必要なことだ。そしてニコルは、それを己の役目だと思っていた。全員が同じ考えに硬直していては、その意見に対して何の修正もなされない。真実勝利を狙うなら、あえて反対意見を出すことも重要なのだ。

「10分しかないのか、10分はあるのか、それは考え方ってコトさ。
俺は10分もあるのに、そのまま合流するあいつを見送るなんて、ゴメンだけどね」

「同感だな。奇襲の成否っては、その実働時間で決まるものじゃない」

「それは、分かってますけど……」

「ヴェサリウスは、ラコーニ隊長の艦にラクス嬢を引き渡したらすぐに戻るということだ。
だがそれでも、足つきが月艦隊に合流するまでにこちらと合流することはできないだろう。
このまま奴らに合流されたら、は地球軍の捕虜のままだ。
最悪の場合、処刑すらも考えられる。そんなことが許せるか!?それまでに、何としてでも足つきは俺たちで沈める。
を助け出すんだ。いいな!?」

「OK」

「……分かりました」

ニコルは、それ以上反対はしなかった。

彼にとっても、は大切な少女だ。このままむざむざと敵の手に渡したままにはしておけない。

「イザーク、ディアッカ。一つ提案があるんですが、良いですか?」

「何だ?」

「あちらの回避アルゴリズムは解析済みです。しかしこちらが主砲を撃てば、それがあちらに到達するまでに足つきは回避してしまうでしょう。
ですから、提案します。機体でこちらの主砲を隠す……というのはどうでしょう?さんを助けるためには、チームプレーも必要です」

「いいだろう」

「ま、シュミレーションではやったことあるし?何とかなるんじゃない?ニコルもたまにはいいこと言うな」

「いえ……」

二人の賞賛に、ニコルは軽く目を伏せた。

何としてでも、今回の出撃でカタをつけなくてはならない。そうでなければ、を救出することは更に困難になるだろう。

(待っていてください、さん……!!)

――――その視線の先にあるのは、大切な少女の、柔らかな微笑だった……。

そしてニコルたちガモフ組は、足つきへの攻撃を開始した……。



*                     *




が目覚めたその時、傍にはキラがいた。

腹部の鈍痛に、は顔を顰めた。油断大敵というが、まったく持ってそのとおり。いくら体がまだ本調子でないとはいえ、あんなナチュラルの少女に後れを取るなんて……。

「大丈夫ですか?怪我、あまり良くないみたいです」

「……大丈夫……大した怪我では……ないから」

ああ、生きている。そう、思った。自分の命なのに。自分のことなのに。それに執着しない自分が、おかしい。

(ああ、でも……。ピアスの約束は、守れそうよ、イザーク……。まだ、死んでないから)

生きてさえいれば、きっとまた出会えるから。そしてまだ、は死んではいないから。例え、明日をも知れなくとも。いつ死んでしまうか分からなくとも。まだ、は生きているから。

「ねぇ。教えてくれない?キラ君。何で君は、ナチュラルの味方をするの?
アスランは、君の親友でしょう?そのアスランを裏切ってでも、君はナチュラルの味方をしたかったの?
あの女の子、コーディネイターを『誤った存在』だといった。たったそれだけのことで、私を殺そうとした。
あの子は、私たちだけを『誤った存在』といったんじゃない。君のことも、そう思っているってことでしょう?
それなのに君はまだ、彼女たちを守って戦うの?私たちを……君の同胞を殺すの……?」

「僕は……僕だって、戦いたくなんてないんです……。
でも、僕が守らなければ誰が、僕の友達を守るって言うんですか?
守るためには、戦わなきゃいけないんです。せめて……そうせめて、艦隊と合流して、地球に下りるまでは、僕は戦わなきゃいけないんです。僕の友達を、守るために……」

「艦隊と合流したら、君はもう、戦わないのね?」

はそう言って、念を押す。

その言葉に、キラははっきりと頷いた。

それならば……とは思う。

それならば、ここで殺さなくても、良い。これ以上彼が同胞を殺めぬというのなら。それならばまだ、生かしておいても良い。

それは、逃げなのかもしれない。は、キラを殺したくないと思っていた。否、『殺したくない』のではない。『殺せない』のだ。

見も知らない相手を殺すのは、簡単だ。それは顔のない人間を殺すと同じこと。見も知らない人間を殺すことが簡単なのは、そこに相手が『同じ人間』だと言う実感がないから。

だからこそ、見知った相手を殺すことは、ひどく難しい。何故なら、知っているからだ。その相手が、自分がうとうとしている相手が、『同じ人間』であることを。自分が、『人殺し』をしようとしている、ということを。

だからは、キラを殺せない。

もちろん、軍人としてのは別だ。軍人としてのは、何があろうと、キラを殺そうとするだろう。それが彼女に課せられたことならば。けれどキラを殺すことで自分が傷つくことを、は知っている。

彼女は、あまりにも弱かった。けれどそれを分かってくれる人は、今までいなかった。前線に立つ彼女の圧倒的なまでの武勲を前に、彼女を案ずる人間はいなかった。そして彼女もまた、それを当然と思っていた。

『自分は強くて当たり前なのだ』と――……。

弱みは、見せられなかった。

兄の仇を討つためには。強くなくてはならなかった。

ああ、とは思う。

こんなに弱くて、兄の仇が討てるのか。ナチュラルは全て滅ぼす。そう願ったのは、確かな真実だと言うのに――……。

さんは……」

「ゴメン、キラ君。少し、休んでもいいかな?疲れちゃった」

「あ……すみません。また、後でお見舞いにきますね。ミリアリアも、心配してました。たぶん後で来るんじゃないかな……」

「有難う。気にしないでって言ってて。あれは私のミスだから……」

がそういうと、キラも頷いて。そのまま出て行った。

決断を下さねばならなかった。いつまでも捕虜の身に甘んじているわけにはいかない。そのためには、迷いは禁物だった。

もう少し、せめて立ち上がれるくらいになったなら……ザフトに帰ろう。彼女の同胞たちの待つ、暖かいところへ――……。



*                     *




と別れたキラは、食堂へと向かっていた。食堂には、サイとカズイがいた。話している内容はキラのことで。居心地の悪いキラは、二人と目はあったが何も言わず。ドリンクを取りに行った。

「フレイ!」

サイがそういって、立ち上がる。思わずキラも、そちらに目をやった。

扉の前に立つのは確かに、キラの良く知る少女だった。

「フレイ、大丈夫なのか?まだ休んだほうが……」

「大丈夫よ」

フレイを案じるサイの言葉を軽く受け流して、フレイはキラに向き直った。

フレイにまた何を言われるのか……キラの顔が、僅かに強張る。

「キラ……あの時はごめんなさいね」

「……え?」

けれどかけられた言葉は、キラがまったく予想もしていないものだった。

「あの時は私……パニックになっちゃって……すごいひどいことを言っちゃった……ホントにごめんなさい」

「フレイ……」

「あなたは一生懸命戦って、私たちを守ってくれたのに……私……」

「フレイ……そんな。いいんだよ、そんなことは……あの時は……」

「私にもちゃんと分かってるの。貴方は頑張ってくれてるって……なのに……」

「有難う、フレイ……。僕のほうこそ。お父さん守れなくて……」

フレイの言葉に、キラの胸に温かいものがこみ上げてくるのを感じた。

分かってくれた。それが、何よりも嬉しい。

「あの女の子にも私……悪いことをしたと思ってる」

「フレイ……」

キラは、フレイの言葉に、言葉を詰まらせた。

フレイが分かってくれた。そしてのことも、理解してくれようとしている。

だからキラは、気付かなかった。

フレイの本心を。その、胸の内を。

「戦争っていやよね……。早く、終わればいいのに」

「……そうだね」

フレイの言葉に、キラは頷く。彼もまた、そう思っていたのだから。一体誰が、戦争をしたいなんて思うだろう。誰も、戦争なんてしたくはないのに。

それでも争うのは、人間の業なのか。

<総員、第一戦闘配備!繰り返す。総員、第一戦闘配備!>

その時、アラートが鳴り響いた。

ザフトの攻撃が、始まったのだ。それも、合流を目前にして。

キラ、カズイ、サイのアークエンジェルを手伝っている面々は急いで持ち場に着くため駆け出した。その時キラは、一人の幼い少女とぶつかってしまった。

「ああ、大丈夫かい?さあ……」

「ゴメンね、お兄ちゃん、急いでたから」

手を差し出し、助け起こそうとするが、それよりも先にフレイが少女を助け起こす。

「また戦争だけど、大丈夫。このおにいちゃんが戦って、守ってくれるからね」

「ほんとぉ……?」

「うん。悪いヤツはみ〜んなやっつけてくれるから」

「……」

その言葉に、キラは何か引っかかるものを感じた。

けれど問いは音声にはならなかった。サイが、キラを呼んだからだ。

だから、キラは知らない。

フレイが浮かべた、歪んだ笑みを。

「みんなやっつけてもらわないと……ふふふ、あはははは!!」



*                     *





「モビルスーツを引き離す!ニコル、“足つき”は任せたぞ!」

『了解!』

イザークの指令に、ニコルは頷く。

アスランがこの場にいない今、イザークがモビルスーツと相対することが、一番の勝利の方程式だ。それは、誰もが知っている。イザークのアカデミーの総合成績は、アスランに次ぐ二番だったのだから。

ビームライフルを撃ってくる“ストライク”に、イザークの登場する“デュエル”はビームサーベルを抜いて斬りつける。

「ストライクって言ったなぁ!」

彼の大切な少女を傷つけ、捕虜とした憎むべき相手。

許すわけには、いかない。

「今日は逃がさん!!」

「ここでやられてたまるかぁぁ!」

ビームサーベルの閃きが交錯する。両者とも一歩も引かず、相手に攻撃を繰り返す。

同じころ、ニコルは“ミラージュコロイド”を展開し、何とか艦に取り付こうと試みる。しかしそれは失敗に終わった。

“ミラージュコロイド”展開中は、“ブリッツ”のPS装甲は落ちる。弾幕を張られては、防ぎようもないからだ。ニコルはひとまず、“足つき”から離れた。しかし、攻撃をあきらめたわけではない。ただ、“ミラージュコロイド”を展開することを、あきらめただけだった。

ディアッカは、“メビウス零式”と交戦していた。

相手は所詮、ナチュラルだ。しかももビルスーツのほうがはるかに性能はいい。にもかかわらず、ディアッカはなかなかそれを落とせないでいた。

「手こずらせる!!」

なかなか動かない戦局に、イザークは焦れる。

時間はもう、あまりないのだ。それを逃せば、は取り戻せない……。

それは、三人に共通する思いだった。

そしてニコルは、“足つき”の側面に取り付くことに成功する。そのまま、“ランサーダート”を撃つ。

『キラ!キラ!“ブリッツ”に取りつかれたわ!戻って!』

“デュエル”と対峙していたキラは、ミリアリアからの通信に、アークエンジェルに目をやった。

拡大して移されたそこには、砲火を浴びるアークエンジェルの姿があった。

――――また戦争だけど、大丈夫。このお兄ちゃんが戦って、守ってくれるからね――――

――――ほんとぉ?――――


キラの中で、さまざまな『声』がこだました。もう、誰も失いたくない。その思いが、キラの中の何かを呼び覚ます。

(アークエンジェルは、沈めさせやしない!!)

体のどこか深いところで、何かが弾けるのを、キラは感じた。

「はあぁあああ〜!!」

ビームサーベルを抜き、斬りかかる“デュエル”を、キラは見据えた。

そしてその攻撃をかわし、コックピット付近にビームサーベルを叩き込む。

「くっ……」

かわされるとは思わず、イザークはもろにその攻撃を食らってしまった。

その隙に、“ストライク”は離脱していく。それを見て、“デュエル”はビームライフルを撃つ。しかしそれは、ことごとく避けられてしまった。

「かわした!?」

イザークの目が、驚愕に見開かれる。

それがとてもナチュラルの動きとは、思えなかった。

“デュエル”を振り切った“ストライク”は、“アークエンジェル”に攻撃する“ブリッツ”と相対した。

身をかわす“ブリッツ”に、“ストライク”はその機体を蹴り上げる。

「うぁああっ!」

「もらったぁ!」

ニコルが“ストライク”と相対している。その隙に、デュエルは近づき、ビームサーベルを抜いた。

それで全て、カタはつく筈だった。

しかし“ストライク”は、信じられない速度で“アーマーシュナイダー”を抜き、正確に、先程攻撃し、デュエルが損傷を負った部分を切りつけた。

「くっ……うわああああっ」

コックピット内で、爆発が生じる。

制御のきかなくなった“デュエル”に、“ブリッツ”が駆け寄った。

「イザーク!イザーク!大丈夫ですか?」

しかし、応答はない。

『ディアッカ!』

「ニコル、どうした?」

『イザークが……』

アラートが、鳴り響く。

その中で、イザークは両手でその顔を覆っていた。

ヘルメットのバイザーが傷つき、血が、付着している。

端正な顔を歪め、イザークは苦痛に呻いた。

「痛い……痛い……痛いぃぃ……っ!」

『ディアッカ、引き上げです!敵艦隊が来る!』

「くそっ!」

傷ついた“デュエル”を支え、二機は引き上げていく。

その時、イザークの右手が、“足つき”に向かってさし伸ばされた。

……!!……!!――――っっ!!」

行ってしまう、が。

彼が大切にしたいと願った少女が。

このまま、彼の手をすり抜けていってしまう。

イザークのその叫びは、他の二人にも共通する思いだった。

何もできなかった。

を救うことも、できなかった。

悔しい思いを、必死になって噛み殺そうとする。

けれどそれは、できなかった。

大切な少女を捕らえたまま、“足つき”は艦隊と合流を果たしたのだった――……。





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うわぁ、今回長っ!!

思わずそう思ってしまいました。

イザーク顔面傷つき事件です。

個人的には、この回でイザークのバイザーに付着した血が萌えvvですが。

ゲームでもね、一番このシーンに萌えます。

なので少々悦りながら書いてましたが……戦闘シーン……(泣)。やっぱり苦手です。

『狂詩曲』も漸く終わりが見えてまいりました。

あと二三話書いたら、『狂詩曲』は終了です。

長編は、いつ終わることやら。先行き不明ですが。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

それでは、ここまで読んでいただき、有難うございました。