――――『かい?私だよ。明日、朝一番のシャトルで帰るから』――――

――――『本当?じゃあ、お迎えに行くね』――――

――――『ああ、待っているよ。ちゃんといい子にしていたかい?』――――

――――『勿論。いい子にしていたわ』――――

戦争なんて、起こる筈がないと思っていた。

確かに私はアカデミーに入って、軍人ではあるのだけれど。

それでも私は、このままの日々が続くことを、疑いもせずに信じていた。

そんな、翌日のことだった。

突如として舞い込んできた、ニュース速報。

涙を堪えるような、怒りに震えるような、アナウンサーの声。

「昨夜、地球軍の急襲を我が軍が撃退したことは、記憶に新しいことと思います。
しかし今日は、とても悲しいニュースをお知らせしなければなりません。
地球軍による核攻撃で、ユニウス=セブンは死の惑星となりました。住人は全て、死亡したと見られています。
また、その中にはザラ国防委員長夫人、レノア=ザラ氏と、家当主、=氏も含まれており……」

目の前が、真っ暗になるかと思った。

帰ってくるといった、兄さん。

けれど兄さんは……。









それ以上のニュースは、頭に入ってこなかった。

言葉が、空しく素通りしていく。

深い絶望。

それはやがて憎しみへと形を変えていく。

それを押さえる術など、少女は知らなかった。

絶望の中、少女は誓う。

その憎しみを刃に、絶望を力に変えることを――……。





ヴァルキュリア   #11想曲〜T〜






「お断りします!」

甲高い女の声が、通信室のほうから聞こえて、イザークは思わずそちらに向かって走った。

その声に、聞き覚えがあるような気がしたのだ。

扉を開けると、そこには案の定がいた。

まだ絶対安静中だろうが!!と怒鳴りつけたいのを、イザークは堪える。は今通信中で。にもかかわらず、彼は通信室に押し入ったのだ。さすがにそれが如何に無礼なことであるかは、分かっていた。

の現当主はこの私です。あなた方に指図されるいわれなど、ありません!!」

「それは、無論……しかし……今回のようなことが度々あっては……そしてもしもが、亡くなりでもしたら、の血が……」

「血を絶やさぬために、結婚しろと!?」

は、本気で怒っていた。

頬は上気し、瞳は潤んでいる。それでもその目は、まっすぐに相手を射抜く。

「あなた方はの血を絶やさぬために、私に結婚しろと仰る。そしてあなた方が私の相手にと薦めるのは、あなた方分家に連なる方ばかり……。はっきりと仰ったらいかがです!?の血の保持ではなく、『』の家名がほしいのだと!!」

!!我々は決してそんな……」

「とにかく、お断りします。どうしても私に結婚してほしいのなら、相手は私と同じ『赤』の軍人で、前線に立って戦われる方を。それならば私も、結婚を考えましょう」

「しかし……!!」

「これは家現当主、=よりの『命令』です!!」

語気も荒く言い捨てると、は一方的に通信を切った。

憤懣やるかたなし……といった感じで、灰色に切り替わった画面を睨みつける。

しかしやがて、唇の端をクッと吊り上げ、皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「盗み聞きなんて、良い趣味してるじゃない。イザーク」

「貴様は俺が居ることに気付いていただろう?ならば、盗み聞きとはいわんな」

「……そういうのを減らず口って言うのよ、このオカッパ!!」

「そういう貴様こそ、だいぶ元気になったようじゃないか。つい前日までの殊勝な態度が嘘みたいだな」

くつり、とイザークは笑った。

昨日までの弱ったよりも、今目の前に居て、自分を睨みつけるのほうに心魅かれる。

いい加減、俺も趣味が悪いな、とイザークは思った。

「で、誰だ?今のは」

「ああ……うちの分家の人間よ。うち、特殊な家で。本家以外は『』の姓を名乗れないから、姓は違うんだけど」

「結婚がどうとか言っていたようだが……?」

「ああ、そのこと。……私、地球軍の捕虜になっちゃったでしょう?不安みたいなの。の血が絶えるんじゃないか……って。
まぁもっとも、それに乗じて、本家を乗っ取ろうと考えてるのかもしれないけど……。
さっさと結婚しろって言うのよ、この私に。出来るわけないじゃない、結婚なんて」

「婚約者は?」

家ほどの家柄の息女ともなれば、婚約者がいてもおかしくはない。

何も、結婚を勧めるまでもないだろう。

放っておけば、いずれ結婚するのだから。

そう思い、イザークは少女に尋ねる。

少女は、ふうっと溜息をついた。

触れられたくない話題らしい。

「……いるわ。ていうか、いるらしいわ。兄さんが決めた相手で、私は誰か知らないけど。兄さん、私にその人のことを教えるよりも先に、逝っちゃったから……イザークは?いないの?婚約者」

「俺も貴様と同じだ。いるらしいが、会ったことはない。ただ、母上の気に入りではあるらしいな。婚約が決まったとき、嬉しそうだったから」

「誰?」

「知らん」

少女の言葉に、イザークは短く答える。

興味も、ない。

大切なのは、目の前にいるこの少女。

何故、顔も素性も知らない女などの話を、愛しい少女とせねばならない?

そう思い、イザークはかなり不機嫌だった。

「興味あるけどな、イザークの婚約者。きっとすごく美人で、気立てが良くて、優しくて……あ、包容力も大きくなきゃね。イザークは気が短いもん」

「だから、知らんといっている」

「ていうか、婚約者もオカッパなのかしら……?最大の疑問だわ、それ」

「貴様……」

大真面目な顔でそう論評する少女に、イザークは低く声を上げる。

全く、この女は。そう思わずにはいられない。

「私、昔はミゲル兄さんと結婚したいって思ってたっけ……」

「はぁ!?」

「いや、だから昔の話よ。『好き』って良く分からなくて。
兄さんを除いて男の人で一番好きだったの、ミゲル兄さんだったから。
そう思ってたのよね。結婚するならミゲル兄さんって。そしたら、ミゲル兄さん言ったのよ。
『それは光栄です、嬢』って」

「……」

「でもね、その後こういったの。
の「好き」は、恋人への好きじゃないな。そういう台詞は、本当に好きになった相手に言ってやれよ』って」

懐かしむように、少女は目を細めた。

楽しそうに、微笑んでいるその瞳には、言い知れぬ悲しみが宿っていた。

その対象だった青年は、今はもう、この世にいないのだから。

死ねば、全ては終わる。

優しい思い出だけを残して、大好きだった人たちは次々と逝ってしまった。

「みぃんな、私を置いて逝っちゃった……」

はそう言って、目を細めた。

そこにあるのは、哀切。

そして隠し切れない思慕。

「ミゲルは、『緑』だろう?」

「緑?」

「さっき叫んでいただろう?『前線にいる軍人で赤なら考えます!!』みたいなことを」

「ああ……あれね」

は含み笑いを洩らした。

少し、何かを企んでいるような笑い方だった。

「だって、『赤』で前線に出ている軍人で、まだ婚約者もいない……なんて限られてるでしょう?これでしばらくは、結婚を考えなくてもいいって寸法よ」

「……成る程」

女はしたたかだ。

そして強い。

そして今、彼が相対しているのは、=だった。

女性ながらMS乗りで、男と対等に渡り合うような女だ。

「だいぶ具合も良くなったようだし……耳貸せ」

「はぁ?」

「ピアス、開けるんだろう?」

「あ……うん」

「俺の部屋に来い。開けてやるよ」

言われて、は通信室の椅子から立ち上がった。

確かに、だいぶ具合は良くなった。

熱もだいぶ下がったし、歩いてもふらつくことはなかった。コーディネイターであることに感謝だ。ナチュラルだったら、死んでいたかもしれない。

「大丈夫か?」

「ふふ……貴方が心配してくれるなんて、意外だわ」

「……するさ。心配くらい……」

小さい呟きに、は微笑んだ。

イザークは、優しい人。

心配される心地よさに、は微笑んだ。

心配されるのは、心地よい。

大切にされてる、と思えるから。

「有難う、イザーク……」

『約束』を忘れないでくれて。

私を、心配してくれて。

その呟きは、イザークの耳に届いたのだろうか。

イザークは小さく笑うと、部屋に向かって歩き出した……。



*                    *




イザークの部屋に入ったら、氷の入った袋を、渡された。

イザークのベッドに腰掛けて、それを受け取る。

その冷たさに顔を顰めると、耳に当てるよう言われた。

「耳に当てろ。痛いのは、イヤだろう?」

「そうね……あまり痛いのは、有難くないわ」

は素直に、それを耳に当てた。

「感覚がなくなったら、言え。開けるのは、片耳だけでいいのか?」

「あ……うん。片耳だけでいいわ」

暫くすると、イザークはが手にしていた氷を取り上げ、その耳に触れた。

イザークの、体温の低い指。

思いがけないほどの至近距離。

イザークが体の一部なりとに触れている、という事実。

それに、は思わず頬を染める。

「そろそろ頃合かと思ったんだが……どうだ?感覚は、まだ残っているか?」

「そ……そろそろだと思うけど……」

「まぁ、痛くはない筈だが……開けるぞ?」

きゅっと、は目を瞑った。

ちくん、という痛みがして。

暫くすると、イザークがいいぞ、と声をかけた。

耳朶に手を伸ばすと、金属の感触がした。

「……二つ開けた……?」

「……一つだったのか?」

「普通、一つじゃない?」

「知るか」

「でも、有難う?これ、いつ外せばいいの?」

「一月後だ」

イザークの言葉に、はう〜んと考え込んだ。

それから、イザークのベッドから立ち上がる。

「お騒がせしました。有難うね」

!!」

名前を呼ばれて、は振り返った。

イザークが、何かを放ってよこす。

思わず、はそれをキャッチした。

手の中にあるのは、アクアマリンのピアスだ。

「俺が間違えて、多くピアス開けちまったからな。やるよ、それ」

「でも……!!」

「いいと言ったら、いい!!母上から頂いたピアスだ、無くすなよ!」

「余計貰えないわよ、そんなの……」

はそう言って、返そうとするのだけれど。

丁度その時、ディアッカがものすごい勢いで部屋に飛び込んできたので。

そのきっかけを逸してしまったのだった。

「『足つき』は、砂漠にいるらしいぜ!!『砂漠の虎』がやつらと遭遇したんだと」

「何ぃ!?」

その報せに、たちは、束の間の休暇が終わったことを知った……。



おまけ






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久しぶりに更新です、『鋼のヴァルキュリア』です。

少しは、関係進展したと思うのは、私だけですか?

緋月は、男女の恋愛の機微だとかなんだとか言ったものは、今一良く分からなくて。

て言うか、こと恋愛沙汰に関して言えば、うちのヒロインちゃんと大差ないかもです。

「え?私も、皆大好きだよvv」

みたいなところですね。

さて、テストもだいぶ片がついてきたことですし。

ネタもかなり溜まってきましたので。

そろそろ本腰を入れてまた書いていきたいと思います。

これからも、どうかよろしくお願いします。