深紅の軍服。

それは、血の色を思わせる。

自分の知らない少女の姿に違和感を感じ、同時に激しい疼痛が胸を灼く。

それは、未練なのかもしれない。

けれどもう、その感情を抱くことすら許されない。

彼らの道は、分かたれたのだから。

少女にとって、自分は裏切り者になったのだから――……。





ヴァルキュリア
#11 想曲〜]〜






キラたちと別れたナタルたち『市場では購入できないもの』の補給を担当する面々は、アル=ジャイリーという男のもとへ赴いた。

通されたのは、豪奢な応接室。

それだけで、この男がどれだけ富裕な生活を送っているのか、分かろうものだ。

「しかし驚きましたよ」

妙にねちっこい声で、男は言った。

「貴方が私のところへおいでになるとはねえ」

「水を押さえて優雅な暮らしだな、ジャイリー」

サイーブもまた、相手に対する侮蔑を隠そうともしない。

過去、この二人の間に、何かあったのだろうか?

「俺もできれば貴様の顔など二度と見たくはなかったが……仕方ない。俺たちの水瓶を、枯れさせるわけにもいかん」

「お考えを変えられればよろしいものを……大事なのは、信念よりも命ですよ、サイーブ=アシュマン。水場も代わるものです。が、どこに水でも水は水だ。飲めれば良い。それが命を繋ぐのです……」

ザフトに反抗している彼らのありかたを非難し、自分の立場を誇示しているようにすら見えるその態度に、サイーブの頭にも血が上る。

乱暴に、彼は言い捨てた。

「そんな話を、いまさら貴様としようとは思わん!!で、どうなんだ?こちらの要求を聞いてもらえるのか、もらえんのか!?」

「それは無論……同胞とは助け合うもの……」

そう言い、アル=ジャイリーは立ち上がった。

どう見ても、こちらが払う金にしか興味はないようだ。

こういう男は、払われる額しだいで同胞すらも売り渡すだろう。

「まぁ、具体的なお話はファクトリーのほうで」

そういって、男はナタルたちを先導する。

『ファクトリー』と呼ばれる、薄暗い室内へ案内された。

「水と食料、燃料等は既に準備させてあります。後は、問題の品のほうですが……」

そう言って、ジャイリーは箱を開けさせた。

その中に入っているのは、大量の武器。弾薬。

「75ミリAP弾、モルゲンレーテ社製EQイチナテ磁場遮断ユニット。マーク500レーダーズアレイ、それから……」

「うわ。これ、純正品じゃないか」

「呆れるな。全く、一体どこから横流しされているのか……」

箱の中身を確認していたトノムラが、思わず声を上げた。

応じるナタルの声にも、苦々しさが混じる。

地球連合軍の武器と弾薬が、こんなところにまで出回っている。しかも、純正品が。

それは、何らかの軍関係者が横流しをしている、ということに他ならない。

規律に厳しい彼女からしてみれば、それは許し難いことなのだろう。

「世界には、ご存じない地下水脈も多うございましょう。フホホホ。……まぁ、その代わりといっては何でございますが」

「分かっている。どうなんだ?それでいいのか?」

尋ねられ、ナタルは頷いた。

品物に、文句は、ない。問題は、それにつけられる値だ。

「希望したものは、全て揃うんだろうな?」

「それはもう。……これを」

「ゲッ!?何だこの額は!ウソだろ?」

そこに記されていた金額に、トノムラは驚愕の声を上げた。

こういった手合いが足元を見るのは分かってはいたが、いくらなんでもこれはふっかけすぎだろう。

「貴重な水は高うございます。お命を繋ぐものでございましょう?」

サイーブはその請求書を、キサカに渡した。

面白くもなさそうな顔でそれを一瞥すると、キサカはこともなさげに言った。

「支払いは、アースダラーでか?」

「はい。勿論それで結構で……」

ジャイリーが満足そうな笑みを浮かべる中で、トノムラは目眩すらも感じていた。

これだけの額を、一括で払うというのか。それも、値切りもせずに?

それも何故、キサカが払うのか。

事態についていけなくなったトノムラは、情けない声を隣のナタルに投げかけた。「どうなってるんですかね?ついていけないですよ、俺……」

トノムラの言葉には答えず、ナタルは僅かに柳眉を顰めた――……。



**




アークエンジェルでもまた、一つの騒動が持ち上がる。

その原因となったのは、一人の少女。

コーディネイターへの憎悪から、 を刺した。フレイ=アルスターの存在だった――……。

「あーあー。ったく。こんなもん持ち込んでよ。何だって、コックピットで寝泊りしなきゃなんねえんだよ!」

MS格納庫の高い天井いっぱいに、マードックの嘆声がこだまする。

彼は、“ストライク”のコックピット内に半身を突っ込み、中のゴミを片付けていた。

食事のトレイだの、空いたコップだの、食べカスだの。きりがないほどのゴミが散乱している。

キャットウォークには、不満げな顔でゴミを集めるフレイの姿もあった。

それを別のキャットウォークから見下ろす人物が、いる。

マリューとフラガだ。

「でも、いつからそんな……」

「さあ……けど、地球に降りてからじゃないの?それまで、そんな暇なかったでしょ」

「あの子は……サイ君の、その、彼女でしょ?それが本当に、キラ君と……?」

「意外?……だよねぇ。俺もそう思うんだけど」

彼がそれを知ったのは、全くの偶然だった。

彼は偶然、聞いたのだ。

フレイが、コックピットで眠るキラに呼びかけているのを。

溜息を一つついて、マリューは踵を返した。

そのまま、格納庫を出る。フラガも、その後をついていった。

「おかしくなってそうなったのか、それともそうなったからおかしくなったのかは知らんが。ともかく――うまくないな、坊主のあの状態は」

「それにしても、うかつだったわ。パイロットとして、あまりにも優秀なものだからつい……正規の訓練も何も受けていない子供だということを、私は……」

「君だけの責任じゃないさ。俺も同じだ。いつでも信じられないほどの働きをしてきたからな。必死だったんだろうに。……また、いつ攻撃があるか分からない。そしたら、自分が頑張って、艦を守らなきゃならない。そう思い込んで、追い詰めてったんだろうな――自分を」

ただでさえ、アークエンジェルはパイロットが足りない。

いざという時になれば、頼りになる戦力はキラと、フラガだけだ。

だから余計に、彼らは気になるのだ。キラのメンタル的な部分が。

それを差し引いても、キラはごくごく普通の少年だったのだ。戦争だとか、殺し合いだとかは無縁の世界にいた。

それをこんなところまでつれてきてしまったのは、他ならぬ彼ら自身だったのだから。

そして今、キラに頼らなければ、艦の存続すらも危ういのだから。

自分たちの不甲斐なさに、忸怩たる気分になる。

その後、何度かの会話を交えて、その話題は終わった。

何の解決策も見出せぬままに。

その頃、ブリッジでもまた、キラの話題が持ち上がっていた。

しかしそれは、キラがサイの恋人を寝取ったとかそういった話題ではなく、あくまでもキラの話題だった。

「しかし、艦長も思い切ったことをするよなぁ」

「ですよね。数時間とはいえ、ヤマトを艦から離れさせるなんて」

「あ〜あ。俺も、外に出たいよ」

キラの話題というよりもそれは、外に出られない彼らの嘆きだった。

それを、サイは聞いていた。

「けど、護衛ってあいつそんなに強いの?」

「あぁ?コーディネイター、コーディネイター」

そうなのだ。

キラは、コーディネイターなのだ。生まれながらに、ナチュラルよりも優れた。

そして今、彼が愛するフレイの愛すらも得た。

その事実が、毒のようにサイの心を侵していく。

それが、引き金になったのだろうか。

それとも火種は、既にそこにあったのだろうか。

事件は、その数時間後に起こった――……。

夕刻になり、ブリッジに通信が入った。

それは、驚くべきことを彼らに告げる。

キラとカガリが、行方不明だというのだ。

Nジャマーの影響で、地球の電波状態はかなり悪い。

モニターに映るキサカの姿は、幾分ぶれていて判然としない。

「何ですって!?キラ君とカガリさんが戻らない!?」

マリューの言葉に、ブリッジにいた面々は一様に、顔を強張らせる。

<ああ、時間を過ぎても現れない。サイーブたちは、そちらへ戻ったか?>

「いえ、まだよ」

<電波状態が悪くて、彼らと直接連絡が取れない。連絡が取れたら、何人かこちらに戻るように言ってくれ。……市街で、ブルーコスモスのテロもあったようだ。だが、何か探ろうにも人手が足りん」

キサカの語る内容に、ブリッジの面々は動揺する。

しかし、サイだけは違った。サイはそれを、望んですらいた。

キラが帰らなければ、どんなに良いだろう、と。

サイは真っ直ぐ、格納庫に向かった。

そして物言わぬ巨大な人型の中に入り、OSを起動させる。

“ストライク”の目に、灯が点った。

(大丈夫。いける)

心地よい高揚感が、ある。

両手をレバーとスロットルにかけ、エンジンを駆動させる。

その音に、マードックが即座に反応した。

何故、“ストライク”の目に灯が入っているのか。まだ、キラは帰ってきていないというのに!

「おい、何だってんだよ。まだ坊主は、戻ってきてねえだろ!?」

「誰だ?」

「何?どういうこと?」

騒ぎを聞きつけて、奥からフラガやミリアリア、トール、そしてフレイが現れた。

その間にも、モビルスーツはメンテナンスベッドを離れ、前進する。

キラがするのとでは、雲泥の差があるその動き。

それに、サイは焦れる。

「おい、やめろ!馬鹿、誰だ!?」

「さっき、サイって奴がウロウロしてはいたんですけど……」

友人の名に、トールたちは目を瞠る。

呆れたように、フラガは呟いた。

何だってまた……と。

“ストライク”が、バランスを崩した。

何とか体勢を立て直そうとするが、それも叶わずつんのめる。

思わず、ミリアリアは悲鳴をあげた。

“ストライク”は、手をついたままの体勢で、四つんばいに倒れた。

動かなくなったその機体を、皆恐々と、見上げる。

コックピット内でサイは、慟哭した。

あまりにも、自分が惨めだった。

サイには、できない。サイではストライクを、ハッチに導くことすらもできない。

あまりにも自分が、惨めだった。

サイの心の動きが分かるのか、フレイは顔を背け、駆け出す。

キラたちが戻ったのは、その後のことだった――……。







サイをコックピットから出し、艦長の元へ連れて行った。

ストライクを戻すことは、できない。

それはキラにしかできないのだ。下手に触ればどうなるか。それは先ほどの一件で既に明白だ。

そしてまさにその時。

アークエンジェル内に、ザフトのものと思しきジープが乗り込んできたのだ。

運転しているのは、『赤』の軍服を纏った人物。

その体つきから、おそらく女であると推測された。

「まさか……」

格納庫に残っていたフラガは、呆然と呟く。

「ごきげんよう、“足つき”の皆さん」

ジープから降り立ち、そう告げるその人物を、彼は知っていた。

アークエンジェルの捕虜となった、少女。

『鋼のヴァルキュリア』の異名で恐れられているその少女の名は……。

「『ヴァルキュリア』……=……」

「市街でブルーコスモスのテロがあったので。送ってきました」

ニコリ、と少女は笑う。

けれど目は、笑ってはいなかった。

少女はただ、冷たく微笑んでいるのだ。

格納庫にいた人間の何人かが、銃に手を伸ばした。

「それが、地球軍の礼儀ですか?」

「……よせ。――ところでお嬢ちゃん、少し、聞きたいことがあるんだけどねえ?」

「何でしょう?気が向いて、それが私の同胞を危険に晒すことがなければ、お答えしますが?」

「前にピンクのお姫様が言っていた言葉の意味を」

「ピンクのお姫様?……ああ、ラクス嬢ですか。ラクス嬢が何か?」

小首を傾げるようにして、は尋ねる。

どことなく、相手の反応を楽しんでいるように見えるのは、目の錯覚か。

「君の事を、彼女はこう言っていた。君にもしも危害が加えられた場合、その報復はオペレーション=ウロボロス程度ではすまない。ザフトは恐らく全力で、俺たちを潰しにかかるだろう、と」

「へぇ……それが私の『価値』ですか……」

面白そうに、は呟いた。

「いくらキミが『ヴァルキュリア』とはいえ、一人の人間に、どうしてザフトがそれほどの価値を見出す?」

「それは私の価値でもあるでしょうけど……私の名に課した価値でしょう。=である、私に……ね」

そう言うと、彼女はくるりと踵を返した。

後部座席のドアを開け、中からキラとカガリを出す。

「お話は、それだけでしょうか?それなら私は、これで帰りますが」

「質問に、答える気は?」

「はっきり言って、答える義理も必要もないと思いますが。……まぁ、いいでしょう。ヒントを差し上げますよ。私の父の名は、リヒト=。その名前からか、『プラントの光』と呼ばれた人です」

「リヒト=?」

聞いたことのある名前、だった。

けれど、どこで聞いたのか分からない。

けれど確かに、聞き覚えのある名前だった。

「リヒト=の子は二人。昨年亡くなった嫡男と、私。恐らくそれが、ザフトが課した、私の『価値』でしょう」

笑みを浮かべ、優雅に少女はお辞儀した。

これでこの会話は打ち切りだ、と。そう言うかのように。

「それでは、私はこれで。また、戦場でお会いしましょう」

そう言い残すと、はジープに乗り込んだ。

カガリは、憎悪の目でを見つめている。

それを軽く受け流し、は皮肉に唇を歪めた。

「それもまた、あなた方ナチュラルの、罪の烙印なのですから……」

ジープは真っ直ぐハッチを出、離れていく。

それを、アークエンジェルの面々は、見ていた。

憎悪にその顔を歪めながら、傷ついた目をしていた少女の、遠ざかって行く後ろ姿を――……。








穏健派だったという父。

穏やかな兄。

そして母。

それだけではない。

ナチュラルは、彼女からもう一つのものを奪った。

だから彼女は、両親を思い出せない。

ナチュラルが奪ったもの。

それは彼女が生まれてから七年間の。

彼女の記憶、だった――……。





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はい。予告どおり、「綺想曲」は今回で終了です。

予想よりだいぶ長くなりましたが。

無事に終わってほっとしております。

漸くヒロインちゃんのお父さんの名前が出てきました。

「リヒト」って言うのは、ドイツ語で光を意味します。

私、ドイツ語好きなんですよ。ドイツも好き。

本格的に習ったことはないのですが。独学してます。まだまだ全然ですけどね。

それでは、ここまで読んでいただき、有難うございました。