『赤』という色は、血の色を連想させる色彩で。

エリートの証が『赤』であることに、時折妙な皮肉を感じる。

けれどその色を、俺は決して嫌いではなかった。

『赤』は確かに、血の色を連想させる色彩だけれど。

けれど同時に、情熱だとか喜びだとかも連想させる色彩で。

俺は決して、嫌いではなかったんだ――……。





ヴァルキュリア
#11 想曲〜\〜






無事に基地まで帰りついたイザークは、少女から貰った包みを、手にしていた。

安っぽい、紙でできた包みだ。

それもおそらく、再生紙だろう。

少女からの贈り物に、不思議と胸が熱くなる。中身が何だとか、包みがどうとか。けちをつければきっと、キリはないのだろうけど。今はその事実が、妙に嬉しい。

少女から貰ったその包みを、イザークはそっと開いた。

「……ピアス」

現れたのは、深紅を思わせる赤い紅い石。

シルバーの台座に、その石は燦然と輝きを放っている。

シンプルで、男が身につけていても差し支えのないデザインのものだ。

何時、少女はこんなものを買ったのだろうか?

考えても、答えは一つのものにしか行き着かない。

イザークが少女から目を離したのは、一回だけだ。

その時に、少女はこれを買ったのだろうか?

期待してはいけないと思いつつも、思わず顔が緩む。

彼女の想いが嬉しくて、仕方がない。

愛しい愛しい少女。

手に入れたいと願った、ただ一つの存在。

「ルビー……獅子座の、守護石……だったか?」

少女の想いが、嬉しくて。愛しくて。

こんな感情は、知らなかった。

何気ないことがこんなにも嬉しいだなんて。少女が自分を少しでも意識してくれていることが嬉しくて、そして切ない。

こんな感情は、今まで知らなかった。誰も、教えてはくれなかった。

少女にやった、アクアマリンのピアス。まだピアスホールが出来上がっていない少女は、それをつけてはいないけれど。

少女にやったピアスの片割れを、イザークは外そうとは思わなかった。

それを外さずに、少女にピアスをやったことで空いている片方の耳朶に、そのルビーのピアスを嵌める。

「悪くはないな」

片耳に輝くのは、優しい色の、青い宝石。

もう片方に煌くのは、鮮やかに赤い宝石。

青と赤の組み合わせは、ひょっとしたらアンバランスになるかもしれないと案じたのだが、絶妙のコントラストが生まれていた。

いつか。いつの日にか。

もう少し、君に近づくことができるだろうか。この想いを告げることが、できるだろうか……?

公表されてはいないとはいえ、互いに婚約者を持つ身ではあるけれど。

どうかどうか、この思いだけは赦してほしい。

少女を誰よりも愛しいと思う、この感情だけは。

この感情は決して、殺せないものなのだから――……。





切ない眼差しは、ただまっすぐに。少女のいる方角へと向けられていた――……。



**




気づかれないように、はそっと溜息をついた。

一体どうして、こんなことになったのだろう?

バルトフェルドがキラたちを招待しているのではないか、ということくらいは、だって予測がついていた。

けれどまさか、こんな状況になるなんて……。

バルトフェルドの入れるコーヒーを一口啜りながら、はもう一度溜息をついた。

……美味しい。はっきりいって、このコーヒーは美味しい。普段紅茶を愛飲するだが、別にコーヒーが嫌いなわけではない。

コーヒーよりも、紅茶をよく飲むだけだ。

(兄さん、好きだったもんね……美味しいコーヒー。特に、エスプレッソ)

『適度のカフェインは脳に刺激を与える』というのが、兄の主張だったように思える。

ただ問題は、兄の飲むコーヒーの量が、『適度』に当てはまるかどうかだっただろう。

(兄さん、カフェイン中毒だったもんなぁ……)

一日に、最低でも十杯はコーヒーを飲む兄だった。

砂糖もミルクも入れず、濃いエスプレッソを、何杯も。その度には、兄の体の心配をして……。

(ああ、懐かしいなぁ……)

が飲みすぎるたび、心配して諫めるのはミゲルの役目だった。

――――『お前、いい加減にしないと胃が真っ黒になっちまうぞ』――――

口調も何もかも、思い出すことができる。

涙が出るほど大切で、愛しい思い出たち。









一方、キラもまた、戸惑いを隠せずにいた。

ピンクの軍服。真白のミニスカートに、黒のハイソックス。

キラの知るは、地球軍の軍服を纏っただった。

けれど目の前のが纏う色彩は、深紅。

それが彼女の本来の姿と分かっていても、自分の知らないの姿に戸惑う。違和感を感じる。

「まあ、楽しくも厄介な存在だよねえ、これも」

「厄介、ですか?」

「そりゃそうでしょう。こんなもの見つけちゃったから、希望っていうか、可能性が出てきちゃったわけだし」

「はぁ……」

曖昧に、キラは頷く。

彼は何を、言わんとしているのだろう?

男は一口、カップの中身を啜った。

そして独白のように、呟く。

真剣な眼差しは、とてもではないが先ほど、カガリとケバブにかけるソースを巡って争っていた人物と同一人物には思えない。

「人は、まだもっと先まで行ける、ってさ。この戦争の一番の根っこだ」

もまた、真剣な顔で彼の話を聞いている。

確かに、そうだ

まだもっと先までいけると信じ、人々は禁断とされてきた『遺伝子改変』にまで手を伸ばした。

そしてそれが生み出したのは、新たな差異の確立。

人類が二つに分かれ、争うという泥沼の戦争だ。

「でも、それでも……それでも、私は……」

が言葉を紡ごうとした、まさにその時。

コンコン、と扉をノックする音が、した。

現れたのはアイシャと、緑のドレスを纏った少女。

恥らっているのか、アイシャの陰に隠れている。

そんな少女の背中を、アイシャはそっと押した。

「女……の子……?」

「くっ……てっめ〜!」

呆然と呟くキラに、少女はものすごい勢いで怒鳴りつける。

キラは慌てて、何とか自分の発言をフォローしようとするのだが……。

「いや。だったんだねって言おうとしただけだよ!」

「同じだろうが、それじゃ!」

いきり立って、怒鳴りつける少女。

キラは思わず唖然とする。

女は衣装や化粧で変わるというが、まさにそのとおりだった。目の前のカガリからはとても、普段の姿を想像することは出来ない。

まるで一国の、姫君のようですらある。

けれど、適切な言葉が、浮かばない。なんといって褒めればよいのか。それが分からない。

(女の子……だったのね……)

は少女のその姿で漸く、街ですれ違ったのが少女であったことに気づいた。

それほど、彼女が男らしかったのか。それとも自分の目が節穴なのか。何はともあれ、妙におかしい気分になった。

ふと傍らを見やれば、バルトフェルドとアイシャも、腹を抱えて笑っている。

「アンディ。私、そろそろ……」

「座っていたまえ、

そうは言われても、居心地が悪いのだ。いくらバルトフェルドの旗下にいた時親しくしていたとはいえ、こうして隊長の隣に自分が座るというのは。

カガリにも椅子を勧めると、バルトフェルドは軽口じみた言葉を口にした。

「ドレスもよく似合うね。……というか、そういう姿も実に板についてる感じだ」

「勝手に言ってろ」

「しゃべらなきゃ完璧」

少女の言葉に、バルトフェルドは苦笑する。

キラも、なんだか疲れたような表情だ。

「そういうお前こそ、ホントに“砂漠の虎”か?何で人にこんなドレスを着せたりする。これも毎度の、お遊びの一つか?」

「ドレスを着せたのはアイシャだし……毎度のお遊びとは?」

「変装してヘラヘラ街で遊んでみたり、住民は逃がして街だけ焼いてみたりってことさ」

「いい目だねえ。まっすぐで……実にいい目だ」

「くっ……。ふざけるな!」

バルトフェルドの言葉に、少女は立ち上がる。

あまり、気の長い性質ではないらしい。

バルトフェルドの言葉が、ふざけているようにでも感じたのだろうか。

は?君はどう思う。この戦争について」

「私は……」

脳裏によぎる、優しい兄の微笑。

どこまでも自分を案じていた、もう一人の兄。

「敵を殺せば、戦争は終わる……ナチュラルさえ、皆殺しにすれば……」

「何を!?」

「私は、赦せない。あいつらを赦すことは、出来ない……」

――――『いい子にしていたら、すぐに帰ってくるよ。私の愛しい』――――

――――『バカだなぁ、は、いい子だろう?』――――


「だからナチュラルを、全て殺してしまえばいい。敵がいなくなれば、戦争は終わる……」

それは、真実だ。しかし同時に、極論でもある。

戦争を終わらせるために、敵を全て殺す。確かにそうすれば、戦争は終わるだろう。

けれど相手だって、ただ殺される趣味などないだろう。それでは、殺し合いが激化するだけだ。

の答えに、バルトフェルドは特に何も言わなかった。

そのまままっすぐと、キラを見つめる。

「君はどう思ってる?」

「えっ?」

「どうなったら、この戦争は終わると思う?モビルスーツのパイロットとしては」

「お前!どうしてそれを……!」

言い当てられ、カガリが激昂する。

すると男は、笑った。

「プッ……ワハハハハ……あまりまっすぐすぎるのも問題だぞ!」

罠だった!?彼は、カマをかけただけだったのか。そしてカガリは、みすみすそれにはまってしまった。

苦いものが、キラの胸内をよぎる。

こんなにも。無謀とも言えるほど真っ直ぐで、よくぞここまで生きてこれたものだ、とは思った。

バルトフェルドは、ソファから離れた。

キラもまた、カガリを庇うようにして、立ち上がる。

「戦争には制限時間も得点もない。スポーツの試合のようなね。なら、どうやって勝ち負けを決める?どこで終わりにすればいい?」

「どこ……で……?」

の言うとおり、敵であるものを全て、滅ぼして……かね?」

振り返ったバルトフェルドの手には、銃があった。

その銃口は、真っ直ぐにキラたちの方を向いている。

何とか、カガリだけでも助けたい。

そう思い、キラは脱出口を探す。

「やめたほうが賢明だな。いくらキミがバーサーカーでも、暴れてここから無事に脱出できるものか」

「バーサーカー?」

聞きなれな言葉に、キラは困惑する。

「ここにいるのは、皆キミと同じ。コーディネイターなんだからね」

「えっ!?」

バルトフェルドの言葉に、カガリは瞠目する。

キラが、コーディネイター……?

銃口をキラに向けたまま、バルトフェルドは言う。

「キミの戦闘を二回見た。砂漠の接地圧、熱対流のパラメータ……。キミは同胞の中でも、かなり優秀なほうらしいな。あのパイロットをナチュラルだといわれて素直に信じるほど、私は呑気ではない。そして見慣れぬキミの、さっきの立ち回りだ」

「あっ……」

「キミが何故、同胞と敵対する道を選んだのかは知らんが、あのモビルスーツのパイロットである以上、私とキミは、敵同士だということだな」

ギリ、っとキラは唇を噛み締めた。

敵……なのか。

どちらかが死ぬまで、争い続けるのか。

「やっぱり、どちらかが滅びなければならんのかね?」

「!?」

ヘラリ、と笑って、バルトフェルドは銃を下ろした。

「ま、今日のキミは命の恩人だし、ここは戦場ではない……」

バルトフェルドは銃をしまった。

カチャリ、と扉が開き、アイシャが現れる。

「帰りたまえ。話せて楽しかったよ……良かったかどうかは分からんがね。、悪いが彼らを送ってやってくれ」

「初めから、そのつもりだったんでしょ?」

少女は立ち上がり、キラたちを先導するように扉のほうへと歩いていく。

カガリの方を抱いて、キラはそのあとをついていく。

窓から外を眺めながら、男は言った。

「また、戦場でな……」

その言葉に、キラたちもまた、無言で……。









『敵』というもの。

それは自らを陥れ、殺そうとする存在。

では、彼は敵なのか。

……分からない。

分からないまでも、戦場で出会えば敵となる。

それが、真実なのか。

一体自分は、何と戦えばいいのだろうか……。





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次回、もしくは次々回で綺想曲は終了です。

いやぁ、しかし難しいですね。

戦闘シーンはなかったのですが。

やっぱりSEEDは扱ってるテーマが重いというか……。

がんばって書いていきますので、最後までお付き合いくだされば幸いです。