もしも誰かにそう問われたら、私はこう答えるだろう。 『青が好き』と。 アイスブルーの瞳だった兄さん――兄様――。 兄さんの瞳の色は、メタリックな青色。 濃い青色も、好き。 濃い青は、父様の瞳の色だと兄さんが教えてくれた。 だから私は、青が好き。 でもね、赤も嫌いじゃないのよ? それに赤は、貴方って気がしたの。 見た目は冷たいのに、情熱的で、激情家の貴方らしい色でしょう? 獅子座の守護石は、ルビー。 ダイヤもそうだけど、ルビーの方が貴方らしい。 獅子座の守護石。 宝石言葉は『情熱』、『威厳』、そして『仁愛』――……。 鋼のヴァルキュリア #12 動物たちの謝肉祭〜前〜 食事のトレイを独房のサイに運ぶカズイに、キラはついていった。 その後を、フレイもつけていく。 「キラは顔出さないほうがいいよ。鍵開けたら、ドアの陰にいて」 独房の前でカズイは振り返り、キラに言う。 その言葉に、ほんの少しキラは傷ついて。 けれど続けられた言葉に、何も言えなくなる。 「またキレちゃったら嫌だろ。あのサイがさ……」 「うん……」 キラが、サイを傷つけたのだから。 だから顔をあわせることも自粛してくれと言外に言われて。 キラは何も言えなくなる。 キラがサイを傷つけた。それは、事実なのだから。 カズイが扉の前に立ち、ドアが開く。死角になるところに、キラは身を滑り込ませた。 「サイ?大丈夫?」 「あ……うん」 「一週間、キツイだろうけどさ。規則じゃしょうがないもんな。我慢して」 「分かってる。大丈夫だから」 カズイの言葉に答えるサイの顔は、僅かにやつれていた。けれどその顔はひどく穏やかで、キラは我知らず安堵する。 もう、あんなサイは見たくなかった。 普段穏やかなサイが、我を忘れて怒鳴り散らし、暴力に訴える。そんなものは、もう……。 ふと、キラは視線を感じた。そちらのほうに目をやると、燃えるような赤毛が目に止まる。 キラの視線を感じたのか。その人物は慌てて姿を消した。 こんなとき、キラは自分の良すぎる視力が疎ましくなる。 人より数段優れた遺伝的資質を持つコーディネイター。当然、近視の者はいない。コーディネイターは概して視力はいい。 けれどこんなときは、こんな風に見たくもないものまで見えてしまったときは、自分がコーディネイターであることに疎ましさを感じるのだ。 彼女は、感じたことはないのだろうか? 「ナチュラルなど全て滅ぼしてしまえばいい」そういった彼女は。ザフトの『ヴァルキュリア』=は、自分の身体能力に何の疑問もはさむことなく、与えられた特質を受け容れているのだろうか。 聞きたい、と思った。聞いてみたい、と。同じく戦う、しかも女性である少女に――……。 本格的に“砂漠の虎”と戦うことを決めた地球軍の面々は、心中は決して穏やかとはいえなかった。 ザフトの地上部隊北アフリカ方面軍を指揮する有能な男と、真っ向から雌雄を決するのだ。緊張しない人間がいるならみてみたい、と本気で思う。 そして頭痛の種はそれだけではない。戦うのだ。『ヴァルキュリア』と。 今まで戦った彼女が乗る機体は、MS“ジン”だった。 けれど恐らく今回は、そうではあるまい。砂漠に適した“バクゥ”か。それともフラガですら噂でしか聞いたことのない、死神の代名詞とも呼ばれるあの機体。 『ヴァルキュリア』の愛機、“ワルキューレ”か……。 戦慄が、身の内を駆け巡る。 それは、恐怖。 『ヴァルキュリア』と、戦うのだ。『天才』とすらも言われる、ヴァルキュリアと。 MSにかけては天才的だ、と噂で聞いたことがある。そして彼女の実力を、もっとも遺憾なく発揮するのが、彼女の愛機。“ZGMF−X08A ワルキューレ”だと……。 フラガの思索は、しかしそこで破られた。 サイーブの指が、真っ直ぐに一点を示す。 「この辺りは、廃坑の空洞だらけだ。こっちには、俺たちが仕掛けた地雷源がある。戦場にしようってんならこの辺だろう。向こうもそう考えてくるだろうし、せっかく仕掛けた地雷源を使わねえって手はねえ」 「でも、本当にそれでいいのか?俺たちはともかく、アンタらの装備じゃ、被害はかなり出るぞ」 「“虎”に従い、奴らの下で奴らのために働けば、確かに俺たちにも平穏な暮らしは約束されるんだろうよ……。バナディーヤのようにな。女たちからは、そうしようって声も聞く。だが、支配者の手は常に気まぐれだ。何百年、俺たちの一族がそれに泣かされてきたと思う?」 サイーブの言葉に、彼らは何も言えなくなる。彼らにその意思はなくとも、彼らの属していた世界は、まさしくサイーブたちを支配する側だった。 サイーブは、誇り高く顔をあげて、言う。 「支配はされない、そしてしない。俺たちが望むのは、ただそれだけだ。“虎”に押さえられた東の鉱区を取り戻せば、それも叶うだろう。――こっちは、アンタらの力を借りようってんだ。それでいいだろう?変な気遣いは無用だ」 「OK、分かった。艦長!」 フラガに促され、マリューは顔をあげた。 そして断固たる口調で、言う。 「分かりました。では、レセップス突破作戦へのご協力、喜んでお受けします」 格納庫の前には一台のシミュレーターが置いてあり、そこには人だかりが出来ていた。 時折、歓声が上がる。 「何やってんの?」 「あ、トール。見て〜、この子凄いの!」 シミュレーターに座り、操縦桿を握るのは、カガリだった。 ノイマンが感心したように、覗き込む。 「確かにやるね。え〜と、カガリちゃんだっけ?実戦経験あるの?空中戦」 「えへへ〜」 言われ、まんざらでもなさそうにカガリは笑う。 画面の中では最後の敵機が撃ち落され、被験者の名前とスコアが表示された。文句なしに、カガリの名がトップに表示される。 「2発喰らっちゃったな」 「でも凄いじゃん。俺なんか、戦場入った途端墜とされたもん」 「私も……」 「何々?もう皆やったの!?」 トールが興味深そうに身を乗り出す。 カガリは、座席から降りた。 「お前ら、軍人のクセに情けなさすぎるよ!銃も撃ったことないんだって?んなこっちゃ死ぬよ?戦争してんだろ、戦争」 「確かに」 「ふん、何よ。威張れるようなことじゃないわよ、銃撃ったことあるなんて」 バカにしたようなカガリの言葉に、ミリアリアは反発する。 笑いながら、ノイマンはそんなミリアリアを窘めた。 「軍人なのに撃ったことない、ってのも威張れることじゃないぞ」 その言葉に、ミリアリアとカズイは目に見えてシュンとなる。 トールだけが、何か新しいおもちゃを与えられた子供のように目を輝かせた。 「俺もやっていい?ねえ、やらせて」 「ゲーム機じゃないんだぞ」 「はっ!分かっております!訓練と思い、真剣にやらせていただきます!」 ノイマンが言うと、トールは敬礼すらして見せた。 するとノイマンは更に、「そんならよ〜し!撃墜されたら、飯抜き!」 「え〜っ!」 普段、眉間に皺を寄せることの多い彼でも、ジョークの一つや二つは言うのだ。 再び、周囲が騒がしくなる。 それを聞きながら、カガリはスカイグラスパーを見上げた。 「駄目ですよ、本物は!」 「分かってるよ!」 カガリの視線に気づいた整備士が、通せんぼをするような格好で立ちふさがる。 口では分かったといいながら、カガリは名残惜しそうな目で、それを見ていた。 白く輝く、その美しい機体を――……。 暗い自室で、キラはベッドに横になっていた。 物憂げなアメジストの瞳。身動きすらせず、ただ天井を見ている。 その時、暗証番号を入力する電子音が微かにして、フレイが現れた。 「や〜ね、な〜に?暗いままで……」 「あ……うん」 照明の電気をつけると、フレイはキラのほうへ歩み寄る。 そして起き上がったキラの横に座った。 「さっきは、どうしたの?サイのとこ、来てたでしょ?」 「サイ……馬鹿よね……」 「え?」 「貴方に適う筈なんかないのに……馬鹿なんだから……」 苛立たしげに発せられたその言葉に、切なげな響きが含まれていて。 それでキラは、悟ってしまった。 フレイの本当の想いを。 きっとフレイはまだ、サイが好きなのだ、と。 目を合わせられなくて、キラはフレイの視線から逃れようとする。 そんなキラの異変に気付いたのだろう。フレイはキラの胸にしなだれかかってきた。 「大丈夫よ、キラ……貴方には、私が……」 「フレ……!」 口付けながら、フレイはキラをベッドに押し倒そうとする。 もがきながら、キラはフレイの体を突っぱねた。 「キラ!?」 信じられない、といいたげなフレイの声。 それを背に聞きながら、キラは部屋を飛び出していた。 そしてそのまま、薄暗い廊下にうずくまる。 フレイはまだ、サイが好きなのだ。 それなのに、与えられた温もりが嬉しくて、サイを傷つけた。 フレイは何故、キラに抱かれたのだろう?同情だったのだろうか。 そうに決まっている。同胞を裏切り、傷つけているキラ。 そんな彼を、フレイが本気で愛してくれる筈がない。 そして、も……。 彼女の手を、キラは払いのけた。 アスランの請いを無視し、を傷つけ……そして手に入れたのが、これか?自分はこんなものが欲しくて……こんなもののために戦いを決意したのか? 後悔と慙愧が、キラの思考を支配する。 薄暗い廊下で、キラは孤独だった。 言い知れない孤独を、キラは一人、噛み締めていた――……。 「あれ?おかしいなぁ……」 自室に宛がわれた部屋で、はごそごそと探し物をしていた。 スカートやシャツのポケットも探すが、目当てのものが見つからない。 「落としちゃったかなぁ……やばっ」 ないのだ。コンタクトのケースが。 視力が悪いわけでは、断じてない。 彼女にとってコンタクトは、瞳の色を隠すために必要なものだった。 何故、瞳の色を隠す必要があるのかは、は知らない。 ただ、物心つく頃には、兄にそれを習慣付けられた。 人前では決して外してはいけない、と。 「オッドアイなんて、珍しくもないと思うんだけどなぁ……」 なのに何故、兄はあんなにも口をすっぱくしていったのだろう? 「分かんないけど……無いよぅ……」 落としてしまったのかも、しれない。 コンタクトを落としたわけではないから、まだマシだとしても。 「こんな所に売ってるわけ無いしぃ……」 がっくり、とは肩を落とした。 嬲り殺しなんかやったから、罰が当たったのだろうか? 「しょうがないじゃない。許せなかったんだから……」 『青き清浄なる世界のために』なんて。聞くに堪えない暴言。許容できなかったのだから。 「無いぃぃぃぃ!!」 やっぱり、落としたのだ。 暫くの間は、コップの中に水でもはって凌ぐしかない。 溜息をついて、はコップに水を汲む。 (間違えて、この水飲みませんように……) 小さく、は祈る。 この場合、彼女にとってそれは切実で。 それからそっと、カラコンを外した――……。 は、知らない。 そのケースが今、イザークの手にあることを。 兄がに、コンタクトをつけるよう言った、その真意を。 彼女はまだ、何も知らなかった。 大切なことは、何も――……。 +−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+ 余談ですが、緋月はコンタクトをつけたことがありません。 目は悪いのですが。 疲れ目で乾燥しやすいため、つけられないんです。 いや、はめるの怖そうだとも思いますが。 どうなんでしょうかね? 今現在も、目の痛みと戦っております。 目薬効きやしない。 名前変換、最近少なくてすみません。 何とか多くしたいんですが。 SEEDってAA中心だし。 ザフトあまり触れられてないんですね。 ザフト好きなのに……。 ミジンコ並みの想像力(どんな例えだ)しか持ち合わせていませんが、これからも頑張っていきたいと思います。 これからもどうか、よろしくお願いしますね。 |