たいていそれは、父を喪った日の夢だった。 俺の父は、軍人だった。 特務隊で、隊長すらも務めるその父は、俺の憧れだった。 その父が、死んだ。 ……悲しかった。 どうしようもないほど哀しくて、辛くて。 泣く俺とは対称的に、母の瞳に、涙はなかった。 父の遺体を前に、母はその顔をぴくりとも動かさずに。 それは、俺に何よりの衝撃を与えた。 父も母も仕事をしていて。 お互い忙しくて。 俺は二人が一緒にいる姿なんて、あまり見たことがなかった。 それでも。 二人は愛し合っているのだ、と。 疑いもせずに信じていた。 けれど、そうではなかった。 母は父を、愛してはいなかったのだ……。 鋼のヴァルキュリア #11 綺想曲〜V〜 「嫌な夢を見た……」 呟いて、少年は体を起こした。 空を見上げると、少し白んでいる程度だ。 まだ、夜は明けない。 それでももう、寝る気になれなかった。 「……」 自分の心を縛ってやまない少女。 その名を、そっと呼ぶ。 深刻な、女性不信。 それは全て、父を喪ったあの日に端を発していた。 母は父を、愛してはいなかった。 それでも、彼は生まれた。 愛し合ってなどいない、二人の間に。 女とは、愛してもいない男との間に、平気で子を生せるのだ。 幼いあの日、彼は女性をそう認識した。 その認識は、今も変わらず彼の中にある。 「……」 呟くその名に込められるのは、堪えきれないほどの愛しさ。 少女が、愛しかった。 彼女には、上流の人間にありがちな驕りがなかった。 ひたむきで純粋で。 だから彼女に、惹かれた。 その笑顔に心を奪われた。 彼女なら、ありのままの自分を受け入れてくれる、と。 そう、思えたから……。 事実、彼女の前では呼吸が楽だった。 飾らぬ自分のままで、接することができた。 彼女を傷つけたことも、ある。 それは何よりも苦い現実だった。 けれどそれでも……。 愛しいと思う。 その気持ちもまた、現実なのだ……。 「……」 拳を、握り締める。 込み上げてくるものは、何なのだろう。 胸が痛くて、苦しい。 空を、見上げる。 今日もどこかで、戦闘が起こるのだろう。 平和に見える、この空の下のどこかで。 自嘲気味に、哂う。 彼の手が、既に血塗れなのに……。 守れるものなど、たかがが知れている。 そしてこの血塗れの手が守れるものもきっと、たかがが知れているのだろう。 この血塗れの手で。 ただ、お前を守りたい――……。 明けてゆく空を見上げて。 彼はそう、呟いた……。 スカイグラスパーが滑るように、“アークエンジェル”内のカタパルトに降り立った。 「レジスタンスだあ?」 「らしいですぜ」 マードックに言われ、フラガは銃を片手に、コックピットから降り立った。 ハッチに向かい、歩く彼の横を銃を持ったクルーたちが追い越す。 緊張は、ブリッジにいる面々も同じだった。 「味方、と判断されますか?」 「……銃口は向けられていないわね。ともかく、話してみましょう。その気はあるようだから。……うまく転べば、色々と助かるわ」 尋ねるナタルに、マリューはそう返す。 地球に降りたばかりの彼女たちは、目下の情勢も何も知らない。 その上、“砂漠の虎”と対決することになるかもしれないのだ。 「後をお願い」 立ち上がり、マリューはエレベーターの方へと向かう。 ハッチの前では、既にフラガが待っていた。 「やれやれ……。こっちのお客さんも、一癖ありそうだな」 片手に持った銃を、彼はホルスターにしまいながら、言う。 マリューも銃弾を確認し、ホルスターにそれをしまった。 ハッチの影には、ライフルを持ったクルーたちが、その身を潜めている。 「俺、これはあまり得意じゃないんだけどね」 顔を強張らせているマリューの緊張をほぐそうとしてか。 フラガは冗談めかしてそう言う。 その言葉に、マリューは少し、笑った……。 ハッチを開くと、朝の幾分冷たい風とともに、少量の砂が舞い上がった。 歩み寄るマリューたちを、レジスタンスの男たちは値踏みするような目で見ている。 リーダー格と思われる、顔に傷を持つ恰幅の良い男が、ずい、とマリューたちの前に出てきた。 「助けていただいた……とお礼を言うべきなのでしょうかね?地球軍第8艦隊、マリュー=ラミアスです」 「あれ?第8艦隊ってのァ、全滅したんじゃなかったっけ?」 マリューが名乗ると、まだ幼い少年が、嘲るようにそういった。 むっとして、マリューはその少年を睨みつける。その身を犠牲にしてまでも、彼女たちを地球に下ろし、壮絶な戦死を遂げたハルバートン以下第8艦隊の軍人たち。 彼らを侮辱するような発言は、当然マリューには許容できなかった。 リーダー格の男が、その少年をたしなめるように名を呼び、片手を上げた。 「俺たちは、“暁の砂漠”だ。俺はサイーブ=アシュマン。……礼なんざいらんさ。分かってんだろ?別にアンタ方を助けたわけじゃない。フン。こっちも、こっちの敵を撃ったまででね」 「“砂漠の虎”相手に、ずっとこんなことを?」 呆れたように、フラガは言う。 実際、呆れてしまうような話ではないか。数に勝る地球軍でさえ、ザフトの猛攻を前になす術がないというのに。彼らは無謀にも、ずっとこんなことを繰り返しているというのだから。 「アンタの顔は、どっかで見たことあるな」 「ムウ=ラ=フラガだ。この辺に、知り合いはいないがね」 「“エンデュミオンの鷹”とこんなところで会えるとはよ」 そっけなく名乗ったフラガに、男はあっさりと答えた。 意表を、つかれた。 まさかこんなところに、自分を知る人間がいるなんて。なかなかどうして、たいした情報網を持っているではないか。 「情報も、色々とお持ちのようね。私たちのことも?」 「地球軍の新型特装艦、アークエンジェルだろ?クルーゼ隊に追われて地球に逃げてきた。そんであれが……」 ストライクのほうへ顎をしゃくるサイーブを遮るように、少し高めの声が上がった。 「]105。ストライクと呼ばれる地球軍の新型機動兵器の、プロトタイプだ」 そういったのは、金髪の少女だった。 それに、マリューとフラガは不審を覚える。 何故こんなところで抗争を繰り返しているような面々が、ここまで詳細なデータを知っているのだろう? 口を開きかける二人を遮るように。二人の視線から少女を隠すように。サイーブが前へ出た。 「お互い何者だか分かってめでたし、ってとこだがな。こっちとしちゃあ、そんな禍のタネに降ってこられてビックリしてんだ。アンタたちがこれからどうするつもりなのか、そいつを聞きたいと思ってね」 「力になっていただけるのかしら?」 可能な限り、この男たちから引き出さなければならない。 このまま敵の攻撃を受けることなくアラスカにまで辿り着けるとは、思えない。 利用できるものは、利用しなくては。 マリューの言葉に、男は食えない笑みを浮かべた。 「フン。話そうってんなら、まずは銃を下ろしてくれよ。あれのパイロットも」 どうやらこの男は、念のため伏せておいた兵士たちの存在もすべて、お見通しだったらしい。 ここまできたら、下手な小細工は無用だ。 むしろ、こちらの不利になりかねない。 「分かりました。ヤマト少尉!降りてきて!」 マリューはハッチの影に身を潜めていた兵士たちに手で合図し、キラに降りてくるよう呼びかけた。 ストライクの外部マイクからその指示を聞いたキラは、ハッチを開け、ラダーに掴まって地上に降りてくる。 マリューたちのもとへ合流しようと、歩きながらヘルメットを外す。 現れた彼の顔を見て、レジスタンスたちが一様に驚きの声を上げるのを、肌で感じた。 その中の一人が、キラのもとへ歩み寄る。 「お前……!」 「……」 「お前が何故あんなものに乗っている!!」 「!」 振り上げられた拳を、キラは反射的に受け止めた。 拳を受けられたことで、少女は悔しそうにキラを睨みつけている。その瞳に、キラは見覚えがあるような気がした。 そしてキラは、思い出した。 「キミ……あの時、モルゲンレーテにいた……」 ザフトの襲撃にあい、崩壊したオーブの資源衛星プラント、ヘリオポリス。 その日、キラは教授に頼まれ、モルゲンレーテを訪れていた。 そこで開発されていたものが……今、キラが搭乗してるストライクを初めとする、MSだった……。 襲撃に巻き込まれ、彼女は避難用シェルターへ。キラはストライクへ。別れて、それきりになった、少女。 あれからまだ一月も経ってはいないというのに。もう、何ヶ月も経ってしまったような気がする。少なくともキラはもう、無邪気なだけの子供でいられなくなった。戦争を知り、こうしてMSに乗って、戦っている。 キラはしばし呆然とし、そして少女は、キラに掴まれた手を離そうと、身を捩った。 「くっ……。離せ!このバカ!!」 空いている手で、少女はキラを殴りつけた。 呆然として、キラは後ずさる。何故、彼女がここにいるのだろう?彼女は、オーブの人間では、なかったのだろうか……? 砂の上に突き出した岩山へと、アークエンジェルはバギーに先導されて進んでいた。 白く輝く艦の威容に、住人らしい男たちが目を見張る。 岩山に取り囲まれた谷間へ、アークエンジェルは着底した。その上で、空からの偵察に備え、隠蔽用のネットを上から、人とモビルスーツが広げていく。 「サイーブ!どういうことだよ、こりゃ!?」 「客人だ。行儀良くしろよ」 抗議をする男たちに、サイーブはそう答える。 マリュー、フラガ、ナタルの三人は、司令室と思しき部屋へと通された。部屋の中央には大きなテーブルがあり、その周囲を通信機や情報分析用と思われるコンピューターが囲んでいる。 「こんなトコで暮らしてるのか?」 「ここは前線基地だ。みな、家は街にある。……まだ、焼かれてなけりゃな」 「街?」 「タッシル、ムーラ、バナディーヤから来てる奴もいる。俺たちはそんな街の、有志の一団だ」 「艦のことも、助かりました」 マリューはまず、そう礼を言う。 何しろあんなにでかい図体を持つ艦だ。 ああでもしなければ、隠蔽することは困難だっただろう。 「彼女は?」 フラガはそういって、部屋の隅でなにやら指示を出している少女へ顎をしゃくる。ここへこうして入ることができたのも、彼女の言葉があってのものだ。 彼女が、言ったのだ。『連中なら、キャンプに入れても問題ないと思うが』と。 興味を持つな、と言うほうが、無理だった。 「俺たちの『勝利の女神』だ」 「へぇ〜。で、名前は?」 面白がるように、フラガは尋ねる。 サイーブは険しい目で、そんなフラガを睨みつけた。 フラガはその様子に、肩をすくめてみせる。 「女神様じゃ、知らなきゃ悪いだろ」 「カガリ=ユラだ」 岩山の上に、キラは立っていた。 すぐ傍には、ストライクが立っている。 キラの横を、「ご苦労さん」と声をかけて、隠蔽用のネットを背負ったサイが通り過ぎる。 サイと入れ違いになって、金髪の少女が現れた。大人たちの話に、飽きたのだろうか。少女はまっすぐ、キラのほうへと向かってくる。 「さっきは悪かったな。殴るつもりはなかった……わけでもないが。あれは弾みだ。許せ」 ぶっきらぼうな彼女の謝罪に、キラは思わず声を立てて笑ってしまう。そんなキラに、馬鹿にされたとでも思ったのか。 少女はキラを、睨みつけてきた。 「何がおかしい!?」 「いや、だってさ……」 「ずっと気になっていた……。あの後、お前はどうしただろう、と」 相変わらず、彼女の言葉はぶっきらぼうだった。けれどそれは、気まずさを隠すためのものだったのかもしれない。 満員と言われた避難用シェルターに、せめて一人だけでもと頼んで、キラはカガリを押し込んだ。キラは、コーディネイターで。カガリは、女の子で。 キラとしては、それは当然の選択だったのだけれど。見ず知らずの人間が、自分を助け、コロニー崩壊に巻き込まれていたら、と考えることは、決して気分の良いものではないだろう。 「なのに、こんなものに乗って現れようとはな!おまけに、今は地球軍か!?」 「色々あったんだよ……色々ね……」 キラは低く、そう呟く。 彼の脳裏を、様々なものがちらつく。 悲痛な声で自分を呼ぶ、アスラン。爆散したシャトル。助けられなかった幼い少女がくれた紙の花。そして……自分が傷つけた、と言う名の少女……。 思い出せば、それだけで胸が痛む。 本当に、自分はなんて遠くまで来たのだろう……? 痛みを振り払うように、キラはカガリに疑問に思っていたことを尋ねる。 「キミこそ、何でこんな所にいるんだ?オーブの子じゃなかったの?」 「あ……」 聞かれたくないことを聞いてしまったのだろうか? カガリは、フイと顔を背けた。 そんな二人の様子を、カガリに影のようにつき従う男が、じっと見ていた――……。 大人たちの話は、なおも続いていた。 内容は専ら、現在の地球軍の、そしてザフトの動向に終始している。 「そら、ザフトの勢力圏と言ったって、こんな土地だ。砂漠中に軍隊がいるわけじゃねえがな。だが三日前にビクトリア宇宙港が墜とされちまってからこっち、奴らの勢いは強い」 「ビクトリアが!?」 「三日前!?」 淡々と情勢を語るサイーブの声に、驚愕に満ちたマリューとナタルの声が重なる。 「ここ、アフリカ共同体は元々、プラントよりだ。がんばってた南部の南アフリカ統一機構も、ついに地球軍に見捨てられちまったんだろうよ。ラインは、日に日に変わっていくぜ」 アフリカ大陸は現在、大まかに見て二分されている。うち七割が“親プラント”国家である『アフリカ共同体』。残る南部が、地球連合軍よりの『南アフリカ統一機構』となっていた。 ザフトの地球侵攻作戦、“オペレーション=ウロボロス”は、赤道付近の低緯度の宇宙工を制圧すると言うものだ。既に華南宇宙港が墜とされ、ビクトリアも墜とされた。残るは最早、パナマ宇宙港しかない……。 暗澹たる気分に、襲われる。 ここから先の未来が、不安で仕方がない。 「そんな中でがんばるね、アンタらは」 「俺たちから見りゃ、ザフトも地球軍も同じだ。どっちも支配し、奪いにやってくるだけだ」 そう語るサイーブの口調は、淡々としていた。けれどそれだけ、彼の怒りは深いのかもしれない。文明が発達してからこっち、植民地として支配され、幾度も動乱を経験した国。それが、このアフリカ大陸にある国々だ。それを思えば、彼の怒りも分かる。彼らはまさしく、大国の論理に振り回され、被害を味わってきたのだから。 「あの艦は、大気圏内ではどうなんだ?」 気を取り直したように、サイーブはそう、問うてきた。 「そう高度は取れない」 「山脈が越えられねえってんなら、後はジブラルタルを突破するか……」 「この戦力で?無茶言うなよ」 ジブラルタルは、ザフトの地球侵攻作戦における前線基地だ。とてもではないが、この戦力で突破することは難しい。 「ん〜。がんばって紅海へ抜けて、インド洋から太平洋へ出るっきゃねえな」 「太平洋……」 「補給路の確保なしに、一気にいける距離ではありませんね」 「大洋州連合は、完全にザフトの勢力圏だろ?赤道連合は、まだ中立か?」 真剣にその航路を検討し始めた三人に、サイーブが呆れたような声を出した。 手に持っていたコーヒーカップを、トンとアフリカ大陸の一点に置く。 「おいおい、気が早ぇな。もうそんなトコの心配か?ここ!バナディーヤには、レセップスがいるんだぜ?」 「あ……『がんばって抜けて』って、そういうこと?」 ヘラリ、とフラガがごまかし笑いのようなものを浮かべた。 マリューは、そっと溜息をつく。 やはり、そううまくは、事は運ばないようだった……。 夕暮れが、迫っている。 レジスタンスの基地にも、夕暮れは訪れる。 世界に不条理なことは多いが、時間だけは、常に万人に均一に流れているのだから、当然といえば当然なのだが。 「はぁ〜あ。レジスタンスの基地にいるなんて……。何か話がどんどん変な方向にいってる気がする……」 「はあ〜、砂漠だなんてさ……。あ〜あ。こんなことならあんとき、残るなんていうんじゃなかったよ」 サイの溜息に、カズイが同調する。 軍に志願さえしなければ、こんなところにくる必要は、なかった。カズイはそう考えずにはいられない。もしもあの時……と。 「でも、あそこでシャトル乗ってたら、今頃死んでんぜ?」 カズイの愚痴に、トールがあっさりと現実を思い出させる。 そうだ。もしもあの時シャトルに乗っていたなら、今頃彼らは死んでいた。あのシャトルは、“デュエル”に撃ち落されたのだから。 「これからどうなるんだろうね……私たち……」 不安そうなミリアリアを、トールは抱き寄せる。 そのとき、辺りを見回しながら、フレイがやってきた。 「キラは?」 そう尋ねるフレイの瞳に、サイは映らない。 サイの中で、疑惑だけがどんどん膨れていく。 その頃、フレイの探し人であるキラは、“ストライク”のコックピット内でキーボードを叩いていた。 「お〜、また何やってんだ?」 「夕べの戦闘のとき、接地圧イジったんで、その調整とかですよ」 尋ねるマードックに、キラは目も合わさずに答える。 「は〜ん、なるほどねえ。便利なパイロットだよな、お前って。何か俄然、やる気じゃねえかよ!ヤマト少尉!ははははははっ」 それがマードックからの賛辞であるということは、分かっている。 分かっていても、今のキラにはそれを受け止めるだけの心の余裕が、ない。 仕方ないじゃないか、とキラは思う。 (やらなきゃ、どうしようもないじゃないか……!僕ががんばって……強くなけりゃこの艦は……) キラの頭からは、完全にハルバートンの言葉は抜け落ちていた。 強くならなければならない。その思い込みゆえに、キラは真実から目を逸らし続ける。どうがんばったって、キラ一人の働きなど、たかが知れている。キラがいくらがんばったところで、それは戦局を左右することはできない。 そのことを、キラは完全に失念していた……。 キラを探していたのは、フレイだけではなかった。 カガリもまた、キラを探していた。 「地球軍のモビルスーツのパイロットを見かけたか?」 「いや。何か用か?」 「用ってほどのことじゃないが……また名前を聞くのを忘れたんだ」 「え?知り合いなんじゃなかったのかよ」 逆にそう聞き返されて、カガリは慌てる。 「知り合い」そういって、カガリは彼らがキャンプに入るのを、仲間たちに許してもらった。確かに、「知り合い」は「知り合い」なのだ。例え、名前を知らなくても。 「え?……あああ。ああ、そうだな。知り合いといえば、知り合いで……」 「カガリ!」 どぎまぎとするカガリに、彼女に影のように従う大男が声をかける。そのまま、クイッと顎をしゃくった。 「気をつけてください。バレますよ」 「すまん」 「貴方はすぐに、周りが見えなくなる」 「うるさいな!」 諭されて、カガリは思わず大きな声を上げた。 分かっていることを他人に指摘されるのは、決して快いものではない。 男はそんなカガリに、小さく微笑した……。 カガリはまだ、キラを探していた。 アークエンジェルのほうへと歩いていくと、少年と少女の言い争う声が聞こえた。カガリは名前を知らないが、サイとフレイだった。 「ちょっと待てよ、フレイ!そんなんじゃわかんないよ!」 「うるさいわね!もう、いい加減にしてちょうだい」 少女は、カガリの姿を見ると、ぷいっと顔を背ける。 フレイは、カガリをあまり好ましく思っていなかった。 「おい、なんだよ。それは!」 なおもフレイの後ろからは、サイの声が追いすがる。 そのとき、ハッチを開けてキラが姿を現した。 「……キラ!」 嬉しそうに、フレイはキラに駆け寄り、両手でキラにしがみついたままその背後に隠れる。 気まずそうに、サイは立ち止まった。 「……何?」 サイに応じたのは、キラだった。 信じられないくらい冷たい目で、キラはサイを見ている。 「……フレイに話があるんだ。キラには、関係ないよ」 「関係なくないわよ」 キラの後ろから、フレイが叫ぶ。 「だって私、夕べはキラの部屋にいたんだから!」 まだ近くにいたカガリはその言葉に真っ赤になり、慌てて身を隠す。 サイは、呆然とキラを見つめていた。 呆然と、「キラ……」と呟く。その声の響きに、キラは胸が痛くなった。どんな理由があれ、彼がサイを裏切ったことに、変わりはないのだ……。 これが、「罪悪感」というものなのだろうか。 サイの視線に耐えられなくなり、キラは目を逸らす。 「どういうことだよ、フレイ……君……」 「どうだっていいでしょ!サイには関係ないわ!」 そういって、フレイは殊更キラに身を寄せる。 その事実は、キラの罪悪感を圧倒するに、十分だった。 「……もうよせよ、サイ……」 「キラ……?」 「どう見ても、君が嫌がるフレイを追っかけてるようにしか、見えないよ」 「何だと……?」 サイの体が、ぶるぶると震える。 それは、怒り故なのだろうか。 「夕べも戦闘で……疲れてるんだ。もう、やめてくんない?」 「キラ……!!」 踵を返し、フレイの方を抱いたままアークエンジェルの艦内に入ろうとしたキラに、サイは掴みかかった。 しかしその手はキラによって、逆手にひねりあげられる。 突然の暴力に、フレイが怯えたようにキラから身を離した。 「やめてよね。……本気でケンカしたら、サイが僕にかなうはずないだろ」 キラは自分でも驚くほど冷たい声で、そう言い放った。 そのまま軽くサイの背中を突き放すと、よろよろとサイはその場にしりもちをついた。 驚愕に、サイは目を見張った。 キラが、こんな仕打ちをするなんて……。 サイの視線から逃れるように、キラは顔を背けた。 「フレイは……優しかったんだ……」 今ここで、こんなことを言うのは、卑怯だ。 それは、分かっている。けれど分かっていても、キラは自分が止められなかった。 「ずっとついててくれて……抱きしめてくれて……僕を守るって……!僕がどんな思いで戦ってきたか、誰も気にもしないくせに……!」 コックピットの中で、キラは常に一人だった。常に死と隣り合わせの戦場で、命を落とすかもしれない恐怖を抱えて、同胞を撃つ。 同胞を……アスランを……を……。 心が冷えていく、感覚。フレイはそんなキラに、温もりを与えてくれた人だった。 「キラ……」 涙にその紫紺の瞳を潤ませ、震えるキラにフレイが触れる。 甘やかな声が、キラの名を呼ぶ。 それだけが、今のキラの真実だったのだ……。 突如として鳴り響いた、警報。 無線越しに、サイーブは何事があったかを問う。 返答は、驚くべきことだった。 「空が!……燃えてる!タッシルの方向だ!」 それ、即ち。「街が、焼かれた」ということだった……。 +−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+ キラはですね。さんのこと、好きですよ。 でもね、フレイもまた、好きなんです。 不誠実かもしれないですが。遠くにいる人と、近くにいる人なんですよ。遠恋で考えていただければ、分かりやすいかな。 離れている恋人が好きなんだけど、近くにいるこの人も気になる……という。 ……不誠実ですか? そしてうちの王子は女性不信です。 女性不信といっても、女性が愛せないわけではありません。 女性への扱いが、とにかく酷いってタイプです。 それは、その相手に「恋」をしたことがなかったから。 今現在は「恋」をしてるんですよ。さんに。 だからさんへの態度と、他一般の女性への態度はかなり違います。 何かまじめに語って、背中が痒くなってきた……。 こんなところまで読んでくださって、有難うございました。 |