私の体に残された傷は、消させたと言った貴方。

そんな貴方の顔に残された、無残な傷。

今の技術なら、消せないことはないそれ。

ひょっとしたら貴方の傷は、顔よりも心のほうが深いのかもしれない。

でも、私は貴方の顔の傷に、少し安堵したの。

もう、貴方の顔を見るたびに、兄さんを思い出すことはない。

そのことに、私は安堵してしまったの。









ごめんね、イザーク。





ヴァルキュリア
#11 想曲〜W〜






軍服を着るのも久しぶりだ。今まで、なんだかんだ言って軍医の許可が下りず、昨夜までは医務室で休んでいたから。当然着るものは部屋着だったりしていたのだ。

さすがに通信を受け取った日は、軍医から許可をもぎ取って軍服を着たが。

軍服を着用しただけで、気持ちがクリアーになる。気が、引き締まる。

「やっぱり、これが一番落ち着くわ」

大きな姿見で、軽くターンしてみる。

ブーツを鳴らして。

「髪もだいぶ伸びたなぁ……」

ふわりと揺れる漆黒の髪に、はそう呟く。

兄が死んだとき、一度は切った髪。

それもいまや、肩を覆うまでになっていた。

「一度切ろうかしら」

「切るな」

背後からかかった声に、は振り返る。

「何であんたがここにいるのよ」

「呼びに来てやったんだ。感謝しろ。それと、この部屋はロックがかかっていなかったぞ。無用心な奴だ」

開いていたからって、女の子の部屋にズカズカ入ってくるなよ、と言いたくなるのを、は堪える。

「呼びにきた?」

「ああ。地球駐留部隊の隊長が、お前を呼んでいた」

「そう。有難う、イザーク。で?切らないほうがいいって、どういう意味?」

が髪を切ろうが切るまいが、イザークには関係ない。

イザークもそれは、分かっている。けれど、嫌なのだ。

コーディネイターには珍しい、混じり気なしの漆黒の髪。イザークはのその髪も、好きだった。だから、切ってほしくないのだ。

けれどそんなことは、プライドの高いイザークには言えない。

彼が言葉にすることができるのは、せいぜい嫌味まじりのそれだ。

「それ以上女に見えなくなったら、どうするつもりだ?」

「それ、私が女に見えないって言いたいの!?あんた、どこに目がついてるわけ?どう見ても、私は女でしょうがっっ!!」

「女だったのか」

心底驚いたように、イザークは言う。

そのイザークの態度に、はカチンとなる。

自分のどこが、女ではないというのか。このオカッパは。

「あのねぇ!!」

憤慨するに、早く隊長の元へ行くぞ、とイザークが促す。

怒気を殺がれて、はイザークの後ろをついて行くことにした。

心の中で、『イザーク暗殺プロジェクト 其の四』を思案しながら……。



*                     *




そこでが聞かされたのは、の機体が手違いから“砂漠の虎”の元へ輸送されたと言うこと。機体の受領のために二人より先にバルトフェルドの元へ向かう必要があると言うことだった。

「しかし、ここ最近レジスタンスの動きが活発になっていると聞きます。そんなところに、を一人でやるなど……」

イザークはそう言って、猛反対する。

何故なら、そこに行くまでの道中、護衛をつけることはできないと言われたからだ。“オペレーション=ウロボロス”が佳境に近づいている現在、無駄にできる人的資源など、一つもない。頭では、イザークも理解できる。けれどだからといって……。

「確かにはこんな奴ですが、一応女なんですよ!?」

「どういう意味よ、それ!?」

「しかし……今の我々は、数が足りないのだ」

「でしたら、私が護衛につきます。それなら宜しいでしょうか?」

イザークの言葉に、隊長は目を丸くした。

も、驚いている。イザークの機体は、まだ修復が完全には終わってはいない。当然、を護衛してバルトフェルドの元へ赴いた後、とんぼ返りしてジブラルタルにもどらなくてはならないのだ。そしてまた、バルトフェルドの元へ行かなくてはならない。二度手間どころではない。

しかし隊長は、そこまで言うのならば、とそれを認めた。











「ちょっと、イザーク!!どういうつもりよ。あんた、バカじゃない!?」

「何を言うかと思えば」

隊長の部屋から退室し、部屋へと向かおうとするのを、が阻んだ。彼女はまだ、納得してはいないのだ。

「何で、護衛なんて言うのよ。必要ないわ、そんなもの。無理しないでよ。私は、大丈夫だから」

「大丈夫じゃなさそうだから、だ。貴様は目を離すと何をやらかすか分からない。この間だってそうだ。ナチュラルに刺されたのは、どこのどいつだった?」

「それは……でも、そこまで迷惑はかけられないわ」

断固として、は言う。

甘えることは、苦手だ。甘えて、裏切られるのが怖い。だからどこかで、他者に心を許しきれない。

腰を少しかがめて、イザークはの目を覗き込む。

……俺は、男だ。そしてお前は、女だ」

「だから何よ」

「だから、甘えろ」

言われて、は呆然とする。

甘えろ、なんて。

呆気にとられるに、イザークは溜息をついた。

どこまでも色恋沙汰に鈍い少女。

そしておそらく、が死んでミゲルに再会するまで、誰にも甘えたことがないのだろう。

だからこんなにも彼女は、甘えることに臆病なのだ。

「いいか、。俺は男で、お前は女なんだ。当然、体格も違えば体力も違う。
貴様が耐えきれないことでも、俺は耐えられる。
だから、甘えろ。貴様が思うほど、重荷にはならないから」

「イザーク……」

「もっと頼れよ。もっと甘えろ。甘えてもいいんだ、。貴様は、無理をしすぎる」

そう言って、イザークはの頭をポンと叩いた。

自分より二つ年下の、十五歳の少女。

両親も兄も亡くし、いるのは本家の乗っ取りを企む分家の親戚たち。

クルーゼ隊の軍人で、赤のエリートで、MS乗りで……。

どれだけ彼女は、そのために努力をしてきたのだろう。

どれだけのものを犠牲にして、彼女はここにいるのだろう。

それを思うにつけ、イザークは少女を甘やかしてやりたくなる。甘やかして、大切にしたい。

「分かったら、もう何も言うな。……明日は早いぞ。準備をしたら、さっさと寝ろよ。俺はヘリの調整をするから」

ピシィッとイザークはの額を弾く。

「何するのよ!」

額を押さえて、は言うのだけれど。

イザークは、笑って。

そのまま廊下の向こうへと歩いていく。

「……優しく、しないでよ……」

誰もいなくなった廊下で、は呟く。

優しくなんて、しないでほしい。

自分が、弱くなってしまう。

強くなければいけないのに。

そうしなければ、兄の仇なんて、取れやしないというのに。

そしてそれ以上に……。

「こんな人殺しを、甘やかさないでよ……」

たくさんの罪に汚れた、手。

そんな自分が、幸せになっていいはずがない。

優しくされて、いいはずがない。

「私を、甘やかさないで……?」

兄の仇を討つために必要なのは、「強さ」。

ザフトにとって必要なのは、戦うことのできる「ヴァルキュリア」。

戦えなくなった「ヴァルキュリア」など、ザフトは必要としない。

優しくされることで怖いのは、裏切られることだけではない。自分が弱くなることが、は怖かった。甘えて、依存して。戦えなくなった「ヴァルキュリア」に誰が価値を見出す?

「お願いだから、優しくしないで……」

誰もいない廊下に、の声だけが哀しく響いて。

誰に聞かれることもなく、無人の壁に吸い込まれていった……。



*                     *



貴様の体に残された傷を、消せといった俺。

正直に言おうか。

本当は、消さないことを考えた。

俺は、貴様に傷が残ろうが何があろうが関係ない。

けれど、他の奴はどうだろう?

傷物のお前。いくらの現当主とはいえ、貴様を得たいと本気で思う男が、どれだけいるだろう?

その傷が残ることで、貴様を誰にも奪われないと言う保証があるなら、そのまま傷を残してもいいと思った。









結局これが、俺の本音なのだ。

どこまでも自分本位な、これが。

俺の顔を斜めに走る傷にしたってそうだ。

確かに俺は、この傷に誓った。

与えられた屈辱を晴らすことを。

けれど同時に、こうも思ったんだ。

これで貴様が、俺の向こうに貴様の兄を見ることはない、と……。

「誰よりも美しく、優しい」人。と貴様は自分の兄を評した。

そんなお綺麗な貴様の兄に、こんな醜い傷はなかっただろう?











すまない、

結局俺は、貴様を縛りつけようとしているだけで……。

けれど、気持ちはとめられない。

……愛してる……。

それだけが、今の俺の真実なんだ……。







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すぐに回想始めるキャラと言えば、アスランですが。

どうもうちは、すぐに独白するキャラがイザークのようです。

おかげで何時までたっても話が進みやしない。

困ったものです。

でも、独白の一つも入れなきゃ、甘くなんないんですよね、私の夢って……。

ていうか、これを夢小説と言っていいものなのかどうか……。

さくさくと行きましょう!!

考えたって、キリないですし!!

ここまで読んでくださって、有難うございました。