守りたいものが、あるんだ。

守りたいものがあるから、僕は君たちと戦う道を選んだ。

同胞を、殺して……。

この果てにあるものが何なのかも分からずに。

日に日に心は、戦いに慣れていく。

人を殺すことに、あれほど抵抗を感じていた筈なのにね……。





ヴァルキュリア
#11 想曲〜X〜






夕闇が、迫っている。

後ほんの数分で、日も落ちるだろう。

そんな中、砂丘の上に伸びる影。

そこには、いつでも出動できる状態の“バクゥ”が三機と装甲車、そしてパイロットが整列し、彼らの上官を待っていた。

「ではこれより、レジスタンス拠点に対する攻撃を行う。……夕べはオイタが過ぎた。悪い子にはきっちりお仕置きをせんとな」

「目標はタッシル。総員搭乗!」

ダコスタが号令をかけると、彼らは散り散りになって、自分の愛機に駆け寄る。

長い夜が、今まさに始まろうとしていた……。







タッシルの近郊で、バルトフェルドはジープを停めさせた。

街の明かりはまばらで、家々の明かりも、もう殆ど落とされている。

寝静まる、時間なのだ。

ダコスタも、なんとなく声を潜める。

「もう、寝静まる時間ですねえ」

「そのまま永久に眠りについてもらおう」

上官らしくない酷薄な言葉に、ダコスタは顔をあげた。

「……なんてことは言わないよ、僕は。警告十五分後に攻撃を開始する。……ほら。早く言ってきたまえ」

せかされて、ダコスタは車を降りて走り出した……。

十五分後、宣言どおり攻撃が始まった。

“バクゥ”の火力をもってすれば、この程度の街を火の海に変えることくらい、容易いのだ。

逃げ惑う、人々。

その様を、バルトフェルドは厳しい表情で見ていた。

しかしその上で、更に指令を出す。

「岩山の洞窟には、食料や武器燃料が保管してあるはずだ。それも焼き払え」

やるからには、徹底的にやらなくてはならない。手を抜けば、いつか彼が……彼の部下が、死ぬことになるかもしれない。戦場とは、そういう場所だった。

バルトフェルドの指示を受けた“バクゥ”が、岩山に向かう。

<今から洞窟内を焼く!死にたくないものは、早くそこから離れろ!>

住人たちがそこを離れたことを確認すると、“バクゥ”のミサイルが火を噴いた。

彼らが大切に保管していた燃料が。彼らの暮らしてきた街が。彼らの生きていくあらゆる糧が、一瞬のうちに灰になっていく……。

「隊長!」

ダコスタが戻り、ジープの助手席に納まる。

「終わったか?双方の人的被害は?」

「はぁ?あるわけないですよ。戦闘したわけじゃないんですから」

上官の質問の意図が分からずに、ダコスタは聞き返す。

抵抗する術を持たぬ民間人相手に、被害など出したらいい笑いものではないか。

「双方だぞ?」

「そりゃまあ、街の連中の中には、転んだの、火傷したのってのはあるでしょうが……」

「では引き上げる。ぐずぐずしてると、ダンナ方が帰ってくるぞ」

「それを待って討つんじゃないんですか?」

あっさりと帰投を命じる上官に、ダコスタは呆気にとられながら言う。

すると上官は心外そうに答えた。

「おいおい。そりゃ卑怯だろ。おびき出そうと思って、街を焼いたわけじゃないぞ」

「はあ?しかし……」

「ここでの戦闘目的は達した。帰投する!」

バルトフェルドの指示を、ダコスタは全員に伝える。

やはりこの人の行動は、余人には図れない、と密かに溜息を吐きながら……。



*                     *




レジスタンスの基地では、通じない無線を前に、あわただしく行動を起こしていた。

口々に文句を言いながら行きかい、車を急発進させていく。

「半分はここに残れといっているんだ!落ち着け!別働隊がいるかもしれん!」

サイーブはそう指示を出し、自らもバギーに乗る。

彼らの行動を見ながら、マリューは隣にいるフラガに話しかける。

「どう思います?」

「う〜ん……“砂漠の虎”は残虐非道……なんて話は聞かないけどな。でも俺も、彼とは知り合いじゃないしね」

いつもどおりの暢気な返答に、マリューは呆れる。

「どうする?俺たちも行くか?」

「アークエンジェルは、動かないほうがいいでしょう。確かに、別働隊の心配もあります。少佐、行っていただけます?」

「あ?俺?」

マリューの言葉に、フラガは呆気にとられたような顔をする。

「どうする?」と尋ねておきながら、対岸の火事を決め込むつもりだったのだろう。そんな彼への意趣返しも込めて、マリューはにっこりと笑った。

「スカイグラスパーが一番早いでしょう?」

「だわね……。んじゃ、行ってくるわ」

そういうと、彼はもう駆け出していた。

そこにはもう、先ほどまでの不真面目な色は、ない。

そんな彼の背中に、マリューは声をかける。

「できるのは、あくまで救援です!バギーでも、医師と誰かを行かせますから!」

マリューの言葉に、フラガは背中越しに片手を振って答える。

ランチャーを担ぎ、カガリは「アフメド!」と叫んで、マリューに突っかかってきた少年が運転するバギーに飛び乗る。後部座席には、件の大男の姿もあった。

走り去るバギーを見送ったマリューが、周囲に呼びかける。

「総員、直ちに帰投!警戒態勢をとる!」







キラたちの元へも、騒ぎは伝わっていた。

それまでフレイの肩を抱いていたキラは、その手を離し、弾かれたようにアークエンジェルのほうへと走っていく。

慌てて、フレイはその後を追おうとした。

そのフレイを、サイは肩を掴んで引きとめようとする。そんなサイを、フレイは振り向きざまに睨みつけた。そのまま、サイの手を振り払うように、走り出す。

サイは、呆然と立ちすくんだ。

フレイの瞳の中に、はっきりと自分への嫌悪を見て取ったから……。

「バカやろう……」

拳を握り締めて、サイは吐き捨てるように呟く。それは、誰に向かって発せられたものだったのか。

自分か。それとも……。



*                     *




夜空を切り裂いて、フラガののるスカイグラスパーが飛ぶ。レジスタンスの拠点から街まで、なかなかの距離があったが、迷う心配はなかった。遠くからでも、はっきりと分かるのだ。

夜空を焦がしてなお、赤々と立ち上る炎が。

「ああ……ひでぇ……。全滅かな、こりゃ……」

さすがのフラガの口調にも、苦いものが混じる。

軍人といっても、人の子だ。虐殺があれば、胸が痛む。まして、ここに住んでいたのは民間人なのだ。

気流に流されないよう注意しながら、上空を旋回していた彼はそこで、驚くべきものを発見した。

――――人だ。生存者が、いたのだ。というよりも、殆どの者が生き残っているように見受けられる。

わけが分からなくなる。混乱する頭を抱えて、フラガは通信回線を開いた。

<こちら、フラガ。街には、生存者がいる!というか、かなりの数の皆さんが、ご無事のようだぜ?……こりゃいったい、どういうことかな?>

「敵は!?」

フラガからの通信に、マリューはそう尋ねる。

当然だ。この状況では、街を焼いてたのは、それを囮とした、と。これは、レジスタンスを誘き寄せる罠だ、と考えるだろう。

<もう姿はない>

フラガからの返答に、マリューは眉をしかめる。

敵は、一体何を考えているのか……?

そこへ、レジスタンスのバギーが到着した。

車を飛び降り、妻子の下へと駆け寄る。

それより少し遅れて、“アークエンジェル”のバギーも到着する。ナタルが降り立ち、既にコックピットを出て家族の再会を眺めていたフラガに駆け寄った。

「動けるものは手を貸せ!怪我をしたものを、こっちに運ぶんだ!」

サイーブは早速、周囲の者たちへと指示を出している。そんなサイーブに声をかけるものがいた。老人と、少年だ。

「ヤルー!長老!」

カガリが喜色を露わにして、彼らの元へと駆け寄る。

「とうちゃん!カガリ……」

「無事だったか、ヤルー。母さんとネネは?」

「シャムセディンの祖父様が、逃げるとき転んだんで……そっちについてる」

少年は、サイーブの息子だった。息子の返答に安堵したのか、サイーブは彼の頭をくしゃくしゃに撫でる。

ヤルーは気が抜けたのか、安堵したのか。涙ぐむ。その時には既に、サイーブはリーダーとしての彼に戻り、長老に状況を聞き始めていた。

「どのくらいやられた?」

「死んだものはおらん……。最初に警告があったわ……。『今から街を焼く。逃げろ』とな……。そして、焼かれた……。食料、弾薬、燃料……全てな……。確かに、死んだものはおらん……。じゃがこれではもう……生きてはいけん」

父親の手が、怒りにぶるぶると震えだすのを、ヤルーは見た。

怒りに支配される中、淡々とした声が割り込む。

「だがまだ、手だてはあるだろ?生きてればさ」

「何!?」

サイーブたちは怒りに満ちた眼差しを、言葉を発したフラガに向ける。

「どうやら“虎”は、アンタらと、本気でやりあおうって気はないらしいな」

「どういうことだ」

「こいつは夕べの一件への、単なるお仕置きだろ。……こんなことくらいですませてくれるなんて、ずいぶんと優しいじゃないの、“虎”は」

「何だと!?こんなこと!?街を焼かれたのが、こんなことか!こんなことする奴のどこが優しい!!」

フラガの言葉は、カガリの怒りに火をつけたようだ。胸倉を掴まんばかりの勢いで詰め寄る彼女に、フラガはたじたじになる。

「ああ……失礼。気に障ったんなら、謝るけどね。けど、あっちは正規軍だぜ?本気だったら、こんなもんじゃ済まないってことくらいは、分かるだろ?」

フラガとしては、現実を教えてやっているつもりだった。

“バクゥ”の数機さえあれば、この街の住人一人残らず虐殺することだってできたはずなのだ。

「アイツは卑怯な臆病者だ!我々が留守の街を焼いて、それで勝ったつもりか!?我々は、何時だって勇敢に戦ってきた!この間だってバクゥを倒したんだ!だから、憶病で卑怯なアイツは、こんなことしか出来ないんだ!何が“砂漠の虎”だ!」

激昂して、少女は叫ぶ。

その様は、以前アークエンジェルの捕虜となった少女に似ている、とフラガは思った。

――――『非武装のプラントに核を打ち込んだのは、どちらだ!?
私たちの思いを裏切り、私たちを酷使したのは!?
貴様らだろう!!貴様らナチュラルだろう!!』――――


刺されたにもかかわらず、そう叫んだ少女。

彼女に、似ているのだ。そのひたむきなまでの情熱が。彼女に……ザフトの『ヴァルキュリア』。=に。

けれど、目の前の少女とには、圧倒的なまでの違いがあった。

それは、現実に対する認識力だ。

は、仇をとるために力を欲した。そしてそれを得たのだ。力がなければ、敗れるしかない。思いだけでは、望みをかなえることは出来ない。彼女はそれを、知っていた。

目の前の少女は、それを知らない。勇敢であれば勝てるということは、戦闘では当てはまらない。極論だが、強いものが勝つのだ。それが、戦場だった。敗者は、泣くしか出来ない。それが……。

彼女たちがバクゥを倒したのは、確かに僥倖だったのだろう。

しかしそれは、地下の仕掛けと、ストライクというエサがあって始めて成り立った勝利だ。敵は、コーディネイターだ。二度と、同じ策には引っかかるまい。

レジスタンスのメンバーに呼ばれ、サイーブは彼らのほうへ向かった。

そちらのほうへ気をとられたフラガだったが、カガリが灼き殺しそうな目で睨み上げているのに、気づいた。気づいて、慌てて彼はごまかし笑いを浮かべた。

「えっと、まあ……。ヤな奴だな、“虎”って……」

「あんたもな!」

怒鳴りつけて、カガリはメンバーのほうへ向かう。そこでは、サイーブとその仲間たちが、揉めていた。

「ヤツらは街を出て、まだそうたってない。今なら追いつける!」

「何!?」

「街を襲った後の今なら、連中の弾薬も、底をついてるはずだ!俺たちは追うぞ!こんな目に遭わされて、黙っていられるか!」

「馬鹿なことを言うな!そんな暇があったら、ケガ人の手当をしろ!女房や子供についててやれ!そっちが先だ!」

サイーブの言葉に、男たちは怒鳴り返す。

そのうちの一人の指先が、まっすぐと今なお燃え続けるタッシルの街を指差す。

「それでそうなるって言うんだ!見ろ!タッシルはもう終わりさ!家も食料も全て焼かれて、女房や子供と一緒に泣いてろとでも言うのか!?」

「まさか俺たちに、“虎”の飼い犬にでもなれって言うんじゃないだろうな!サイーブ!」

サイーブは、言葉に詰まった。

その隙に、男たちはバギーのエンジンをふかし、発進する。

取り残されたサイーブは、どうしようもない苛立ちを感じた。それから、「エドル!」と一人の男の名を呼ぶ。彼らを、放っては置けない。その言葉の意味を察した男が、バギーのエンジンをかける。

サイーブは、エドルの運転するバギーに乗った。続けて、カガリも乗ろうとする。

しかしカガリは、そこから払い落とされた。

「駄目だ!お前は、残れ!」

そういい残して、バギーは走り去る。カガリはその言葉の意味も考えずに、置いていかれたことに対して、恨みがましい視線を送る。その彼女の前に、アフメドの運転するバギーが止まった。後部座席には既に、いつも影のようにつき従う大男の姿もある。

「乗れ!」

声をかけられ、カガリは喜び勇んでバギーに飛び乗った。

後ろからついて来るエンジン音に、サイーブは振り返る。予想に違わず、それは年少の二人が乗るバギーだった。

「カガリ、アフメド!駄目だ、戻れ!」

バギーの上から、サイーブは叫ぶ。しかしアフメドは、そんなサイーブを笑い飛ばした。

「こないだバクゥを倒したのは、俺たちだぜ!」

「こっちに地下の仕掛けはない!戻るんだ!」

「仕掛けがなくとも、戦い方はいくらでもある!」

助手席のカガリが、そう返す。

「そういうこと!」

カガリの言葉にアフメドも同意して、アクセルを踏み込む。三人を乗せたバギーはあっという間にサイーブの乗るそれを追い越してしまった。

「なんとまあ……。風も人も、熱いお土地柄なのね」

「全滅しますよ?あんな装備で、バクゥに立ち向かえるわけがない」

「だよねえ。……どうする?」

「う……私に聞かれても……」

フラガの問いに、ナタルは困ったように答えた。

案の定というべきか。フラガからそれを聞かされたマリューも、呆れた。

「何ですって!?追ってったなんて……なんてバカなことを!何故止めなかったんです、少佐!」

「止めたら、こっちと戦争になりそうな勢いでね。それより……こっちもケガ人は多いし、飯や、何より水の問題もある。どうする?」

マリューは、しばし考え込んだ。

「ヤマト少尉に行ってもらいます。見殺しには出来ませんわ。残ってる車両で、そちらにも水や医薬品を送らせます」

<了解!>

フラガの姿がモニターから消えると、マリューはCIC管制室のほうを振り返った。

「ハウ2等兵。ストライク、発進を!」

「はい!」

ミリアリアはそう言い、既にストライクのコックピット内に待機しているキラに発進を呼びかける。

人を、殺す。

それだけではない。

同胞を、彼は殺す。それは、償う道を見出せぬほどの、罪。

優秀であるがゆえに疎まれ、憎まれたコーディネイター。差別された彼らは、故に同胞を何よりも大切にする。

そしてそうであるが故に、裏切りには断固として応じるのだ。

もう二度と、彼らはキラを同胞とは認めまい。

そう。キラが愛しいと思った、ザフトのヴァルキュリア。=も……。

それでも、キラは戦う。

同胞とはなりえぬ人たちのために。

同胞を殺す、大罪を犯しながら――……。







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本当はアフメド死ぬところまで書きたかったのですが。

長くなりそうだったので、ここで一度切ります。

クッキーにしたいんですけど、クッキーの扱いがいまいち良く分からないです。

すみません。

管理人の力量不足です。

ジャバで我慢していただけると助かります。

最近、フレイが可愛いなと思えてきている今日この頃です。

いや、よく考えたら、私がフレイを嫌いなのって、死んだからなんですよね。

て言うか、私はカガリのほうが虫が好かないです。

何か、綺麗事ばかり言ってんな、コイツ。みたいな感じで……。

カガリ好きな人は、本当にごめんなさい。

てか、今のさんとカガリがあったら、即ケンカになってしまいそうなんですが……。

会いますよ。次回かその次あたりで。

さんは王子とお出かけです。

行き先は……決まってますね。バナディーヤです。一応デートになるんでしょうかねぇ……。

漸く夢らしいものが書けそうです。







ここまで読んでいただいて、有難うございました。