もう、すっかり夜は明けていた。

アンドリュー=バルトフェルドは、悠々と彼らの拠点へと帰還しようとしていた。

助手席のダコスタが、そんなバルトフェルドに声をかける。

「もう少し、急ぎませんか?」

「早く帰りたいのかね?」

「追撃されますよ、これじゃ」

「運命の分かれ道だな……」

シートにふんぞり返ったバルトフェルドが、ボソリと呟く。

上官の言葉の意図が分からずに、ダコスタは呆気にとられた表情をしていた。

そんな彼に構うことなく、バルトフェルドは更に、独り言じみた言葉を紡ぐ。

「自走砲とバクゥじゃ、ケンカにもならん」

それは確かに、そうだろう。

そもそもの火力が違いすぎる上に、ナチュラルとコーディネイターという埋めたくとも埋められぬ身体能力の差があるのだから。

バルトフェルドは、空に目をやる。

いい天気だった。灼熱の焼け付くような太陽も、今はただ、優しく砂丘を照らしている。

本当に、いい天気だ。殺し合いがはじまるとは、思えないくらいの。

やがて、唐突にバルトフェルドは尋ねた。

「『死んだほうがマシ』というセリフは良く聞くが、本当にそうなのかね?」

ダコスタは、答えられなかった。そんな目にあったことなど、なかったから……。

そのとき、バクゥのパイロットから通信が入った。

<隊長!後方から、接近する車両があります。6……いや、8。レジスタンスの、戦闘車両のようです>

その報告に、ダコスタは上官を見やった。

彼が先ほどから呟いていたのは、まさにこのことだったのだ。

「やはり、死んだほうがマシなのかねえ……?」





ヴァルキュリア
#11 想曲〜Y〜






黙ってただ殺される。

そんな趣味は、バルトフェルドにはない。そしてそれは、他のコーディネイターにも、ナチュラルにもいえることだった。

ただ、彼らの中に差異を挙げるとしたならそれは、ナチュラルが何もしなければ、コーディネイターが武器を持つことなどありえなかった、ということくらいだろうか。

勿論、そう遠からず彼らの亀裂は埋められようもなく広がっただろう。

けれどもし、ナチュラルが『血のバレンタインの悲劇』を起こさなければ。少なくとも、全面戦争は避けられた筈だった。

非は、ナチュラルにこそある。それが、コーディネイターの論理。彼らを使役し、虐殺したナチュラルを許してはおけない。それが、彼らの正義だった。

しかしナチュラルにはナチュラルの正義が存在する。

彼らにとってコーディネイターとは、病気でもないくせに遺伝子を改良した、自然の摂理に背く存在。その存在自体が、許しがたい罪。

両者の正義はねじれの位置の関係にあり、近づくことはない。

「ジープを追え!!“虎”を倒すんだ!!」

叫び、殺到するレジスタンスたち。

黙って殺されようとは、思わない。何よりも彼らは、自ら選んだのだ。この道を。多少の想像力のある人間なら、バルトフェルドを追おうとは思わなかっただろう。

バルトフェルドはコーディネイターだ。

当然、その旗下にいるのもコーディネイター。どちらが有利か。それは子供でも分かる単純な論理だった。

選んだのは、彼らだ。バルトフェルドが、追ってくださいと頼んだわけではない。

そう仕向けたことは認めるが、どちらの道を選ぶか。選択肢は与えたのだから。

迫りくるレジスタンスの車両から。彼らが放つミサイルから。己が隊長を庇うようにして、バクゥが立ちふさがる。

前列のバギーを踏み潰そうとするバクゥに狙いをつけ、カガリがランチャーを発射した。それはバクゥの丁度目の部分にあたり、その動きが止まる。

すかさずカガリに従う大男――キサカという――が、バズーカを撃ち込んだ。堪らず足を折るバクゥに、快哉の声が上がる。

しかし、彼らの善戦もここまでだった。

「ちっ!チョコマカと、うるさいアリが!!」

舌打ちをし、バクゥの一機が飛び上がる。

四本足で駆けていたののを、宙でキャタピラに切り替え、バギーを押しつぶす。

そのまま、嘲るように彼らを蹂躙していく。

「ジャアフル!アヒド!」

「くっそぉ!」

サイーブの悲痛な声が響き、アフメドが乗っていたバギーのハンドルを切る。

一機の腹の下に入り込み、武器を構える。腹部を狙って放たれた砲火は、しかし決定的なダメージを相手に与えはしなかった。

爆発により、バクゥは一瞬動きを止めた。すかさず、足の間を抜けるようにして、走り去ろうとする。しかし時を移さずに、バクゥが攻撃を加える。

バクゥの巨大な前足が振り動かされるのを、キサカの目は捉えた。

「飛び降りろ!」

「えっ!?」

理由が分からず、アフメドはしばしの間逡巡する。キサカは叫ぶと同時に、カガリを抱えて飛び降りた。――それが、両者の命運を分けた。

バクゥの前足が、バギーを正確に捉える。まだアフメドが乗っていたバギーは、空高く舞い上がった。

「アフメド――!!」

堪らず、カガリが叫ぶ。

バクゥの単眼が、ギロリとそんなカガリを見据えた。

「ちっくしょう!!」

サイーブは、歯軋りする。

何故、仲間を止めなかった?止められなかった?彼が止めていたなら、こんなことにはならなかったのかもしれないのに……。

言いようのない苛立ちのままに、サイーブはバズーカを撃つ。

サイーブに気をとられ、カガリたちに攻撃を加えんとしていたバクゥが、標的を切り替えた。

――――『まさか俺たちに、虎の飼い犬になれって言うんじゃないだろうな』――――


昨晩言われた言葉が、今は重い。

それが、心に重石となってのしかかる。

何故、あの時――……。

*                     *


ジープの中で、アラートが鳴り響く。

「接近する熱源1!隊長、これは……」

ダコスタの顔が、緊張にこわばる。

一条のビームが炸裂し、バクゥの脇の砂を灼いた。

キサカ、サイーブ、カガリが目を見開く。

彼らの眼前にあるのは、トリコロールの色彩を持つ機体。言わずと知れたGAT-X105 ストライクだった。

一射目に続き、二射目もまた、目標からそれた。

キラは照準を顔からよけた。

照準を合わせ、撃つビームが目標から反れるなど、どう考えてもおかしい。

思考を巡らせ、キラは一つの解答に辿り着く。

「それる!?そうか。砂漠の熱対流か」 ストライクは再び、砂丘をけって宙へと舞い上がる。

その間、せわしなくキラは指をキーボード上で走らせる。

再び地上に戻り、また跳躍したその時には、プログラムの書き換えは終了していた。

キラの放ったビームが、正確に目標を捕らえる。

「ほお……」

幾分離れた場所でスコープを覗き、戦闘を見ていたバルトフェルドは、ストライクのその動きに感嘆の声を洩らす。

「応援にきたのか!?地球軍が!」

運転席のダコスタが、わけが分からないといった感じで、声を上げる。

そこにあるのは、紛れもない焦り。

「先日とは装備が違うな」

しかしバルトフェルドは、副官の言葉を意に介さなかった。

かの機体が戦う目的だとか理由だとか。そんなものはどうでもいい。ただ、気になった。あの機体が。そして機体に乗るパイロットのことが。

「それにビームの照準……即座に熱対流をパラメータに入れたか……」

にやり、とバルトフェルドは笑う。

ますます、知りたくなった。あの機体が。あの機体に搭乗するパイロットが。

バルトフェルドの胸中など知らないキラは、冷静に敵の戦力を分析する。

「敵は3機……だが、1機は動けない」

着地し、キラはシールドでミサイルを防ぐ。

紫紺の瞳が、モニターに映し出された人影を捉えた。

横たわったアフメドを抱えるカガリの姿が、そこにはある。

それを見やり、キラは舌打ちした。苦いものが、口内に広がる。相手の愚かしさに、吐き気すら感じた。

「アフメド!しっかりしろ、アフメド!」

アフメドの体を抱え、カガリが泣きそうな声で少年の名を呼ぶ。

うっすらと、アフメドは目を開けた。

安堵したような、怒ったような顔が、すぐ傍にある。

「……カガリ……俺……」

言葉が、途切れそうになる。

己を叱咤するように、アフメドは必死に言葉をつむぐ。

言いたいことが、ある。どうしても言いたいことが。

伝えたいことが。だからどうか。あと少しでいい。気持ちを伝える時間が、ほしい。

「俺……お前……が……」

そのまま、アフメドは静かに目を閉じた。

呼吸が、途切れる。

「……!アフメド……アフメド〜!!アフメドぉぉぉぉぉ!!」

懸命に、その名を呼ぶ。

けれどそれに対する答えは、最早ない。彼が話すことも、笑うことも。分かっていてもそれを、認められない。

カガリの言葉にならない悲痛な叫びが、砂漠中にこだました……。



*                     *




レジスタンスの攻撃を受けて動けなくなっていたバクゥが、キャタピラを回転させた。どうやら、復調したらしい。

仲間の窮地に、何もできず歯噛みするような思いで、必死になっていた男は、薄緑の瞳に喜色を浮かべた。

「ん!よし。まだいける!」

<カークウッド!>

<はっ!>

急に隊長から無線越しに呼びかけられ、戸惑いつつも返事を返す。

続く言葉に、更に驚いたが。

「バクゥを私と代われ」

<は?>

「隊長!」

助手席のダコスタが、咎めるように声を上げる。

隊長たるもの、むやみやたらにうって出るな、と言いたいらしい。

バルトフェルドにも、それは分かる。

それが、上官を思っての言葉だと言うことも。

けれどバルトフェルドは、戦士なのだ。戦うこと、それが彼の性でもある。

にやり、と彼は副官に笑みを向けた。

「撃ち合ってみないと、分からないこともあるんでね」



*                     *




バクゥがミサイルを連射する。ジャンプすることでその攻撃をかわしたストライクに続いてバクゥもまた、地面をける。

そのまま体当たりを食らわせようとするが、ストライクはその攻撃をシールドを掲げて回避する。

バクゥの体勢が、空中で大きく崩れた。

「しまった!」

コックピットの中で、彼はそう呻く。しかしキラが照準を合わせるよりも先に、横殴りの衝撃がキラを襲った。

それは、先ほどキラが戦力外と判断した、あの機体だった。

「3機目!?まだ動けたのか」

状況判断をミスった己に、キラは歯軋りする。

その間にも、バクゥは体勢を整えていた。

「フォーメーション・デルタだ。ポジションを取れ!」

<隊長!?>

舞い込んできたバルトフェルドからの通信に、パイロットたちは喜色を浮かべた。

それは、彼らの動きに如実に現れる。

先ほどまで、ストライクの攻勢になす術もなく追い立てられているように見えたバクゥが、再び勢いを盛り返した。今度は逆に、彼らがストライクを追い詰めていく。

(やられる……!!)

キラの身を、恐怖が貫く。

その時突然、あの感覚が襲った。

何かが弾けたような音が、どこか遠いところでする。

自分の感覚という感覚が全て、研ぎ澄まされていく。

それも手伝って、キラは何とか敵を撤退させることに成功した。

撤退していくバクゥを見、キラはシートにへたり込む。

どうしようもないほどに、疲れた。ぎりぎりの戦いに、体は今にも悲鳴をあげそうだ。

暫くの間そうしていたキラは、やがて意を決してストライクのコックピットから出た。

気まずそうな顔をしているレジスタンスの顔が、ある。

血気に逸ってみすみす仲間を死なせ、消沈した顔だ。

相手がもう、十分すぎるほどに傷ついていることが、キラにも分かっていた。しかし、胸の中の苛立ちが、消えない。

「死にたいんですか?」

冷ややかな声で、キラはそう言った。どうしようもなく、苛つく。

「こんなところで……何の意味もないじゃないですか」

「何だと!」

金に似た色の瞳を怒りに煌かせ、カガリがキラの胸倉を掴む。

どこかで、見覚えのある目だ。

そう思った瞬間に、苛立ちは更に増した。

――――だ。

彼女の目を、連想したのだ。

敵となってしまった、けれど愛しいと思ったあの少女を。

――――『私から全てを奪ったのは、貴様らだ!!』――――

憎悪に満ちた、あの目。

あの煌きを、キラは覚えている。

そして目の前に居るのは、に似ていながら、似ていない少女だ。彼女を愛しく思えば余計に、似ていながらも決定的に違う少女に、苛立ちを覚える。

キラの胸倉を掴み、カガリは叫んだ。

その指はまっすぐに、敷物の上に横たわった少年を指差す。

「皆必死で戦った!戦ってるんだ!大事な人や、大事なものを守るために、必死でなっ!!」

ヒステリックに、少女は喚く。

何の力も、ないくせに。

戦って、死んで。泣き喚くしかできないくせに。

戦いの愚かしさも。その中で命が失われることも知らない。自らの力を過信し、死地に赴く愚かな少女。

吐き気が、する。

その愚かしさに。そしてそれに気づかない愚かしさに。

こみ上げる吐き気を、キラは抑えようとは思わなかった。

なおも喚き続ける愚かな少女を、手加減せずに張り倒す。

「気持ちだけで、いったい何が守れるって言うんだ!!」

張り倒された頬を押さえ、少女は呆然とキラを、見つめていた――……。



*                     *




まだ朝靄のたゆたう基地のヘリポートに、イザークはいた。

身に纏っているのは、ザフトの赤の軍服ではなく、彼の年頃の少年らしい格好だ。

銀の髪は後ろで束ね、目深に被った帽子の中に押し込まれている。

今の彼を見て、ザフトの軍人と見破る人間は、あまり多くはないだろう。確かに、民間人にしては眼光は鋭く、張り詰めた気配を漂わせているが。今の彼はどこから見ても、ごく普通の、一般の少年だった。

基地のあたりから、歩いてくる人影がある。

漆黒の髪の、少女だ。

彼女もまた、軍服姿ではない。

キャミソールの上に薄手の長袖のシャツを羽織り、下はひらひらとしたミニのスカート。もっとも、その下にはスパッツのようなものを着用している。

「珍しい格好だな」

「ああ、スカート?」

が尋ねると、コクリとイザークは頷く。

かすかな笑みを浮かべると、少女はスカートの裾をつまみ上げた。

いくら下にスパッツを穿いているとはいえ、さすがのイザークも少し慌てる。しかし少女が示すものを見て、思わず苦笑した。

彼女は、どこまでも軍人なのだ。

「この格好で、普通にホルスターを下げてたら、おかしいわ」

「確かに。しかし、武器は手放せない」

「普通に下げていたらおかしいのなら、こうすればいいのよ。そしたら、誰も気には留めないわ」

そういって、は太腿のホルスターを指差す。

そこには、当たり前のように銃が収まっている。

「弾丸も十分に入ってるわ。勿論、予備もしっかり」

「勿論、俺もな」

イザークは言い、己の足首を指差す。そこに、ホルスターをつけているのだろう。

「これ、職業病って言うのかしらね」

「さぁな」

楽しげな少女に、イザークはそっけなく答える。は、それ以上何も言わなかった。

答えを、大して期待していなかったのかもしれない。

ただ、楽しげに笑う。

「行くぞ」

イザークが促すと、はしっかりと頷いた。

そこには、先ほどまでの笑顔は、ない。

あるのは、毅いまでの意思の煌き。





二人はヘリに乗り込んだ。

行く先は、“砂漠の虎”の呼び名で名高い男、アンドリュー=バルトフェルドの本拠地。オアシスを利用した街の一つ、バナディーヤだった――……。





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戦闘シーン、またしても微妙に省きました。

いや、大して必要ないと思ったし。

未だに書き慣れないし。

この戦闘シーンかけない病のために、『ヴァルキュリア』の更新は止まっていたようなものです……。



話は変わりまして。次回はいよいよバナディーヤデートです。

あまり甘くはならないかもですけど。

いや、ブルコスのテロとかありますしね。

でも、漸く夢らしいものが書けるのではないかと思います。

少しでも甘くなると良いなvv



それでは、ここまで読んでいただき、有難うございました。

これからも、『ヴァルキュリア』をよろしくお願いします。