神様は、残酷。

ねぇ、どうして出逢ってしまったのだろう?

どうして、出会う運命を、私たちに課したのだろう?

必要、ないのにね。

私にとってその出逢いは、決して安らぎをもたらすものでは、ないのに。

出逢わなければ、よかったのに。

私はもう、君に逢うのも。

君の仲間に逢うのも、嫌だった。

私は、弱くてはいけないの。

そして私が私であるためには、君たちは邪魔なの。





嗚呼、神様。あなたは本当に、残酷な方です――……。



ヴァルキュリア
#11 想曲〜Z〜






バナディーヤの街の郊外に、ヘリを止めた。

「おい。本当に、こんなところに停めて大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。ナチュラルが、訓練もせずに飛ばせるわけがないし……もしも持ち逃げされたり壊されたら、アンディに借りれば良いもの」

そういい、少女はすたすたと街のほうへと歩いていく。

溜息を一つ吐いて、イザークは後ろからついていく。

「ねぇ、その帽子、やめない?」

「仕方ないだろう。顔を覚えられたら、コトだ。今は潜入中なんだぞ」

プラチナブロンドの髪と、アイスブルーの瞳。

それらは決して、ナチュラルが持ち得ない色彩では、ない。

しかしイザークには、傷がある。

端正なその顔を大きく横切る、醜い傷が。傷無しでも、イザークは人目を引く容姿をしていた。しかし今は、傷がある。人目を引く確率は、その比ではない。

「大体、護衛なんて必要ないのに」

「俺が護衛になったから、ヘリが借りれたということを忘れるな」

「しょうがないじゃない。それに、民間の交通機関を使ってここまでこれたわよ」

「……何日かけてくる気だったんだ?貴様は」

それでは、とてもではないが時間がかかりすぎるではないか。

やはり、自分が護衛に志願して正解だったな、とイザークは思った。

一人になど、しておけない。

一人にした瞬間にでも、どこかに言ってしまいそうな少女。あまりにも、自分を蔑ろにする少女。一人になど、しておけない。気になって、仕方ない。

自分の中に潜むそんな物思いに、彼は懸命に苦笑を堪えた。

あれほど、女性を嫌っていたのに。あれほど、嫌悪していたというのに。

「ねぇ、街を見ても良い?」

「ああ、別に構わんぞ」

前を歩いていた少女が、くるりと振り返って、尋ねる。

一つにまとめた黒髪が、その肩先で跳ねる。

「夕方までにつけば良いから……あ、お昼はケバブ食べようね」

ケバブ食べるの、久しぶり〜なんて。

少女は鼻歌を歌いかねないほどご機嫌で。

その様は、なんだか子猫を連想させた。

思わず、イザークの顔に笑みが浮かぶ。

(しかし……ケバブって何だ?)

胸中にそんな疑問が浮かぶものの。

こんなにのんびりした気分になるのは、久しぶりで。

ゆっくりとした足取りで、イザークはの後をついて行った――……。



*                   *




「あ、これ可愛い……」

露店に並べられたアクセサリーに、は目を細めた。

こんな感覚は、最早忘れて久しいものだった。

のんびりショッピングをするなんて、転戦に継ぐ転戦を繰り返す身には、出来ようはずもない。

「どれだ?」

「ああ、この指輪。可愛いなって」

プラチナの、リング。

二頭のイルカが向かい合い、その間にサファイアと思しき青い宝石が煌いている。

「嵌めてみろよ」

「う、う〜ん。……そうだね。せっかくの機会だし」

暫くの間躊躇っていた少女は、右の中指に嵌めていた指輪を外して左の中指に嵌めると、イルカの指輪をその白い右手薬指に嵌めた。

まるで誂えたかのように、その指輪は少女にぴったりだった。

「丁度だな。……すまんが、これをくれ。ああ、このまま嵌めていく」

「毎度〜」

「ちょ……ちょっと、イザーク!?別に私、そんなつもりで言ったんじゃ……!!」

は慌ててイザークにそう言うが、時は既に遅し。イザークはさっさと会計を済ませて歩き出す。

「イザークっっ!!」

「何だ?」

煩わしそうに、イザークは振り返る。

漸く追いついたは、幾分息を荒げて。

「私、買って欲しくって言ったわけじゃない。だからこれ……返す」

「返されて、それで俺にどうしろと?」

「誰かにあげれば、いい。エザリア様とか、恋人とか」

「母上の趣味じゃないな、この指輪は」

イザークは呟く。

それ以前に、エザリアがこういったものを好んで身に纏っていたかさえ、イザークには分からない。

ただ一ついえるのは、エザリアが好むのは、もう少し華やかな意匠のものだということだ。こんな可愛らしいものは、エザリアの好むものではない。

「だったら、恋人とか……」

「いない」

イザークがそう断じると、少女はでも……と呟いた。

幾分、視線が泳いでいる。

「私、イザークの部屋に呼ばれたって言ってる女の人、見たことあるよ?」

「!」

「あの人、恋人でしょう?」

尋ねられて、イザークは舌打ちをした。

恋人などでは、断じてない。

何度か体の関係を持った女だ。

ただそれだけの、女。愛しているのは、それとは違う。

愛しているのは。心のそこから愛しい、と感じるのは。目の前の少女のみ。それは切なさにも似た、焦燥で。

「恋人では、ない」

「そう?本当に、いいの?」

気遣わしげに尋ねる、少女。

頷くと、少女は静かに微笑んだ。

「有難う。嬉しい」

その笑顔が、愛しい。

ただ守りたいと願った、どこまでも無垢な笑顔。







彼女たちはまだ、知らなかった。

足りなくなった武器弾薬の補給などもかねて、キラたちアークエンジェルの面々と、暁の砂漠のメンバーが、この町を訪れていることに――……。





*                     *






「じゃ、四時間後だな」

「気をつけろ」

勢いよくジープから降りたカガリに、キサカが心配そうに声をかける。

カガリは頷き、

「分かっている。そっちこそな。アル=ジャイリーってのは、気の抜けない奴なんだろ」

彼らの交渉相手の名を出した。

ジープに乗ったナタルがキラを振り返り、「ヤマトしょ……」と呼びかけ、慌てて「あ……しょ……少年」と言い換える。

ここで『少尉』などと呼んでしまえば、せっかくの偽装も水の泡だ。

頬を染めたナタルは、ぎこちなく、

「た……頼んだぞ」

といった。

同行するトノムラが、そんなナタルに思わず溜息をつく。

ジープはあっという間に走り出し、雑踏の中にキラとカガリだけが残される。

街の名は、バナディーヤ。

『砂漠の虎』の駐屯する街だ。

強烈な日差しを浴びて、キラは目を細めた。

「おい、何をボケッとしている。お前は一応、護衛なんだろ?」

カガリに怒鳴られ、キラは我に返る。

けれど口にしたのは、別のことだった。

「ホントにここが“虎”の本拠地?ずいぶんにぎやかで、平和そうなんだな」

緊張感に欠けるキラの発言に、カガリは肩をそびやかした。

ずんずんとカガリは歩いていく。

「平和そうに見えたって、そんなものは見せかけだけだ」

そういってカガリがつれてきたのは、瓦礫と化した廃墟だった。

地面に、大きく抉られた痕がある。

街が平和そうに見えれば見えただけ、その破壊の痕が余計に痛々しく見えた。

「あれが、この街の真の支配者だ。逆らうものは容赦なく殺される……。ここはザフトの……“砂漠の虎”のものなんだ」

ならば逆らわなければ良いだろう、とキラは思う。

大切なものを殺されるならば、戦わなければよい。

命に勝るものなど、何もないというのに……。



*                     *




歩き回ってすっかりお腹の減ったたちは、そのカフェで食事をすることにした。

椅子に腰掛けたは、やってきたウェイターに手早く注文をする。イザークの意見など、聞きもしない。

「おい、何を注文したんだ?」

「ケバブ〜」

少女の言葉に、イザークは少々目を見張る。

ケバブ……?

そういえば午前中も少女はそういっていたが、それは一体どんな食べ物なのか。

「せっかくここにきたんだから、現地調達のものを食べなきゃ。それが一番美味しいもの」

にっこりと少女は微笑む。

暫くすると、ウェイターが料理と飲み物を持ってきた。

どうやら、それがケバブというものらしい。

パン生地のようなものの上に、トマトやレタスと思しき野菜と、こんがりと焼き、薄くスライスした羊肉がのっている。

匂いは、悪くはない。

「食べ方は、このヨーグルトソースをかけて……」

少女は言い、薄いパン生地のようなものを二つに折る。

「こっちのソースは?」

イザークが尋ねると、途端に機嫌が悪くなった。

理由が分からないイザークは、しばし考え込む。

自分は少女の気に障るようなことを、してしまっただろうか?

「チリソースだけど。あんた、それかける気?」

「いや、聞いただけだが?」

「ケバブにチリソースなんて、邪道よ。ケバブには、ヨーグルトソースなの。お分かり?」

そういうと少女は、いただきますと言って、ケバブを食べ始める。

暫く逡巡した後、イザークはヨーグルトソースに手を伸ばした。

少女が言うからには、こちらのほうが美味いのだろう、と判断した結果だ。

「ん〜。美味しい」

「……確かに」

確かに、ケバブとやらは美味しかった。

旅行した時、現地のものを食べれば大体の場合間違いはないといわれている。

その国独自のものは、確かに美味い。

しかしその国にないもの――例えば旅行先で自国の料理など――を食べた場合、味付けの違いに愕然とすることがある。

「まぁ、羊肉は少し癖があるけどね」

「慣れれば、それほど気にはならんだろう」

「慣れればね」

「話は変わるが、貴様、さっきはどこに行っていた?」

先ほど少女は、「ちょっとここで待っていて」と言い残して、どこかに行った。

「買い物」

そのときは、大して気にもしなかったのだけど。

イザークが尋ねると、少女はキッパリと答える。

後ろ暗いことは何もしていない、というかのように。

責めているのではないのに。どうして少女はこういう言い方をするのだろう?自分の言葉が、少女にそんな言い方をさせてしまっているのだろうか?

それが少し、悲しい。

「俺は護衛だぞ?勝手なことをするな」

「ジュール家のご子息が護衛ってのも、贅沢な話よね〜」

「話を逸らすな」

「女の子には、色々とあるのよ。少しは大目に見てよ」

少女の言葉に、イザークは溜息をつく。

、貴様はなぁ……」

「食べ終わったら、移動しましょ。夕方には宿舎にしてるホテルに行かなきゃ」

「そうだな」

イザークが頷く。

頷いて、立ち上がる。

軍人になって、ついた習性。

食事が早いのも、その一つに数えられるだろう。

軍人たるもの、何時までも食事をしていられない。非常時ともなれば、尚更だ。しかし、空腹のまま戦闘もできない。

栄養は、補給できるときに手早く補給する。

それが軍人となって以降、身についた習性だった。

もイザークに続いて、立ち上がった。そのとき、茶色の髪を持つ人物とすれ違った。

思わず、は振り返り、絶句した。

「っつ!」

?どうした」

「……なんでもない」

「なんでもなくないだろう?どうしたんだ」

「なんでもないわ!!」

怯えたように叫ぶ少女に、イザークは唇を噛み締める。

漆黒の瞳を見開くその様は、とても何もないようには見えない。

「何で……」と少女は呟く。

それはどこまでも儚い、か細い声で。

逢いたくなど、なかったのに……。

「……行こう、イザーク。早く……」

少女の視線の先にあるものを、イザークは見遣る。

少年と少女。そして妙に派手なアロハシャツを着た男の姿が、見える。

妙に、騒がしい。ソースのボトルを掴み、言い争っている。

だが別段、妙なものはない。

彼は知らない。

茶色の髪の、困ったように曖昧に微笑んでいる少年。

それが彼が遅れを取り、復讐を誓ったストライクに搭乗するパイロットであることを。

そしてそんな彼らを、その上空――向かいのビルの屋上――から監視している者たちがいることを。

そして派手なアロハシャツを身に纏ったその人物こそが、アンドリュー=バルトフェルドであることを。





荒んだ目をした男たちが、いた。

望遠鏡を片手に、下界を見下ろしている。

「チッ。いい気なもんだぜ」

「あのテーブルにいる子供は?」

「その辺のガキだろ。どうせ、“虎”とヘラヘラ話すような奴だ」

男たちの口調には、殺意がにじみ出ている。

殺意と……嫌悪感が。

「では、行くぞ。開始の花火を頼む」

「ああ。魂となって宇宙へ帰れ!コーディネイターめ!」





耳を劈くような轟音が、あたりに響き渡った。

攻撃を察したイザークが、を物陰に引き摺りこむ。

「大丈夫か?」

「大丈夫よ」

その声に、苦痛はない。少女が怪我をしなかったことに、イザークは安堵する。

マシンガンを連射しながら、男たちが先ほど二人が出た店に殺到する。

口々に、忌々しい言葉を。呪いにも似た言葉を叫びながら。

「死ね、コーディネイター!宇宙の化け物め!」

「青き清浄なる世界のために!」

その言葉を耳にした途端、少女の顔が強張る。

イザークですら聞くに堪えないその暴言。しかし少女には、イザーク以上にその言葉は不吉で。

見下ろした少女の瞳に、イザークは思わず身を竦ませる。

そこにあるのは、憎悪。けれど少女の表情は、ひどく穏やかで。

それが余計に、少女の怒りを物語る。

眼裏に浮かぶのは、優しく微笑む兄の笑顔。

それが一瞬、自分を心配そうに見下ろすイザークと、重なって見える。

優しかった、兄に。大好きな、兄の姿に。

「こんな風に罵られて、兄さんは死んだの……?」

?」

「こんな奴らに、兄さんは殺されたの?」

少女の名を、イザークは呼ぶ。けれど少女は、答えない。まるで、イザークの言葉など、届いていないかのように。

「貴様らの……」

少女の手が、スカートの下。太腿のホルスターに伸びるのを、イザークは見た。

銃を構え、狙いをつける。

しかしその照準は、急所から外れていた。

「貴様らの存在が、この世の不浄だっっ!!」

っっ!!」

銃声が鳴り響き、男たちがの方へ標的を変える。

彼女が狙いをつけた男は、地面に突っ伏している。

死んでは、いない。急所は、外れている。

「もう一度、言ってみろ」

イザークの手を振り払い、少女は男のほうへゆっくりと歩を進める。

笑みさえも、その口元に滲ませながら。

動かない男に、少女は銃を向ける。

射線から、イザークはそれが、またしても急所を外していることに気づいた。

銃声が、鳴り響く。

男は、苦痛に呻き声を上げた。

わざと、少女は急所を外しているのだ。

少しでも、苦痛を長引かせるために。

「どうした?言ってみろ。コーディネイターが、何だと?」

少女の行動に目を奪われていたブルー=コスモスの男たちが、少女に銃を向ける。

イザークは冷静に、先手を打つ形で応戦する。少女を傷つける輩を、見過ごす気は、ない。

「構わん、ダコスタ君。すべて排除しろ!」

「了解!」

バルトフェルドが命令を下すと、隠れていた副官と護衛が、一斉にブルー=コスモスを攻撃する。

そんな中、キラは呆然とを見ていた。

澄んだ声。

漆黒の髪。

軍人らしい、毅然とした立ち姿。

それは確かに、以前アークエンジェルの捕虜となったザフトの少女。

敵となったキラを、優しく呼んだその声で、その響きで。

少女は、叫ぶ。

「汚らわしい、ナチュラル風情がっっ!!」

その言葉に、キラは悟った。

悟らざるを、得なかった。

少女は、決してキラを、赦さないだろうと――……。





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漸く書けた、バナディーヤデート。

デートの割りに甘くないわ、銃撃戦に巻き込まれてるわですが。

如何だったでしょうか?

まだあと少し、デートが続きます。

更新遅れてますが、楽しんでくださったなら、幸いです。

ここまで読んでくださり、有難うございました。