彼の耳を彩る、深紅。

ほら、やっぱり。

彼には赤が、よく似合う。

青も似合うのだけれど。

彼に似合うのは、やはり赤だと思う。

それは軍服もまた、然り。





ルビーは、獅子座の守護石だと聞いた。

ならばどうか、彼にその加護のあらんことを。

どうか、彼は死にませんように――……。





ヴァルキュリア
#12 物たちの肉祭〜中〜






重苦しい服を引き摺るような形で、キョウカはそこに急いでいた。

そして見知った人影に、タックルをかますような勢いで駆け寄る。

「イザーク!!ディアッカ!!」

!」

「よう、お久しぶり」

「久しぶり〜。元気だった?」

尋ねるその漆黒の瞳にあるのは、言い知れぬ喜び。

仲間に逢えたのだ。喜ばない人間などおるまい。

愛しい少女に、イザークの頬も緩む。それはイザークの気持ちなど、じつは当の昔に知っているディアッカも同じで。

『鋼のヴァルキュリア』なんて、似合わない異名で知られている、少女。けれどディアッカにとって彼女は、どこまでも小さな少女でしかない。

まして、一生女と縁無く、ただ憎しみでしか女と接することが出来ないのではないかと案じていた親友に来た、遅すぎる春。親友が愛したのが彼女であったことに、彼は安堵すら覚えていた。

ディアッカは、そんな不器用な親友に来た春を、ひそかに喜んですらいたのだ。

「どうしたんだ?その格好は」

「あうぅぅ。似合わないでしょ?私は、嫌って言ったのよ。なのにアイシャが……」

「いぃやぁ。似合ってるって、

「有難う、ディアッカ」

ディアッカの賛辞には笑みを浮かべ、イザークはディアッカを睨みつける。

言おうとしていた言葉を先にディアッカに言われた、それ故の行動だろう。子供っぽい親友の行動に、ディアッカは小さく笑う。

が纏っていたのは、深紅のロングのワンピースだった。

裾が広がるそのデザインが、可愛らしい。

「もう少ししたらアンディ……隊長も来るよ。その前に、私ちょっと着替えてくるね。二人が早く来てくれてよかったよ〜。もう三日もアイシャに遊ばれてるんだもん」

「え?おい、!?」

「相変わらずだねぇ、は」

「……だな」

人間、そうすぐに変わるとは思わないが。

彼女は、相変わらず彼女で。もう少し女としての自覚だとか、人の話を聞くだとかして欲しい。二人はひそかに、溜息をついた――……。



**




バルトフェルドは、密かに苛立っていた。

「何だってザウートなんてよこすかね、ジブラルタルの連中は……バクゥは品切れか?」

「はぁ。これ以上は回せないということで……。その埋め合わせのつもりですかね?あの二人は……」

答えるダコスタの視線の先には、“デュエル”と“バスター”の姿がある。

仲間との再会に喜ぶには悪いが、はっきり言って体のいい厄介者でしかない。

バクゥほどの動きは、望めまい。ザウートにも、あの二つの機体にも。

「かえって邪魔になりそうな気がするけどなぁ、宇宙戦の経験しかないんじゃ」

「エリート部隊ですからね」

「だいたい、クルーゼ隊ってのが気に入らん。僕はアイツ、嫌いでねー」

バルトフェルドはそう言うが、だからといって出迎えないわけにもいかない。

しぶしぶと、バルトフェルドは立ち上がった――……。



**




輸送機が離陸し、風が巻き起こった。

砂混じりのその風に、ディアッカとイザークは顔を顰めた。

「うわっ、何だよこりゃ。ひでぇとこだな」

「砂漠はその身で知ってこそ……ってね。ようこそレセップスへ。指揮官の、アンドリュー=バルトフェルドだ」

初めての砂漠に戸惑っている二人に、人の悪い笑顔を浮かべながら、バルトフェルドは名乗る。

途端、二人の少年は背筋を伸ばし、敬礼した。

「クルーゼ隊、イザーク=ジュールです」

「同じく、ディアッカ=エルスマンです」

「宇宙から大変だったな。歓迎するよ」

「有難うございます」

返礼しながら、バルトフェルドは心にも無い労いの言葉をかける。

そして生真面目に礼を言うイザークの顔に走る大きな傷に、目をやった。

「戦士が消せる傷を消さないのは、それに誓ったものがあるからだと思うが、違うかね」

尋ねられて、イザークは思わず顔を背ける。

それは確かに、イザークにとって誓いであり、そして……。

「そういわれて顔を背けるのは、『屈辱の印』とでもいうところかな」

言い当てられ、イザークはその白皙の美貌に朱を上らせる。

そのまま、怒鳴るように尋ねた。

「そんなことより、“足つき”の動きは!?」

「あの艦なら、ここから西方へ一八〇キロの地点――レジスタンスの基地にいるよ。無人探査機を飛ばしてある。映像を見るかね?」

バルトフェルドは、甲板の上のXナンバーを見上げている。

まるで、玩具を与えられた子供のような顔で。

「なるほど……同系統の機体だな。アイツとよく似ている」

「バルトフェルド隊長は、既に連合のモビルスーツと交戦されたと聞きましたが?」

ディアッカの言葉に、バルトフェルドは彼らのほうを振り返った。

振り返ったその視線の先を、大きな影がよぎる。

コックピットが開き、ラダーを使って降りてきたのは、一人の少女。

見慣れない機体に、瞬時にイザークとディアッカは悟る。これが、“ワルキューレ”なのだと。

連合にとって、死神にも等しい機体。『ヴァルキュリア』の愛機、“ワルキューレ”。

その機体が纏う色彩は、黒と銀。そして、鋼色……。

背中の部分に、羽根のような大きなバーニアスラスターを持っているその機体は、おそらく単体で大気圏内の飛行も可能なのだろう。

それを見ながら、彼は苦笑いして、言った。

「僕も、クルーゼ隊のことを笑えんよ」

と――……。



**




出撃を前にして、喧騒が、辺りを包んでいた。

一人の女性に呼び止められ、カガリはそちらに向かう。

その人は、死んだアフメドの母親だった。

女性はカガリに、大きな石を差し出した。

はっとするほど鮮やかな美しい緑色のその石は、この辺りでよく産出されるマラカイトの原石だった。

いくつかの言葉を交わし、女性が去ると、カガリはキサカの元へ急いだ。

バギーに飛び乗り、出発する。

カガリはそっと、掌を開いてみた。

そこにある石を見て、キサカが尋ねる。

「それは?」

「アフメドが、私に……いずれ加工してくれるつもりだったと、さっきお袋さんが……」

「マラカイトの原石か……大きいな」

キサカの声が、胸にしみる。

アフメド……いい奴だった。弾けるように元気で、いつもカガリと一緒にいた。

カガリはぎゅっと、唇を噛み締めた。

眼裏に蘇る、アフメドの最後。

そして先日邂逅した敵将と、ザフトのヴァルキュリアの姿……。

――――『君も、死んだほうがマシな口かね?』――――

――――『いい目だねえ。真っ直ぐで……実にいい目だ』――――

――――『私は、赦せない。あいつらを赦すことは出来ない……。だからナチュラルを、全て殺してしまえばいい。敵がいなくなれば、戦争は終わる……』――――

あいつらのために、アフメドは死んだのだ、と。

そう思えば、その思考は怒りで真っ赤になる。

彼女にとって、正義とは自らの信奉するもの、その一つにつき。

別の異なる正義のために戦う人間がいることなど、考えたこともなかった。

彼女にとって正義とは、砂漠からザフトを叩き出す、ただそれだけだったのだ。

故に、彼女は知らなかった。

の正義を。

もまた、己が正義のために戦い、その過程においてナチュラルが邪魔なのだ、ということを。

そんな単純な論理にすら気付かず、彼女はただ憤っていた。

仲間が死んだこと。それを、自分だけが負った痛みだと思って――……。







レセップスの艦内に、足を踏み入れた。

足つきが、そしてレジスタンスが侵攻を開始したという報が入ったからだ。

「動き出しちゃったって?」

「はっ!北北西へ向かい、侵攻中です」

「“足つき”だ!」

憎しみさえも露わに、イザークは言う。

愛する少女に傷を負わせたモビルスーツの所属する、艦。

そして自らにも傷を負わせた、憎むべき敵。

何よりも、捕虜となった少女を、あの艦に乗る連中は虐待したのだ。そうに決まっている。そうでなければどうして、少女の身に、あそこまでの傷がつく?

傷口が壊死するまで、治療すら碌にしなかった。捕虜の人権など、知ったことではないとでも言いたげに。

それだけでもあの艦は、あの艦に乗る連中は、万死に値する。

イザークの怒気を抑えようとするかのように、はイザークの肩に触れた。

そして、微笑む。

「熱くなりすぎたら、駄目よ。あんたはホント、無茶をしすぎるもの。もっと冷静にならないと、命がいくつあっても足りないよ?」

「ふん。貴様には言われたくない。その気が無くとも、生傷の絶えない女が」

「言ってくれるじゃない……」

憎まれ口をたたきあう二人の会話などどこ吹く風で、バルトフェルドは次々に指示を出していく。

それに、イザークは意識を戦いのほうへ向けた。

「タルパディア工場区跡地に向かっているか……。ま、ここを突破しようと思えば、僕が向こうの指揮官でもそう動くだろうからな」

「隊長!」

「う〜ん。もうちょっと待ってほしかったが……仕方ない」

「出撃ですか!?」

勢い込んでイザークが尋ねるのに、バルトフェルドは頷いた。

そしてクルーたちのほうを振り返り、言う。

「“レセップス”、発進する!コード マルフタ。“ピートリー”と“ヘンリーカーター”に打電しろ!」

途端、クルーたちの動きがあわただしくなる。

それを見ながら、バルトフェルドは静かにに聞いた。

「“ワルキューレ”の調子は?」

「メンテナンスは完璧。あとは飛ばして、実践の勘を掴めばいけるでしょ」

「そうか……キミの調子は?」

「大丈夫よ。心配しないで」

己の価値を知った、と少女は言った。

“足つき”に二人を送った、あの日の夜に。

気のせいか、その日から少女の様子が変わった。

無茶をしなければいい、とバルトフェルドは思う。

こんなに小さな少女が、プラントを守る、ただそのためだけに戦っている事実に、忸怩たる気分を味わいながら。

少女は笑って。笑いながら格納庫のほうへと歩いていく。

「借りは、返させていただくわよ、キラ君……」

ミゲルを殺した、彼の機体。そのパイロット。

そして同胞を裏切ると決め、これからも多くの同胞の血を啜る存在。

許すわけには、いかない。断じて。

「私からまた、『兄さん』を奪おうとした罪は重いよ……?」

くつり、と笑みを浮かべる。

兄に似た、存在。それを彼は、消そうとした。

!」

呼び止められて、は緩々と視線をそちらにやった。

そこにいるのは、兄に良く似た人。死んだ兄に良く似た容姿を持つ人。

「イザーク……」

「どうした?ぼうっとしていたぞ。これから戦闘なのに、そんなことでどうする?」

「少し、考え事をしていたのよ……」

自分を案じてくれる、アイスブルーの瞳。

兄のそれと重なって、胸が痛くなる。

もう二度と、奪われない。

兄を殺した、ナチュラル。そしてミゲルを殺した、キラ。

もう、奪われない。兄に似たこの人は、必ず守って見せる。

それは、イザークにとって、ひどく失礼なことなのかもしれない。

それでも、は決めた。

願った。

「行こう。そろそろ、時間でしょ?」

「ああ……大丈夫か?」

「大丈夫よ。皆、心配性ね……」





私の価値。

それは私が戦えるから、ついたもの。

私が、の人間だから、ついたもの。



だったらそれに、恥じないようにしてみましょう。

『ヴァルキュリア』として、戦い、『』の名に恥じることなく。

戦って、戦って。

既にこの身は、敵の血に穢れているのだから。

ならばもてる力の限りを尽くして、プラントを守る。そして……。

隣に立つその人の、アイスブルーの瞳を見上げる。

圧倒的なまでの身長差ゆえに、容易に絡み合わない、視線。

それでも、その瞳を見上げて。

小さく、囁く。

「守るから……」

「……?何か、言ったか?」

「何も言ってないよ。早く、行こう」

腑に落ちないといいたげな面持ちのイザークに、明るく言う。





戦いに高揚する、心。

本当にもう、人間としてどこかおかしいのかもしれない。

でもね、漸く見つけたのよ。

私の戦う理由。

守るわ。守るから。

兄さんに似すぎてしまった貴方を。私の全てを尽くして。

守って見せるから……。





私が、壊れないように――……。





赤い血が、砂漠を染め上げるだろう。

戦いはどんどん勢いを増し、人間の思惑など、容易にその渦に飲み込まれてしまう。

それでも、戦う。

全ては、願う未来のために。この戦いの果てに平和があるのだとしたら。

そのために必要な贄なら、いくらでもこの命を差し出す。

願う未来のために。守りたい人のために――……。



笑って先を歩くの背中を、イザークは見つめる。

少女は、知らない。

イザークの視線の持つ意味を。知らないまでも、彼女は決断した。

『守りたいもの』の中に、『兄に良く似た人。イザーク=ジュール』の名を、新たに刻みながら――……。





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ちゃんが決意したもの。

それは、イザークからすれば、失礼極まりないものかもしれません。

それでも、ちゃんは決めました。

それだけ、イザークの存在は、大きくなってきつつあるのでしょう。

大好きだったお兄さんにそっくりな上に、あそこまで心配されたら……ね?

早いトコ、イザークにも美味しい思いをさせてあげたいのですが……。

どうなることやら、です。

次回で砂漠篇は終了です。





それでは、ここまでお付き合い頂き、有難うございました。